第四十四話 妻に贈り物をしよう
俺は進さんの言葉に目を白黒させることしかできなかった。
このやや強面な男から、『妻に贈り物をしたい』なんて発言が出てくるとは。
いや、愛妻家なのはひしひしと感じてはいたけれど。
しかし、それをあからさまに表に出すタイプではないと思っていた。
「あのプレゼントってことなら、他を当たった方が……」
別に不思議アイテムである必要性が俺には全く感じられなかった。
「実はな、未だに女性にどんなものを贈ったら喜ばれるか、よくわかってねえんだなこれが。
だからお前らへの相談も兼ねてるわけよ」
「なおさらデパートとかで店員さんに見てもらった方がいいのでは?」
「そんな時間ないぜ」
普段遊びに興じる時間を削ればいいのでは、と思ったが黙っておくことにした。
しかし、女の人への贈り物か。自慢じゃないが、俺には一度もそんな経験がない。
すると今この場で頼りになるのは……
「なんでしょう?」
期待を込めて眼差しを送った冴えないおっさんはとぼけた表情をしていた。
ダメみたいですね、これは。
せめて、寧音でもここにいれば。あれでも一応女の子だから少しはましなはず。
そっとスマホを確認してみても彼女からの連絡はなかった。
寧音ー早く来てくれーっ! という気分である。
「どうしてもここで買うんですか?」
何とかして、彼を思いとどまらせようと試みた。
「なんだなんだ、客を選り好みするなんてお前もずいぶん偉くなったなぁ?」
どうしてさっきからこの人はこんなに喧嘩腰なんだ……俺は思わずたじろいだ。
まあ、進さんの言うことにも一理ある。
せっかく来てくれたのだから、何とか力にはなりたい。
この人には世話に――里奈さんには世話になっているし、恩返しだ。
「本当にこの店でいいんですね」
「ああ。それによ、異世界のアイテムだったら、あいつも喜んでくれると思うんだ」
「でもこういうのって、心が大事だって言いません?」
「わかった様な口を利くねぇ、少年? あれかい、あの少女には結構プレゼントするのかい?」」
「誰のこと言ってるかわかりませんね」
もちろん寧音のことを指しているというのは気づいている。
しかし、まともに相手をするのも面倒に思ってとぼけた振りをした。
「はぐらかしちゃって~」
しかし、進さんはなおもゲスな笑顔を浮かべて突っ込んでくる。
「あんまりしつこいと、里奈さんにバラしますよ?」
「おう、悪かったな」
やはりこの人にはこのやり方が聞く。
俺は改めて強くこのことを記憶に刻み込んだ。
「とにかく適当に見繕いますよ」
「ああ、頼む」
「そういえば、そもそも今回のプレゼントの理由は何ですか?
また何かやらかしたとか」
「あいつを怒らせるたびに何か贈っていたら、俺の財布は空になるぜ?」
なぜか進さんは自慢げだった。
というか、普段どれだけやらかしているんだよ。彼の妻の苦労が偲ばれる。
「結婚記念日だよ。この間思い出した」
またしてもととんでもないことを口走りやがった、この男。
「ああ、以前そんな話をしていましたな」
「そうだっけ? トネリコ、よく覚えてるな」
「人の話を覚えておくのは基本ですぞ、ぼっちゃん。どこに需要があるかわかりませんからな」
是非とも我が幼馴染に聞かせてやりたい言葉だ。
あいつ、すぐに人の話を忘れる……というよりは、聞いてないことすら稀にあるからな。
「にしても、この間思い出してって酷いですね」
「忘れてるよりはましだろ?」
「比較対象が最悪なんですけど……」
「で、いつなんですかな? 結婚記念日は?」
「聞いて驚け、明日だよ。さっき時間ないって言っただろ?」
その言葉に面食らった。開いた口が塞がらない。
トネリコですら、驚愕の表情のままピクリともしてなかった。
この人、馬鹿なんじゃないだろうか。
なんでそんな大事な日に必要なものを前日に探すのか。
学校で次の日準備を始めた時に、教科書を失くしたって騒ぎ出すのと同レベルのどうしようもなさだ。
まさかここまでのダメ人間だとは思いもしなかった。
「おいおい、なんだその目は? 別にさっき思い出したんじゃないぞ?
