第四十八話 第二の依頼
所変わって、藤見宅へとお邪魔している。里奈さんへ事情を説明するためだ。
そのまま公園で話すことも考えたが、日暮れが近づいていた事もありそれは止めた。
『癒しの杖』の効果でかなり進さんの体力……トネリコ風に言えばHPも回復していたし。
見るからにズタボロだったのに、容易くここまで歩いてくることができた。
あの杖の効能はどうやら本物らしい。ただ治る傷は戦闘時に負ったもの限定らしいけど。
思えば、この夫妻と大事な話をする時はいつもここだ。
何度目かは忘れたが、この客間にももうずいぶんと見慣れたもので。
横長の机を挟んで、チーム豊臣雑貨店とフジミベーカリーコンビに別れている。
「『怒りの指輪』ねぇ……」
全てを話し終えた今、やはりというか里奈さんは不思議な表情をしていた。
自分の身に何が起こったのか、ぼんやりとしか覚えていないらしい。
「なんだか朝からイライラしてるのは覚えてるのよ。
それに進さんにも強く当たったこととか。でも曖昧でね……」
「ある種の混乱状態だったので仕方ないですな」
「お前の責任だってことは忘れるなよ?」
「わ、わかってますよも。この度は本当に申し訳ありませんでした」
「すみませんでした」
俺も一緒に頭を下げた。
ちゃんと商品を確認させなかったことで、責任を感じていた。
「まあ結局進さんも無事だったわけだし、ゆるします!」
茶目っ気たっぷりな言い方で、里奈さんは女神の様な笑顔を浮かべてくれた。
「まあそうだな。お前らにはプレゼント選びに協力してもらったわけだしな」
「よかったねー、二人が優しくて」
くそ、こいつ他人事だと思って。寧音の能天気さがムカつく。
「ねー、単純な好奇心なんだけど、里奈ちゃんは今日一日どんな気分だったの?」
「さっきも言ったけど、ずっとイライラしてたわね。特に進さんが近くにいるとなおさら酷くて。
自分が自分じゃない感じで、それを全く抑えられなかったのね。お昼に大喧嘩した時もそんな感じで」
「俺が出て行った後はどうしてたんだ?」
「身体が熱っぽい感じで、それに進さんもいないから、お店を開けてられないと思ったわ。
浮遊感みたいなものを感じながら、何とか店を閉めて後はずっと横になってたわ」
里奈さんはばつが悪そうに笑った。
「そういえば、さっきあたしが訪ねて行ったときもかなりしんどそうだったもんね」
「うん。それでも誰か来たから出なくちゃって、気力を振り絞って起き上がったから。
でも、公園で進さんが待ってるって聞いたら居ても立っても居られない気分になって」
「それで勢いそのままに、あの大バトルに繋がったって感じですか?」
「ええ、数時間ぶりに進さんの姿を目にしたら、まさしく我を失った感じがして。
気が付いたら、彼が倒れていたのよ」
彼女は夫の方を見た。その眼差しはいつもの穏やかなものだった。
しかし、『怒りの指輪』なんとも恐ろしいアイテムだ。
進さんに言わせれば、力強さがいつもと段違いだったというし。
だが、もっと恐ろしいのはそんなアイテムをまだトネリコが有している可能性があるということ。
その扱いには一層気を付けないといけない。わかっていたことだが、改めて強く心に刻み込む。
「私も進さんに訊きたいことがあるんだけど」
「ああ、いいぜ。なんだ?」
「どうしてトネリコさんの店でプレゼントを買おうと思ったの?」
「だって普通のものじゃあお前、喜ばないだろ?」
「ふぇっ?」
夫の言葉に、彼女は間の抜けた悲鳴を漏らした。
そして呆気に取られた様にぽかんと口を開けている。
「いやお前今まで一度も俺のプレゼントに対して嬉しいと思ったことないだろ?」
「え、何言ってるの? もちろんあるわよ。というか、全部嬉しかったし、大事に取ってあるけど」
「はあ? だって、お前いつも不愛想に『ありがと』って一言帰すだけだからてっきり」
「あ、あれは、ただ単に恥ずかしかったというか……付き合い長いんだから、わかってよね、それくらい」
里奈さんは耳まで真っ赤にして俯いてしまった。
どうやら全ては進さんの勘違いだった様で。
そもそも一番悪い奴がトネリコ(それと俺)なのは変わりはないけれど。
まさか初めから不思議なアイテムが必要なかったとは思わなかった。
全くいい感じに振り回されたものである。
不謹慎だけど、少しは楽しかったからまあいいけど。
そしてそのまま目の前の夫婦はいちゃつき始めた。
こいつめ~、まああなたったらみたいな感じである。
正直見るに堪えない。早く帰りたいと心底思う。
