第十一話 おっさん、本領発揮
「ほんと、今日はびっくりしたぜ……」
俺は心底うんざりする様に吐き捨てた。
夕食後、客間――もといおっさんの部屋にて。
今日のメニューは焼き魚を中心とした和食だった。
昨日と同じく、食事中はトネリコは母の料理の腕をべた褒めしていた。
互いに畳の上に座って、低いテーブルを挟んで向かい合っている。
机の上にはガラスのコップに注いだ麦茶があった。
しかしどうしてこうも連日こいつの話を聞かねばならないのか。
「それはこっちのセリフですよ。
まさかあんなところで坊ちゃんと遭遇するとは……」
「いやだってよく行く店だって話さなかったか?」
「だからと言って、まさか今日も来るとは思いませんって。
毎日通ってたら、太りますぞ」
「よし今すぐ姿見持ってくるから」
「はっはっはっ、ほんの冗談ですってば」
おっさんは豪快な笑い声をあげた。
「にしても、おっさんがちゃんと働けたとは……」
「む、わたしが商人だって信じてなかったんですか?」
「そっちじゃねーよ。
宣伝や客引きはいい。向こうの世界にもあるだろうから。
でも、レジ打ちはないだろう?」
「ああ、その話ですか。まあそうですね、初めて見ました。
しかしまあ便利な機会ですなぁ」
「だろ? その割りにはかなり手慣れている様に見えたけど」
「ふっふっふっ、実はですね、わたし便利な魔法が使えまして」
「は? この前は使えないって言ってなかったか?」
「あれは戦闘用のことですよ。
そうですなぁ、わたしが知らない様なものを寄越してくださいますか?」
おっさんは大胆不敵な笑みを浮かべた。
そう言われてもなぁ。
部屋着姿の今、そんな大したものは持ってない。
……と思ったが。
「じゃあこれ」
俺はポケットに入っていた四角い物体を渡した。
「はい、受け取りましたとも。
ちょっと待ってくださいね――」
そう言うと、トネリコは渡した物体を右の掌に載せた。
その上に左手を掲げる。
そして――
「サーチス!」
意味の分からない単語を口走った。
「これは……スマートフォンだな。
この現代において、ほぼ必需品となりつつある精密機械だ。
従来の電話、メール機能のほか、様々な機能を利用できるぞ!
これを装備できるのは、全人類だな」
捲くし立てる様に、おっさんの口から言葉が吐き出された。
なんなんだ、その口調は。
普段の丁寧なものとは違ったからかなり困惑する。
それでもちゃんと情報は伝わってきた。
なるほど、まあ正解と言ってもいいだろう。
「で、今のは?」
スマホを返してもらいながら尋ねる。
「サーチスです」
答えになってない。
「アイテムを判別する魔法です。
詳細な使い方から、誰が使えるかまでの情報が手に入ります」
「おお、なんとも便利な魔法だな」
ということは、だ。
「朝、俺があんなに家にあるものを説明しなくてもよかったじゃないか!」
「いえいえ、これ魔法ですよ?
無尽蔵に使えるわけないじゃないですか」
「はあ、そうでございますか」
なんだか馬鹿にされている様な気がする。
少なくとも、おっさんの顔は腹が立つ表情をしている。
「一日に何回使える?
それでも数十回は使えるんじゃないのか」
やったことのあるゲームのことを思い出しながら言葉を紡ぐ。
いくら商人と言えども、だ。
MP(おっさんがそういう名称を使うのかしらないけど)が雀の涙ほどということはあるまい。
「まあ5回、くらいですね」
「え?」
出てきた答えに思わず固まった。
「何今お前、5回って言ったの?」
「はい!」
なぜかおっさんは誇らしげである。
少ない、あまりにも少なすぎる。
思わず自分の耳を疑いたくなるほどに。
それじゃあほとんど使い物にならないじゃないか。
うう、せっかく色々説明する手間が減ると思ったのに。
「その、それはかなり魔力を使うのか?」
「うーん、そういうわけじゃあないんですけど。
どうも私自身の貯蔵量が減ってるみたいで」
「えぇ、それって結構大変な事じゃ……」
「とりあえず、今ので魔力はほぼ空っぽです!」
「まだ一回しか見せてもらってないのに。
だってあとパン屋のレジで使ったくらいだろ?」
「いえ、その前に違うスキルを使いましたから」
今度はスキルとか来たか。
いまいち違いがわからないんだけど。
「魔法は呪文を紡ぐことによって何か現象を起こすもの。
スキルは自分の身体を使ってできる技、みたいなイメージですかね。
うまく説明できてないかもですけど
ちなみに魔力=気力という構造なので、使うエネルギーの源は同じです」
「ふうん、まあそこまで気にすることでもないか。
で、使ったスキルってのは、においでパン屋を突き止めたやつのことか?」
「はい、まあ複数のスキルとの合わせ技でしたけど」
おお、なんかその言い方とてもかっこいい。
「まず隠されたアイテムを光らせる魔法を使いました」
「ほうほう」
「例えばですね、『ファインディア』」
また謎の言葉。すると――
インテリア代わりにおいてある戸棚が光りだした。
なんとなく置いてあるだけで、中には何も入っていないはずなのに。
不思議に思って輝いている引き出しを開けてみる。
しかし中は空っぽだ。
それはぱっと見のことで――
「これ、二重底になっている!」
「なんとぉっ!」
どうも詳しく調べてみると、ガタガタ動くのだ。
それでより注意深く探っていると、板が外せることがわかった。
