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第一話 運命の出会い

 今日もまた何事もなく一日が終わってしまうのか。

 沈む夕日にそんなセンチメンタルな気分を抱く。

 学校からの帰り道、友と別れて、一人見慣れた道を歩く。

 高校生活も三年目ともなれば、あらゆることがルーチンワークになる。

 半ば機械的に日々を過ごすしかない。


 平日に限れば、学生の日常なんて学校関連の出来事に終始する。

 朝起きて、学校行って、帰ってきて、寝て――

 心震わす様な大事件が起こることもない。

 偶に周りの部活にいそしんでいる連中が羨ましくなることもあった。


 そして休みの日も、俺はあまりアクティブではない。

 家に籠もってゲームをするか、友人の家に転がり込むか。

 時たま、おせっかいな昔馴染みが闖入してきて、ひたすらに連れまわされることもあるけれど。

 それらは決して華やかでもなければ、真新しさもない。 


 さらに高三の五月に差し掛かれば、受験を意識せざるを得ない。

 空いた時間は感情を押し殺して、これといった目的もなく勉強に勤しんでいる。

 日常の渇きはひどさを増していた。

 

 別に毎日が楽しくないわけじゃない。

 友人とかわすくだらない会話も、勉強の息抜きのゲームも、時々の嵐の様な外出も、その瞬間だけを切り取れば面白い。


 それでもこの日常が、穏やかな日々が続くことに、心のどこかで飽きてしまっている。

 学生の今ですらこうなのに、これからの将来どうなることやら。

 平凡を退屈と思えてしまう俺は、まだ精神年齢が幼いのかもしれない。

 

 とにかく、俺は刺激的な出来事を求めていた。

 それは周りのリア充どものイケてる活動などではなく、非日常的な、あり得ない現実だ。

 だからと言って、自分から何かしようとするわけではないけども。

 突拍子もないことを思いつくことがあっても、すぐにリアルと照らし合わせては、引っ込める。

 その繰り返し。

 

 だから誰かが、何かが起こってくれればいいなと他力本願に祈るのだ。

 そんな受動的では駄目だ、とはよくわかっているのだけれども。

 しかし、受け身な人生を過ごしてきたのだから仕方がない。

 そんなことを思って、自虐的な気持になった。


 ふと足を止めて空を見上げた。

 雲一つない快晴、西の空はやや黄昏に染まりつつある。

 人気のない通学路は寂し気で、それがより俺を退廃的な気持ちにさせる。


 それにしても、今日はいつもより、どうしてこんな感傷に浸っているのだろう。

 遠く輝く夕陽を見て煩わしく思う。

 いっそのこと爆発でもしてくれないかな、と。

 自分でも意味不明なことを吐き捨てて、俺はうんざりしながら再び歩き始めた。


 何の代わり映えのしない、退屈な帰路。

 この間見た夢の様に、宇宙人でも転がっていないか。

 そんな空想に逃げ込もうとしたところ――


「あれは……なんだろう?」

 思いがけず俺は歩くのを止めた。

 遠く視界の端、大きな物体が横たわっているのだ。

 あまり車通りのない閑静な住宅街のただなかで、それはとても異形な存在に見えた。


 道は死に落ちているもの……財布とか?

 いや、それにしてはあんなに大きなもの見たことはない。

 だとすれば、生き物の死骸だろうか。

 鳥の亡骸なんかを目にすることは何度かあった。


 まあ、しかし、近づけばわかることか。

 やや薄気味悪さを覚えながらも、俺は再び動き出す。

 流石にそろそろ、家に帰ってゴロゴロしたい気持ちが強くなってきたのもある。


 ――人だ! 人が倒れている!


 やがてその正体がはっきりとした。

 靴底がはっきりと見えたのだ。

 二本の脚がしっかりと、こちらに向かって伸びている。


 ただならぬ事態に心がざわついた。

 なぜこの平和な街でそんな大変な事態が起こっているのか。

 病気だろうか、いや、通り魔とかひき逃げとか……

 考えれば考える程に、嫌な想像が頭を巡る。

 動悸が激しくなり、恐怖と焦燥感で落ち着いていられない。

 それでも、自分を奮い立たせて、その人の所へと全速力で駆けて行った。

  

 少し距離を取ったところで立ち止まり、その人物の様子を観察する。

 見ると、倒れているのは男の人の様だ。

 うつ伏せの体勢、顔は地面と見事にキスしている。

 血だまりなんかはないようだけれど……

 とにかく俺はそのまま視線を動かしていく。


 ずんぐりむっくりとした体型、短く刈り揃えられた青い頭髪――外国人か?

