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第十三話 もう一人のトラブルメーカー

 ようやく四時間目の数学の授業が終わった。

 静寂に包まれていた教室内に活気が戻る。

 あちこちで、島ができて思い思い盛り上がっていた。

 前方にあるスピーカーからは昼の校内放送が流れ始めていた。


 とりあえず、俺は一つ大きく身体を伸ばした。

 演習中心の授業だったために、どうにも凝り固まって仕方がない。

 揺り戻しの軽い気怠さを感じる。

 

 とにかく昼休みになったわけで、気が休まる時間になったわけだ。

 しかしそれはいつもならば、という条件は付くけれど。

 机の中に、数学の道具をぶち込んで、代わりに弁当箱を広げた。

 早弁という愚行のせいで、中身は四分の三程に減っているけれども。

 

「午後の授業なんだっけ?」

「国語だろ、まったく勘弁してほしいぜ。眠くなる」

「そう言いながら、一度も寝たことないだろ、晴信は」

「ま、そうなんだけどさ」

 慎吾と他愛もない会話を交わしながら箸を進める。

 器を持ち横を向いて食べるのは、行儀が悪いことは承知で。


 五時間目よりも前に、俺には懸念事項があった。

 そのことについてぼんやりと考えるだけでも億劫になる。

 実際授業中に思い浮かべては、その度気が遠くなる思いがしていた。

 

「ごちそうさまでした」

 てきぱきと片付けをして、空っぽの弁当箱を鞄に詰めた。

 水筒のお茶を口の中をすっきりさせてから、俺は席を立った。


「ん、どこか行くのかい?」

「ああちょっとな」

「もしかして先生に呼ばれた?」

 慎吾は揶揄する様に笑った。 

「どこぞの幼稚な女子高生じゃあるまいし」

 それを軽くあしらって、俺は教室の後ろ出口に向かって歩き出す。


 ちなみに、話題に上がった女生徒は窓際で仲良しグループと共にお喋りに興じていた。

 それは俺にとっては大層好都合なことでもある。

 しかし念には念を入れて、こそこそと出て行かなければ。


 廊下にはちらほらと生徒の姿が散見された。

 歩いてどこかへ向かう者もあれば、立ち話をする集団もある。

 三年生の教室のある二階には職員室があるため、雰囲気はかなり落ち着いていた。


 目指す場所は一階にある購買だ。

 昨夜、トネリコと話した様に、フジミベーカリーのパンを並べてもらえないかを聞きに行く。

 しかしどうにも気が重たい。


 というのも、俺は全く購買を利用したことがないのだ。

 昼ご飯も飲み物も家から持ってくるので、使う理由がない。

 これがもし部活でもやっていれば、活動前に何やら腹ごしらえをするのかもしれないけれど。


 面識もない俺がいきなり『パン屋のパンを並べてください』言うわけだ。

 相手はしてくれるだろうが、その対応は芳しくないに違いない。

 まあでもそもそもが無理な頼みなわけだから。

 ここは当たって砕けろ、の精神でいくしかないか。

 

 覚悟を決めて、階段の方へと歩き始めたところ――


「どーこ行くの?」

 後方、低い位置から声がした。

 聞きなれた明るい無邪気な声色だ。


 一瞬どきりとしたものの、すぐに声の主がわかって安堵する。

 厄介だなと思いつつも、ゆっくりと俺は振り返った。


 そこには案の定寧音がいた。

 腰に手を当てて、したり顔でこちらを見上げている。

 口角はしてやったりという風に少し上がっていた。


「トイレだよ」

 咄嗟に嘯いてみる。

「ふうん、そう。 

 てっきりどこぞの幼稚な女子高生みたいに先生にお呼ばれしたのかと思ったわ」

「なんだよ、聞いてたのかよ? 地獄耳なんだな」

「さあ、どうかしら」

 ふふっと、彼女は悪戯っぽく笑う。


 しかし、完全に出し抜いたと思ったのにな。

 どうも耳だけじゃなく、目もいいらしい。

 いやもしかすると第六感とかそういう類が鋭いのか?

 そんな獣じゃあるまいし……小動物っぽいところはあるけれど。


「で、なに? 本当にお手洗いなの?

