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第四十話 よろず屋の胎動

 トネリコが去って、店の中には俺と寧音の二人っきり。

 黙々と奴の残したアイテムを片っ端から袋に詰め込んでいる。

 おっさんはフジミベーカリーへと旅立ってしまった。


 あいつは入口から見て店の左側を。

 そして俺は残った部分で作業に従事している。

 進捗状況といえば、半分程度まで終了といった感じ。


「あーあ、せっかく並べたのに!」

 寧音はまだぶつくさと不満を述べていた。

 俺からすれば、余計なことをしやがってという気分だ。


「ねえやっぱり鎧とかは残しておかない? その方がかっこいいよ、絶対」

「ダメだ」

 俺はすげなく彼女の提案を撥ねた。

 客はかっこいいと思う前にまずビビると思う。あるいは店主の品性を疑うか。


「なによ、このわからずやっ!」

 向こうから激しい声が飛んできた。

「何でもいいけど手を動かそうな」

 この調子じゃ終わるもんも終わらないわけで。

 何を言われようとも俺は一切手を休めるつもりはない。


 アイテムの撤去が終わってもまだやることは残っている。

 早急に昨日まで置いてあったこの店本来の商品を戻さなければいけない。

 寧音の奴、おっさんと協力してそれらを全て店の奥にしまい込んでしまったのだ。

 それだけなら急ぐ必要はない。戻し作業が大変なだけである。

 しかし、こいつ明日から営業するとかのたまいだしたのだ。


「俺はそんなに急がなくてもいいと思うけどねぇ」

「思い立ったが吉日とか言うでしょ?」

「よく知ってたな。驚きだ」

 割と本気で感心していた。

 まさかこの女からそんな言葉を聞けるとは思いもしなかった。 


「あんた、あたしのことバカにしすぎじゃない?」

 声色だけで、機嫌が悪いのがわかった。

「まさか! これでも褒めてるつもりだぜ」

「そう? ならいいけど」

 奴の声は弾んでいた。全く単純だ。先ほどのこちらを非難する気配など微塵にもない。

 ここから見えないが、きっと顔も綻んでいることだろう。


「第一、おばあちゃんには明日から店開けるって伝えちゃったからね」

「よくそれで許しを得られたな。おっさんのこととかちゃんと話したのかよ」

 こいつのことだから、その辺りの事情を省いてそうなのが恐ろしい。


「もちろん。今日の午前中に入念に、ね。あ、もちろんおじさんが異世界から来たことは話したわよ?」

「……まじで?」

 そう言うことなら早く教えてもらいたかった。奴の秘密を知る人間は少ない方がいいのだから。

 しかし、こうなってしまえば後の祭りである。

 せめて、後でおっさんを含めてちゃんと話し合おうと心に決めた。


「で、婆さん信じたのか?」

「ええ。かわいい孫の言うこと疑うわけないじゃない」

 そこは少しは疑ってほしいところだけれど。

 オレオレ詐欺とか大丈夫なのだろうか、その溺愛ぶりが少し心配になった。


「しかしその事実を知ってなお、おっさんに店を任せることをよく認めてもらえたな」

「あたしが信頼してるんなら、それで十分だっておばあちゃん笑ってた」

「だいぶ甘々だな」

 ここまでくると、最早テキトーにすら感じる。

 もしかして、この店のことなんてどうでもいいと思ってるんじゃないかと疑いたくなる。


「元々道楽でやってたもんだからそうかもね」

 俺の指摘に寧音は朗らかに笑った。

「おばあちゃんにしてみれば、毎日やるのは難しいから誰かにやってもらえるだけましなのかもよ」

「そんなもんかねぇ……」

 余所の家のことだからあまり首を突っ込んだりはしないが、色々と心配になってくる。

 例えば、寧音の両親とかはどう思っているのだろうか。

 ふと、あの優しくてお人好しそうなな二人の顔が浮かんだ。


「ま、もちろん細かいところは明日また詰めるよ。

 ちゃんとおじさんをおばあちゃんに紹介しなきゃだし」

「となると、お前また学校休むつもりか?」

 ずいぶんと不良少女になったものだと、内心嘆く。


「状況によっては、午後からは行くわよ。流石に二日連続は色々とアレだしね。

 あんたも今日あたしがいなくて寂しかったでしょ?」

「いや、全然」

「なんでよ」

 ガタッという音が聞こえたが無視。

 俺は目の前のことに集中する。


 しかし本当に色々なアイテムがあるもんだ。

 怪しい草や木の実の類、そして謎の錠剤や変な色をした液体。

 身近なところで言えば、鈴やドラム、タンバリンなんかもあって。

 どれも効能が全く想像できないのが恐ろしい。


「ちょっと席外すねー」

 見ると、ちょうど寧音が店の奥へと消えた。

 あいつまだまだやることはあるというのに、何サボってるんだか。

 内心憤りを覚える。誰のせいで苦労していると思ているんだ。


 だが、最終的に彼女たちの手伝いをすることに決めたのは自分なわけで。

 何とか苛立ちを飲み込んで、陳列されているアイテムを片していく。

 釈然としないながらも、しっかり集中だけはしていた。

 扱いを間違ったら大変なことになりそうである。


 しかし、謎アイテムはまだしも、やはり武具を目の前にすると心が躍るわけで。

 時折手を止めて、ついつい眺めたくなってしまうことがあった。

 部屋の片づけをする時、ついつい溜まった雑誌を読み返しちゃうあれに似ている。

 まあ今までは寧音の目があったから自制が効いていたんだけど――


 丁度、目の前には稲妻を模した様な妙な形の刃を持つ剣がある。

 そしてこの空間には今は俺しかいない。

 となればやることは一つだった。

 俺は立ち上がって、鞘から剣を抜いてみた。


 右腕にずしりとした重さを感じる。

 柄は青色なのに対して、刀身は黄金に輝いていた。

 辺りに注意を払いつつも軽く振り回す。なんとなく気分がいい。

 そしてそのままあれやこれやとポージングなんかもしていると――

 

