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第五十九話 おっさんのいない風景

 目が覚めたのは、朝の九時。これが平日ならば、大問題だけれど。別に今日は日曜日。

 ここからもう一度眠りについたっていい。二度寝ができる機会なんてそうそうないわけで。

 そう思えるほどに、身体には少し倦怠感が残っていた。


 昨日の廃校舎の清掃が終わったのは昼頃。思ったより早かった。

 そこから先の半日は義務から解き放たれた自由時間なわけだけども。

 トネリコが元の世界に戻るための手掛かりを探そうと、結局その廃墟に長居することになった。

 付き合ってくれたみんなには頭が上がらない。とりわけ藤岡先生なんかはほぼ無関係なのに。

 

 しかし、そんな努力も徒労に終わった。

 慎吾が未だ持っていた地図を頼りに廃校舎を練り歩いたものの、特に異変はなし。

 秘密の部屋の類もなくて、全く神秘性の欠片もなかった。

 相変わらず、なぜおっさんがこちらの世界に来たのかは不明のまま。


 唯一の収穫と言えるのは、一度目の探訪の際に目撃したモンスターと一度も遭遇しなかったこと。

 おっさん曰く、聖水がよく効いたということらしい。

 町内で見つかったというニュースもないし、本当にそういうことなのだろう。

 ひとまずよかった。まあ全部おっさんがこっちの世界に来なければ起きなかったことだけど。


 話を戻すと、当の本人があんまり気落ちしていないのが、なんだかなぁと思うが。

 もう少しこの生活は続く様で。今日も今日とて、彼は豊臣雑貨店に出かけて行った。

 まだ確認していないから、もしかしたら違うかもしれないけれど。


 結局、このまま横になっている決心もつかなくて。

 俺はだらだらと起床することにした。

 ゆっくりと身を起こして、見慣れた室内に視線を這わせる。

 カーテンからは外の日の光が漏れていた。


「とりあえず飯、食うか」


 頭の中は依然としてちょっとぼんやりしたまま。

 俺は部屋を出てリビングに向かった。

 きっと母さんが呆れかえっていることだろう。


「おはよう」

「もう、休みの日だからっていつまで寝てるのよ! 片付かないから、早く食べちゃって!」

 案の定、リビングに入るなり母からお小言が飛んできた。


 ソファには両親が並んで座っていた。母さんはテレビの画面を食い入るように見つめている。

 イケメンのタレントがロケをしていた。わかりやすい人である。

 その横では、父が新聞に目を落としていた。

 一見すると、トネリコの姿はない。


 食卓の上に、朝食が載っていることにひとまず安堵する。

 一応こんなねぼすけ息子にも食べる権利を与えてくれるらしい。

 キッチンに入り茶碗にご飯をよそって、一人席に着く。


「おっさんは?」

「トネリコさんなら、今朝も仕事に行ったわよ」

「いやぁ彼も熱心だねぇ。そう言えば、晴信も手伝っているみたいじゃないか」

「無理矢理、寧音に付き合わされてるだけだよ」

「こらっ、そんな風に言わないの!」

 なぜか母に怒られた。むしろ、寧音の方を叱って欲しい。

 大事な一人息子の余暇がゴリゴリ削り取られてるんだぞ。今年受験生なのに。


 そんな不満を胸の中で抱きながら、俺は黙々と箸を進めた。

 なんだかのんびりと気分がのんびりとしてくる。思えば久しぶりに騒がしくない日常を過ごしていた。

 そう、今日は珍しく予定がないのだ。そんな日の朝だから、わずかばかり心が躍る。

 よくよく考えてみれば、ついこの間までは珍しいのは()()()()()()だったわけで。

 自分でも不思議な気分だった。


「ごちそうまでした」

 手を合わせて、軽く頭を下げた。

 食べ終わった食器を台所に持っていって、そのまま洗い始める。


「あら、珍しいこともあるものね」

「何言ってんだ。どうせやらなかったら、母さんぶち切れるだろ?」