さっきも言ったろ、思い出したのはこの間。つい二三日前の話だ」
「いやそういう問題じゃ……なんで今日まで問題を先送りにしたんですか?」
「ほらあるだろう? やろうやろうと思ってもなかなかできない現象」
「はあまあ、そうですね」
「でも昨日お前らが不思議なアイテムを売り始めるとかって聞いてな、ピンときたわけよ。
頼み事ってのがそれさ」
わからない話でもなかった。決して納得はしたくないが。
「でも、そもそも結婚記念日なんて忘れちゃダメでしょ」
「うっ、それを言われると流石に俺もな……」
「まあまあぼっちゃん、最悪の事態は避けられたんだから良しとしましょうよ。
人間誰しも何かを忘れちゃうことくらいありますって」
「そうだぞ、少年! ありがたい大人たちの言葉だ。しっかりと胸に刻めよ?」
だからなんであんたが得意げな表情をするんだよ。
この二人のダメ人間を前にして、早くも疲れてきた。
家に帰って横になりたい。そぁそうありしかないのもよくわかっている。
「とりあえず改めて事情はわかりました。じゃトネリコ、出番だ」
「はいはい、お任せあれ!」
おっさんはポンと一つ胸を叩いた。
よろず屋トネリコいよいよ初始動である。
おっさんは棚の下の収納スペースから、いつものアイテム袋を引っ張り出してきた。
そんなところにあったのかと、俺は少し驚かされた。
そんな俺には目もくれず、がさごそと得意げな顔して彼は中を検め始める。
「しかしどんなものがいいんですかねぇ」
「さあなぁ?」
「いやなんで他人事なんですか!」
「さっきも言っただろ、こういうのいまいちよくわからんって!」
逆切れアンド居直りである。客じゃなかったらたたき出しているところだ。
「今まではどんなものを贈ったんですか?」
「うーんそうだなぁ、高校の時はハンカチとかだな」
「だいぶ遡りましたね……」
というか、その頃から付き合っていたのか。
この場に寧音がいなくてよかった。あいつならきっと根掘り葉掘り聞きかねない。
「大学の時はバイトで金貯めて、ネックレスとか」
「おおっ、いいじゃありませんか」
「後は社会人の初任給でブランド物のバッグなんかを」
「プレゼントのツボを押さえてると十分思いますけど? そういう系統でいいんじゃないですか?」
「そうじゃないんだなぁ、これが。あいつ、今まで喜んでくれたことがないんだよ」
「……デザインが壊滅的に悪かったとか?」
「俺としては至って普通のもんを上げたつもりなんだけどな」
センスというのは自分ではわかりにくいものがある。
進さんがこう言っていても、実際に好みが合わなかったというのはありそうな話だ。
「よし、これなんかどうでしょう?」
やっとおっさんが袋をあさる手を止めた。
何かを取り出して、慎重にそれを台の上に置く。
木製の女性を象った像だった。そういう彫刻にありげな一糸纏わぬ姿ではない。
「なんだこれ?」
「木の女神像です」
改めてアイテム名を知らされた進さんがそれを手に取った。
掲げたり回したりして隈なくそれを見ていく。
「うーん、微妙だな」
進さんの表情は渋かった。
「そうですか、それは残念です。お二人の幸せが末永く続く様に願いを込めたのですが……」
「おい待て。これはそういう類のアイテムなのか」
「と言いますと?」
「この像に願えばなんでも叶う効果があるとか」
「いえ、ないですね」
「そもそもあったとして、ろくでもないことを願いそうですよね」
「い、いやそんなこと、ないぞ?」
俺の指摘に彼はあからさまに動揺していた!
「では、次はこちらはどうでしょう」
今度は、大きな熊のぬいぐるみが出てきた。大きさは幼い子供くらい。
中々愛らしい姿をしていて、女性人気は高そうだ。
ただあの里奈さんの趣味に合うかは微妙だけれど。
「あいつも意外と子供っぽいところあるんだぜ?」
大の男がそれをモフり出し始めた。
「で、お前が持ってんだから当然普通のじゃないよな?」
「はいこれはですね――」
「うわっ!」
おっさんが何かを言い出す前に進さんが小さく叫んだ。
見るとそれは一人でに動き出している。
ぬいぐるみ型ロボットと例えればよいのだろうか。
立ち上がって、きょろきょろとしている。
「このように魔法の力で自動で動きます」
「へえ、凄いじゃないか。うん、動きが付くと余計に愛くるしいな」
確かにじっと見ていると、その動きは可愛らしく思えてきた。
しかし――
「がおぉぉぉ」
いきなり吠えた。口の中にちらりと牙が見えた。
「ただ少し暴力的なところが――」
「却下だ、却下!」
進さんはこめかみを押えながら強く首を振った。
少しでもまともなものだと思った自分が恥ずかしい。
俺はうんざりしながらも、それをおっさんに片付けるように促す。
頭を掴まれてじたばたしながら、ぬいぐるみ熊は袋の中に入っていった。
これはいったい何だったんだろうと思ったが、あえて聞かないことにしよう。
「ほら、トネリコ次」
「はいわかりましたよーっと」
おっさんは慣れた手つきで、また別のアイテムを取り出した。
今度は指輪。小さな赤い宝石がついた一見すると普通そうな銀でできたものだった。
「おお、なかなかいいじゃねえか!」
これには進さんも満足そうである。
「こちらルビーの指輪になります」
「いいねぇ、奇麗だしあいつも喜びそうだ」
「ちょっと待ってください。おっさん、このアクセサリーの効果は」
「はい、攻撃力が上がります。正式名称で呼ぶなら、力の指輪ですな」
また始まったよ。謎のパラメータ上昇効果。
当然、進さんは不思議そうな表情をしていた。
いきなり攻撃力とか言われても、なんのこっちゃという話だろう。
「よくわからんが、いいや。これにする」
「えぇ……本当に大丈夫ですか?」
「攻撃力っても大した事ねえだろ、あいつの細腕じゃ。
で、いくらだ?」
「ええとですね」
釈然としないながらも、俺はおっさんの横で商談がまとまるのを眺めていた――




