第五十話 そして僕らは空を飛ぶ
風を切って進んでいる。
行く手を阻むものはなにもない。
前後左右、どこへ行こうと、何をしようとも俺たちは自由だ。
それどころか、上下にだって自在に動ける。
今俺は自分の住む町ーーその遥か上空を翔けているのだ!
流石に気分が高揚してくる。だってこんな機会滅多にない。
では一体何に乗っているかというと、所謂『魔法の絨毯』である。
飛行機とは違って、俺たちは生身で風を受けていた。
『以前勇者様たちと世界を巡っていた時に訪れた魔法使いの里でもらったものです』
そう言いながら、おっさんは巻かれた古ぼけた赤いじゅうたんを広げて見せた。
意外と言っては失礼だが、表面は新品同然で糸解れ一つすらない。
複雑な幾何学模様が刻まれており、なるほど確かにどこか神秘的な感じがした。
しかしこれが『魔法の絨毯』だと言われてもいまいちぴんと来なかった。
その時点で用法もよくわかっていなかったし。
すると、俺の怪訝そうな視線を察したのか、おっさんは『サーチス』の魔法を使った。
『これは魔法の絨毯だな。使うと、自由に空を飛ぶことができるぞ!』
そして言い終えると、ドヤ顔で俺と慎吾の顔を見比べた。
いや、そう言われても。俺は半信半疑のままだった。
疑いの気持ちが全て消えたのはそのすぐ後のことだった。
おっさんは見ててくださいね、と言うと絨毯の上に乗った。
すると、それがまず地面すれすれのところまで浮いた。そしてすいーっと辺りを翔ける。
その不思議な現象を前に俺も慎吾も信じざるを得なかったというわけだ。
「きゃあああ、気持ちいいぃぃぃ」
寧音はさっきからずっとハイテンションである。
『ペガサスの羽根』実権で仲間外れにされた分、余計に張り切っているのかもしれない。
『魔法の絨毯』の紹介を受けた俺たちは足早に豊臣雑貨店に戻った。
あまり遅すぎると、あいつが癇癪を起こすのを危惧してのことである。
トネリコのおっさんはせっかく出したのだからと、早速魔法の絨毯を使おうとしたが。
流石にそれは止めておいた。
そして、寧音と合流してすぐに慎吾が奴に例の絨毯のことを話しやがった。
好奇心旺盛な彼女がじっとしていられるわけもなく、トネリコに見せろとせがみ。
あまつさえ使ってみたいとまで言い出して。そこにおっさんと慎吾が便乗する。
俺はそんな目立つこと止めた方がいいと止めたのだが。
『ちょっとくらいなら大丈夫よ』とか。
『平気平気。未確認飛行物体なんてしょっちゅう目撃されてるし』や。
そしてトネリコの『高いところを飛ぶので心配無用です』という後押し。
結局、三馬鹿に押し切られて、こうして空を飛んでいるわけだ。
もちろん俺自身、興味が全くなかったと言えば嘘になる。
しかしなんとも爽快な気分だ。向かい来る風が気持ちいい。
そして、この高い位置から見下ろす我が街並みも大変美しく見える。
街を一望できる高層ビルや山の展望台からでもこうはいかないことだろう。
こうも楽しいと、あれだけ人目を気にしていたことが馬鹿らしくなってくる。
「どうですか、皆さん?」
「もう最高の気分だね!」
「やっぱり高いところはいいわねぇ」
「馬鹿と煙は高いところが好きっていうしな」
「誰が馬鹿よ!」
「今のが自分のことを言ってると気づいた時点で馬鹿卒業だおめでとう」
「うっさいわよ!」
寧音が怒りに任せて俺に突っかかってきた。
「お、おい暴れるなって――」
ぐらりと身体がふらついた時には流石にひやりとした。
生きた心地がしないというか、未だに高まった心臓の鼓動が収まらない。
「はっはっはっ、大丈夫ですよ、ぼっちゃん。絶対に落ちることはないですから」
「本当かよ……全く信用ならないぞ」
「そういうのでしたら……よっと」
おっさんが謎の掛け声を出すと、一気に絨毯は加速する。
そしてそのまま急旋回を繰り返す。
生じたGで、全身に酷く圧迫感を感じた。
しかしそれでもまるで尻が張り付いたかの様に動かない。
挙句の果てに、トネリコは絨毯を縦にループさせた、
「うわぁぁぁぁぁぁぁ」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ」
俺たちはただ絶叫することしかできなくて。
だが、やはり身体が落下することはない。
ジェットコースターに乗っている様な気分だった。
