第二十七話 アイテム袋の行方
「話はこの名探偵立見慎吾が聞かせてもらったよ!」
俺の友人は教室前方の入り口に立っていた。
まさにばばーんという効果音が相応しいくらい突然の登場。
人差し指と親指をぴんと伸ばして、気取ったポーズをとってやがる。
そしてそのままつかつかと教卓まで歩いて行った。
奴の鞄が置き去りにしてあったことから、校内に残っていたことはわかっていたけれど。
しかし会話に乱入してくるとは思ってもみなかった。
また邪魔者が増えたことで正直頭がいたい。
「なぜそこのおじさんがこの校舎にデジャヴを感じていたか。
それはあなたが廃校になった旧校舎で『目が覚めた』からです!」
奴はばんと強く教卓を叩いて身を乗り出した。
それもどや顔のおまけ付きで。
俺は、いや寧音もトネリコも呆気に取られるしかなかった。
いきなり出てきて、何かましてくれてんだか。
「で、お前何してるんだ?」
「ちょ、ちょっとこのカッコイイ登場シーンはスルーですか!?」
「それ以上の謎が頭を占めてるんでね……」
全くめんどくさい奴がやってきたもんだ。
同じことを思ったのか、寧音もげんなりした表情を見せたくれた。
その顔は、あんたが何とかしなさいと言っている様だった。
俺に振られても……正直持て余すというか。
まあ友のよしみということで、一応触れておいてやるか。
「だいたい何が名探偵だ。近代探偵湖南簿でも呼んだばかりなのか?」
「いや、なにその不気味なキメラ探偵は……」
「あたしはアポロが好きだなぁ。名前が可愛い」
「それはスペースシャトルだ。お前まで悪乗りしてこないでくれよ。
ミステリーの巨匠に呪い殺されても知らないぞ?」
「え、なにそれ怖いっ!」
冗談だったが、寧音は真に受けてしまった様だ。
ほんのわずかに身体が戦慄いて、顔には緊張感がやってきている。
「ほぉ、この方は名探偵殿なんですかな」
ふむふむと、とても興味深そうにトネリコは慎吾を見ている。
まるで値踏みするかのような視線である。
当の本人はそんなこと全く気にかけていないようで。
むしろ彼もまた相手のことが気になるみたいだった。
そういえば、この二人は初対面である。
「違う違う、冗談だから」
「なんと、そうなんですな! それは残念です」
「よく名探偵って言葉知ってたな。元の……国にもいたのか?」
「いいえ、てれびで見ました。ドラマというやつですね、安江殿にご一緒しまして」
昨日の連続ドラマかもしれない。昨今珍しい探偵ものがやっていた気がする。
しかし居間ではそんなことになっているとは。
というかおっさん、我が家になじみ過ぎではないか。
「こいつは俺の友達さ。何の取柄もない民間人Aだ」
「どの口がそれを言うかなー。それはお互い様だろうに」
慎吾の口調は少し怒り気味だった。
「まあ二人とも無個性系男子だもんね。その点、あたしは――」
「ロリドジアホ背伸び系トラブルガール」
「やかましわよっ、バカっ!」
変化球な個性のまとめ方をしたら、直球な悪口が飛んできた。
「ふむ、晴信ぼっちゃんのお友達でしたか! 私、トネリコと申します」
いつもの様に、おっさんは定型句となった挨拶をした。
そして、相変わらず『ぼっちゃん』の部分で、慎吾は大爆笑した。
「この人がトネリコさんかぁ……
しかし、ぼっちゃんって! なに、晴信そういう性癖があるのかい?」
「性癖言うんじゃねえ。なんだか薄ら寒くなるわ。
このおっさんの癖だよ。ちなみに寧音はお嬢さんだ」
「そ、そっちもかなり笑え――」
「立見君? そろそろ鬱陶しいですわよ?」
寧音の声はぞっとするほど冷たい声だった。
それは凄みのある言い方だった。
昔から一緒にいる俺でさえ、少し恐怖を感じる程で。
慎吾の顔から笑みが消えた。段々と強張った真顔に変わっていく。
反省したのか、ようやく教壇から降りてこちらにやってきた。
そして関係ないはずのトネリコのおっさんでさえ、いくらかビビっているのわかった。
とにかくこれをきっかけにして話を戻すことに。
これ以上ふざけていると、大変なことになりそうな予感があった。
「それでもう一度聞くが、お前は何してんだ?」
「実はですね、教室に戻ろうとしたところ、たまたまお三方の姿を見つけまして。
それで、ずっと話に耳をそばだててたってわけです」
「え、盗み聞きっていうこと? いい趣味してますねぇ、立見君ったら」
お次は陰惨な笑顔が、寧音から慎吾に贈られた。
「ひいっ、後生ですからお命だけは!」
「誰も殺したりなんかしないわよ……」
彼女はうんざりした顔で首を振った。
少しは機嫌も戻ったらしい。
まあ元々本気で怒っていたわけではないのだろうけど。
彼女にしてみれば、いつもの軽口の応酬の延長線上ののつもりだったのかもしれない。
それにしてはさっきのは本当に怖かった。
「さっさと入ってくればよかったのに」
「だってさ、なんか深刻な雰囲気で話してるから、つい遠慮しちゃって」
「それは、悪いことをしましたね」
俺は慇懃無礼に頭を下げてやった。
「で、退屈しのぎに聞いていたら、なんか面白い方向に話が転がっていったからさ。
それで僕も、トネリコさんのデジャヴの謎を解こうと思って考えていたら、じっとしていられなくて」
「それで俺のセリフを奪ったわけね」
「そういうこと。だって意味深にためを作るからつい」
慎吾は、これ見よがしに舌を出して、テヘっというむかつく顔をする。