 立見くん、置いてけぼりだけど」

「仲が良くても、男はいつも連れしょんまではしないさ」

「ちょっと! れでぃーの前でそういうの、やめてくれますかしら?」

「どこにいるんだ、そのレディーってやつは。

 とりあえずお嬢様口調はちゃんとマスターしてから使おうな」

 優しく言い聞かせると、なぜか彼女は悔しそうな顔をして黙り込んでしまった。


「お前の方こそよく気が付いたな。

 あんなに話に夢中だったじゃないか?」

「やっぱり一度こっちを見たでしょう?

 視線に気が付いて、気づかれない様に動きを目で追ってたのよ」

「なんだ、それ? 忍者みたいだな」

「それはちょっとよくわからないけど」

 渾身の俺の例えは呆気なく払われてしまった。

「ま、あたしを見たってことは、ばれたくない何かがあるってことで。

 どう違うかしら?」

 寧音は首を斜めにして、挑む様な眼差しを向けてくる。


 なまじ付き合いが長いってのも難儀なものである。

 ここまで来ると、さすがに幼馴染に白旗を上げた。

 素直に事情を話すことに。


「へえそうなの! あの人、意外にやり手だねぇ~」

 話し終えると、寧音はとても感心がいった顔をしていた。

 しきりに首を上下に振って、かなり納得しているご様子である。


「なんだか冴えないおじさんだと思ったのに。

 人は見かけによらないってこういうことを言うんだね!」

「よかったな、一つ賢くなった」

「やかましいわよ、晴信くん!

 あたしだって、最近はちゃんと勉強してますから!」

「へぇ、その割にはさっき授業中に寝てたみたいだけど?」

「あ、あれは、つい仕方なく。だって、数学って苦手だし……

 っていうか、見てたの?」

「いや、全然。自分のに集中してたけど?」

「ああ、謀ったわね!」

 寧音は、むっとした表情で、大げさに頬を膨らませる。


 同じ受験生としては、頭が痛くなる行動だ。

 彼女の未来が少し心配になるものの、それを言い出せばおそらく昼休みは軽く消し飛ぶ。

 これはまた別の機会に、ということで。

 とにかく今は購買攻略作戦の実施だ。


「それじゃ、行ってくるから」

「よし、行こう行こう」

 踏み出した足を思わず止めた。

 なんだろう、お互いの認識に差がある気がする

 とても小難しい表情をしているのが自分でもわかる。


 釈然としないままに、再び幼馴染の顔を見た。

 奴の方は、ただキョトンとしているだけだった。

 自分がおかしなことを口走ったとは思ってないらしい。


「なにか?」

「だから、行ってくる」

「うん、行きましょう?」

 やっぱりさっきと同じ会話になった。

 もしかすると、時間軸がループしているのか!


