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第三十八話 ダンジョン攻略

「とりあえず地下に行きましょう」

 寧音によってようやく目的地が決められた。

 案内板を離れて、三人並んでいよいよ店内に侵入しようとする。

 エントランスから内部に繋がる自動ドアの方向へと歩き出したのだが――


「うぉぉぉ、何ですか、これ! 勝手に扉が開くじゃないですか!」

 いきなりトラブル発生である。いきなりおっさんが大きな声を上げた。

 突然立ち止まったので、あわやぶつかりそうになったではないか。


 その少し前、タイミングよく俺たちのわきを抜けた集団がいた。

 それでセンサーが反応して、透明なガラス戸がゆっくりと横にスライドしたのだ。

 トネリコにしてみれば、不思議な光景であろう。独りでにドアが動き出したのだから。

 驚いて顔を紅潮させて、目を真ん丸と見開いている。


 彼にとって、目の前の現象が初めて見たものということは容易に想像がつく。

 話を聞く限り、彼の世界はゲームの舞台の様なものだから自動ドアなんてあるはずがない。

 それはわかるんだけど、少しは人目というのを気にして欲しい。


 俺たちを避けて通る通行人がちらちらとこちらを見るのがよくわかる。

 おかげで俺まで恥ずかしい気分にさせられた。

 寧音ですら、困った表情でこめかみのあたりを押えている。


「おっさん、わかったから早く行こう」

 いつまでもこうしているわけにもいかず、俺は立ち止まっている大男の背中を強く押す。

 それでようやくおっさんが動き出してくれた。

 しかしその足取りはゆっくりで、通過するときもしげしげと観察するのを止めることはなかった。


 開始間もなくしてこの調子である。

 俺はこの後のことを軽く想像して、早くもげんなりしていた。

 恨みを込めて、ここに来ることを提案しやがった幼馴染を睨む。


「あ、あたしが悪いわけじゃないし……」

 彼女の声にいつもの元気はなかった。

 奴自身、とんでもないことをしたという自覚があるらしい。

 そしてそそくさと彼女もトネリコの後に続いた。

 

 彼女を責めるのは筋違いだとよくわかっている。

 それ以上何も言わずに、俺も二人を追った。

 とにかくなんとしても無事に一日を切り抜けるんだ。

 そう強く俺は覚悟を決めた。


 俺たちは一度入口近くの邪魔にならないところで立ち止まった。

 とりあえずおっさんがおちつくじかんを

 絶え間なく動く人波をぼんやりと観察する。

 

「中も広いですねー」

 今度はおっさんは一階部分の構造に驚いていた。

 識りなく左右に首を動かして、完全に様相は不審者のそれであった。


「なるほど、大部屋にいくつか販売スペースがあるんですね」

 やがて神妙な面持ちで頷き始めた。

「そうだよー。ここは化粧品とかアクセサリーとかのフロアだね」

「なんと! 商品によって階が分かれているのですか! 大したものですねぇ」

「それだけこの世界には物が溢れてるってことでもあるけどな」

「しかし、さっきのあれみたくそれだけ便利になっているということでもあるでしょう」

「まあそういう見方もあるな」

 おっさんの言う通り、世界はどんどん便利になっている。

 最近ではAIなんかも流行りなわけだし。


「しかし中々に入り組んでますな。まるでダンジョンみたいです」

「うーん、確かに目当てのものを見つけ出すのは大変かも。人も多いしね」

「ただ『ダンジョン』って言い方は大げさすぎると思うぜ」

「いえいえ、本物のそれと比べても孫色ないですぞ。

 まさか魔物が出たりしませんよね?」

「旧校舎じゃあるまいし、そんなことはない」

「ではアイテムが落ちてるってことは?」

「それたぶん落とし物だろうから、ちゃんと持ち主探してね」

「残念です。血が騒いだのですが……」

 百貨店がもしもダンジョンだったら、溜まったもんじゃないぞ。

 明らかに気落ちするおっさんを強く睨みつける。


「さ、下に降りるぞ」

 この階でおっさんに紹介できるものもないわけで。

 さっさと予定通り地下に行くことにした。所謂デパ地下というやつで、巨大な食品売り場になっている。

 エスカレーター目掛けて、入口からまっすぐに伸びる道を歩く。


  

