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第四十三話 客の正体

 豊臣雑貨店の前には、二つこの店の(のぼり)が立っていた。

 当たり前だが、書いてある文字はは店名と同じ。

 よかった、これがいきなり『トネリコの愉快なよろず屋』とかになっていたら笑えない。

 シャッターも開いていて、暖簾(のれん)もしっかり下りている。

 俺は横開きの戸を開いた。


 店の中からの風に紛れて、どこか懐かしいにおいが鼻先をくすぐる。

 白熱電灯の光が、広く店内を明るく照らしていた。

 店の中には、一人を除いて誰もいない。


「いらっしゃいませーって、ぼっちゃんですか……」

「露骨にがっかりするのはやめろ」

 奥のレジのところでは、おっさんがボケーっと座っていた。

 さすがに俺が入ってきた瞬間は元気よく愛想笑いを浮かべて立ち上がったけれども。


 俺は店棚をしっかり見ながら、奴の所まで歩いていく。

 特に異変は見受けられない。並んでいる商品は普通のものばかり。

 また再び不思議なアイテムを並べているということはなかった様で何よりだ。

 こいつと寧音ならやりかねない。結局、最後までごねていたし。

 

 レジ台の前で立ち止まった。ゆっくりとおっさんの顔がこっちを向いた。

「首尾は?」

「普通です」

「そうか」

 手短におっさんと言葉を交わす。得られた情報は特になかった。


「あれ、お嬢さんは一緒じゃないんですな?」

「あいつは居残りだ」

 学校に残ったままだと、ぴんと来ていないおっさんに向けて言葉を付け足した。


 あいつは、なんと五時間目の途中に姿を見せやがった。

 けろっとした表情で教室に入ってきて何事もなく自分の席に着いた。

 そこに何一つ遠慮するようなところはなく、とても堂々と。

 その後の休み時間は、一躍クラスのスターに。

 二日連続で休みだと思っていたのに、いきなり現れれば嫌でも注目が集まる。

 それが、このクラスでも存在感のある彼女だとなおさらだ。


 そのせいで、結局店に来たという客の真相は聞くことはできず。

 放課後に回そうと思った矢先、彼女は帰りのHRで呼び出しを食らってしまった。

 その時には思わず教室中が笑いに包まれたけれども。

 なんでも数学の小テストをサボったことで、教師に呼ばれたとか。

 今頃、奴は昨日のツケを払わされている。つまり、追試を受けているわけだ。


 だから彼女と話せたのは短い時間で、結論として詳しいことはおっさんに聞けとのこと。

 もとよりここに来るつもりだったから、何の解決策にもなっていない。

 

「で、客が来たって聞いたけど?」

「だからさっきも言ったじゃないですか、首尾は普通だって」

「違う、雑貨店じゃなくて、よろず屋の方!」

「ああ、そっちですか」

 おっさんはちょっと意表を突かれた顔をした。

「そろそろ来ると思いますよ」

「どういう意味だ?」

 それには答えず、彼は壁に罹った時計を見上げた。

 その短針は文字盤の三を少し超えたところを指し、長針は七の文字の手前にあった。


「待ち合わせてるのか?」

「まあそんなところですよ。

 あ、ぼっちゃん。お茶飲みますか?」

 若干虚を突かれて、反射的に頷いてしまった。

 それでおっさんが店の奥に消える。


 いやいや、まだ営業時間中だろう。

 いくら俺がいると言えど、自由に振る舞い過ぎじゃないか。

 そんな軽率な行動に愛想が尽きかけながらも、がらんとした店内をぼんやりと見まわした。

 少し古風な食器やらよくわからない布やら、子供のための駄菓子やら。ホントに色々なものがあった。

 しかし記憶の中にある姿よりも狭く見えるのは俺が成長したからか。

 ノスタルジーとはこういうことを言うのだろうか、よくわからないけど。


「お待たせしました」

 戻ってきたおっさんは二つの湯飲みが乗ったお盆を手にしていた。

「大丈夫なんだろうな、これ」

 淹れてもらったのに申し訳ないが一応聞いてみる。

 台の上に置かれた湯飲みの中身は濃い緑色で、鼻を近づけてみたがおかしな匂いもしない。

 おそらくは普通のお茶だろうとは思う。


「ええ。昼間、寧音お嬢さんのお婆様から頂いたものですから」

「そう言えば、午前中顔合わせしたんだっけ?」

「ええ、そうですね。品がよくて優しい素敵な方でしたよ」

 とりあえずファーストコンタクトはうまくいったらしい。それはよかった。


「ちゃんと話し合いは纏まったんだよな?」

「ええ、それはもちろん。

 ただその途中で、例のお客さんが来ちゃったのでもう一度出直してもらうことになったんです」

「そういうことね。というか、初めから教えてくれよ」

「お嬢さん曰く、『サプライズは重要よね』と」

 トネリコは大げさに寧音の口調を真似る。

 気持ち悪い裏声で、何とかあいつの声色を表現しようとしていた。


 その出来はさておいて、とりあえず彼女の雰囲気を伝えることには成功していた。

 しかし奴め変なことをおっさんに教えないで欲しい。

 やってきたら一言釘を刺しておこうと心に決めた。

 

