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第三話 おっさんと話をしよう

 男を客間に寝かせた後、俺は自分の部屋に戻った。

 普段よりも長く身に着けた制服から部屋着へと身を通す。

 少しほっとした所で、なんだか疲れがどっとやってきた。

 ベッドのふちに腰を掛け、ふとスマホをチェックする。


『今日一緒に帰れなくてごめんね(はあと』


 寧音から迷惑メッセージが来ていた。

 とりあえず見なかったことにしてスマホの電源を落とす。 

 

 豊臣寧音――近所に住む同い年の女の子だ。

 高校の同級生、それどころか揺り籠からの腐れ縁。

 一言でその性質を言い表すのならば、台風みたいな女、だろうか。 


『おい、超絶美少女のメッセ無視すんな、ハゲ!』


 タイミングよく画面に新着メッセージが移る。

 こいつどこかで見てるんじゃないだろうな?

 思わず、誰もいないはずの室内に視線を巡らせてしまった。


『私は禿げてないので人違いですね^^』


 無視を決め込もうと思ったけれども、余計面倒くさくなると思った。

 以前、そういうことをしたら大量のメッセージを送ってきたことがあった。

 暇人だと思ったが、それはそれでウザい。


『心の持ちようの話じゃ、ボケ』

『おばあちゃんみたいだな、お前』

『ぴちぴちの十代よっ!!』

『魚屋に行ってどうぞ』

『鮮度の話じゃない!』

 

 ふむ、このまま揶揄い続けたいところではある。

 しかし、やらねばならぬことがあるので、手短に済ませねば。 


『そもそも、別に一緒に帰る気はないし』

『もうっ、照れちゃって~

 みんなの嫉妬を買うのが怖いのね?』

『あなたが言ってるのは失笑の間違いでは?』

『うっさいわねっ。

 そんなこと言ってると、明日迎えに行かないよ?』

『一向に構わんね!

 むしろ明日は少し早く出るから好都合だ』

『ふーん』

 

 そこでやり取りが途絶えた。

 向こうが意地を張らなければ、明日来ることはないと思うけれど。

 念のために、本当に早く出ることにするか。

 あの男が家で夜を明かすことになったら、目撃される恐れがある。

 そうなってしまえば、それはとてもややこしいことになるだろうな、と。 


 しかし、どうにも立ち上がる気力が湧かない。

 先ほどからの疲労感が、俺を柔らかいベッドへと誘っている。

 そのまま、甘えて眠り込んでしまおうか。

 結局、そういうわけにはいかないと、俺は奮い立って部屋を出た。


 使命があった、俺には。あの男から話を聞かなければならない。

 それが連れ帰った者の責任だ。

 俺にしかできない、俺がやるしかない。

 なんて自分で悲壮感を煽ってみても虚しいだけ。

 実際のところは、両親が夕食の準備に忙しいだけだ。 


 客間まで来たところで立ち止まる。

 ゆっくりと襖の引き手へと手をかけた。

 一体彼はどういう人なんだろう、おかしな人じゃなければいいな。

 淡い期待を胸に、俺は襖を開けた。


 男はもう起き上がっていた。

 こちら側からは、その巨大な背中しか見えない。

 改めて立ち姿を観察して思うことがある。

 なんだかクマみたいな体型だ。


 身長はそれほど高くない。

 胴長短足、巨大な腹回り――全体的にずんぐりむっくりしている。

 どこか愛らしささえ感じさせる風貌は、ゆるキャラみたいだなぁと。


 しかし、男は全く微動だにしない。

 どうにも俺がやってきたことには気づいていないようで。

 ただ虚空をじっと見つめているだけ。

 薄気味悪さを感じざるを得ない。

 

「目、醒めたんですね」

 恐る恐る声をかけてみた。


 男の身体が一瞬びくりとした。

 そしてゆっくりとこちらを向く。

 立ったまま、気絶していたわけではないらしい。 


 男はかなり驚いた表情をしていた。

 目を何度も瞬かせている。


「倒れていたところをうちに連れてきたんですけど……」

 これまでの事情を一言に凝縮してみた。

 すると、彼もようやく合点が行った様子で、その顔に笑みが宿った。

「ああ! それは大変ありがとうございます」

 男はぺこりと深々腰を折った。


 それはとても洗練された所作だった。

 男の纏う雰囲気に似合わない優雅さ、それはどこか大げさで。

 しかし当てつけの様に思ったわけではない。

 

 そんな振る舞いを見せつけられて、俺はなんだかこそばゆかった。

 真直ぐな感謝の言葉が胸に突き刺さって、つい視線を逸らしてしまう。


「もしや、先ほどパンをくれたお方では?」

「ええ、そうです。なんだかとてもお腹が減っていたみたいだから」

「いやぁ、それはお見苦しい姿をお見せし――」

 ぐぅぅぅーーーー!

