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第三十九話 そしてよろず屋ができた

 号令係の掛け声で、長い一日がようやく終わった。

 しかし一週間ということで見れば、まだまだ始まったばかりで。

 ようやく魔の月曜日が幕を下ろしただけだった。そう考えると、気が遠くなる思いがする。


 うんざりしながらも、とりあえず席について帰り支度を始めた。

 置き去りにするものと、持って帰るものを手早く分別する。

 心の中で、教室の掃除当番には謝罪をしておいた。


「橋場~、これありがとな」

 いきなり誰かに話しかけられた。声の主はクラスメイトの男。

 彼は俺の机の横に立って、こちらに向かって一冊の大学ノートを突き出している。

 それで俺は英語のノートが不在であることに思い至った。


 うちの英語長文の授業では、本文の和訳を予習として作っておく必要があるのだ。

 しかし、俺はすでにほぼ全ての文章の講読を終えてあった。

 三年生にもなって、授業に合わせて勉強する気など甚だない。

 周りの奴からすれば、それはとても都合のいいことらしく。

 予習を見せるように頼まれることは多々あったのだ。今回もそれでノートを渡した。


「おう、また言ってくれ」

 受け取って、それを鞄の中にしまい込んだ。

 それでつかつかと彼は去っていった。


 ほかに特に忘れ物はないはず。

 最後にもう一度確認して、俺は鞄のチャックを閉じた。

 さてこれで帰る準備は整ったわけで立ち上がって、顔だけ後ろに回した。


「じゃ、俺先帰るな」

「これから寧音さんのとこ行くんだっけ? 晴信も大変だね~」

 慎吾は心配する様な素振りをみせているが、明らかに楽しんでるのが透けて見えた。

 唇の端が少し上がっているのを隠せていない。


 他人事だと思っていい気になりやがって、それは言わずに代わりにその顔をきつく睨みつけた。

 しかしそれは効かなかった様で、奴は涼しげな表情を崩さない。

 こいつも無理矢理巻き込んでやろうとさえ思う。


『きょうやすむ。かいてんじゅんび』

 朝起きて、スマホをチェックしたらこんなメッセージが入っていた。

 その言葉通り、確かに寧音は今日学校を休んだ。


 おかげで、朝から俺の一日は平和そのもの。

 一人でのんびりと学校に行き、休み時間は友人たちと穏やかに談笑。

 そこに何のトラブルもなかったわけだ。


 それはそれとして話を戻すと、朝っぱらから意味不明なことを言われたのである。

 当然頭が追い付かないので、その真意を彼女に問うた。


『意味不明。我求説明』

 ひらがなに対して、意趣返しで漢文もどきを送ってやった。

『おじさんにも夕方店に来るように言っておいて』

『求説明』

『やかましい。あんたも学校終わったら来なさい』

 最後までこちらの疑問は黙殺された。

 まあしかしトネリコのおっさんが、関与することから流石に意味は分かっていたけれど。

 そもそも、初めからぼんやりとは想像がついていた。


 しかし、寧音のやつものすごい張り切りようだ。

 まさか数学の小テストをほっぽり出して、学校まで休むとは。

 思い立ってからまだ二日しか経ってないのに、その行動力は見習うところがあるかもしれない。

 ……しかし振り回される立場からすれば、彼女自身に対しては自制を促した方がよさそうだ。


 そういうわけで、俺は早急に豊臣雑貨店に向かう必要があった。

 おっさんも快くそれを承諾して、学校が終わる頃を見計らって行くと言っていた。

 いよいよ、トネリコによる胡散臭い商業活動が始まる……のかもしれない。

 俺は依然として、それには反対である。


「もう一度、確認するけどお前は来ないんだよな?」

 昼休みにすでにこいつには、寧音の休みの理由も含めて話してあった。

「ああ、やめておくよ。ただ客として。利用させてもらうかもね」

 本当に白々しい物言いである。どこまで本気かわからない。


「それじゃあな」

「いってらっしゃーい」

 軽薄そうにへらへらと笑いながら、慎吾は手を振った。

 そんな見送りを受けながら、教室後方のドアに向かって歩き始める。

 敷居を跨いで廊下に出ようとした時――


「あの、橋場君!」

 後ろから誰かに話しかけられた。

 聞き覚えのある女の子の声、俺は後ろを振り返る。

 そこにいたのはやはり同じクラスの女子だった。

 

