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第五話 おっさんの商談(わるだくみ)

「数日後、わたしは早速、故郷モノウールを後にしました」

「えぇ、決心してから早すぎじゃない?」

「だって、わたしには神が味方してくれているんですから!」

 お告げパワー、おそるべしである……


 しかし道中出てくる魔物はどうしたのだろうか?

 俺にはこの腹の出たおっさんがとても屈強な戦士に見えない。

 見るからにどんくさそうな雰囲気を醸し出しているし。

 魔物の上質な餌になるポテンシャルしか感じない。

 

 そして、一切魔物と遭遇することのない豪運を持ってもいなさそう。

 これはもう完全に俺の主観だから、とても失礼だけども。


 とにかく、村に居続けたことこそその証のはず。

 魔物と渡り合える力を持つなら、さっさと旅に出ているに違いない。


「ぼっちゃんの言う通りです、。

 わたしはちょっぴりだけ運動能力には劣ります。

 魔物に出会えば、敗北必須、敗走あるのみですとも!」

 おっさんはぽんと出張った自分の腹を叩いた。

「物理的戦闘は無理でも、魔法とかスキルとかそんなのないわけ?」

「それもからっきしですな!」

 あっはっはっは、とおっさんは豪快に笑い飛ばした。


「実は運の良さがずば抜けていたり――?」

 呆れながらも次なる可能性に賭けた。

「いえ、それもないですねぇ」

 だめだこりゃ……のほほんとしている男の代わりに俺が頭を抱えた。

 

 もしかしたら、神の加護とは精神的だけでなく、肉体的にも効用があるのでは?

 だとすれば、先ほどからのおっさんの態度も納得がいくが――


「いえ、そんなことはないですなぁ。

 現実的な変化は何一つありませんでした」

 やっぱり、そううまい話はないらしい。

「だから晴信ぼっちゃんのご指摘ももっともです

 魔物をどうにかする必要はありました」

「それでも旅に出たってことは、何とかなったわけだよな?」

「ええ、そうです! その準備に数日かかったわけで――」

 ふむ、なんだかとても興味深くなってきた。

 

「まず考えたのは傭兵を雇うことでした」

「……そもそも店を開く金もなかったよな?」

「ええ、ですから人のよさそうな戦士を騙そ――善意に頼ろうと」

 完全に騙すつもりだよな。

 結局、善意には付け込むわけじゃないか。


「まあ、失敗しましたけど……」

「そうだろうな」

 好き好んで、このおっさんの護衛をしようなんて、とんだ物好きだと思う。


「しかし、わたしには秘策があったのです!」

 ふっふっふっふ、とトネリコは大胆不敵に笑う。


 曰く、このおっさん店番の合間に世界武具大全なるものを読んでいたらしい。

 いや、ちゃんと仕事しろよと思うけど。

 とにかく、まさに字のごとく、世界のあらゆる武器や防具をリストにしてあるとか、


 正直、とても心惹かれるものがある。

 そういう厨二病じみたものとはお別れしたはずなんだけどな、おかしいなぁ。

 頭の中で黒歴史が疼いた、が無視だ無視。


「どうしました?

 なんか変な顔してますけど……」

「う、うるせー。話を続けてくれ」

「は、はあ。

 それでですね、実は高名な魔術師がエンチャントを施した剣というものがございまして」

「ああ、ゲームでよく見る特殊効果持ちアイテムみたいなやつか。

 結構便利だよねー、あれ」

 MP節約症の俺はよく愛用するのだ。


「げえむ? よくわかりませんが、坊ちゃんは物知りですなぁ」

 おっさんはかなり怪訝そうな顔をしている。

 瞬間、自分の失言に気が付いた。


 自称異世界出身のトネリコがゲームなんて知っているはずがない。

 しかし、それがすなわち男の話の真偽に繋がるわけではないけども。

 とにかく無粋だと思うから、発言には十分気を付けないと。

 一々気持ちが冷めては仕方がない。


「いや、まあ、それいいから。

 で、その剣はどんな効果を持っているんだ?