「まあそうね。遅くに起きてくるアンタが悪い」

「まあまあ。晴信も色々大変なんだよ、な?」

「理解のある父親面しなくていいからな、親父……」

「はっはっはっ、手厳しいねぇ。我が息子は」

 言葉とは裏腹に全く気に留めない父親の態度に肩を竦めた。

 俺は冷たい水に手を浸しながら作業を続けた。


 これもまた橋場家の日常風景である。

 最近はおっさんがいるから、あんまりなかったけれど。

 なんだか少し心がポカポカした気がする





 自室に帰ると、嫌がらせかと思える程に、スマホには通知が溜まっていた。

 それも一人の女からの手によって。豊臣寧音――恐ろしいやつだ。

 おそらくこちらが反応しないことを逆に楽しんでいるのだろう。

 悪戯と言わんばかりに、些細なメッセージの嵐。


 せっかく今日はゆっくりできると思ったのに。

 こんなことなら、スマホを見るんじゃなかった、と深く後悔した。

 全く現代というのはどうにも生きづらい。

 人との繋がりが煩わしいと思う十八歳ぴちぴちの男子高校生であった。

 とりあえず他人事ぶるのを止めて、細かくその内容を見ていく、


 大半は意味のない文字列だったが、なんとかそうでないものを拾い上げた結果。

 今日は暇か、ということを聞きたいらしい。それならそうと一言だけ送ってくればいいのに。

 起きてるか確認することから初めて、反応がないとみると、いつまでも寝ていることに対して罵倒。

 そして、段々と細かな物言いに繋がっていく。よほどあいつは暇人らしい。


「家でゆっくりしたい」

 とりあえずそう返しておいた。


 流石にこの一週間、ほぼフルに稼働したので疲れた。

 週の頭からトネリコの不思議な店営業開始から始まり、トラブル解決に奔走すること三度。

 そして昨日は校舎一件分の掃除をさせられ、意味のない探索まで。

 もはやくたくたである。なので、今は再びベッドに寝転がっていた。


 何をしようかな。とぼんやり考えてみる。

 久々にゲームでもしてみるか。最近は放課後を悉く潰されたからそんな暇はなかったわけで。

 だが、しかしなんとも興が乗らない。


 何かが心に引っ掛かってむず痒い。

 他にやらなければいけないことがあるようなそんな感覚。

 いや違うな。ぼんやりとやりたいことが別にある。

 空っぽな感覚がして、なんだか気持ちが落ち着かない。


 それでもこうして一度横になってしまうと、このままだらけていたくなる。

 まさに人体の、いや心の不思議か。

 それに抗える強さを、俺は持ち合わせてはいなかった。

 なので、そのままぼーっと思考を放棄してぐだっているとーー


 ブー、ブー。けたたましく震えるスマホ。

 サイレントモードにしておけばよかったかと、内心舌打ちをしながら。

 しかし気付いてしまったからには、電話を取らなければならない。

 十中八九、相手はわかっているけれど。


「もしもし」

「暇なら、店に来なさいよ」

「なんかあったのか?」

「ううん、ないけど。でも暇なんでしょ?」

「家でゴロゴロする使命がある」

「……そう。ま、それならそれでいいけどね」

 プツン。そこで通話は途切れた。最後は少しその声色に呆れが混じっていた。

 しかしあいつにしては珍しく物分かりがいい。


 通話が終わってからも、俺はスマホを握りしめたままだった。

 寧音のあっさりした感じに、少しだけ心が奪われていた。

 同時に一つ気づいたことがある。

 さっきから感じるこの渇き。その正体はおっさんに纏わる騒動を、俺が心のどこかで求めていたということだ。

 これじゃあいつの思うつぼかもしれないな。苦笑いしながら、俺は出かけるために着替えを始めたーー

なんだかいつもと気色がちがいますが、ひとまず晴信くんの心にスポットを当ててみました。

次回はまたいつものどたばた劇に戻ります!



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