出てきたのはオーソドックスな茶封筒。
しかしその厚みには目を見張るものがあって。
「へそくり、だな」
「ですな」
おっさんの声は少し上ずっている。
まるで目が金の字になっていると例えられる程に興奮していた。
「いや普通にダメだから。見なかったことにしよう」
「わ、わかってますよ」
しかしおっさんはかなり悔しげな表情のままで。
「とりあえず涎を何とかしよう、な?」
「はっ! わたしとしたことが」
そして彼はティッシュでごしごし口元を拭き始める。
何事もなかったように封筒を戻し、ダミーの底板をハメなおした。
果たして、父と母どちらの隠し金か。
一瞬考えてすぐ答えが出た。まあ、母さんだろうな。
「その魔法の効用はわかった。しかし家の中での使用は禁止だ」
「はい、わかっておりますとも」
いつになく真面目な表情だった。
この男にも一応の分別はあるということか。
全く厄介極まりない魔法である。
使われたのがもし俺の部屋だったら……考えるのも恐ろしい。
本棚の奥、机の引き出し、あるいはベッドの下。
思春期の男子にとっては隠しものがあるのは当たり前のことで。
それは俺とて例外ではない。
「ただこの魔法、超近距離でしか作用しないんですよ。
なので、今度は鳥の眼という特技を」
「なにそれ、すごいカッコイイ」
「目的地までの方角を悟る特技でございます!」
トネリコの顔は得意げだ。
「後は泥棒の嗅覚というアイテム発見スキルで、フジミベーカリーを見つけ出したのです」
「そっちの名前はあんまりだな……」
「ですよねー、私も技法書で学んでそう思ってました」
泥棒っていうのはどうも、な。山賊とかのがかっこいい気はする。
まあどちらもただの犯罪者だけども。
疑問は一通り氷解したものの。
好き勝手に冒険まがいのことをしてくれやがって。
近所で済んだのはよかったものの、結果オーライとはいかない。
「これからは勝手な行動は慎んでくれよ、ほんと」
「ええ、ええ、わかってます。トネリコ、肝に銘じました」
「うん、まったく信用できないね」
おっさんの言葉は風船のように軽いわけで。
どうにも好奇心に対する抵抗が薄い。
その点、あの猪突猛進少女と同じで、厄介な人種だ。
「流石にわたしも命の恩人にこれ以上迷惑はかけませんってば」
「初めからしないで欲しかったな」
「すいませんでしたーーー」
おっさんの決死の土下座にこの場を治めることにした。
しかし異世界にもその作法があるとは……
「というかさ、それだけのスキルがあればアイテム袋簡単に見つかるんじゃ?」
「いえ、すでに試したんですけど、だめでした。
どうにも、ファインディアに反応しなくて」
俺は一瞬身を固くした。
今の呪文で、またどこか輝きだすんじゃないかと思った。
しかし、なにもおこらなかった!!
「ああ、もう魔力すっからかんなんで」
あっけからんと言うトネリコ。
「だったらいいけど、ほんと気を付けてくれよ」
一応釘は指しておくが、この人失言だらけだからなぁ。
「しかしそれがだめなら自力で探すしかないな」
彼の話によれば、初めて目覚めた場所は廃墟とのことだから。
ここら辺りのそういう場所を虱潰しに探すか?
思い浮かべるだけで、途方もない作業だな。
一番煩わしいのは、道端で落とした袋を誰かが拾ったパターンだ。
トネリコ曰く、やばい代物のオンパレードとのことで。
下手すると想像を絶する事件が起きかねない。
ともかく早急に見つけ出すことが肝心なわけだが――
「まあなんとかなりますよ」
当の本人がこの様子である。焦りが感じられない。
いや、今日も自分の食欲を満たす以外に、一応探しに行こうとしていた様だけど。
「どうしたものかねぇ」
「晴信ぼっちゃん、わたしにいい考えがあるんですよ」
おっさんはにやりとどうしようもなさそうに笑う。
「あんまり聞きたくないんだけど」
「まあまあそういわずに。
あのパン屋さんのお手伝い、ですよ!」
「ほう、わかるように説明しろ、おっさん」
奴が一人で勝手に盛り上がっているところに水を差した。
「色々な人が来ますから、何か情報が集まるんじゃないかって寸法ですよ」
ふむ、そんな狙いがあったとは。ちょっとおっさんを見直したが――
「いやぁそれでいてお金も稼げるなんて、まさに一石二鳥ですな」
「やっぱりそっちの目的もあるよな……」
わかっていたことだけども。
そっちの方が主目的っぽいけども!
「も、もちろん一番は恩返しですよ、よ」
「そんなに動揺するくらいなら初めから口に出すなよ……」
全く分かりやすい男だ。
「まあそのためにはもっと多くの人に、フジミベーカリーに来てもらわなければいけません」
「俺としても、もっとあの店に流行って欲しいと思ってるしな
あんなにおいしいのに、もったいない」
「わたしも出している者は素晴らしいと思います。
やはり知名度の問題でしょう。
立地もお世辞にも良いとは言えませんし」
なんかそういう言葉を聞くと、おっさんがその道のプロに思えてきた。
「いや、だからわたし商人ですって!」
「わかってるってば。冗談、ジョーダン。
知名度かぁ、ビラでも配る?」
「それもいいと思いますけど」
途端、おっさんがグイっと身を乗り出した。
「学校というところは人がいっぱい集まるのでしょう?」
予想だにしなかった一言に、俺は面食らった。
遅れて、胸いっぱいに嫌な予感が広がっていく。