 寧音とは違い、彼女の背丈は普通くらいだった。

 高くもないが低くもない。髪の長さは肩の所で切り揃えられている。

 気の弱そうな顔つきで、その通り性格も少し弱弱しい。

 他にもいろいろな面で、 うちの幼馴染とは真逆の存在だった。


「ん、何か用?」

「えと、さっきまたノート貸してたね……」

「まあ断る理由もないしな」

「でも、それだと橋場君が損をしているというか」

「別に? あいつらのために準備してるわけじゃないし。

 いつかはやらなきゃいけないことだから労力は変わらないさ」

「確かにそうだけど、いい様に利用されてるだけじゃない?」

「それならそれでいいよ」

 どうやら彼女は俺のことを気遣ってくれているらしい。

 言葉の節々や俺を見る瞳から優しさを感じる。


「心配してくれてありがとうな」

 話は終わったと思って、俺は再び歩き出そうとしたのだが。

「あの良かったら一緒に帰りませんか!」

 脈絡なく、そんな誘いを受けた。

 発言した本人は今にも泣きだしそうな顔をしている。

 なんだかこっちが悪いことをしている気分だ。


「えーと嬉しんだけど、今日はちょっと」

「そ、そうですか……」

 少女は見るからにがっかりしてしまった。悲しそうな顔で俯いている。

「また誘ってくれよ。今度は必ず付き合うからさ」

「ふぇっ、ほ、ほんとですか!?」

 彼女は今度は耳まで真っ赤にしてしまった。

 余程恥ずかしいのか、全身であたふたしている。


「じゃ、じゃあその明日とか――」

「おっけー。それじゃあな」

 今度こそ俺は教室を出ることに成功した。

 しかし、さっきのあれは何だったんだろう。

 頭の片隅では同級生の謎のお誘いが気になっていた。





「遅いっ!」

 扉を開けるなり、罵声が飛んでくる。

 声の主は、レジの向こう側に立って腰に手を当てている様だった。

 しかし悲しいかな。台の高さが合わなくて、実際にそうしているかは見えづらい。


 帰りたくなる気持ちをぐっと抑え、とりあえず寧音のいる所に近寄っていく。

 こいつとおっさんの地獄のコンビを放置しておくのはまずい。

 多少自分が不快になることは目を瞑らなければ。 


 しかし、俺はすぐに店の中の違和感に気が付いた。

 壁沿いに洋服や鎧が並び、棚には剣をはじめとした武器が並んである。

 昨日の今日で雑貨店は姿を消してしまっていた!


