第二十五話 結果発表
ようやく地獄の様な三日間が終わった。
これでもう翌日からはわざわざ朝早く起きて、おっさんを伴って登校する必要はないのだ。
そもそも明日は土曜日だから、学校に行く必要はないけども。
結局、一番苦戦したのは一日目だった。
二日目以降はトネリコの八面六臂の活躍で客足が伸び。
それに寧音の昼の校内放送占拠のおかげで知名度も上がった。
結果、初日が霞むほどの成果を昨日今日と上げることができた。
来場者数は七百を超えて、もちろんリピーターも大勢いたのだが。
それでも、先程終わったアンケートの結果にはかなり期待できる。
最終日の本日、帰りのHRにて用紙が配られた。
『フジミベーカリーのパンを購買に置くことについて
賛成 反対
以下、自由に感想等を書いてください』
それはB6サイズのこんな感じのフォーマットをしていた。
ちなみに、里奈さんが作ったものだ。
校長から自分たちで、アンケート用紙も用意するよう言われたからである。
しかし改めて思えば、店を知らない人にとっては何のことやら。
余程我関せずを貫く一匹狼ボーイ(もしくはガール)ではない限りはフジミベーカリーの名前は知っていると思いたいが。
今は開票作業中である。校長のやろ――校長様は生徒会にそれを依頼したと言っていた。
不正が行われないための措置とかで、巻き込まれた彼らにしてみれば災難である。
何せ全校生徒分あるわけで。あとで、寧音にでも謝らせに行こう。
俺には生徒会長の名前くらいしかわからないから。
とにかく後はその結果を待つだけで――
「ねえ、どうかな? 大丈夫かな?」
寧音は不安そうな顔をする。
てっきり自信満々かと思ったのに、些か拍子抜けだ。
俺と寧音は小ホールにいた。ここで、開票が終わるのを待っていた。
校内のどこにいてもよかったわけだが、撤去作業があったためこの場所にいるのだ。
今はもう長机をしまい終え、廊下の丸机と椅子も回収済みだ。
一段落着いた俺たちは、適当な一組を占領していた。
「やれるだけのことはやったんだ。あとは神のみぞ知るってやつさ」
「カニの味噌汁? うーん、美味そう!」
小学生みたいなボケだな……
まさか、本気で言っているとは思えないけど、はっきりとそう思えないのが恐ろしいところである。
「えっとじゃあ人事を尽くして天命を待つっていうことで」
「人参作って延命を待つ? 意味わかんないんだけど、頭大丈夫?」
「それは俺のセリフだ」
うーん、異文化コミュニケーションをしている気分だ。
もう少し探りを入れてみるか。
「とりあえずお前が知ってる諺を教えてくれ……」
「弱肉強食!」
「いきなり狂暴だな。ちなみにそれは四字熟語、だ」
「ああ、そっか。ことわざ、ことわざ」
彼女は顔をこわばらせて考え込んでしまった。
そんなに出てこない物だろうか。
小学校の頃、色々と調べさせられた記憶があるんだけど。
ちなみにその時の知識はあまり役立った試しはない。
まあそもそも勉強なんてそんなもんか。
「トイレには花子さんがいるぞってやつ」
「それは学校の怪談だ……」
これ以上待っても意味がない気がしてきた。
怪談ついでに話題を変えてみる
「そういえば、旧校舎の噂はどうなった?」
「えーい調査中でござい」
「どこかの役人、江戸っ子バージョンだな」
幼馴染のどや顔も合わさって、ものすごい腹が立つ。
そんな余計な事学んでいる暇を別のことに生かして欲しいものだ。
しかし手持ち無沙汰である。
このちょっとおバカな同級生と、無益なお喋りをするくらいしかない。
早く開票作業が終わらないものか。
「俺たちも校舎内探検でもすればよかったかな」
俺は何とはなしに呟いた。
というのも、校内でアンケートの結果を待っているのは俺たち二人だけではない。
今日一日販売員をしていたおっさんはもちろん。
藤見夫婦も来ていた。
わざわざこういう機会を設けてもらったから、きちんとお礼がしたいとのことで。
そのため本店は今臨時休業中だ。
元々時間帯的にあまり客が来ないらしいので不都合はないと言う。
進さんと里奈さんは校舎の中を見て回ると言って、どこかへ行ってしまった。
二人が通っていた頃は、校舎が新しくなる前だったので、いろいろ気になるらしい。
おっさんは……購買のおばちゃんと話し込んでいるみたいだ。