 背中には見たことのない程巨大なリュック、隙間から水色のシャツがちらちらしている。

 ダボっとした群青の太いズボン、履き古した茶色い革のブーツ、全体的にどこかだらしのない着こなしだ。

 結論、あまりここらで見る風貌の人間ではない。


 その身体が微かに隆起していることがわかって、俺は少し安堵した。

 どうやら息はあるらしい。

 声をかけるのをちょっと躊躇いながらも、最後には意を決した。


「あの、大丈夫ですか!」

 返事はない。言葉が通じなかったか、聞こえなかったか。

 どちらが原因かはわからない。

 ともかくも今度は男の傍らに屈みこんだ。

  

「しっかりしてください!」

 耳元で叫んで、男の曲を大きく揺すってみる。

 微かにだが反応があり、言葉になっていない呻き声が漏れた。

 呟きを求めて、男の口の辺りに耳を寄せてみる。

 

「わたし……おなか……へった……」

 意識を振り絞った結果、それが何とか拾えた意味の通る言葉の羅列だった。

 予想外の一言に面食らった。


 どうやら空腹のあまりこの男は倒れたらしい――行き倒れ、初めて遭遇した。

 伝説の存在だと思っていた……は言い過ぎだけども。

 とにかく食べ物をと思って、俺はまず鞄を地に下ろした。


 ごそごそと鞄の中から、様々なパンの入った袋を取り出した。

 帰りの道すがらにある行きつけのパン屋で買ったものだ。

 中から手ごろな一つを取り出して、男の鼻の近くに掲げ、香りを届けるために手で仰ぐ。

 すると……

 

 凄い勢いで食いつかれた! 

 あわや俺の腕まで噛みちぎりそうな勢いだった。

 それはまさに獰猛な野獣――動物園の餌やり体験をしている気分だ。


 再び男の顔は地に伏せたものの、口元が激しく蠢いているのがわかる。

 とてつもない食欲に対する貪欲さだこと。

 そして一瞬垣間見た男の顔は鬼気迫る表情だった。

 思わず怖気が走るほどに。

 

 少しの間、男の動きを観察していた。

 やがて、ぴたりと動きが止まった。

 電池がなくなったおもちゃみたいに唐突に。


 いきなり食べ物を与えたのがまずかったのか?

 一応、プレーンなタイプのクロワッサンを選んだのだが。

 焼きそばパンと迷ったが、そっちだったらどうなっていただろう。


 神妙な面持ちで、見守っていると、すぐにとても大きな鼾が聞こえてきた。

 どうやら男は寝落ちしたらしい。

 食べてすぐ寝る、なんて効率的な身体だろうか!

 ……ちっとも羨ましくもない。


 なんだかとても気が抜けた思いだ。

 こっちの気も知らないで、男は気持ちよさそうに寝息を立てている。

 きっと幸せな表情をしているんだろうな、そう思うと呆れて果ててしまう。

 このまま、この男捨ておこうか。

 

 いやいや、しかし。

 いくら寝ているだけと言っても、こんなところにいつまでも放置しておくわけにはいかない。

 これが乗り掛かった舟というやつか、仕方く覚悟を決めた。


 そも、常日頃から、親父からは困った人を見たら手を伸ばすように言われている。

 何を時代遅れなことをといつも思うが、幼い頃からの刷り込みのせいで、結局放っておけなくなってしまうのだ。

 

 後のことは後で考えればいいや。

 楽天的に思考を放棄して、俺はこの男を保護することに決めた。

 しかし一つ困ったことになった。

 家まで残りわずかだが、とてもこんな大男を担いで運べる気がしない。

 俺は、別に筋肉自慢というわけではない。

 むしろ学校を体育をそつなくこなすのも一苦労する。


 少し考えた挙句、親父に電話することにした。

 この男を連れ帰るにしろ、結局は親の許可を得る必要はある。

 捨てられたイヌやネコやウサギやワニじゃないのだから尚更だ。

 先に親父の根回しも兼ねて、手伝わせてやろう。


「おう、もしもし、親父か?

 いやぁ、また変な生き物を見つけて」

 間髪入れずに話を進める。

「そうなんだ、手伝ってほしくてさ。

 今すぐ来てくれ!」

 そして返事を待たずに切る。

 これでよし。


 後は親父の来るのを待つだけで……

 しかし、見つけた変な生き物が、行き倒れの男――怪しい風貌のおっさんだと知ったらどうするだろう。

 その反応が半ば予想がついて、我が父ながら少し不安になった――

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