「晴信ぼっちゃん! 今度は階段が、階段が動いてます!」

「ああ、わかったから大声を出すのは止めろ、恥ずかしい!」

 しかしそんな俺の言葉を聞かず。おっさんは一目散に駆け出してしまった。


 慌てて、寧音と共に奴を追う。

 もはや心が折れそうである。


 おっさんはエスカレーターの前で、注意深くそれを観察していた。

 しゃがみ込んで隅々まで目を通しているようである。

 そのせいで、謎の行列ができつつあった。

 これはまずい――

 

「とにかくこっちにこい」

 名残惜しそうなおっさんを無理矢理その場からどかせた。

 ぐいぐいと強くその腕を引っ張る。しかし重い。

 頼むから他の人に迷惑をかけるのだけはノーサンキューだ。


 結局、店舗奥の階段の辺りまで来た。

 流石にこの辺りまでくれば、人気もかなり少ない。

 立ち止まって、俺はきつくおっさんの顔を睨んだ。


「いいか、不思議なことが盛沢山だろうが、何とか堪えてくれ」

「そ、それはわかっているのですが……」

 どうして俺は百貨店の中で、年上の男に説教をしなければならないのか。

 全く難儀な休日である。 


「不思議なものを見つけたら『サーチス』使っていいから」

「ホントですか!?」

「ああ。一々大騒ぎされるより百倍ましだからな」

「ねえ、その『さーちす』ってなあに?」

 傍で黙って聞いていた寧音が久しぶりに口を開いた。


「アイテムを調べる魔法だ」

「魔法!?」

 寧音は甲高い声を上げると、その目をキラキラと輝かせる。

「みたいみたいみたーい」

 そして幼い子供の様に騒ぎ出した。


 しまった、こいつにもスイッチが入ったか……またしても厄介ごとが振りかかる気配がする。

 こうなってしまうと、そう簡単にこいつが落ち着くわけもなく。

 かといってデコピンを食らわしてっていうのもあれだし。

 ここは一度実演してもらった方が早いか。


「うーん、何かないかねぇ」

 きょろきょろとあたりに目を配るが、特段不思議なものはない。

「でしたら、さっきの動く階段はどうでしょうか?」

「あそこだと人目につきすぎると思うが……」

「大丈夫です、信じてください」

 残念ながら微塵にも信じられない。

 しかしこれ以上くだをまくのもどうかと思って、結局その提案を受け入れた。


 俺たちはまたエスカレーターの方に戻った。

 なんでこんな無駄な往復をしないといけないのだろうと、内心文句たらたらだ。

 離れたところで、人通りが落ち着く機会を窺う。


「いいぞ」

 おっさんに合図をだした。

 それで奴は動く手すりに手をかざした。

「サーチス」

 ものすごい小さなボリュームで、つい聞き逃しそうになるほどだった。


「こいつはエスカレーターだ。

 電気で動く階段で、ステップ部分では服の裾や靴が挟まれない様に注意だぞ」

 また例の謎の説明口調で、トネリコは大声でまくし立てた。


 それを呆気に取られた表情で、寧音がこの惨状を見ていた。

 ぱちくりと自慢の大きな瞳を瞬かせる。

 いつものおっさんとは違う雰囲気にだいぶ面食らっている様だった。


 そして、いつの間にか辺りには人だかりができている。

 どうやら『サーチス』の実演は悪手だったらしい。

 まさか通販番組みたいな感じで大々的にエスカレーターを紹介するとは思ってなかった。

 そりゃ何事かと人目を惹くだろうよ……ため息しか出ない。


 これでトラブルは三つ目である。そろそろ店側から、警備員が派遣されてきてもおかしくはない。

 そうでなくともこの野次馬というのは厄介だ。

 高度な情報社会と化した現在、おかしな行動をすればすぐにカメラを回される。

 そしてネットに拡散されて炎上、なんてこと珍しくもない。

 悪い可能性ばかりが頭に広がって、思わず身震いした。


「おい、さっさと行くぞ」

 フリーズする寧音とどや顔のおっさんに話しかけて、俺たちはその場を後にした。





「いやぁ、堪能しましたなぁ」

 おっさんはほくほく顔でとても満足げだ。

 