「おいおい、ふざけんな。用意が早すぎるだろ」

「そこは手際がいいと褒めるところじゃないかしら?」

「こんなん他の誰かに見つかったら、一発で通報されるわっ!」

 俺は手近な剣を手に取って、鞘から抜いて見せた。

 蛍光灯の光に照らされ、その刃が怪しく光る。

 見事なまでに銃刀法違反だ。


「どうしましたか、おじょうさん?」

 奥から暢気そうなおっさんが姿を見せた。

 何やら作業をしていたのかもしれない。


「なんかね、晴信が怒ってる」

「ぼっちゃん、あんまり怒ってばかりだと、早死にしますぞ?」

「誰のせいだ、誰の!」

 全くこいつら人を煽らずには会話をできないのか。

 まあとりあえず、俺も冷静になって、一つずつ言い聞かせてやることに。


「話を整理しよう。トネリコ、この世界には魔物はいないんだ」

「それはわかってますって~」

 何馬鹿なこと言ってんだ、みたいな風におっさんは笑い飛ばした。

「だから必然的に市民が武器を持つ必要はない」

「ふむふむ」

「そもそも法律で制限されている。だから、これを放置すると捕まるぞ?」

「なるほど……」

 ようやく事の重大さがわかったのか、彼の顔にも焦りの色が見えてくる。


「というか、それくらいのこと寧音もわかってるよな!」

「いや模造品で誤魔かせるかなーって」

「無理に決まってるだろ!」

 この女本当に勢いだけで生きてやがる。

 少しは心配するこっちの身にもなって欲しい。


「撤去」

 俺は静かに二人に告げた。誰からも反論はなかった。


「そもそも本気でやる気なんだな」

 俺は改めて一つ溜息をつく。

 止めに来たつもりなのに、まさか準備がこんなに進行しつつあるとは。

 少し遅くなったことを後悔した。


「うん、当たり前じゃない」

「ま、寧音はそうだろうな。俺が言いたいのはおっさんの方だ」

「わたしですか?」

「昨日見ただろ? おっさんの住んでいた世界とは違う。

 今更個人商店なんかうまくいかないよ。寧音には悪いけどな」

 俺は気まずくなってそっぽを向いた。

 だから幼馴染がどんな顔をしたかはわからない。


「まあ確かに『デパート』とやらはすごかったですね……」

「それにインターネットショッピングって言って、そもそも現実の店舗で物を買わなくてもよくなってるんだよ」

「はぁそれは便利ですねぇ」

 おっさんはしみじみと呟いた。

 その様子まるで自分には関係ないと思っていると俺には感じられた。


「しかしまだまだわたしの持つ商品も捨てたもんじゃないとも思いましたよ」

「あたしもそう思う。ほら、この間の空を飛べる羽根とかよくない?」

「あれ、失敗してただろ……そんな危ないもん、無責任に売るわけにはいかないぞ」 

「でもわたしの世界では割と主流でしたから。しっかり使い方を説明すれば大丈夫ですよ」

 まあ確かに慎吾が頭を打ったのは、建物の中で使ったせいではあるけれど。


「百歩譲って、おっさんのアイテムに身の回りの暮らしに役に立つものがあったとしよう。確かにそれは売れるかもな

 でもそれを平然と売ってたって誰も信じちゃくれないぜ?」

 実際の効用と信用は別問題だと俺は思うのだ。


 それこそこれは空を飛ぶことのできます、とかってなんの変哲もない羽根が棚に並んでいたら、大部分の人がこの店大丈夫かと心配になる。


「じゃあお互いに信用できる人に売ればいいのよ。

 それで後は口コミに任せてーーつまり『フジミベーカリーシステム』よ!」

 つまり知名度を上げると言いたいのだろう。

 確かに少しはましな考えに思える。


「で、具体的にはどうするつもりだ?」

「あたしが周りから頼りにされてるのをお忘れかしら、晴信君?」

 事実としてこいつには人望があり、そのため相談事を受けているのは知っている。


「まさかそこから適する事例を探すと?」

「うん! 彼らは無事にトラブルを解決でき、あたしは名声を得る。誰も損はしていないわ」

 話を聞く分には問題はなさそうではあるが、果たしてうまくいくか。

 時にこいつが張り切りすぎて、とんでもない未来になるのが見える。


 それによしんばその企みが上手くいったとしても、だ。

 不思議アイテムの知名度が上がりすぎると様々な問題が噴出しそうである。

 魔法の杖や巻物なんかは悪用し放題だ。


「そーなったらそのときに考えればいいのよ」

「ですな。我々にできることは、一歩一歩実績を積み上げることだけですぞ」

 言ってることはもっともらしいが、問題を先伸ばしにしてるだけな気はする。


「普段は普通の雑貨店を装えば問題なくない?」

「つまりわたしは普通のアイテムを売ればいいんですな!」

「アイテム言うなし……」

 なんだかおかしな方向に話が進みつつある。

「そもそも普通に雑貨屋をやればよいのでは?」

「ダメよ。あたしたちがこの町で生き残るには、色々な物を取り揃えた『よろず屋』になるしかないわ」

 その名称、ますますファンタジー世界染みてきたな。


 どうにもこの二人、止まることを知らないようだ。

 この期に及んで、まだヤル気満々である。

 そしてこいつらに任せっきりにしたら、とんでもことが起こりそうなのも事実で。

 片や幼馴染、片や俺が拾ったおっさん。

 そうなると放っておけない。

 だからーー


「俺も手伝わせてもらう」

 よせばいいのに、俺はそんなことを口走っていたーー

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