 

 途端に響いたその轟音の主は俺ではない。

 目の前の男がばつの悪そうな顔をしていた。

 追加でお見苦しい姿をお見せになったわけだ。


「これ、食べますか?」

 俺は男にビニール袋を差し出した。

 それは先程のパンの残りだ。

 万が一に備えて持ってきていたのだ。

 

「し、しかし――」

 男はすぐに手を伸ばそうとしない。

 逡巡する様に身を捩らせている。


「いいから、ほら、お腹空いてるんでしょ!」

 埒が明かなくて、男の手に袋を握らせた。


「すいません、いただきます」

 男はゆっくりとパンを取り出すと口元へと運んだ。

 小さく一口齧ったかと思えば、次の瞬間には丸ごと口の中へと吸い込まれていった。

 そのまま堰を切った様に男は、次々とパンを口にしていく。


「あ、あの、座って食べたら――」

「ほーでふな!」

 よくわからない言葉を発したものの、男は腰を下ろしてくれた。

 しかしすぐさま食べる作業が再開される。


 余程お腹が空いていたのだろう、すごいがっつきようだ。

 見る見るうちに袋の中に空白が増えていく。

 

 俺は男の正面に座った。

 そして呆気に取られながら、パンの吸い込まれていく様を眺めていた。

 あまりの食べっぷりになんだかこちらまで腹が減ってくる。

 夕食までのあと数十分が恨めしく思われた。


 それにしても、愛嬌のあるおっさんだ。

 手持ち無沙汰のあまりまじまじと男を観察していた。

 七福神のえびすみたいにふくよかで優し気な顔つき。

 目は少し垂れ、口元はびっしりと青い髭で覆われていた。

 すこぶる人の好さそうな感じを醸し出していた。


「ふう、ごちそうさまでした」

 ものの見事に袋は空になってしまった。

「いやぁ絶品でしたなぁ!」

「そうですか、この店俺のお気に入りなんですよ」

 気に入ってもらえたのなら嬉しい。

 あの店、おいしいんだが、あまり流行っていないから心配だ。

 

「それで、どうしてあんなところで倒れていたんですか?」

「ええ、私、極度の空腹を感じるとHP(ヒットポイント)が減る体質でして……」

「は、はあ、それは大変ですね……」

 俺は曖昧な相槌しか返すことしかできなかった。 


 何言ってるんだ、この人は?

 その的外れな答えに少し困惑する。

 HPだなんてゲームのやり過ぎじゃないだろうか。

 とんでもないやつを助けてしまったかもしれない。

 一抹の不安とそして後悔が心に芽生える。


「そんなにお腹が減るまでいったい何をしてたんですか?」

 気を取り直して再び質問を重ねる。まるで取り調べをしている気分で面白くない。

「ええ、ちょっと探し物に熱中しちゃいまして……」

「それはいったい――」

「まあ、大したことのない、ちょっとしたあれですよ」

 濁されてしまった。まあ言いたくないのならば仕方ないか。


 というか、聞きたいのは、外国人らしきこの男がいったいなぜ日本に来たのかということなのだが。

 どうにも俺の利き方が遠回し過ぎるのかもしれない。

 次こそは、あまり好きではないが、単刀直入にいくしかない。


「ところで、あなたはどこから来たんですか?

 見たところ、外国の人みたいですけど」

 言いながら、男の表情が見る見るうちに変わっていくのがわかった。


 視線がきょろきょろとして、うっすらと汗をかいている。

 明らかに挙動不審だ。

 そんなテンプレみたいな反応をしなくてもとまで思う。


 まずい質問だったらしい。

 こいつ、不法入国者とかじゃないだろうな。

 ここまで来ると、最早俺も気が気ではない。

 とんでもないことをしてしまった、後悔の念が濃くなっていく。


 しかし男が次に発した言葉は俺の想像を絶する者だった。


「あの、信じてもらえないかもしれませんが」

 おずおずおと男が口を開いた。

「わたし、異世界からやってきたんです――」

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