進さんの車に、荷物を詰め込んだ帰り道に絡まれたのだ。
以降、今のままでずっと話し込んでいるらしい。
あともう一人のメンバー藤岡先生だが。
どうにもこの二日で仕事が溜まったらしく。
帰りのHRが終わると、死にそうな顔をして職員室に引き籠ってしまった。
「まー確かに、暇すぎて逆にドキドキが激しくなるわ」
「お前も緊張することあるんだな」
「人のことなんだと思ってるわけ?」
「校内放送であれだけはしゃいでたから恥という言葉を知らないもんだと」
「えっ! あたしそんなヤバイことしてた?」
途端に、寧音の表情にかげがさした。
実際はどうだったかと言えば。
やたらと張り切っていたらしく、いつもより三割増しで騒がしかった。
パンの宣伝から始まり、店の紹介まではまあスムーズに進んでいたものの。
やがて、やつの悪癖ーーむやみに大人ぶるが段々と表れて。
『そういえば豊臣さんはクラスの皆からの信頼も厚いですよね?』
『そうですね、あたしって周りよりちょっと大人なところがあるんで。フジミベーカリーのことも、大人として何とかしたいなぁと』
ここで、教室内が爆笑に包まれた。
俺を含め、誰もが寧音のこうした背伸びを微笑ましく、ある種イジりの対象としていた。
もちろん、彼女の名誉のために付け加えておくと。
こいつは、責任感もあり何より底無しに明るくて話しやすい人柄だ。
悩み事を聞いたり、クラス委員になったりと何かと頼りにされるのは事実である。
どこか姉的包容力があることは認めよう。
しかし、調子に乗るのが問題であって。
ーーと、つい余計なことまで考えてしまった。
まあそこを含めて、俺にとって大切な幼馴染みではある。
「ただいま戻りましたぞ~」
ぐだくだしていたら、ようやくおっさんが戻ってきた。
どこかほくほく顔である。
よほどおばちゃんとの話が楽しかったのかもしれない。
「ずいぶん長話だったね、おじさん!」
「あれ、そうでしたかな?」
トネリコはどこかとぼけて見せた。
「いやぁやはり同じ商人としては――」
「おっさん?」
まだわかってないらしいな、この男は……
一つため息をついて、席を立った。
そしてトネリコの前へでて。おでこの辺りに手をかざした。
左の手のひらで、右人差し指と中指を力いっぱい逸らす。
「え、おじさんって商人だったの!?」
そのまま額を抉り取ろうとしたのだが――
いち早く寧音に感づかれてしまった。
「……故郷で道具屋をやってたらしいぞ」
我ながら道具屋はないだろう。
それこそRPG用語である。
これでは人のことを言えない。
しかし寧音はそれは疑問に思わなかったようで。
なにかを深く考えているのか、難しい顔をしていた。
やがてスッキリした表情に戻ると、今度はなにやら企んだ目つきになった。
「フジミベーカリーの関係者の皆様。
アンケートの集計が終わりました。校長室までお越しください」
その時、校内アナウンスが響いた――
「いやぁホントたまげたよ!」
校長は豪奢な椅子に掛けたまま、それは愉快そうに笑っていた。
「それはこっちのセリフですよ……」
俺は労う目線をおっさんに送った。
彼は頭に手をやって、痛みに顔を歪めていた。
話を少し前に戻そう。
アナウンスの後、俺たち三人はすぐに校長室に向かった。
しかし、扉の前には誰も来ていない。
俺たちが一番乗りだったのだ。
まあしかしそんなに待たされたわけではない。
まもなく夫妻も姿を見せた。なぜか見知らぬ学生もいて。
道に迷ったので、見知らぬ生徒に道案内をしてもらったという。
『それじゃ入りましょうか?』
里奈さんがドアノブに手をかけた。
『待ってください!』
俺はそれを止めた。
つい三日前、ここを初めて訪れた時のことを思い出したのだ。
死んだふりとかいう子供じみた悪戯をかまされた。
あの調子者の爺が、また何か企みをしていてもおかしくない。
敵には悠々と手の込んだ準備をする時間があったのだから。
どんなトラップが仕掛けられているのか、想像もつかない。
とりあえず代わりの生贄を探そう。
俺はある男に目を付けた――
『トネリコ、お前が先に入ってくれ』
『ええ、私ですか?』
『いいから、早くしろ』
不審がる他三名の視線を受け流して、俺はおっさんを急かした。
やがてトネリコは校長室のドアを開けたのだが――
カーン!
