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第六十話 四人目の客

 豊臣雑貨店の扉を開けると、おっさんの姿はなかった。あと客の姿も。

 そっちの方が店にとっては大事だろうけど。

 まあ閑古鳥が鳴いているのは予想通りというか。やはり、トネリコがいない方が気になる。

 あいつまた変なことやってんじゃないだろうな。


「いらっしゃ……って、やっぱりきたわ――」

 ぴしゃりと凄い勢いで扉を閉じて、店員の声を遮った。

 怒声が聞こえた様な気がしたが、気にしない。

 

 いやぁ、それにしても今の女はいったい誰だったんでしょう?

 とてもよく見覚えの――脳裏に刻み込まれているレベルの顔に似ていただったけれど。

 不思議な他人の空似もあるものですなぁ……。

 あんな妙な格好をした奴、とても知り合いだと思いたくない。

 きっと入る店を間違えたのだろう。うん、きっとそうだ。


 俺はうんざりしながら顔を上に向けた。「豊臣雑貨店」、当然看板に偽りはない。

 改めて、ため息が出た。あの女、またアホなことしてやがる。現実逃避したくなるのも無理はなくて。

 このまま帰ってしまおうか。しかしせっかく来た労力が惜しい。

 それに帰宅したからといって、たぶんボーっと一日を浪費するだけだろう。

 俺は覚悟を決めて、もう一度店の扉を開いた。


「なんなのよ、もうっ! 新手のイタズラ?」

「それはこっちのセリフだ。お前、なんて格好してやがる」

「ああ、これ? かわいいでしょ?」

 奇抜な姿の少女は立ち上がると、レジ台の前に出てきた。

 そして、くるりとその場を回って、さながらファッションショーのモデル気取りである。


 頭には、クリーム色のターバン。インド人が被るみたいなやつ。完全にイメージの話だけれど。

 そして前が開いたタイプの小さめの青い半袖ベストに、丈の短い白いシャツ。ヘソがちらりと出ている。

 白いズボンは裾がダボっとしていて、長さはふくらはぎの半分程度までしか覆っていない。

 どうせ、おっさんのアイテムを拝借したのだろう。


「で、なに? 学芸会でアラジンでもやるの? 主役をやるなんて、寧音ちゃんは凄いねぇ」

「そんなわけないでしょ、馬鹿! これでもあんたと同い年よ。

 どこの世界に、学芸会をやる高校があるっていうの!」

「じゃあとうとう頭がおかしくなったか……」

「あ・わ・れ・む・なぁっ!」

 寧音は全身で怒りを表現した。悲しいかな、その格好のせいでとても滑稽である。


 全くなんとも辟易する思いだ。渋い顔をするのを止められない。

 それでもいつまでもこうして入口を占領しているわけにもいかないわけで。

 俺はゆっくりと奴に近づいていった。

 しかし、見れば見る程にちぐはぐな姿だなぁ……


「で、何のコスプレ?」

「コスプレ言うなっ! 女商人の衣装らしいよ。トネリコさんが貸してくれた」

「おっさんに騙されてるぞ、それ」

「そうかな? ま、気にってるからいいけど」

 彼女は涼し気な笑みを浮かべた。


 そしてそのまま黙り込んでしまった。

 静かな時間がこの店にやってくる。

 彼女は何か含んだ顔をして、じっとこちらを見てきて、なんか気恥ずかしくなってきた。


「なんだよ」

「晴信、感想は?」

「……腹冷やすなよ」

「どこに注目してんのよ、エッチ!」

 なぜか怒られた。彼女の顔は少し赤い。

「誰がお前みたいな小学生体型に欲情するか!」

「……泣くわよ?」

 少し鼻の辺りに皺を寄せて、彼女は上目遣いで睨んできた。


「そんなことより――」

「そんなことって、なによ!」

「……おっさんは? ここにはいないみたいだけど」

「フジミベーカリーの方に行っちゃった。人手不足なんだって。日曜だししょうがないよね」

 寧音はしみじみと頷いている。こいつが納得しているならいいけども。


「で、お前が代わりに店番してるわけか」

「そういうこと。思ったんだけど、土日はいつもそうしてもいいかもね。

 あたしたち、学校休みだし」

「……待て。たちってなんだ? お前以外に誰がいる?」

