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第四十九話 ペガサスの羽根

「ほうほう、空を飛びたいと」

 俺たちの話を聞き終わると、おっさんはとても興味深そうな顔をした。

 右肘をもう片方の掌に載せて、しきりにぼさぼさに伸びっ放しの青髭を触っている。


 慎吾のそんな願いを、俺も寧音も初めは撥ね退けようとした。

 不思議なアイテムによって叶うかどうかは別にして、逼迫(ひっぱく)した悩みにも思えなくて。

 そもそも、本気で言っているとは思えなかった。


 しかし、放課後を迎えてもなお他にアイテムを売りつける候補は見つからなかった。

 それでどうせならということで、結局友の願いを採用したするとに。

 こいつはすでに不思議なアイテムの効用を知っている。

 だから今更こいつに物を売ったところでその効果は薄いんだけど。まあ友達の誼みというやつだ。

 それで三人で店までやってきた。


「ちょっとお待ちを……」

 そう言って、おっさんは特気な顔で袋をいじり始める。

 俺たちはそれが終わるのを待っていることしかできないわけで。

 

「しかし本当にやるのか?」

「もちろんさ。いやぁ、楽しみだなぁ」

「ものすごい白々しいね……」

「今に始まったことじゃないだろ、こいつのテキトーさは」

「全く心外だね。二人に快く協力しようってのに」

「へいへい、それはわるうございました~」

「その反応……あっ、そういうことか!」

 突然慎吾ははっとした様な声を出した。そして、下卑た笑みを浮かべる。


 口角が不気味に上がって、ニヤニヤときもちわ――不気味な笑い方だ。

 頭の中ではどんなありもしないゲスな勘繰りが行われていることか。

 相手にするのも馬鹿らしいけれども。


「どうしたの、立見君?」

「ふっふっふっ、僕はある一つの事実に気付きましたよ、寧音さん」

「もったいぶらなくていいから、早く教えなさい」

「あ、すいません」

 弱いな、こいつ。あんなに大胆不敵って感じだったのに見る影もないぞ。


「晴信はあれだろ? 安斉さんとのひと時を邪魔されたこと根に持ってるんだろ?」

 それはまた随分突拍子もない発想だことで。

 俺は思わず面食らってしまった。思わず言葉に詰まる。


 確かに、今日も一緒に帰るはずだったのは事実だ。

 だからといって、彼女には悪いとはおもっているけれどそれだけだ。

 それを何か余計な想像を働かせられると、何か落ち着かない気分になる。


「そうなの、晴信?」

 真に受けた幼馴染が神妙な雰囲気で俺を見上げてきた。

「違う、違うから」

「すぐに否定するところが怪しいなぁ。もう関係が進んでいるのかい?」

「この野郎……っ」

 ここぞとばかりに畳みかけてきやがって。心底腹の立つ野郎だ。


「ふふん、たまにはいい気味だね」

「おっさん、武器だ、何か武器を寄越せ」

「ええっ、そんないきなり言われても……『破滅の剣』でいいですか?」

「名前からして、物騒すぎるだろ。それ絶対呪いの装備だよな」

「よくわかりましたね。さすがぼっちゃん!」

「やかましいわっ!」

「はあ、では氷結魔法の杖を」

 ポンと謎の木の枝を渡された。少しひんやりとした感触がする。


「わあ。待った、待った。悪かったってば」

 俺が高く杖を振り上げると、奴は忽ち白旗を上げた。

 見事な土下座、全く初めからするなよと思わないでもない。


「で、本当のところはどうなのよ? 手ぐらいは繋いだの?」

 まだ一人、倒すべき相手がいたらしい。

 俺は彼女を凍らせる代わりに、結局いつものデコピンで勘弁してやった。


 とりあえず、悪しき幼馴染と友人は打倒できた。

 全くまるで低俗な週刊誌の様に想像を働かせやがって。

 とんでもない連中である。気を取り直して、本題に戻らねば。


「で、おっさんまだなのか?」

 再びトネリコに声をかけた。今度はちゃんと最初の依頼の件である。

「え、『氷の杖』じゃダメでしたか?」

「そっちじゃない。空飛ぶ道具!」

「ああ、はいはい。わかっていますとも。はい、これです」

 どんと強く何かを机に叩きつけた。

 それはどこかで見た覚えのある羽根である。


「こ、これは……うっ、頭が……」

 そして謎の頭痛に襲われる慎吾君。

 無理もない。それは以前旧校舎探索の際に、彼の頭部に強いダメージを与えた元凶だった。

 ペガサスの翼からもぎ取った羽根らしい、目的地に飛んでいけるアイテムだとか。


「ええ、今度こそこいつの真価を知ってもらおうと思いまして」

「でも前回立見君、ひどい目に遭ってるわよ?」

「あれは屋内で使ったのと、ちゃんとマーキングをしなかったせいです」

「マーキング?」

 聞きなれない単語が飛び出したので、つい聞き返してしまった。


「ええ、そうです。この『天馬の羽根』には魔力が込められています。

 それで地面に魔法陣を描くことによって初めてしっかりとした効果が出るのです!」

「そもそもあの時点では全く使い物にならなかったアイテムってことか」

「そうなりますね」