鈍い打撃音が辺りに響き渡った。
開けるやいなや上からタライが落ちてきたのだ!
それは見事におっさんの頭にヒットした。
彼は思わず蹲ってしまった。
幸いいつもの変な帽子を被っていたおかげで、ダメージは少なさそうだけど。
いつかのデコピンをおみまいした時の様に、妙な反応がその身体に現れないことを祈る。
それはもう驚いて。というか、呆れた。
こんな古典的な手段で来るとは……
犠牲になったトネリコには、心の中で敬礼した。
幾ばくか間があった後で、俺たちは恐る恐る中に踏み入れた。
そして、さぞ楽しそうに校長がほくそ笑んでいる場面に出くわしたわけだ。
「というか、校長ってあんただったんだな……」
進さんは渋い表情で、爺のことを見ていた。
「三年の頃の担任だ。当時からこんな感じだった」
隣で、里奈さんがしみじみと頷いていた。
またしても変な繋がりが明らかになったものだ。
そしてあの時の藤岡の手際の良さに納得がいった。
そりゃ昔から茶番に付き合わされてるんだったら、あれだけ手慣れるわ。
「でも校長。初めこの話を持って行った時、教えてくれませんでしたよね?」
「ああ、その方がおもしろそうだと思ってね」
どうにもこの爺の判断基準がわからない。
「で、結果はどうだったんですか?」
「焦るな、焦るな、豊臣さん。
せっかくこうして昔の教え子と再会したんだから。こう積もる話が――」
「ありませんよ?」
それを遮ったのは里奈さんだった。
彼女はとても冷淡な笑みを浮かべていた。
「ああ、そう……乙葉さんは昔から僕に厳しいねぇ」
「気のせいだと思いますよ?」
相変わらず、氷の様な笑みは崩れない。
「はあ、じゃあ結果発表と行くか」
校長はここで初めて真面目な顔をした。
部屋の中に妙なタメが生まれた。
さすがに事ここに至って、軽い緊張感が生じる。
「おめでとう、早速来週からフジミベーカリーのパンを購買に置いてもらいたい!」
ぱちぱちぱち、と校長は拍手までつけた。
つられて、俺たちも手を叩く。
「よかった、みんなのおかげよ! 本当にありがとうございました」
里奈さんはとても嬉しそうな顔をして、深く腰を折った。
「俺からも礼を言うぜ。ありがとうよ」
言い終わると、進さんは照れくさそうに顔を背けた。
「やったね、晴信、トネリコのおじさん!」
ぴょんぴょんと寧音は喜びを抑えきれない様に跳ねる。
「よく頑張ったねぇ、みんな! さ、あとは実務上の話を詰めないと」
「そういうことなら俺たちは席を外しますね」
一早く校長の言わんということを察して。
俺はまだはしゃいでいる寧音と、珍妙な面持ちのおっさんを率いてこの場から立ち去ることに。
「「失礼しました」」
ぱたんとドアを閉じて、とりあえず廊下に立ち尽くした。
さて、待っているのもあれだし帰るか。
そう切り出そうとしたのだが――
「実はですね、晴信ぼっちゃん……」
先ほどから黙り込んでいたおっさんはようやく口を開いた。
「私、どうにもこの場所に来たことがあるみたいなんですよ――」
何言ってるんだ、こいつは……
頭を打った衝撃でおかしくなったのか?
しかしそれはある意味事実で、そのことがまた別の事件を生むのだった――
これにて一章が終わりとなります。
明日から新章始めるので、よろしければぜひ!