「もちろん、あんたと立見君、それに琴乃ちゃんなんかもいいかもね~」

 指を折りながら、寧音は声を弾ませて。


 俺はたじたじになりながら、幼馴染の姿を見ていることしかできなかった。

 とても楽しげなのはないよなこって。しかし、人を巻き込まないでほしい。

 名前が挙がった二人もさすがに驚きあ呆れることだろう。


「あ、ちゃんとこの後二人とも来るからね!」

 俺の視線をどういう風に取ったのか。それは全くフォローになっていなくて。

「いや、そういうことじゃなくて。勝手に皮算用をするな」

「かわざんよう?」

 言葉の意味が分からなかったらしい。彼女は目を白黒させた。

 そんなに難しい言葉だろうか。説明するのもめんどくさい。


「勝手に頭数に入れるな」

「あ、それならわかる!」

 少しはっとした顔をして。

「でも、晴信は今日自主的に来たじゃない?」

 ふふん、と勝ち誇ったように笑う女商人。

 そう言われると、立つ瀬がなくて。


「……それはたまたまだ」

 せいぜいそう言い返すので精いっぱいだった。





「ありがとうございました~」

 今日何人目の客だろうか。よくわからないけれど。

 しかし寧音は全くくたびれた素振りすら見せず、笑顔で接客をしていた。


 我が幼馴染ながら、頭が下がる。

 明るいし、人懐っこいし、案外転職なのかもしれない。

 前から婆さんの手伝いをしていたと言っていたし。

 隣に立ちながら、そんな感想を抱いた。


「お疲れ様~」

 奥で下がってきた安斉がやってきた。

 ぞろぞろとレジにいてもしょうがないと、客が来る度、彼女はそっとパックヤードに隠れてくれた。


 寧音が言った通り、昼前には彼女だけでなく、慎吾もここに集やってきた。

 片やにこにこと、もう片方は滅茶苦茶不満顔と反応は両極端だったけど。

 ふつくさ文句を言いながらも、やってきた辺り慎吾もそこまで嫌じゃなかったのかもしれない。

 今は、奥で勉強しているけど。


「それにしても退屈だわ」

「え? それなりに忙しいと思うんたけど……」

「あくまでも普通の物を売ってるだけだからね~」

「……今、おっさんいないしそっちの方が好都合だろ?

 まさか、飛び込みの客に売りつけるわけにもいかないし」

「それはわかってるけどさぁ……」

 ここ数日、不思議なアイテムを売れていないことを、彼女はとても不満に思っているらしい。

 全くそんなに平和なことはないというのに。


 頬杖をついて、不満を露にしていた寧音だが。

 いきなり、その顔がぱーっと明るくなった。

 その顔に一抹の不安を覚える俺。


「ということで、実はとある一人に声を掛けちゃいました!」

「なにが、ということで、だ。初めからどうせそんな魂胆だったんだろ」

「まあまあいいじゃない、橋場君。それで、いったいどんな内容なの、寧音ちゃん?」

「それはね~」

 彼女はいったん言葉を切った。意味のないためを作る。

「ひ・み・つ――って痛っ!」

 なんとなく読めていたから、彼女が言葉を発すると同時にデコピンをした。


 全くくだらないことをするんじゃない。

 こいつのバカさ加減には呆れるばかりだ。

 痛みに顔を歪める友人を、安斉は心配そうに覗き込んでいた。

 優しいなと思うが、幼馴染につけあがられても困るわけで。


「こんにちは……」

 そんなどうしようもない茶番を演じていると、誰かが中に入ってきた。

 高校生くらいの若い男。見るからに、おどおどしている。

 その男に俺は見覚えがある。同じクラス。


「客っていうのは……」

「うん、戸村君。さ、入って、入って!」

 促されるまま、戸村はおずおずとこちらにやってきた。

 

 よく話すし、俺の数少ない友人の一人でもある。

 その最大の特徴は、自信のなさというか気弱なところというか。

 今もまたびくびくして、とこか挙動不審である。


「それで、豊臣さん。本当に、この引っ込み思案が治るのかい?」

「もちろん。豊臣雑貨店にまっかせなさい!」

 ……こいつ、とんでもない安請け合いをしやがったな。

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