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第四十六話 それは力の指輪ではありませんでした

 俺は今非常に落ち着かない気分だった。

 歩き飽きたいつもの帰り道のはずなのに、非常に心がざわついている。

 それは隣にいる少女が原因であった。


 別に女子と二人で歩いていることが問題ではない。

 あのちんちくりんな幼馴染がよく余計な気を回してくるから、そんなことは珍しくない。

 ただ、今日の相手はいつもと顔の位置からして違った。


 自分の肩口少し越えたところに女の子の顔があるなんて、なんだか新鮮な気分だ。

 いつもはもっと下のところなのに。

 歩く歩幅も異なれば、動く度に視界の端を掠める髪の長さだって違う。

 そう全てが初めての経験だった。少なくとも、高校に入ってからは。


「しかし安斉さんも帰り道はこっちの方向だったんだね?」

「うん、そうなの。実は何度か三人でいるところ見たんです」

 それで、彼女が俺と帰りの方角が同じと知っていたことに納得がいった。


 うちの高校から何とか徒歩で通える範囲には中学が三つある。

 当然、俺と寧音は同じ出身校で、慎吾は別。

 なら、安斉はあいつと同じか、それとも第三の中学の卒業生ということになる。

 私立中学の可能性もあるか。


 その辺りの事を尋ねると、彼女が口にしたのは俺のとも慎吾のとも違う名前だった。

 それは先に述べた三つ目の中学の名前でもあった。


「でもその中学出身手ことは歩いてくるのなかなかしんどくないか?」

「うーん、そうなんだけど意外と何とかなるよ」

「体力あるんだな」

「そんなことないよ~」

 彼女ははにかみながら首を横に振った。


 そう、今日は何と帰りが安斉と一緒だったのだ。

 昨日の夜に、メッセージで約束を取り付けられた。

 慎吾は気を遣ってさっさと一人で帰ってしまい、寧音はといえば……


『あたし、補習だから』

 数学の追試に見事に敗北を喫したらしい。

 トネリコに店を任せて二日目だというのに幸先が悪すぎると思う。


 それでも一人で豊臣雑貨店に向かうという選択肢もあったわけだが。

 実はまだ新しい顧客が見つからなかったために、その必要もなかった。

 つまり、俺は久しぶりに完全にフリーな放課後を得たわけである。

 

 それでこうして彼女と二人っきりで帰路に就いているわけだった。

 幾らか話している内に、ようやく緊張も収まってきている。


 しかしここまでの道中は中々に過酷であった。

 教室を出てから校門をくぐってしばらくはお互いに無言のままだった。

 あまり知らない相手といきなり会話を交わせる程のスキルを俺は持ち合わせていない。

 いつもの二人がいればまだましだっただろうが、恨むぞあいつら。

 まあしかし少しは何とかなった様でよかった。


 その後も会話は弾んで、二人で色々なことを話した。

 さっきの流れを受けて中学時代の話をしたり。共通の話題である高校の話ももちろんした。

 お互いの好きなことを言い合ったりして、なんだかとても楽しかった。


 そして、フジミベーカリーに差し掛かった時――


「あれ、今日はやってないみたいだね」

 俺たちは立ち止まって、揃って店の方を見た。

「そうだな……って、安斉さんもこの店知ってるんだ?」

「当たり前だよ~。この間、寧音ちゃんたちと頑張ってたの、知ってるよ?」

 確かにそうか。盛大に教室の中で宣伝したわけだし。

 

 フジミベーカリーはなぜかシャッターが下りていた。

 どうみても営業しているようには見えない。しかし閉店時刻にはまだまだ早い。

 これはいったいどういうことだろうか。

 

 朝通りがかった時には、開店していたのに。

 たまたま早く店を閉めたのかもしれない。しかしそんなこと初めてだった。

 でもまあ長くやっていればこういうこともあるのか。

 まだ気になってはいたが、俺は無理矢理に納得することにした。


「どうかしたの、橋場君?」

「いやなんでもないんだ、行こうか」

 俺たちは再び歩き始めた。


「そういえばこの間初めて行ってみたんだ」

「へえ。どうだった?」

「学校に来てた変なおじさんと、優しそうなお姉さんがいて――」

 安斉はニコニコととても楽しそうに語り始めた。

 俺はじっとその話に耳を傾ける。

 後ろ髪を引かれる思いがしながらも、俺はそのまま店を通り過ぎた。





「それで緊急事態って?」

 扉を開けて中に入るなり、空気が張り詰めているのを感じた。

 

 豊臣雑貨店には現在いつもの二人の他に進さんがいる。

 理由はわからないが、誰もが思いつめた表情をしていた。

 それにしてもなぜ進さんがここに?