 今俺たちは最上階に設けられた休憩スペースで一息ついていた。

 エレベーター前で、気のベンチが横に二つ並んでいた。

 一方には興奮したままのおっさん。もう一つには俺と寧音が座っている。


 時刻は夕方に差し掛かっていた。

 まさかほぼ一日を潰されることになるとは思わなかった。

 そもそもは『豊臣雑貨店』を見学するだけだったはずなのに。

 なんにせよ、後は家に帰るだけである。

 

 正直、もう疲れ切って一歩だって動きたくない。

 このおっさん事ある毎に騒ぎ出すのだ。

 まず食品街ではやたらめったら試食しまくり。

 グルメレポーター張りのコメントも残すわで出来んになってもおかしくなかった。


 ファッションフロアはともかく商人らしく高価なものには目ざとくて。

 店員に無意識に喧嘩を吹っ掛けるもものだから、全く気が休まることはなかった。

 珍しいものを見つけると猪突猛進するし、『サーチス』を連発しては即席の商品紹介会行われるわ。

 一日中このおっさんに振り回された。

 巻き込まれた寧音も今やげっそりとした表情になっている。

 

「さぞ満足したようでなによりですよー」

 皮肉を込めて、奴に言葉を浴びせた。

「本当にすごいですね、こっちの世界は。いくつかアイテムを持って帰りたいくらいですよ」

 しかし奴に気が付いた様子はない。面の皮もものすごく分厚い。

「それで売り捌くつもりだろ?」

「いやいやそんな~」

 おっさんは露骨に顔を逸らした。バレバレである。


「そろそろ帰ろーよ」

 寧音は心底しんどそうな声を上げた。

「そうだな、バスに遅れちまう」

「もうさ、地下鉄でよくない?」

 確かにそれでも家には帰れる。

 ただし、結局バスに乗り継ぐ必要はあるが。

 だが、無駄に歩く必要はないという点では非常に便利である。

 

「地下鉄? なんですか、それは?」

「地下を駆けるバスみたいなもんだ」

 説明がめんどくさくなって適当なことを口走った。

 後で『サーチス』でも使ってもらうことにしようと思う。


 とりあえず俺はのっそりと立ち上がった。全身にやるせなさと疲れを感じる。

 しかし目の前にエレベーターがあるわけで、何とかそこまで歩いた。

 下に向かうため、軽くボタンを押す。

 表示板を見る限り、すぐにやってきそうである。


「ほら立った、立った!」

 おっさんはすぐにすっと立ち上がったものの、寧音は未だにぐでっとしている。

「つかれたよ~」

「早くしろ」

 俺はそんな幼馴染を力任せに引っ張り上げた。

 それでもまだ寄りかかってくる。どうにも相当参っているらしい。


 ちーんと音がして、ようやくエレベーターがやってきた。

 扉が開いて、誰もいない空間の中へとなだれ込む。

 行先の地下二階のボタンを押した。

 重厚な音を立てて、再び下へと移動を開始する。


「今度は動く箱ですね」

 エレベーターは今日初めて使ったのに、あんまりおっさんに驚いたところはない。

「似た様なものが向こうの世界にありましたから」

「それはそれで凄いな」

「ダンジョンの中で、魔力を使った仕掛けでしたよ」

 とんでもない発想力をする奴がいたものだ。俺は内心感心した。

 技術革新というのは、中々興味深い。


 しばらくしないうちに、エレベーターが止まった。ゆっくりと鉄の扉が開く。

 目的の階だということを確認してから外に出る。

 再び食品店街だが、ここから地下鉄駅までの空間が広がっているのだ。

 先とは違い人の列をかき分けながら、店の中を突っ切っていく。


「地下にこんな空間が広がっているなんて思いもしませんでしたよ」

 出口のところで、おっさんが目を白黒させた。

「やっぱりそっちの世界だと珍しいのか?」

「ええ、地下を使うとなると、それこそダンジョンか、あるいは地下牢くらいしかないですから」

「何でもいいけど、ちゃんとついてきてくれよ、下手すると迷うぞ?」

 駅構内というのはどうして入り組んでいるのだろうか。

 まあこれでも、『現代のダンジョン』と呼ばれるとある巨大駅よりましたが。


 帰路につく大勢の人の群れに紛れて、俺たちは改札口へと向かうのだった――

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