「なんとその剣、見た目はどこにでもありそうな鋼製の剣なんですが。

 一度振りかざせば、激しい炎が――熾せるんです!

 弱い魔物ならそれだけでイチコロですよっ!

 語り口が通販番組のテンションの高い人みたいになっている。

 もし現物がここにありでもしたら、実演してくれそうだ。

 ……その場合、この家はもれなく全焼することになるだろうが。


「だとしても、手に入らなかったら意味ないんじゃ?

 おっさんの村なんかにそんな貴重なものなさそうだし」

「う、失礼なこと言われてますが、事実ですからなぁ……

 しかし晴信坊ちゃん、一つお忘れではないですか?」

「何をだよ?」

 そのどこか馬鹿にした様な笑みは止めろ。


「わたしの働いていた店では、武具の買取もしていたんですよ?」

「なるほどね。たまたまその剣を持ってきた奴がいたと。

 それでどうせくすねたんだろ」

「信用度ゼロですね、わたし……」

「そりゃ横領をちょっとでも考えるぐらいだし」

「失敬ですね、実行してないのでセーフですから。

 自腹で買い取ったんですよ、買い取り額4000ゼニーのところ1000ゼニーで!」

 どうだすごいだろうと、おっさんはその大きな腹を張った。


「…………それはそれで問題があるじゃねーかっ!」

 考えた末、つい大声が出てしまった。


「まあまあ。売りに来た戦士の方は満足してましたし。

 親方は店のお金が減っていないし。

 わたしは念願の物を手に入れたしで、みんなハッピー。

 おっけー?」

「いや、まったく!」

 凄まじく自分勝手で滅茶苦茶な論理だと思う。


「それで魔物対策は完全でした。

 出てくる魔物は、剣を振りかざしてバッタバッタと薙ぎ倒す。

 なぜか連中、高価な武具ばかりドロップするもんだから、もう楽しくって」

「鏡見た方がいいぞ。お前、ものっ凄い狂気じみた顔してるから」

 まったくとてつもなく邪悪な商人だこと。


「まあなんなく目指す城下町――ボンノー城についたわけですよ」

 トネリコの世界で最も栄華を誇る国らしい。

 街には絢爛な建物が立ち並び、人々は誰もが幸せに暮らす。

 各地から様々な人が集まり、連日賑わいを見せているとのこと。


「まさに店を開くにはうってつけの場所なんですよ!」

「へぇ、なんだかとても楽しそうなところだな」

 大きなバーやカジノまであるんだってさ。


「まあでもすぐに問題にぶち当たったんですけどね。

 早速、王に謁見しようとしたんです。出店許可をもらうために」

「で、問題ってのは却下された、とかだろ」

「いえ、もっと前の段階です。謁見を、断られたのですよ!

 なんでも近くの小国と小競り合い状態で、お前の様な怪しい奴は通せないって」

 おっさんはかなり憤っていた。

 眉を顰めて不快そうな表情を顕わにしている。

  

 しかし、まあ、その、ねえ……

 あからさまに見てくれが不審者っぽいのだから仕方ないんじゃないか。

 そう思ったが、決して言葉には出さなかった。

 それよりも――


「なんだ、それ?

 じゃあ、そのボンノーの国はどっかの国と戦争でもしようとしてたってのか?」

「そのようです。聞いたところによると、以前からあまり仲がよろしくなく。

 世界情勢の不安定さもあって、どうにも疑心暗鬼に駆られてたみたいですね、国王が」

「魔物が出るっていうのに、人同士で争ってる場合かよ……」

「まあどうしたって資源は限られてますから。

 外敵がいても奪い合いになってしまうのは……残念ですけどね。

 まあ存外、魔物が絡んでいたんじゃないかと疑ってますけど」

 そんなもんかねぇ……なんだか虚しい気分になってしまう。

 そんな時こそ、人間同士協力すべきだろうに。


「おっさんはそれからどうしたんだ?