ここでもう我慢がきかなくなった。
べちん、俺は友の額に重い一撃をお見舞いしてやった。
少しは溜飲が下がる思いだ。
「そもそもお前、珍しく校内に残って何してたんだ?」
「調べものだよ。友人たちが一緒に帰ってくれないからね」
これまた大げさにこの男は残念がる。
「それ、本気で言ってるならキモイよ?」」
「あのー寧音さん、どうして今日そんなに当たり強いんですかね?」
「そう? いつもこんな感じだと思うわよ」
やはり素っ気なく彼女は言い返すのだった。
「そもそもですね、あなたのせいでもあるんですけど?」
彼の言葉にはやや怒りが籠っていた。
「へ? どうして?」
「……もしかして覚えてない?」
「やめとけ、慎吾。こいつ、三日以上前のことは覚えていら――」
脇腹に打撃を受けた。
「鶏と一緒にしないでくれる?」
「で、でも今何かを覚えてないのは事実だろ……」
そんな遺言を残して、俺は痛みに耐えかねて机に突っ伏した。
「晴信! 君って奴は……!」
「そういうのいいから。本題に戻ってくれる?」
「はい、わかりました!」
俺は友情の軽さを思い知らされる。
とりあえず、ぐっと上半身を起こした。
「旧校舎の地図が欲しいっていってたじゃないですか、あなた」
「あ! 思い出した、そういえば頼んだね」
「やっぱり忘れてたんすね……
というか、今朝の話ですよ、寧音さん」
どうやら鶏以下だったらしいな。俺は心の中でほくそ笑んだ。
「我が幼馴染みながら、とんでもない物忘れだな」
「はいはい、ごめんなさいでしたっ!」
さすがの寧音もこれには頭を下げるしかないらしい。
「で、お嬢ちゃんは旧校舎の地図なんか手に入れて何するつもりだい?」
「いよいよ、中を探索してみようと思ってね!」
俺の軽めな呼称を気にしない程に、寧音は張り切っている。
「なんでまたこのタイミングで?」
「火の玉よ、火の玉!」
やつは興奮気味によくわからない単語を口にした。
「なんでも一昨日くらいかな? 見た人がいるらしいよ。
だから昨日からその話題で持ちきりなんだけど」
「あんた、知らないの? 遅れてるわね」
「いやだってずっと働きずくだったわけだしさ」
「そうじゃなくても、あんまり周りに興味ないじゃない、あんたは」
失敬な奴だな、この女は。
しかし、事実な部分もあるため黙って受け止めておいた。
「火の玉とは、これまた物騒な話ですなぁ……」
おっさんの表情は暗い。このなりで、魔物との戦闘経験も豊富でもあるのに、幽霊は怖いとか。
これがもし、かわいい女の子だったら、途端に好感度ポイントが上がるだが。
「そんなに怖がるなよ……何かの見間違いだって」
「それはどうかしらねぇ」
ふっふっふっ、と意地の悪そうな含み笑いを寧音はした。
「ということで、探検ですよ!
野郎ども、やるわよっ!」
「おー!」
意味の分からない号令がかかる。
そしてそれに慎吾が呼応しやがった。
「なによ、ノリ悪いわね!」
「いや逆に聞くが、どうして俺たちを巻き込む?
あと、なんで慎吾は乗り気なんだ」
「前も言ったけど、怪談噺の段階で興味を持っていたからねぇ。
それにないより面白そうだ」
「よくわかってるわね、立見君。寧音さんポイントを千あげるわ」
「わーいやったー。ちなみに用法は?」
「特にないけど?」
寧音は素っ頓狂な顔でとぼけた。
「ということで、来るわよね? どうせ暇でしょ」
「とても受験生とは思ない発言だな……」
この幼馴染はいったいいつ勉強しているのだろうか。
ふと気になった。最近、知識不足が露呈しているし心配である。
それはともかくとして。
正直、そんな面倒くさいことごめんだったが。
おっさんが旧校舎で目覚めた可能性がある今、話は別だった。
だから俺は――
「わかったよ、行けばいいんだろ?」
観念して、こいつらの企みに乗ることにした。
「あら、今回は話が早いのね、晴信」
「どっちにせよ、押し切られるだろうし、たまにはな」
「ふうん、本当にそれだけかい?」
どこか探るような目をして、慎吾は微笑んだ。
「あの晴信ぼっちゃん、どういうことでしょう?」
トネリコの顔は少しばかり強張っていた。
「旧校舎っていう廃墟にお化け探しに行くことになった」
「ええっ! では、私は留守番してますね!」
「悪いが、お前にも来てもらう」
「そんな、どうしてですか?」
どうやらこいつにはまだ事情が呑み込めていないらしかった。
「ちょっと席を外すぞ」
俺は奴を連れていったん廊下に出た。
尾行を警戒して、とりあえず水飲み場まで一緒に歩く。
「いいか、旧校舎でおっさんが目覚めた可能性が濃厚なんだ」
「ええ、それはなんとなくわかりましたけど」
「だったらそこにアイテム袋があるかもしれないじゃないか」
「あ゛っ!」
それで、こうして俺たちは旧校舎前に来たのだった。
旧校舎の怪談の謎を解くため。もとい俺とおっさんはアイテム袋を探すために。
しかし、これでもしこの中にそれがあったなら、フジミベーカリーの一軒は何だったのだろう。
もちろん、あの店を人気にするという目標もあったわけだけど。
そもそもはアイテム袋の情報を集めるために客を増やす。
そんな遠回りな目的もあったわけで。
「とりあえず行こうか」
俺は誰にともなく告げて、一歩前に踏み出した。
校門の奥では、廃墟となった校舎が待ち構えているのだった――