 とりあえず現実に立ち返って。

 どうやらこいつ、一緒に来るつもりらしい。

 できれば、遠慮してもらいたいところなんだけど――


「いやよ」

「そこをなんとか、お願いします!」

「頼まれたって無理。こんな面白そうなこと、あたしが見逃すと思う?」

「そうしてくれると助かるんだけど……」

「そんなにいやなわけ?」

 再三の拒絶に、流石の寧音も少しへこんだらしい。

 どうにもその口調にいつもの元気はない。


 やりすぎたか、ちょっと意地悪し過ぎたと反省する。

 謝りはしないけれど、ここらあたりで観念することにした。

 こうなっては、梃子でも動かぬ程に頑固だということは十分知っている。


「わかったよ、一緒に行こう、な」

「いよっし!」

 すると少女は元気を取り戻し、これみよがしにガッツポーズをとった。

 その顔には勝ち誇った笑みまで浮かべて。


 先ほどまでのしおらしさにすっかり騙されたわけだ。

 付き合いが長いとは何だったのだろう。

 自分の間抜けさが情けなくなる。


「お前なぁ……」

「ふふっ、見事にだまされてくれちゃって~。

 大人の女はズルいのよ?」

 本人は艶めかしく微笑んでいるつもりだろうが、どうにもちぐはぐにしか見えなかった。


 返す言葉も見つからず、俺は無視して歩き始めた。


「あ、待ってよー」

 慌てて、寧音が後ろからついてきた。


「頼むからあんまり余計なことを言わないでくれよ」

「えー、なによそれー。あたしのことなんだと思ってるの?」

「歩くトラブルメーカー。

 お前が口出すと、余計に拗れそうな気がする」

「そんなことありませんからっ!」

 俺の不安はぴしゃりと一喝されてしまった。


「それに、あたし購買のおばちゃんとは仲いいんだよ?」

「え、そうなの?」

「うん。だから、あたし、とてもやくにたつ」

「なんでいきなり日本語習いたてみたいな話し方するんだよ……」

「晴信を楽しませようと思って」

「はいはい、ありがとうな」

 とまあ、そんな与太話をしている内に目的の場所へ到着した。


 ピークの時間はもう終わったのか。

 購買の前に人の姿はなかった。

 一階の廊下の片隅ということもあって、人気もほとんどなくて。

 空気は少しひんやりとして、少しアンニュイな気分になる。


「いらっしゃい。って、あら豊臣ちゃんじゃない」

「こんにちはー、おばちゃん!」

 とてもフランクリーに、寧音は挨拶をした。


 そこにいたのは、緑色のエプロンをつけた人の好さそうな女性だった。

 おそらく彼女がこの購買の職員だろう。

 ニコニコとした笑顔はとても親しみやすさを感じる。

 

「あれ、そっちの子は見ない顔ねぇ」

「こいつはあんまり購買使わないのよ」

「ふうん、通りでねえ。

 あ、もしかして、豊臣ちゃんの彼氏?」

 これ見よがしに、店の人は小指を立てて煽ってくる。

 にやにやして、まさにゲスの顔をしていた。

 

 昨日はおっさんで、今日はおばさんから。

 連日、こうもあらぬ疑いを駆けられるとは……

 二度あることは三度ある、みたいなものだろうか。


「違いますから」

 俺はそれを即座に否定した。

 隣で、寧音が微妙な表情をした気がするが、一瞬過ぎてよくわからなかった。


「実はですね――」

 時間もないので、早速本題に入っていくことに。

 俺はフジミベーカリーのことについて説明を始める。

 

 所々、寧音が会話に入ってくれたおかげで、比較的にスムーズに進んだ。

 成り行きだが、本当にこいつがついてきてくれてよかったと思う。

 予想よりも、放しやすい人だったが、それでも俺一人ではどうなっていたことやら。


「うーん、まあ話はわかったよ」

 一通り伝え終わった後、おばちゃんは渋い顔つきになった。

 やはりあまり反応は芳しくない。


「できれば協力してあげたいんだけど、こればっかりはあたしの一存じゃどうにもねぇ」

「やっぱりそうですか……」

 ううん、予想はしていたけれど、こうなると手づまりだなぁ。


「まあまあ、そんなに暗い顔しなさんな。

 別に置いちゃだめだとは言ってないからね」

「どういうことですか?」

 不敵な笑みを浮かべる購買のおばちゃんに困惑する。


「ん、わからないかい? 

 学校側が置いていいよって言うなら、断る理由はないさね」

 ああ、そういうことか。

 ようやくここで合点がいった。


 詳しい組織体系は、わからないものの、この購買もまた学校の施設ではあるわけで。

 何かしようにも、一々学校側のお伺いを立てる必要があるのだろう。

 だから、その許可を取って来いと俺たちに言っているわけだ。


 しかし、となると誰に話を持ち掛ければいいのやら……

 やっぱり、校長先生に直談判するしかないのか。

 そう思うと、さらにハードルが上がった気がするけども。


「わかりました、ありがとうございました」

 丁寧に俺は頭を下げた。

「ほら、寧音。戻るぞ」

「あれ? もういいの?」

 こいつはまだ答えに辿り着いていないらしかった。

 それは、帰りの道すがら説明してやることにして――

  

「よくわかんないけど、ありがとね、おばちゃん!」

「いいのよ~、生徒の悩みを聞くのもおばちゃんの仕事だからね!」

 そういうものだろうか。よく知らないけど。


「あ、でも感謝してるんなら、言葉だけじゃなくて――」

 そう言うと、彼女は並んでいる商品に目をやった。

 何か買っていけ、ということらしい。


 まあ必要経費か。

「寧音、何か欲しいものあるか?」

「え、買ってくれるの! そうねぇ……」

 目を輝かせながら、少女は品定めを始める。


 やがて、選び出したのは、これまたずいぶん不人気そうな菓子パンだった。

『塩キャラメルスイカパン』――味がなんとも想像できないな。

 まあとりあえずそれを買ってやった。


「毎度あり~」

「いやぁ、ありがとうねぇ、晴信!」

「助かったからな、そのお返しだ」

 二方向に物理的なお礼をして、俺たちは店を出た。


 教室に戻り、件の菓子パンを食べた寧音は、さぞ満足そうな顔をしていた。

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