第二十九話 時季外れの肝試し
「これでわかってもらえたか。おっさんは異世界から――」
「すごい、すごい!」
寧音はとても興奮している様だ。
その口からは外見相応の小学生並な感想が出てきた。
「いやー、あたし魔法なんて初めて見たよ」
「そうだろうけど、あっさり信じるのな」
些か拍子抜けである。
なんかこうもっと抵抗とかがあると思ったのだが……
「え、だってあんなにしても開かなかったのに。
それがこうもすっと開いたらねぇ。これを魔法と呼ばずして何というのさ!」
「は、はあ。そうですね」
幼馴染のテンションのおかしさに少しひいた。
さっきは半信半疑だったくせに、それはどこへ行ったのやら。ほんとに現金な奴だ。
「盛り上がってるところ悪いんだけど、みんなして僕を揶揄ってることはないよね」
慎吾はおずおずと口を開いた。その顔には未だに疑念の念が残っている。
「どういうことだ?」
「ホントに鍵はかかっていたのかな? 実は演技だったり――」
「なによ! あたしが嘘をついてるっていうの?」
「いや、まあその……正直、信じられないよ。いきなり魔法とか異世界とか言われてもピンとこない」
彼は眉間に深い皺を刻んでいた。
そう疑うのも無理はないと思う。
俺が初めて異世界の話を聞いた時にもそう思った。
ましてや、鍵開けの魔法なんか確かにインパクトに乏しくて、証明にしては根拠が薄い。
むしろ寧音の反応の方がどうかしているわけで。
無邪気というか、騙されやすいというか。
まあそこがこいつの長所だとも思っているけど。
「トネリコ、他の魔法を使ってみてくれ。例えば『ファインディア』とか」
やはり疑われたままも辛くて、次なる手段を講じてみる。
「実はその魔力切れです……」
「マジで?」
「ええ、私が使える中で一番の大技なので『オープマ』は」
俺は思わず遠い目をするほかなかった。
「魔力回復薬でもあれば別ですけどね」
そう言って、おっさんは恨みがましく校舎を見上げた。
いや、そもそもそれを含めたアイテム袋を探しに来たわけだから。
まさに本末転倒である。こんなこと、フジミベーカリーのパンの時にもあった様な。
仕方がないので、いったん慎吾の説得を諦めることにした。
「よくわかんないけどさ、どうでもよくない?
おじさんがホントに異世界から来たかどうかなんて」
「なんだよ、お前も信じてないのか? でもさっき魔法だとか言ってたじゃないか」
「そうなんだけど、あれくらいだったらこの世界にもできる人いそうじゃない?」
よく考えてみれば、魔法が使えるから異世界から来たという論理は確かに通り辛い。
まさかそれを寧音に気付かされるとは……
「でも晴信は信じてるんだよね? トネリコのおじさんが異世界人だって」
「ああ、そりゃあな」
短い付き合いの中で最早少しも疑うところはない。
そもそもこのおっさんがそんなつまらない嘘をつく人とも思えないし。
「晴信ぼっちゃん……!」
トネリコは感動してやや目を潤ませてくる。
「気持ち悪いからやめろ」
「そんなー」
彼はしょんぼりしてしまい、そのご自慢の口髭も萎びてしまった。
「とにかくそれだけで十分。あんたが信じるならあたしも信じるだけよ。
別にこれ以上の証明いらないよ?」
「寧音……」
俺は思わず幼馴染の瞳を見つめた。
「いやぁお熱いねぇ、お二人さん」
あわや謎の雰囲気が流れそうなところに、慎吾が水を差してくれた。
俺は流石に恥ずかしくなって、彼女の顔から視線を外す。
それは奴も同じ様で、背けた顔の頬はやや赤くなっている気がした。
慎吾はと言えば、企みめいた笑顔で口笛を吹いている。
それは先ほどまでの複雑な表情とは違い、どこかすっきりして見えた。
先の寧音の話で思うところがあったのかもしれない。