 することもなくて、俺はついに湯飲みに手を付けた。

 触れた指から、若干の熱さが伝わってくる

 しっかりと握りなおして口元へと運んだ。

 恐る恐る口に含んでみたものの、なるほど普通の緑茶だった。

 苦みの中に程よい甘みが隠れていて、おいしい。たまには熱いお茶もいいものだ。


 おっさんも茶を(すす)る。

 間延びした穏やかな時間が店内に流れていた。

 しみじみと今を感じる。これが『わびさび』……松尾芭蕉の境地に至った気がする。

 というのは、冗談だが、こうのんびりとするのも悪くない。

 ただでさえこの数日は色々なイベントが盛りだくさんだったのだ。


 こいつと出会ってから、ホントろくなことがない。

 ぼんやりと暢気そうにしているおっさんに目をやる。

 あれだけ何もなかった日常ががらりと変わってしまった。

 しかしそれを微塵にも悪いと思っていない自分がいた。


 ガラガラ、扉が開く音がして、そんな物思いに耽るのを止める。

 見ると、入り口に人影がある。いや、当たり前か無かったら心霊現象だ。

 それは俺がよく見知った人物だった。


「進さん!?」

「おう、今度は少年がいるのか。まあ邪魔するぜ」

 そう言うと、彼は後ろ手で戸を閉めてこちらに向かって歩いてきた。


 客って進さんのことだったのか。

 確かに不思議アイテムの存在を知っているから、それを求めに来るのはおかしくない。

 俺はふと昨日の『頼み事』発言を思い出した。


 やがて進さんはレジのところまでやってきた。

 俺は一応トネリコの方に回ることにした。

 椅子に腰かけている奴の横に立つ。 


「おい、いらっしゃいませはどうした?」

「そんな高圧的な人初めて見ましたけど」

「わかってねえな、世の中にはこういうやつもいるもんさ」

「……いらっしゃいませ」

「元気がない」

「いらっしゃいませ!!」

 少しやけくそ気味に叫んだ。

「最初からやれってんだ」

「里奈さんに後輩いびりしてたこと告げ口しますよ」

「なんだよ、少年。ほんのジョークじゃねえか」

 ぽんぽんとにこやかに彼は俺の肩を叩いた。


「で、おっさん。客っていうのは、この態度がでかい人のことでいいんだよな?」

「ええ、そうですとも。しかし、ぼっちゃん。そんなぞんざいな言い方ダメですぞ」

 今度は異世界の商人から指導を受けた。

 この調子でいくと、俺が世界一の店員になれる日も遠くないかもしれない。


「それで何の用ですか?」

 俺は気を取り直して、ぞんざいな口調で用件を尋ねる。

 一応、トネリコの方も見たが奴は即座に首を振った。どうやら知らないらしい。


 俺は一つ思い当たったことがあって、それを口にしてみた。

「もしかして打ち出の小槌とか探してます?」

 楽して金儲けをしたいとか言いそうである、この男。


「ぼっちゃん、それは何ですか?」

「振ると小判が出てくるハンマーだ」

「えっ、そんなものあるんですか、こっちの世界には!」

「いや、お伽噺の話だ。っと、その反応を見る限りそっちにもないみたいだな」

「あ、でもモンスターがドロップするお金を増やす特技とかはありますけど」

「そもそもそのドロップっていう仕組みが全く意味不明なんだが……」

 そんなほいほい金が出てきたら、貨幣経済がすぐに崩壊しそうである。


「おいお前は俺のことなんだと思ってるんだ」

「サボり魔」

 普段から仕事が終わるか終わらないかのタイミングで、遊び惚けているのをよく見る。

「何を言うか。こんなに仕事に対して前向きなの、俺くらいしかいないぜ」

「進さんのレベルでそんなこと言えたら、あとニートくらいですよ、ダメなの」

「なんだと!」

「で、いらないんですか?」

「そりゃお前、あったらほしいけどよ」

「やっぱり不真面目じゃないですか。奥さんに報告しておきますね」

「てめぇ、今のは汚えぞ!」

 進さんは見事に誘導尋問に引っかかって顔を真っ赤にした。


「全く大人を揶揄うんじゃねえよ……」

「すみません、面白くてつい」

「はあ、ついじゃねえよ。で、本題なんだがな」

 そこで彼はいったん言葉を切った。

 少し逡巡した様子を見せたが、ついには一層真面目な顔つきになった。


「里奈にプレゼントをしたいんだ」

 それは全く予想だにしていない言葉だった――

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