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第五十三話 探せ、アーサー!

「地図もってきたよ~」

 寧音が店の奥から一枚の紙持って現れた。

「それとこれがアーサーの写真です」

 そして薄井がスマホを指し出す。そこには茶色のミニチュアダックスフンドが映っている。

「お二人ともありがとうございます」

 おっさんは寧音から紙を受け取ると、それを台の上に広げた。

 それはやや黄ばみがかって少し古ぼけていた。


 先ほどの謎目薬の説明はまだトネリコからはなかった。

 それを話す前に、奴はこの町の地図と探し犬の写真を用意して欲しいと頼んできた。

 後者は姿が見えれば媒体は何でもよかったらしいが、前者の方は紙で寄越せとけったいな注文まで付けて。

 幸い店の奥にあるんじゃないかとのことで、寧音が探索に出向いたわけだった。


「これで準備完了ですね。では――」

 おっさんは液体の入った容器の蓋を開けた。そしてそれを手に持つ。

「待て。一応、この道具の説明をしてもらおうか」

「おっと私としたことが失念しておりました。少々お待ちを……『サーチス』」

「な、なにが始まるの?」

 不安そうな顔を見せる薄井。

「まあ見てて。そこそこ面白いから」

 不敵な笑みで友人に向かって寧音が言葉をかける。


「これは『遠見の目薬』使うとダンジョン内のアイテムの位置がわかるぞ!」

「おい、二つ疑問があるんだが」

「なんでしょう?」

 おっさんは自分がおかしなことを言っているとは全く気付いていなかった。


「まずどこにダンジョンがある?」

「この町です」

「人の住む町をダンジョン扱いするんじゃねえ」

「まあまあそれは一度置いておこうよ、晴信」

「お前、なんでこういう時だけ適応能力が高いんだ……」

 まあ実際問題話が進まないから、ここは引き下がるか。

 依然として納得いかないけれど。


「それでぼっちゃん、二つ目は?」

「アイテムってなんだよ、俺たちの探しているのはれっきとした動物だ」

「はっ、確かに! あまりの剣幕に気付かなかった。流石、橋場君ね」

 犬の飼い主から謎に褒められてしまった。

「そこはそれ、言葉の綾ということでご勘弁を」

 おっさんは慇懃無礼に頭を下げた。

 当事者の薄井はまんざらでもなさそうなので、まあいいのか。


「ねえトネリコさん」

 今までずっと黙って何かを考え込んでいた慎吾が口を出した。

「さっきの質問を聞いている限り、これはダンジョンのアイテムを見つけるアイテム、ですよね?」

「探偵殿のおっしゃる通りでございます」

「ピンポイントで薄井さんの買っている犬――」

「アーサー」

 彼が言葉に詰まったところに、すかさず飼い主からの言葉が飛んだ。

「そう。かのブリテンの王様と同じ名を持つ犬だけを見つけられなくないですか?」

 慎吾は腕組みをして難しい顔をしてしまった。


 それにしてもこいつなんとも回りくどい話し方をするもんだ。

 なんだか知識を気取っているどこぞの探偵みたいである。

 トネリコに相変わらず探偵呼ばわりされているから調子に乗っているらしい。

 まあ、害はないので放っておくか。困ったら寧音に頼んでクラス中の晒し者にしてやればいい。


 と、そんなことより。確かにそれは俺も見落としていた。

 トネリコがあのへんな説明口調になる時って、なんか情報がスムーズに頭に入ってこないんだ。

 こうして、頭の切れる友人がいて助かった。


「ふっふっふっ、使い方にコツがあるんです。

 いいですか、まず欲しいアイテム――探してるワンちゃんのシルエットを頭に刻み込んで」

 おっさんはまじまじと薄井のスマホの画面を見つめ始めた。

 眉間に皺が寄って、珍しくその表情から真剣さが読み取れる。


「そしてそれが終わったら、地図にこの液を垂らします!

