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第四十一話 アイテム合成をやってみた

「おいおい、お前らそれマジで言ってんのか」

 目の前にいる進さんは苦虫を嚙み潰したような顔をした。

 胡坐をかいたまま、背筋をピンと伸ばして固く腕を組んでいる。


 たった今明かした衝撃の事実をどうにもまだ受け止められていないらしい。

 里奈さんも同様で、夫の隣で目を白黒させていた。

 二人の反応は至極当然だと思う。むしろすんなり受け容れられたら逆に困ってしまう。

 幸いにして、トネリコはアイテム袋を兼ね備えた完全体だから証拠はいくらでもあった。


 フジミベーカリー、住居部分での一幕である。

 日が沈んで、町が夜の闇に侵されていく時間帯。

 先ほど今日の営業を終えたばかりのオーナー夫妻を強襲した。

 迷惑になることは承知で来たのにはある理由があった。


 いよいよ、明日トネリコのおっさんによる不思議なアイテム販売店がオープンする。

 表向きには豊臣雑貨店の営業再開であるが。

 先ほどまで俺と寧音が心血を注いだこともあって、何とか準備は間に合った。

 しかし、一つ問題があった。それがすなわちここに来た訳に繋がる。


 そう二重労働問題である。

 いや、いまいち使用している本人が正しく状況を描写できているかは怪しいけれど。

 おっさんは今拾われた恩を返すためにこの店を手伝っているわけで。

 ふと思ったが、同じく拾ってなおかつ住居まで提供している我が橋場家には何もない

 むしろ多大な迷惑をこうむっている様な気がする……いやよそう。

 本題には関係ないし、第一見返りを期待しての行動じゃない。それは里奈さんたちも同じだろうけど。


 とにかく、おっさんは現状ここで働いている。

 しかし明日から店を始めるとなると……物理的にそれは成り立たなくなってしまう。

 おっさんが分身でもしない限りは不可能だ。

 一応聞いてみたができないと言っていた。関係ないが、お仲間にはできるのが一人いるらしい。


 それで大変心苦しいか、こちらでのお手伝いに対して辞退を申し出ることにした。

 おっさんを送り出す前に三人で出した結論でもある。

 これっぽっちもおっさんを保護してもらったお礼はできていないと思うけれど仕方ない。


 無論、フジミベーカリーが人手不足なのはわかっている。

 ただでさえ、この間学校であれこれしたせいで客足は伸びているらしい。

 さっきも里奈さんが嬉しそうに語ってくれた。

 それをなんとも言えない気持ちで聞いたわけだけども。


 それもこれも寧音がもう少し調整を利かせていたのならば。

 ……そこに思い至らなかった自分にも責任があるのは重々承知である。

 どうにも、それこそ高校でのパン販売の一件といい、俺は根回しが下手くそらしい。

 それを深く深く思い知らされた。


 せめてもの礼儀ということで、藤見夫妻には何一つ包み隠さず洗いざらい事情を説明した。

 まずおっさんが実は異世界から来た商人であること。

 そして、明日から彼のアイテムを転売する行為に手を染めることまで全て。

 