「まあ何はともあれ、一件落着ということで」
トネリコは満面の笑みでそう言い放つのだった。
『急募! みんなのお悩み、この豊臣寧音が解決します!』
こんなものが昨夜クラス全員当てに流れてきた。
どうやら、今いよいよ学校での客探しを本格化させるつもりらしい。
それにしても、事情を知ってる俺以外からすれば胡散臭くて仕方がないだろう。
俺としては、昼間あれだけの騒動があったのによくやるなといった感じだ。
あいつが何かやらかしたわけではないから、懲りることはないのだろうけど。
まあ俺が注意して見てやればいいか、と結論付けた。
そして今日。
特に意識してみていたわけではないけれど、寧音の所に群がるクラスメイトはそれなりにいた気がする。
あんな猟奇的な文面でも人を集めることができるとは。人望だけはあると思う。
それで少しは寧音も満足だろうと思ったのだが――
「それでどうしてろくな悩み事がないわけよ!」
目の前に座る寧音が不服そうな顔で軽く机を叩く。この調子である。
実際、相談事は何件かあったらしい。だが、内容がよくなかった。
やれ頭がよくなりたいだの、部活で結果が出したいだの。果ては大金持ちになりたいまで。
真面目な願いと不真面目な願望が見事に入り混じっていた。
そしてそのどれもがおっさんのアイテムを使って解決するような問題ではなかったわけだ。
そんなことを昼食を食べ終えた後のこの長閑な時間帯に、彼女はわざわざ教えてくれた。
まあ確かに、聞いていた分にはおっさんの力を借りるまでもないことは同意だ。
そして能力を上げたい系は流石に倫理的にまずいと思う。
事情を話せばステータスが上がる果実が出てきそうな予感はするが、それはただのドーピングなわけで。
そう考えると、意外と不思議なアイテムが日常に生きることはないのでは、と少し不安になる。
「ねえ、立見君? あんた、何かないの?」
一緒に話を聞いていた慎吾にいきなり話を振った。
こいつには昨日の件も含め、トネリコによる豊臣雑貨店乗っ取り計画の全貌は話してある。
「残念ながら何も」
彼はすかさず首を振った。
「今なら友達料金にしておくわよ?」
「金とるんだ……ちなみにいくら?」
「二百円」
「微妙だね」
「これでも通常価格五十円の所を特別価格にしてるのに!」
「普通の四倍取ってるじゃねえか。友達料金でぼったくってどうすんだ」
バカげたことを言う幼馴染の頭を小突いた。
「痛い、なにすんのよ!」
そんなに強くたたいてないのに、奴は頭をぎゅっと押さえるとわざとらしく睨んできた。
「先程の俺の机の分だ」
「意味わかんないこと言わないでよ!」
「まあまあ二人ともイチャイチャしなさんな」
「そんなんじゃねえよ!」
茶化す友人を強く怒鳴って、きっと睨みつける。
「あ、そうだこの世全てのリア充を爆発させるってのはどう?」
「そんなことしたら人類が衰退の一途をたどることになるわっ!」
「そもそも、トネリコのおじさんのこと神か何かだと勘違いしてない? さすがに無理ね」
「残念だな、割と本気だったのに」
とんだ危険思想の持ち主だな、こいつは。
成績がいいのにモテないのはこのあたりに理由があると思う。本人には言わないけれど。
「しかし三日目にしてこの状況は困ったなぁ。もうちょっとうまくいくと思ったんだけど」
「先の見通しが悪すぎるんだよ。予め候補になりそうな人探しておかないか、普通」
「思いついたら即行動があたしのモットーだから」
「はいはい、そうですか」
本当、こいつには困ったものだ。付き合わされるこっちの身にもなって欲しい。
「あ、そうだ。一つやりたいことあったよ」
ポンと手を叩くと、慎吾は不敵な笑みを浮かべた。
「どうせまたどうしようもないことだろ?」
「聞きたくないんなら別にいいけど」
「こらっ、晴信! そういうこと言ったらダメ。これは大事な商売チャンスなんだから!」
「お前も少しはその下心を隠した方がいいぞ。台無しだ」
「わーなんだろう。どんどん話す気が無くなってきたぞー」
清々しいまでの棒読み具合だった。
「うるせぇ、いいから話してもらおうか」
「最後には恐喝ですか、尾張君……」
慎吾は苦い顔をして肩を竦める。
いちいちリアクションがオーバーすぎる奴だな。
「はあ。わかったよ。じゃあ言うな」
そう言うと、おちゃらけた友人は一つ真面目な顔つきになった。
そして――
「空を自由に飛びたいな」
ずいぶんとまあとんでもない言葉が奴の口から出たもんだ……