 店が閉まっていることと何か関係があるのかもしれない。

 

 家に帰って、勉学に勤しんでいると突然寧音から連絡がきた。

 今すぐ急いで店に来い、と。緊急事態という言葉まで使って危機感を煽ってきて。

 それでただならぬ気配を感じて、俺は自転車を走らせてここまでやってきたというわけだ。


 店内に人はいない。店先の旗や暖簾は閉まってあった。

 少し早いが店じまいをするつもりなのだろう。

 がらんとした室内を足早に進んで、三人の元に向かう。


 おっさんは昨日と同じくレジ台のところに椅子を置いて座っていた。

 寧音は台にもたれかかるようにして、進さんはポケットに手を突っ込んでそれぞれ立っている。

 皆一様に口を真一文字に結んで、顔をこわばらせていた。


「進さん。悪いんですけど、もう一度話してもらえますか?」

 寧音は彼の方を見るとちょこんと頭を下げた。

 どうやらトラブルの原因はこの男にあるらしいな。


「ああ、構わないぜ。あれは今朝のことだった。突然里奈が怒り狂った」

「……はあ?」

 端的にまとめられすぎて、全く訳が分からなかった。

 説明が下手とか、そういうレベルじゃないぞ。


「あのもうちょっと順を追った方がいいと思いますぞ」

 このようにあのおっさんでさえも忠告するレベルである。

「ああそうだな、すまなかったな少年。それでちゃんと話すとだな――」

 最初からそうしてくれよと思いながらも、俺はじっと彼の話に耳を傾けた。


 いつものように進さんは早朝に目覚めて、パンを作っていたらしい。

 その間に里奈さんが店を開くためあれやこれやと準備を行う 。

 それがフジミベーカリーの日常らしかったがーー


「とりあえず朝飯をと思ってリビングにいったんだ。そしたらな、あいつただ座ってボーッとしてたんたよ」

 しっかりしているイメージのあの人にしては意外だな、と俺は思った。

「どうせそれを咎めて喧嘩になったとかじゃないんですか?」

「いや俺はそんなことしないさ。ちゃんと『どうした、大丈夫か?』って声をかけたさ。そしたらーー」

 里奈さんは『うるさいっ!』と声を荒げたらしい。


「やっぱり進さんが何かしたんですね?」

「だから違うわい! でもまあ確かに初めはそうかなとは思ったけどな。

 しかし、話を聞こうとしても全然ダメというか……」

「ほらあるじゃない。原因は特にないんだけふど、なんとなあく今日はイライラするなぁって時」

「ああ寧音はいつもじゃん、それ」

「何を言いますかっ!」

「お嬢さん落ち着いてください。いいようにからかわれてますぞ」

 このおっさんに宥められたらおしまいだと思う。


 とにかく妻のイライラの原因は進さんにはわからなかった。

 とりあえずそっとしておくことにして、彼は朝食の準備をしようと思った。

 それでキッチンに入ろうとしたところ彼女から罵声が飛んできた。


「『なに勝手なことしてるの!』ってヒステリー気味にだぜ。あれは参った」

 進さんはうんざりする様に首を振った。

「触らぬ神に祟りなしってことで、俺は結局焼き場に戻ったよ。で、パンの仕込みを続けた。

 そのうちに開店時間が来て、そのまま里奈は店にでたさ」

「そういえば朝は店やってましたもんね」

 つまり俺が見かけた時には、すでに問題が発生しかけていたということか。

 見た目には平穏無事に見えたけれども。


「問題が起きたのは昼だった。あいつと交代するために店舗の方に行ったわけよ。

 そしたら俺の顔を見るなり烈火のごとく怒りだしてな」

 客がまだいるのに壮絶な喧嘩が始まったらしい。

 いや、里奈さんによる一方的な殺戮だったと進さんはすぐに訂正した。


「とうとう竹刀まで持ち出してきたから逃げ出したわけよ」

「で、あたしがここに来る途中に公園で寝てたのを見つけたわけ」

 というか、よくそんな場所で眠れるなと思う。


 しかしここまで聞く限り、とても里奈さんの話をしているようには思えない。

 だって、基本的には淑やかで優しい人だ。

 何か原因があるはずだろう。それはきっと進さんがここにいることに関係している。


「あたしもね、話を聞いておかしいと思ったの。

 それで詳しく聞いたらどうもプレゼントの指輪に原因があったんじゃないかって」

「え、もう渡しちゃったんですか?」

「ああ。実はサプライズで夜中にあいつの指に着けたのさ」

 そして俺はトネリコの方に怪訝な眼差しを向けた。


 それなら納得がいった。

 この騒動の原因があの指輪にあるのなら、それはトネリコが解決すべき案件だ。

 そして昨日のあるはずのない『力の指輪』のことを思い出す。


「おい、どうなってる?」

「おそらく『怒りの指輪』のせいでしょうな」

 おっさんは眉間に皺を寄せながら意味不明な単語を絞り出した――

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