「どうですか?」
おっさんは平気そうな顔をしている。
「わかったから、二度とやらないでくれ」
安定飛行している今でさえ、俺は未だに動悸が激しいままだった。
朝の目覚めはいつも通り。良くもなければ悪くもない。
瞼を一度ぎゅっと閉じてから、まばたきを数回繰り返す。
そして欠伸を一つ。まだ眠たさを感じるものの、時間は待ってくれない。
眠たい目を擦りながら部屋を出た。
脳の回転が鈍いながらも洗面所を目指す。
目的地にたどり着いたら、まず蛇口を捻って水を出した。
そこに手を突っ込んで冷ややかさを感じ、ようやく眠気から解放される。
そのまま掌で水を掬ってバシャバシャと顔に浴びせること三回。
棚から取り出したタオルで顔面を拭きながら、鏡越しに自分と向かい合う。
いつも通りのやる気のなさそうな青年がそこにいた。
適当に髪形を整えて、俺は洗面所を出た。
素足のため、廊下のひんやりさがじかに伝わってくる。
そしてテレビの音が聞こえ漏れるリビングへ。
「おはよう」
そこにはすでに俺以外の家族が揃っていた。
父はソファにどっぷりと座って、新聞を広げている。
トネリコと母さんはテレビを見ながら朝食を食べていた。
道端で拾った異世界出身のおっさんがいる以外はどこにでもある日常風景である。
俺にしてみても、今さら違和感など微塵にも感じないけれど。
とりあえず茶碗にご飯を盛って俺も席に着こうと思ったら――
「なんでいるんだ?」
「お迎えに上がりましわよ、ぼっちゃん?」
「今日はやけに早いな……」
「あんた、やっぱりスマホチェックしてなかったんだ」
その人物はうんざりした様にため息をついた。
リビングの入り口からはトネリコが陰になって、全くその姿は見えなかった。
食卓には一人の部外者――うんざりするほど顔を見飽きた幼馴染が座っていたのだ。
しかも、橋場家の朝ごはんに舌鼓を打ってるご様子だし。
まあしかしこれもまた日常である。
特に気にすることなく、俺は空いているところに座った。
そして一つ納得がいったことがあった。父は寧音がいたから、ソファで新聞を読んでいたのだと。
いや、至極どうでもいい情報だけれど。
「まあ、練る二時間前と学校に行く前しかいじらないって決めてるから」
「スマホを使い慣れてない、ご老人みたいですこと」
ぷぷぷ、と彼女は口元を隠して小馬鹿にするように小さく笑った。
「模範的な受験生と言って欲しいな。
それで? 寧音ちゃんはそんなに俺に会いたかったのかい?」
目玉焼きにソースをかけながら、テキトーに少女を揶揄う。
「ゴホッゴホッ……いきなりなんてこと言うのよ!」
奴は見事にせき込んで顔を真っ赤にして声を荒げた。
「寧音ちゃん、下品」
「ご、ごめんなさい、おばさん……」
「あと私のことはお母さんと呼んでもいいからね」
「良くない、良くない。あんたの子供、俺ただ一人」
「なんで少しカタコト気味なのよ……」
母が呆れ気味に言葉を返した。そしてやれやれという風に首を横に振る。
「ったく、朝から変なこと言わないでよ!」
「変な事って、俺は本気だぞ?」
「えっ」
そこで彼女はちょっと驚いた表情をして息を呑むのがわかった。
俺を見る眼差しは真剣さと戸惑いが入り混じっている。
「ちょ、ちょっと、お父さんとお母さん。それにトネリコさんもいる前で――」
「まあ冗談なんだけどな」
「あ・ん・た・ねぇっ!」
目を吊り上げて、これでもないくらいの大声を奴はあげる。
「ちょ、ちょっとお二人とも。これ見てください」
そんな雰囲気に水を差したのは黙々と食事に勤しんでいたおっさんだった。
目を大きく見開いて、口をあんぐり開けながら必死にテレビを指さしている。
「これは昨夜からSNSなどで話題になっている謎の飛行物体の動画です!」
リポーターは心なしか力が入っている様だった。っと、そんなことは毛ほどに大事ではない。
問題なのは、今流れている映像である。
「そう! これこそ、私が急いであんたんとこに来た訳よ!」
寧音は興奮して立ち上がるのだった――
先日新作の短編小説を上げたのでよろしければこちらもぜひ!
『勇者が姫で、姫が勇者で~俺(私)たち入れ替わっちゃたみたいです!?~』
https://ncode.syosetu.com/n1075fa/