とにかくいつもの調子に戻ったことは喜ばしい。
「もう少しラブラブモードを見ていたかったんだけどね」
「やっぱりお二人はそういう関係だったんですな!」
「うるせーぞ、お前ら。お化けに呪い殺してもらうぞ」
「いやその冗談はシャレになってないというか……」
どこか慎吾の顔は青ざめたのは気のせいだろうか。
「とりあえずさっさと中に入ってしまおうよ?」
「そ、そうよね! さあ行きましょー」
「「「おー」」」
ややバラバラながらも声をそろえて、俺たちは旧校舎に潜入するのだった――
廃校舎の中は、当然だが真っ暗だった。
今晩は天気も悪いので、入ってくる月明かりも弱い。
廊下には濁った黴臭い空気が充満していてしかめっ面がなかなか戻らない。
そんな闇の中を俺たちは懐中電灯を手に進んでいた。
「いやぁ用意いいね、晴信君は!」
「違う、お前が用意悪いんだ。慎吾はちゃんと持ってきてたろ」
「でも僕もさすがに人数分準備しようとは思ってなかったけどね~」
慎吾も寧音の暴挙には呆れていた。
奴め、ずっとスマホのライト機能で何とかしようと思っていたらしい。
発想がとても現代っ子というか、何というか……いや、ただのあほだ。
こんなこともあろうかと、家から二人の分も持ってきておいてよかった。
しょうがないから、それを寧音に貸し与えた。
「しかしこのカイチュウデントウとやらは便利ですなぁ」
おっさんはまだ不思議がっている。
「私の世界では、探索のお伴と言えば松明でしたから」
「えー、それは不便だねぇ」
前方を行く二人は楽し気に話をしていた。
その後ろを俺と慎吾が肩を並べてついていく。
今はとりあえず理科室を目指していた。
寧音曰く『人体模型が動くんだって』とのこと。
「そうなんです。だから、冒険では仲間が光を灯す魔法を使ってくれたのですが……
申し訳ない、私は残念ながら使えないので」
「そんなのあるの!?」
「はい、仲間のアバ――踊り子殿がよく使っていました」
「はえー、そうなんだねー」
寧音は心の底から感心している様な声を上げた。
「なあなんであんなに寧音さんは受け入れるのが早いわけ?」
「俺にだってわからねーよ」
そんな会話を俺と慎吾は不思議そうに聞いていた。
しかし本当に不気味な雰囲気だ。
確かにこれは何かが潜んでいてもおかしくはない。
今にもそこらの暗がりから何かが飛び出してきそうなほどである。
「ワクワクしますねー、皆様方」
寧音の声はとても愉快そうである。
そして歩きながら、軽やかに後ろを振り返った。
「ぶっちゃけると、俺とおっさんの目的は別だからな」
「え、そうなの!?」
なぜか寧音は驚いていた。そして、その拍子によろけた。
「おいおい、危ないぞ?」
「ごめんごめん」
彼女は舌をちょろっと出して、ばつの悪そうな顔をした。
そして再び前を向く。
「僕は初めからそうだと思ってたけどね……というか、普通気付くと思うよ」
「なんだかんだ言って、晴信も興味あると思っていたのに」
言い方にこちらを責めるようなところがあった。あと明らかにがっかりしている。
「それはすいませんでしたね」
とりあえずしょぼくれる背中に気持ちのこもってない言葉を投げておいた。
「それで、その目的のブツとはなんですかね?」
「アイテム袋だよ」
俺はおっさんが異世界から目覚めてから俺に拾われるまでの話を説明した。
「そういうことだったのね、やっと『目覚めた』っていうのがわかったわ」
寧音は嬉しそうに何度も頷いていた。
まるでできなかったパズルがようやく解けたような反応だ。
「そのアイテム袋には何が入っているんですか?」
慎吾がトネリコに尋ねる。
「色々ですな。武器とか防具とか、回復アイテムとか」
「へぇ、ほんとにファンタジーって感じ」
「あの晴信さん。ちょっと聞いただけで、まずい感じしかしないんだけど……」