「マジよ、マジです、大マジよ!」

 寧音が身を乗り出して進さんの言葉に応じた。

 なぜかとても興奮している。

 理由は不明、おおよそその場のノリに当てられたとかそんなところじゃないか。


「でもなぁ……里奈はどう思う?」

「初めは驚いたけど、私は信じますよ」

 そう言って、里奈さんはにっこりと微笑んだ。


「この二人があたしたちを騙すようなことするわけないじゃない」

「里奈ちゃん……!」

 寧音は感動して瞳を潤ませていた。

 信頼されるのは嬉しいけど、そんなに感動するようなことかよと思う。


「それにトネリコさんがこの世界の人じゃないなら色々と腑に落ちることもあるしね」

「えっ、もしかしてこいつ何かやらかしましたか?」

 俺は驚いて、右隣にいるおっさんを睨む。

 奴は必死な表情で首を横に振った。そんなことありませんと、訴えていた。

 しかし信用ならない。何かへまをやらかしている可能性は十分にあると思う。


「そういうわけじゃないの。ただたまに常識が通じないというか……」

 すると、藤見夫人は困った様な笑みを浮かべた。

「確かになぁ、会話がちぐはぐな時もあったしなぁ」

 今度は旦那の方からも証言を得た。

 もしかすると、だいぶこの二人は耐え忍んだのではないか。申し訳なくなってくる。 


「しかしなぁ、いきなり異世界だのなんだと言われたって……

 そりゃ、こいつらが嘘をついているとは俺も思ってねえけどな」

 進さんの方はまだ受け入れるには時間がかかりそうである。

 相変わらず眉間には皺が寄ったまま。


「おっさん、なんか証拠になるようなことをパーっとやっちゃってくれ」

「ええっ、めちゃくちゃアバウトですね……」

 戸惑った言葉を述べつつも、まんざらでもない表情でトネリコはアイテム袋の中を探った。

 豊臣雑貨店に置き去りにするわけにはいかずに、持ってきておいてよかった。


 何がいいですかね、おっさんは呟きながら袋の内部でがさごそと手を動かす。

 俺はそれを少しワクワクしながら待っていた。隣の寧音もどこか楽しげな顔をしている。

 対照的に、藤見夫婦はどこか緊張している様子だった。


「爆発呪文の込められた巻物なんてどうですか?」

「お前馬鹿か? 辺り一帯がとんでもないことになるだろうが」

「派手だとは思ったんですけどねぇ」

 おっさんは一瞬気落ちした様子を見せたが、すぐに気を取り直して次なるアイテムを選び始めた。


 やがて俺たちの前に現れたのは、謎の壺だった。

 土でできていて、赤褐色の口が広い丸みを帯びた形をしている。

 いったいこれが何だというのだろう。


「これはアイテム同士を合体できるんです!」

「合体!?」

 それは何とも芳しい響きだ。胸躍る男の浪漫でもある。


「なにかないですか?」

 そう言って、まずおっさんは俺の顔をじっと見た。

 当てがないので俺は首を振った。

 次に俺の横にいた寧音、そして里奈さん進さんと視線が渡っていく。

 

「うーん、ちょっとつまらないですけど。あれにしますかね」

 最後には奴本人が何かを思いついたらしい。

「あのパンのあまりをもらってもいいですか?」

「ええ、わかったわ。ちょっと待っててね」

 そう言って、里奈さんが部屋を出た。


「いったい何を企んでる?」

「大丈夫ですって、危険はないですから」

「まあまあここはトネリコのおじさんを信じましょうよ」

「何でもいいけどよ、あんまり変な真似はしないでくれよ」

 そんな会話をしながら、奥さんが戻ってくるのを待つ。


 数分経たずして、彼女は帰ってきた。

 その手には竹で編まれた籠を持っている。中にはパンが山積みになっていた

 それをどんとテーブルの上に置いて、彼女はゆっくりと腰を下ろした。


「ちょっと多かったかしら?」

「いえいえ大丈夫ですとも」

 おっさんは籠の中から無造作にパンを一つ掴み取った。

 それは普通のコッペパンだった。


「ちょっとお待ちを」

 すると、先の『合体壺』の中にパンを放り込んだ。

 その後に、アイテム袋から取り出した謎の草も突っ込む。


「待て待て、それはなんだ?」

「薬草ですけど?」

「それとパンを合体させるつもりなのか?」

「空腹度を満たすと共にHPを回復できる素晴らしいものになりますぞ!」

 おっさんは力強い顔で言い放った。

 いやいやそもそもHPってなんだよ……俺は心底残念な気分になる。


 おっさんは壺の上に木の板を敷いた。蓋代わりのつもりらしい。

 俺たちはただじっとそれを見つめて、何が起こるのかを待っていた。

 しかし一向に壺には何の変化も訪れなかった。


「大丈夫なのか?」

「もちろんですとも」

「まだかかる?」

「いえあと少しです」 

「なんだか楽しみ」

「いや不安しかないけどな、俺は」

 それを待つ心境はそれぞれ違った。


 やがてその時は来た。

 おっさんはニコニコ顔で蓋を取った。

 中から湯気が立ち昇る。


 怪しい、非常に怪しい。

 俺の胸の中には、疑いの気持ちしかない。


「はいできましたぞ」

 奴が取り出したパンは先の茶色からやや緑色に変わっていた。

 なるほど合体成功である、


「薬草パンです!」

「まあおいしそう!」

 里奈さんは能天気に喜んでいる、

 薬草の味を知っている俺からすれば、その味には疑問しかない。


「試しにお前が食ってみろ」

「ではいただきます」

 俺の勧めにおっさんは素直に従った。

 それはとても意外な反応だ。もしかしておいしいのか、これ?


 目の前の物体は確かに見かけは美味しそうに見える。

 ほうれん草パンみたいな趣があった。

 その緑色は食欲を減退させる程は濃くはない。

 おっさんはそれを少しちぎって口に含んだ。


「ぬわぁぁぁぁ」

 案の定、やっぱりその味はよろしくなかったらしい。

 おっさんの顔が苦痛に歪んで、呻き声を漏らした。


「大変! 今すぐ水を持ってきますね!」

 そう言って、慌てた様子で里奈さんはまた部屋を出て行った。


 とりあえず苦しそうなおっさんの背中をさすってやる。

 寧音も心配そうな眼差しを彼に向けていた。

 ただ進さんは腕組みをしたまま神妙な表情を崩さない。


「よしわかった。信じよう。そして一つ頼みがあるんだ」

 フジミベーカリーの店主はそんな言葉を口にした――

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