 王様に会えないんじゃ、出店計画も頓挫しちゃうだろ」

「腹が立ったので、敵国のヨクボーの国に向かいました!」

 こいつ、ノリだけで行動してやがる。

 元々の目的はどこへ行ったのやら。


「ああ、そんな呆れないでください!

 問題を解決しようと思ったわけですよ、わたしは」

「実際は?」

「道中拾った武器や防具を売りつけようと思いました」

 思いのほか簡単に白状しやがるな。


「戦争を利用して儲けようとしてるじゃねえか!」

「いや、寸でのところで止めようとは思ってましたよ、実際」

「さっきと口振りが同じだな。

 嘘、ついてるだろ?」

「い、いえこれだけは本当です。信じてください」

「――はあ、わかったよ。でも勝算はあったのか?」

「ええ、実はですね」

 トネリコは真剣な表情で詳しく述べ始める。 


 おっさんあがヨクボーの国に向かったところ、ボンノーの時と違い歓迎された。

 小国ゆえの物資不足から、商人というだけでありがたかった。

 こんな不審人物を城に招き入れるなんて、ヨクボーの行く末が心配になる。

 ……とにかく上手く商談を取り付けて、おっさんは大金を手にした。

 

「今度はまたボンノーに戻りました」

「問題は何も解決してないじゃないか。

 そもそも事態はより悪化している様な……」

「そこがポイントなんです」

 トネリコが目を輝かせる。

「ボンノー王に、ヨクボーが物資を整えたことを伝えたのです。

 すると、どうでしょう。なんとわたしは国王に招かれました」

 さすがに俺もこの後の展開は読めた。

 こいつ、ここでも武具を高値で売りさばいたらしい。


「それ、どんな死の商人!

 というか、金儲けのポイントじゃないか!」

「し、仕方なかったんです! わたしにはお金が必要で――」

「それも自分の欲望のためだよなぁ?」

「うう、それの何がいけないんですか!

 もとはと言えば、ボンノー王も欲に従ってるじゃないですか!」

「開き直るなよ……」

 ここまで来るとただのマッチポンプだな、こいつ。


「で、それを何度か続けていたんですが……」

 お互い軍備拡張に熱心になるあまり、戦争は中々始まらなかった。

 そしてある時、おっさんは不思議な噂を聞いたという。


「ボンノーには勇猛な皇子が。

 ヨクボーには、えっと、あ、可憐なお姫様が、それぞれいたんですけど」

「どうせお互いがお互いに恋しあってるとかそんなところだろ?」

「エスパー、いやどこぞの占い師みたいですね……

 う、いかんいかん、頭痛が」

「いや、当たってるのかよ!」

 しかし、なぜおっさんは謎の頭痛に襲われているんだか。


「自由に国々を行き来できることを生かして、わたしは二人を結び付けたんです。

 結果、両国が争う理由もなくなったわけですな」

「それ行き当たりばったりで解決してるよね」

「ま、まあ、いいじゃありませんか」

 とんでもないご都合主義だな、まったく。

 まあしかし、戦争は起きなかったのだからいいか。


「こうして、ボンノー王とのパイプを手に入れて。

 わたしは無事に出店許可を得たわけです。

 しかもモンスターのドロップ品の転売のおかげで、資金の問題もなし」

「金儲けの仕方がえげつないんだよなぁ……

 というか、一歩間違えたら、戦争を煽った罪で捕まってもおかしくないぜ」

「そんな褒められたら照れますとも」

「褒めてねーよ!」

 とにかくおっさんは無事に自分の店を持てたわけだ。


「始めこそ経営は順調だったんですが――」

「おーい、入るぞ!」

 いきなり襖があいた。

 顔を出したのは親父だった。


「ご飯できたから呼びに来た――っと、旅の人もお目覚めか」

「この家のご主人ですか? すいません、助けて頂いたようで」

「そんなこと気にしないでください。

 困った時は助け合いですから。

 旅の人の分も用意してあるので、よければ来てくださいな」

 そういうと、親父はリビングへと戻っていく。


 そうか、もうそんな時間か。

 異世界から来たと話すこの男を見ていると、なんだかこの後のことがとてつもなく不安になるのだった――

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