「だからさっさと取り戻したいんだよ」
危険性は十分承知している。だからここにあればいいのだが。
「さ、着いたわよ」
離している内に、ようやく件の場所についたらしい。
寧音は足を止めた。そして頭上に懐中電灯を向ける。
理科室。
やや古ぼけていたものの、表示板にはそんな文字が刻まれていた。
「開けるわよ」
そう言って、彼女がドアの取っ手に手をかける。
がたがたと軋んだ音を立てつっかえながらも扉は開いた。
鍵はかけてなかったらしい。それは好都合なことで。
途端に、中から謎の臭気が襲ってくる。黴臭さと埃っぽさが共演している。
恐れ知らずの少女が意気揚々と中へ入っていった。
俺たちも後に続く。
入って早々ぐるりと中を照らしてみた。
廊下側にはびたっと棚が並んで、窓側には人つなぎの腰ぐらいの高さの台が置いてある。
だが、どちらも空っぽであった。
そして、中央には六つばかり机はあるが椅子はない。
物品は撤去積みらしい。机や棚はおそらく固定されているから置き去りなのだろう。
そう言ったことを除けば、何の変哲もない理科室だった。
「おい、歩くどころか人体模型そのものすらないぞ?」
おそらく他の物品と同じで回収されたのだと思うのだが。
「おかしいわね……」
寧音は腕を組んで、思考に耽ってしまった。
「逆に考えれば、歩き回っているからここにないのでは?」
「それだ! まさかこの名探偵を出し抜くとは、鋭いですね、トネリコさん」
「いやぁ、それほどでも」
盛大にボケをかます男二人組は放っておくことにした。
人体模型はどうでもいいが、おっさんのアイテム袋っぽいものもない。
どうやらここは外れの様だ。
さっさと次に行こう、と促そうとしたところ――
ガタッガタッ――
どこからか謎の物音が聞こえてきた。
「きゃあああああああああ」
これでもかとばかりに甲高い悲鳴を上げる寧音。
あまりの衝撃に足元に懐中電灯を落として、あろうことか俺の身体にしがみついてきた。
「ぬわぁぁぁぁぁぁぁぁ」
それがおっさんにも伝わって、遅れて野太い叫びが上がる。
そのまま彼はその場にしゃがみ込んでしまった。
「落ちつけ、お前ら。気のせいだって!」
とりあえず怯える幼馴染を引き剥がしにかかる。
が、意外にもその力は強くて。
「はるのぶこわいよ~」
半泣きの状態でせがまれれば、これ以上なんともしようがなかった。
俺からすれば、お前の方が恐怖なんだけど。
「いやどうかな晴信君。僕も確かに今の音は聞いたよ。
そしてそれは――」
慎吾は意味深に間を取ると、気取ったポーズで部屋の奥の扉を指さした。
まだ探偵気分のつもりらしい。
「あそこから聞こえました!」
「で、どこなんだ?」
「理科準備室みたいだね」
その言葉でピンときた。もしかすると、人体模型はそっちにあるのかもしれない。
まさか本当に歩き出して、それが音の正体とは思えないけれど。
「確認してみるか――それと、いい加減離れてくれ」
「やだ!」
「駄々をこねるな、小学生か」
「それでもいいもん」
「わかったよ。俺の後ろに隠れてろ」
完全にビビっている彼女の反応に俺は呆れることしかできない。
「おっさん、大丈夫か?」
「ああ神よ。あの緑の僧侶を小馬鹿にしていた事は謝ります。だから何卒お救いください!」
トネリコは完全に壊れていた。
「そっちは任せるからな」
「あいよー」
慎吾は軽く応じると、おっさんの近くにしゃがみ込んだ。
後ろに足手纏いを抱えながら、黒板わきにあるドアに近づいていく。
ノブに手をかけて、軽くひねってみると何の抵抗も感じない。
やはりこちらにも施錠はされていないみたいだった。
なので、そのままそっと押し開けてみた。
すると俺の目に飛び込んできたのは――




