プロローグ
「魔物を倒さない勇者など必要ない! どこへなりとも行くが良い!」
怒鳴るように告げられて、僕は王城から放り出された。
何がどうしてこうなったのか。手切れ金とばかりに渡された金貨の袋を両手に持って、呆然とその場に立ちすくむ。手の中の金貨はずっしりと重い。けれどもそれと同じくらい、自分の体も重く感じられた。
僕ことレオナルドはこのアストラル王国の勇者――だった。
これまでに僕は勇者として、国からの指示で各地へ赴き、そこで起きている問題を解決して回っていたた。
凶悪な魔物の襲撃におびえる村を救ったり、貴族間で起きたいさかいの仲裁をしたり、森へ入って迷子になっていた子供を探したり。本当に色々な仕事があったな。
そのおかげで体力や筋肉もついて、体だって昔よりもがっちりしてきたように思う。まぁ、同年代の戦士や騎士たちと比べると、まだまだ痩せっぽち感は否めないけれど。
僕が勇者として国から任命され活動を始めたのは、今から二年ほど前のことだ。それまでは冒険者としてアストラル王国の各地を渡り歩き、ギルドから依頼をこなしていた。その何れかが国の目に留まったらしい。ちょうどのタイミングで勇者という役職が空いていたのもあって、僕にその打診がきたというわけだ。
もっとも打診と言ったって、国からのお伺いなんてほぼ命令のようなものだったけどね。
その時は、あまりよく知らなかったんだけど、この国で勇者というものは、国王が任命するものらしい。
勇者になるべくしてなったものではなく、誰かに選ばれて与えられる称号。
それが勇者なのだそうだ。
勇者という仕事は、冒険者よりも実入りの良い仕事が多かった。
けれども報酬が多いということは、その分だけ仕事は大変で、責任が重いものが多かった。
仕事内容に関しての注文も細かく、数も多く、僕は休む暇もなく働いた。
だけど、そこに不満はなかったんだ。
仕事自体は大変だったけど、そこそこ充実していたからね。それに困っている人の力になれる事は嬉しいから。
僕に不満はなかった。
でも不満を抱いていたのは、僕の仲間の方だったんだ。
「ちょっとレオ! どうして魔物にとどめをささないの?」
ある日、教会から派遣されて一緒に旅をしていた仲間の聖女に、そう言われた。
「勇者なのに、おかしいわ! 一匹も魔物を殺さないなんて、理解できない!」
聖女はそうも言っていた。
彼女の言う通り、僕は旅の最中に一度も魔物を殺したことがない。
これは魔物だけじゃなく、人間に対してもそうだ。野盗などの悪人と戦った時も、僕は命を奪うことはしなかった。
ぜったいに命を奪わない。僕は、そう誓っていたからだ。
パーティーのリーダーである僕が、そういう方針を取っていたから、仲間たちもそれに従わざるを得ない。
それが彼女たちの不満に繋がっていたことに、僕が気が付くことができたのは……お恥ずかしいことだけど、つい先ほどだった。
勇者をクビになるまで、僕は彼女たちが不満やストレスを溜めていることに、気が付いていなかったのだ。
勇者としてだけではなく、リーダーとしても失格だった。
そうして僕は勇者をクビになり、放り出されてしまったというわけである。
金貨を与えてくれたのは、国王陛下なりの温情だったのだろう。
「……これから、どうしようかなぁ」
ぼんやりとしながら王城の門をくぐった時、
「あ、あの……勇者様……」
と、声をかけられた。
顔を向けると、城門を守る門番二人が、心配そうな眼差しでこちらを見ている。
声をかけてくれたのは、左側に立つ女性だ。
彼女は僕が勇者を任命されたのとほぼ同じタイミングで、門番に抜擢された子だ。
仕事の報告で王城を訪れるたびに、気持ちの良い笑顔で挨拶してくれた。時々、差し入れをすると、嬉しそうに受け取ってくれたのも印象的だった。
いつも笑顔を向けてくれた彼女に、そんな顔をさせてしまうのが申し訳ない。
だから敢えて、おどけたように笑って見せた。
「元勇者だよ」
「いえ! そんなことはありません! 私たちにとっては、レオナルドさんは立派な勇者でした!」
「そうですとも。皆様は、一体何を考えているのか……」
右側に立つ男性の門番も、悔しそうな顔でそう言ってくれた。
二人の優しさに、思わず涙腺が緩みそうになる。
「二人とも、体を大事にしてね。いつも声をかけてくれてありがとう。すごく嬉しかったよ」
「……ッ、はい……!」
「勇者様も、どうか……お元気で」
僕がそう言うと、二人は泣きそうな顔で、深く頭を下げてくれた。
別れの言葉が胸に沁みる。
「うん。それじゃあ、またね」
頭を下げたままの門番に、別れの言葉を告げると、僕はその場を後にする。
王城の外に広がる空は、綺麗な青空だった。
目に焼き付いて、痛むくらいの。