「で、どうする慎吾? もう一度やってみるのか?」

「もちろんさ!」

 慎吾は満面の笑みで頷いた。






 俺とおっさんは河川敷の整地された広場に来ていた。

 辺りに人影は殆どいない。時刻はまだ午後の四時と空はまだ明るかった。

 商店街のさらに南の位置を大きな川が流れている。


 足元の地面には、赤色の六芒星が描かれている。直径にすれば三十センチほど。

 これがトネリコの言うところの『マーキング』らしい。


「準備オーケーですぞ」

 おっさんが隣で大きく頷いた。

 それを合図にして、俺は寧音に電話を掛ける。


「こちら、準備完了」

「了解、立見君に伝えるわ。おーばー?」

「決心がついたら教えてくれ」

「『おーばー』は?」

「お前、どこのスパイもの映画に影響された?」

「だって秘密通信の時ってこうするんでしょ?」

 何事も形から入る寧音らしいと思う。が、こっちを巻き込むな。


「さあ、よく知らねえな。俺潜入捜査とかしたことないから」

「あたしもしたことないわよ。こういうのは気分が大事じゃない」

「はいはい、なりきりごっこは楽しいですねー、寧音ちゃん」

「晴信……あんた、後で覚えておきなさい――」

 答えを返す前に電話を切った。これ以上付き合うのが煩わしかった。


「で、本当に大丈夫なんだろうな?」

「はい、もちろんですとも。これは街の道具屋でも普通に売られてますから」

「そんなスナック感覚でそっちの人間は空を飛んでるのか……」

「まあでも町間の移動ぐらいですよ。日常生活で使うことはあまりないですから」

 トネリコは少し苦笑いを浮かべた。


 慎吾がさっそく使いたいというから、こうしてこのあまり人目につかない広い場所を選んだ。

 寧音が向こうにいるのは慎吾の補佐……というか、たんに店番である。

 魔法陣を記す役目をおっさん、その案内役が俺、となると残るのは彼女しかいなかった。

 まあかなり不平不満を述べていたけれど、こればかりは仕方がないと思う。

 

「もしもし、どちら様ですか?」

 さっきの通話からあまり時を置かずして、誰かから連絡がきた。

「寧音よ、寧音! わかってるでしょうに。今から行くよー」

「ああ、わかった」

 そこで通話を終えた。少し緊張感を感じながら、何かが起こるのを待つ。

 一体どうなることやら、俺は同時にわくわくしていた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ」

 声がした方向を見ると、宙を人間が飛翔していた! かなりのスピードである。

 そのまま俺たちの方に速度を落としながら降りてくる。

 そのままふわりと着地が決まった。


「はあはあ。生きた心地がしなかった……」

 慎吾はへなへなと地面に座り込んでしまった。

 顔は少し青ざめて、息は絶え絶え、全身酷く汗をかいているのがわかる。


 まさに一瞬の出来事だった。

 ものの数秒で、こいつは豊臣雑貨店からここまで飛んできた。

 これは確かに便利な道具である。


「いやぁ成功したようですね。よかった、よかった」

「ああ、そうだな。おい慎吾、大丈夫か?」

「う、うん。なんとかね、いやぁしかし、あっという間だったよ」

 言葉を返しながら、彼は何とかといった様子でよろよろと立ち上がった。

「楽しんでいただけましたかな?」

「それが、そんな余裕はなかったですね……

 いきなり身体が浮かび上がったというと凄い速度で空を翔けたもんだから」

 彼の身体は少し震えている様に見えた。どうやらそれなりに恐ろしくもあったらしい。


「ううん。失敗でしたかな……」

「もう一度やってみるのはどうだ?」

「ええっ、そんな度胸ないぜ」

 流石の慎吾もこれには驚いた顔を見せた、

「それに申し訳ないですが、在庫の方が心もとなくてですね」

「なんだ、おっさん。品揃えが悪いじゃねえか」

「勇者様が即時移動魔法を使えるので。『ペガサスの羽根』はお役御免だったんですよ。

 あっちの方がマーキングが必要ない分便利ですから。使い切りでもないですし」

 確かに言われてみればゲームでも、移動手段が整ったらわざわざ買ったりはしないな。


「ねえトネリコさん。我儘だとは思うんだけど、もっと穏やかなものはなかったのかな?」

「ええとそれがですね、例えばこの靴も空を飛べますが」

 おっさんがアイテム袋から引っ張り出してきたのは羽根のついた可愛らしい白い靴。

「あと、これでも可能ですな」 

 次に出てきたのは、いつもの魔法の杖シリーズ。こっちにも杖先に黒い羽根がついている。


「なんだよ、他にもあるんじゃないか」

「どちらも目的地がわからないランダム仕様となっております」

「あー確かにそれはまずい。というか、おっさんにも良心はあったのか」

「そりゃ、ぼっちゃんの大切なご友人ですから」

 自慢げに彼は胸を張った。しかし胡散臭い。


「ああ、でもそういえばこれがありましたな」

 何かを思い出した顔つきになって取り出したのは、古ぼけた真っ赤な絨毯だった――


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