星の精霊
その半透明な人物は、星のように瞬く長い銀髪を揺らしてそこにいた。
女性なのか男性なのか、見た目でははっきり断言出来ないくらい、中性的な容姿をしている。
ひとまず便宜上『彼』と呼ばせてもらうけれど――その人は穏やかな笑顔を浮かべ僕達を見ている。
「レオ、その人は誰?」
ロザリーにそう聞かれて、僕は返答に困ってしまった。
まったく見覚えのない人物だったからだ。
「だ、誰だろう……」
「レオも知らないの?」
「うん。初めて見たよ」
僕は正直にそう答える。
『星降り』を直している最中に現れたのだから、彼の関係者だとは思うけれど、自分が覚えている限り会った事がない。
僕達が呆気に取られていると、
「うむ、結構ギリギリだったー」
わりとのんびりした明るい口調で彼は言った。
そこで僕は目を丸くする。
あれ? この声、とても聞き覚えがあるぞ……?
「あの、もしかして……『星降り』なのかい?」
「おう。そうだぞー、レオ―」
確認するように名前を訊ねると、彼はニカッと笑顔を浮かべて頷いた。
その返答と表情に僕はホッと息を吐く。
「ああ、良かった……! 声を聞かないと分からなかったから驚いたよ。人の姿にもなれたんだね」
「そうだぞー、すごいだろー。そう言えば、レオの前では初めてだったかー。間に絵この姿になったの、いつだったっけなー。百年かー? もっとかー?」
「ずいぶん長いねぇ」
「そうだろ、そうだろー」
『星降り』は楽しそうにそんな事を言いながら、自分の体をぐるりと眺め始めた。
百年と彼は言ったけど、彼は時間の感覚がちょっと曖昧だ。だから少なくともそれよりは長いんじゃないかと思う。
ああ、でも本当に良かった。驚いたけれど、とにかく『星降り』が無事で何よりだ。
僕がそう安堵していると、ルインが困惑しながらこちらを見て来る。
「え? え? レオさん『星降り』って、魔剣じゃなかったの?」
「うーん、僕もそう思っていたんだけど……驚いたねぇ」
「……あまり驚いているように聞こえないよ、レオさん」
「あはは、驚いてはいるよ。でもさ、もともと『星降り』は僕達の言葉を話していたじゃない?」
「そうだね?」
「魔剣に声帯がないなら、どこから声が出ているんだろうって、ずっと謎だったんだ。だけど逆に人の姿になれるなら、喉も口もあるし、ちょっと納得しちゃったんだよね」
だからって、そういう感じで声を出しているのではないだろうけれど。
でも何となく今まで抱いていた疑問が解決された気がして、ちょっとすっきりした。
なのでそう答えていると、ルインは呆れた顔になった。
「それ、やっぱり驚いてない……」
「そうでもないんだけどなぁ」
彼女の言葉に苦笑していると、
「あー、やっぱりなぁ」
今度はディが、恐らく僕とは違う事に対して納得した様子でそう言った。
そう言えばディは直している時に、予想がどうのって言っていたっけ。
「ディ、やっぱりって何?」
「ああ。魔剣に込められた魔力のような力だよ。あれなー、どうも気になってたんだがよ。たぶんそいつ、精霊の類だわ」
「え?」
彼の言葉に目を丸くして、僕は『星降り』を見る。
すると『星降り』は頷いて、
「そうだぞー。我こそはー安寧と安眠を司るー、星の精霊だー」
なんて腰に手を当てて胸を張り、機嫌良さそうにそう言った。
どうだ、すごいだろうと言わんばかりの表情である。
「ほ、星……!? 星って、あの、だいぶレア級の精霊……」
『星降り』の名乗りに、ルインが目を剥いてわなわなと手を震わせる。
……この子がこんなに驚くのを見たのも初めてかもしれない。
精霊というのは、魔力を持った植物や鉱石、大きいと泉や山などから生まれる生き物だ。
厳密に言えば生き物とは少し違うんだけど、便宜上、生き物と呼ばれている。
彼らは自然の癒し手とも、調律者とも言われ、そこにいるだけで周囲に力を与えてくれる存在なんだ。
そんな精霊の中で、星の精霊は少し特殊な存在になる。
空に瞬く星は、その光に魔力を帯びている。
そしてその魔力を伴った光が地上まで届き、長い年月をかけて、形を成したのが星の精霊だ。
星の精霊が生まれる確率は低く、また実在している数もだいぶ少ないと言われている。
ひと目見る事が出来ただけで幸運と言われるような精霊である。
その星の精霊が『星降り』だった、らしい。
「なるほど、だから綺麗だったんだね。びっくりしたけど、会えて嬉しい」
そんな『星降り』を見上げ、ロザリーがそう言った。
すると『星降り』は嬉しそうに笑う。
「おー。ロザリーは、ちゃんと分かってるなー。さすが姫様だなー。なー、レオ―」
「……ふふ。うん、そうだね『星降り』」
精霊と聞いて驚いたけど、よくよく考えればそこは大した事ではなかったね。
ロザリーの言う通り『星降り』は『星降り』だし、彼が消えずに、死なずに残っていてくれて良かった。
色々驚く話はあったけど大事なのはそこだ。
「ありがとうね、ロザリー」
「うん。『星降り』は良い子。レオも良い子。ディとは大違い」
「何だと! 俺が良い子じゃなければ、世の中にいる大半の奴は良い子じゃねーぞ!」
「思い込みが激しい」
「ああん!?」
「はいはい、喧嘩しない喧嘩しない」
やんわり2人を宥めていると『星降り』は、
「じゃー、そろそろ元に戻るかなー」
と言った。
次の瞬間『星降り』の身体からカッと強い光を放たれて、気付いた時には剣の形をした彼がそこに浮かんでいた。
「どういう原理……?」
「魔剣に魔力が込められているんじゃなくて、魔力が魔剣になったって感じなんだろ」
「言葉にしても意味が分からないよ」
首を傾げるルインに、ディは腕を組んでニッと笑う。
「それが魔剣ってもんだ。長い年月研究されていたって、半分くらいの魔剣は訳分らんで片付いてるんだぞ」
「研究者泣かせ過ぎる……」
「ほんとだね。だけど」
僕は宙に浮かぶ『星降り』に手を伸ばて柄を握る。
うん、しっくりくる。ちゃんと『星降り』だ。
ようやく実感が湧いて、
「『星降り』が直って良かったぁ……」
握ったまま安堵の息を吐いた。
本当に、あのまま『星降り』が、僕の両親のようにいなくなってしまったらどうしようかと思ったんだ。
「良かったね、レオ」
「うん。ロザリー、ディ、ルイン。みんな、ありがとう」
僕がお礼を言うと、ロザリーとディは満面の笑顔で、ルインは少し申し訳なさそうに、それぞれ笑ってくれたのだった。