 すると、ワンちゃんの存在を示す様に赤い斑点が点りますぞ!」

 やけにトネリコは自信満々である。はっきり言って、まだ不安でいっぱいだった。


 おっさんは右手で蓋のあいた容器を掴み、それを逆さまにして机の上の紙に液体を数滴垂らしていく。

 すると段々とその染みが紙全体に行き渡っていった。

 そして――


「って、おい! 赤い斑点、たくさんあるじゃねーか!」

 おそらくマーカーであろう赤い点々が紙のあちこちに浮き上がった。

 結局トネリコの作戦はどこまでもがばがばだ。




 路肩に止められ軽自動車、その下で一匹の猫が目を光らせていた。

 こちらの様子をじっと窺っている。

 地図を見ると、この地点の赤い印の正体はこいつらしい。


「また外れだ」

「今度は猫か……トネリコさん、ちゃんと写真見てたのかよ……」

 後ろで慎吾が悪態をついている。

 無理もない。これで五連敗だから、俺だってそろそろうんざりしてきている。


 地図に灯ったたくさんの赤い点――そのどれかがアーサーだとおっさんは力説した。

 しかしまあ無数とまではいかないが、それなりにかずはあるわけで。

 俺たちは二手に分かれて、一つ一つ地図上の赤い点を虱潰しに回っていくことにした。

 寧音は薄井と一緒に町を巡っている。おっさんは留守番だ。


 ちなみに、点を探すための地図はどうしたかと言えば――増やした。

 コピーではない。増やしたのである。

『これは増殖の壺です。中に入れたものを増やします』

 なんともまあ便利なアイテムがあったもので、薬品を振った地図は見事に二枚になった。

 ビスケットの歌も真っ青である。いや、あっちも叩くと増えるとか、どっこいどっこいだな。

 

 そんな便利なアイテムがあるんなら、いっそのこと地図を四枚にして四人分かれて町を巡ればいいのに。

 俺は初めそう思ったが、おっさんによるとそれはできないらしい。なんでも壺の能力限界のせいで。

 一度増やしたものは二度と増やせない。端的に言えば、そういうことらしかった。


「ほれ」

 俺は車の下でこちらを警戒している猫に向かって団子を投げた。

 すると恐る恐るだが、奴はそれに口をつけ始める。

 そして、次の瞬間にはその身体は崩れ落ちた。


「よし、次だ」

「いいのかねぇ、動物愛護団体に見つかったら一発アウトだよ?」

「仕方ねえだろ。これしか判別の方法がないんだから」

 ぶつくさと文句を述べる友人を連れて、俺はその場を後にした。


 図上のマークを一つ一つ確かめることにしたのはいいが、一つ問題があった。

 それは印が消えないこと。そればかりか、それがあちこち動くという点だ。

 最早この時点でこの作戦は頓挫していると思うが、なぜか寧音や薄井は乗り気で。

 そして他に方法が浮かばないということで、結局この作戦は採用された。

 

 先の問題の解決の糸口は寧音のこんなセリフからだった。

『動くのであれば動かなくすればいいじゃない!』

 至極まっとうな事ではあるが、相手は動物。まさか一々その息の根を止めるわけにもいかず。


 すると、おっさんが『スイミン草』とかいういかにも、眠りに関係しそうな草を出してきた。

 これを先ほどの魔獣のエサと合体させることで、即席の睡眠薬入りエサを創造したわけである。

 先ほどあの猫にやったのもそれだった。


 というか、ここにきておっさんの不思議なアイテムが露骨に活躍し過ぎている。

 すると、段々薄井も現状に対して疑問を感じなくなったようで。

 すっかり不思議なアイテムはもとより、おっさんの素性まで受け入れてしまった。

 まあ知名度を上げるための第一歩と考えれば、悪くないことではあるんだけど。


 地図を見ながら、近場の点へと急ぐ。隣では慎吾がスマホの地図アプリを確認していた。

 まさか町の半分をこうして歩き回ることになるとは思わなかった。

 せめてもの救いは、マークが徐々に減っていることと、捜索範囲がそんなに広くないことだ。


「しかし本当に見つかるかね?」

「さあどうだろうな」

「今まではずっと犬だったけど、いきなり猫になったんだよ?

 この先どんな動物に遭遇することやら……」

「まあ落ち着け。この辺りは住宅街が多い。そんな突拍子もない動物はいないさ」

「そうだといいけどねぇ」

 慎吾はしみじみと吐き捨てた。


 俺も確かに不満はあるけれど、やるしかないわけで。

 薄井に大丈夫と言った手前、そう簡単には引き下がれない。

 なにより行方不明のアーサーが可哀想だ。

 だからこう黙々と足を動かせるわけだけども。

 だいぶ目的の点が近づいてきて――


「あっ、橋場君! こんにちは」

「さっきぶりだな、安斉」

 角を折れたところで、なんと安斉と遭遇してしまった。

「あの、僕もいるんだけど」

「ご、ごめんね。こんにちは、立見君」

 別に彼女に無視する意図があったわけでもないだろうに。

 まあ影の薄い慎吾が悪いな、俺は心の中でそう呟いた。


「で、何してるの?」

「ああ、実は薄井さんの犬を探してて」

「アーサーちゃん? そう言えば迷子になったって聞いたわ。

 優しいんだね、橋場君。でも二人って接点あったけ?」

「あれだよ、寧音さんのお悩み相談のやつ」

「そういうこと! 手伝ってるって言ってたもんね」

「まあな。で、安斉は何してるんだ?」

「見ての通り犬の散歩だよ」

 安斉はにっこりとほほ笑んだ。


 ああ、確かにそうだ。

 彼女は毛並みの良い少し大きな白い犬を連れていた。

 それはいい。問題なのは――


「この子にも反応してるね」

 苦々しい表情で、友が呟く。

 赤い点は今俺たちの現在位置とぴったりと重なって動かないでいた……

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