プロローグ
「おい、だから言ってるじゃねえか、いつも!
鋼の剣とかを売るのは銃刀法違反になるって!」
店に入るなり、店棚に並んでいる武具が目についた。
それらを回収しながら、おっさんのもっさり髭面を睨みつける。
「いやぁ、お嬢さんがその方が見栄えがいいからって言うもんで」
はっはっは、と朗らかにそして豪快におっさんは笑う。
ぬいぐるみの様なふくよかな体型も合わさってつい怒る気力が薄れてしまう。
いっそのことどこかのゆるキャラとして、売り飛ばしてやろうかとさえ思う。
ともかくとして、一応の元凶であるお嬢さん――寧音の姿を探した。
彼女は俺の幼馴染であり、この店のオーナーの孫娘でもある。
つまり監督責任というものがあるわけで、いったい何をやってるのやら。
少なくとも店内にその姿は見つからないが。
「で、あいつはどこにいるんだ? 来てはいるんだろ?」
「ええと、今着替え中ですな」
着替え……その言葉に俺は嫌な予感を覚えた。
「どうしたんですか、そんなに渋い顔をして。
もしかしてまた薬草食べちゃいました? あれは塗る物だって説明しましたよね」
「違うわっ! それにあの時何にも説明してくれなかったじゃないか!」
「そうでしたっけね。すいません、覚えていませんな」
はっはっはっ、とまた笑い飛ばすおっさんの顔をぶっ飛ばしたくなる。
「あのなぁ、俺が心配してるのは、またこの間みたいな――」
恰好をしてるんじゃないか、そう言おうとしたが言葉が出なかった。
「はーい、お待たせっ! さぁ、呼び込み頑張っちゃうよー」
元気いっぱいの声と共に、奥から寧音が飛び出してきた。
その姿が真っ先に目について言葉を呑んだのだ。
彼女の頭にはジャラジャラとした装飾のついた髪飾り。
口元は紫の薄いベールで隠れていて。
ビキニ姿にパレオを巻いて、肩口には淡い橙のショールを羽織っていた。
簡潔に表現するのであれば、寧音はファンタジー世界の踊り子の衣装に身を包んでいた。
しかし、悲しいかな。その貧相な幼児体型には全く似合わない。
「あら、あんた来てたの?」
俺に気付くと、寧音は意味ありげな笑みを浮かべた。
「どう? 似合うかしら?」
「いや、全然」
「はあ、どこがよ! 全身超せくしーじゃないのよ!」
「どうやら俺とお前ではせくしーの定義が違うらしいな。
一回辞書引いてみた方がいいぞ」
「うぅぅぅぅぅ」
寧音は唸り声を上げながら顔を真っ赤にしてしまった。
「それでトネリコさん? これはどういうことですかねぇ」
「ひぃぃぃ、すいません、すいません。
止めたんですけど、お嬢さんがノリノリで」
「お前はこの惨劇を見てなんとも思わないのかよ!」
「む、なによ、惨劇って!」
俺の言葉に寧音は現実に帰った様で目を吊り上げている。
「あ、お遊戯会の間違いだったか?」
「違うわよ!」
「まあまあ、お二人とも落ち着いて。お嬢さん、わたしはありだと思いますぞ」
「そうでしょう、そうでしょうとも。きっとこの男の目が腐ってるのね」
ふふんと、勘違い女は悦に浸った笑みを浮かべている。
腐ってるのはこいつの識別能力じゃないかと思ったが、最早、呆れて何も言う気力も湧かない。
「どうやら、やっとわかったみたいね。さあ、待っていなさいな、二人とも。
きっとこの店を満杯にする程、お客を連れてきますとも」
そう言うと、意気揚々と幼い踊り子もどきは出て行ってしまった。
幼馴染のよしみで止めるべきだっただろうか……いや、最低限はやったはず。
一応心の中で彼女の両親に謝っておいた。
「ところで首尾はどうだ?」
「普通の雑貨しか売れないですね……」
「そうか、最高だな」
「ええっ、なんでですか! せっかく色々な品々を揃えているっていうのに」
「碌なもんがねえからだよ!」
疲労が抜ける水やら草やらはまだ許容しよう。
しかし頭が良くなる木の実とか、かっこよくなるエキスなんだかまずいだろうよ。
他にも、指定した目的地に飛んでいく羽とか……考えるだけで頭が痛くなってきた。
それでもほんの一例だというんだから恐ろしくって仕方がない。
「はぁ、暇ですねぇ。やはりあのダンジョンに今日こそ――」
「だからあれは地下鉄だって説明したじゃないか!」
「で、でもですねー」
まだおっさんは納得の行ってない様子だ。
先日おっさんを街に連れ出した時にはひどい目に遭ったものだ。
果たして、この先もどんなトラブルに巻き込まれることやら。
そう思うと少し憂鬱だけれど、どこか楽しみにしている俺もいた――