「何やってるのよ、あんた……」

 突然後ろから声がして、身体がびくついた。

 思わず手に持った剣を落としそうになる。


 どうやら、寧音が戻ってきたらしい。なんともタイミングの悪い奴だ。

 俺は自分の顔が熱を帯びていくのを感じた。心臓の鼓動も早くなる。

 それでいて頭の中ではどう言い訳しようか必死に考えていた。

 何も思い浮かばないものの、観念して振り返る

 

「おい、びっくりさせんな――」

 俺は今度は別の理由でどきりとした。目の前の幼馴染の恰好に言葉を失う。

 それはあまりにも奇抜過ぎて、俺は呆れた目つきになって口をあんぐりと開けた。  


「どうかしら? やっぱり刺激が強すぎた?」

 その上、女はこんな戯言まで吐き捨てた。

 頭が痛くなってくる。


 寧音は所謂武闘家っぽい格好をしていた。髪はそれっぽくポニーテールにまとめて。

 上は首元からへそ上までを覆うぴっちりとした淡いオレンジ色のノースリーブ。

 そして、下は同色のホットパンツで生地が肌に張り付いている。

 もし来ているのがこいつでなければ確かに刺激が強いと言えるかもしれない。

 

 だが残念ながら、幼児体型のこいつには色気の欠片もない。

 だから痛々しいというか、何というか。

 こっちが恥ずかしい気分になる。


「脱げ」

「なによ、いきなり。このケダモノ!」

「そういう意味じゃ……お前、恥ずかしくないのか?」

「なにが? セクシーで素敵でしょ」

 彼女はにっこりとほほ笑むと、その場でくるっと回転した。

 

 それで気が付いたが、ノースリーブは後ろの部分はひもで絞める形になっていた。

 つまり背中も露出しているわけである。

 だが、似合っていないことには変わりはない。


「鏡見た方がいいぞ」

「失礼ね、ちゃんと見たわよ」

 なるほど、本人は自分の姿に少しも疑問を感じていないらしい。

 無自覚というのは中々に厄介だ。


「それより、あんたの方こそ子供みたいに武器を振り回しちゃってバカみたいじゃない」

「いや、これはだな……」

 逆に自分の愚かな行為を突きつけられて、言葉に詰まった。

 恥ずかしい行為をしたのは俺も一緒である。


 とりあえずばつが悪くて、俺はまず剣を鞘に納めた。

 次に何事もなかった様な顔を作って、それを道具袋にぶち込む。

 それから、もう一度寧音の顔を真剣に見据えた。


「いや今さら取り繕ったところで無駄だから。

 あたしばっちし見ちゃいましたからね」

「なんの話をしているか、全然わかりませんな」

「なによその反応! むかつく、晒すわよ!」

 俺はあえてその脅しにはなにも言わなかった。

 代わりに自分にできる最大限の煽りの笑顔を作った。


 寧音は目を細めて、眉間に皺を寄せる。

 頬の片方をぷくりと膨らませて、口は一文字に閉じたまま。

 そして両手は腰にバッチリ当てている。


 俺もまた黙って彼女の顔を見下ろすだけ。

 こちらからなにか言葉を発するつもりは毛頭ない。

 静寂に包まれたまま、謎のにらめっこが始まる。


 しかし、冷静になって奴の姿を見ていると、そのおかしさに耐えられなくなってくる。

 本人が真顔をしているからなおさら面白い。

 本当にもういい加減にやめてもらいたい。

 

「お前、その格好で作業を続けるつもりか?」

「ええ、もちろん。どんな姿をしようが、あんたには関係ないでしょ」

「いや、関係あるね」

 俺は大袈裟に言い切ってから、少し間を溜めた。

 さっきよりも真剣に幼馴染を見つめる。


 寧音はそれで少し呆気に取られた様だ。

 不可解な表情をして、俺を見つめ返してきた。


「目のやり場に困るんだよ」

「なっ……!」

 彼女は驚いた反応を見せると、見る見るうちにその顔を赤くした。

「いきなりなによ! このへんたいっ!」

 一際大きな声で叫ぶ。

 外まで届いていたら、大変なことになりそうである。


「なんでもいいけど事実だから仕方ないだろう?

 確かに俺には刺激が強すぎるんだ」

 だが、俺は怯まず言葉を続けた。

「そ、それって似合ってるって意味?」

 すると寧音は俺を上目遣いで見て、おずおずと小さな声を出した。

 その顔が蒸気しているのは怒りからだけではないだろう。


 ここまでくれば、俺の作戦は成功したも同然である。

 羞恥心を抱かせて、変な格好を止めさせようという考えだった。

 まあその方向性が少しおかしいのは認めるが。


 最後の仕上げとばかりに、俺は目を閉じてその問いかけに大きく頷き返した。


「それならそうと早く言えばいいのよ」

 早口で捲し立てると、彼女は逃げる様にして奥に引っ込んでいった。


 どうやらまた着替えるらしい。

 作戦が功を成して、俺はひとまず安堵する。

 あんな変な格好をされてたら、色々と気が持たなかった。

 それにこのあと、一緒に行かなければならないところもあるわけで。

 ないとは思うが、万が一にもあんな姿の寧音とは町内を歩きたくない。そんな事情もあって。


 俺は腰を落ち着けると、作業に戻った。

 もう二度と剣に心を奪われないようにしようと強く思いながらーー

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