主人公は仲間を信じる
「この洞窟にはかつて魔物が住んでいたんだ。昔僕の仲間達と一緒に、退治したことがあるんだよ」
「へええ……」
「戦いは過酷だった。もう負けるかと思った。それくらい強い敵だったね。でも僕達はお互いを信じて、最後まで勇敢に戦ったんだ」
「へええ……」
マチルダは国王に促され、欠伸を噛み殺しながら洞窟へと足を踏み入れた。洞窟の中は真っ暗だったが、すぐに国王が指を鳴らし明かりを灯した。まず彼女が抱いた感想は、「歪な形だな」だった。ここで激しい戦闘でも行われたのだろうか、まるで爆弾で開けられたかのような穴がそこら中に空いている。見渡すと他にも、手入れが行き届かず原型が崩れた椅子や、折れた鍾乳石などが転がっていた。国王は笑みを浮かべたままどんどん奥へと進んで行った。マチルダは、足元に転がる角の生えた骸骨に気がついた。
「…………」
生前、この魔物は洞窟の出口を睨んだまま、途中で息絶えたのだろうか。突然洞窟を襲ったチート能力という名の一方的な暴力に、魔物達はきっと驚いたに違いない。物言わぬ骸に想いを馳せながら、マチルダはしばらくその場でそっと目を閉じた。
「国王様……私……」
やがてマチルダが顔を上げると、国王は突如襲って来た巨大な熊をエメラルドの剣で一刀両断したところだった。真っ二つになった熊にはもう興味も示さず、国王が笑顔で振り返った。暗がりに灯した明かりで揺れる国王の影が、歪な洞窟の表面で妖しげに揺らめいた。
「ん? どうしたんだい?」
「いいえ……なんでも」
「全く、最近何故だか僕を襲う輩が多くて困っちゃうよ。人間ばかりでなく、今度は熊とはね。これほどまでに平和を実現しているはずの僕が、一体何で襲われなくっちゃいけないんだろう? マチルダ、分かる?」
「いいえ……さっぱり分かりません」
マチルダは目を逸らしながら、唇の端が引くつくのを必死で堪えた。
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「王は?」
「マチルダちゃんとデート」
「おかしい。余りにも多すぎる……」
「何が?」
月明かりの中庭で、二つの寄り添う人影が、誰にも聞かれないように小さな声で囁き合った。
「王を襲う輩が、だよ。あれから警護を二倍にした。だが、襲撃者は増える一方なんだ」
「ふぅん……そっち?」
「それ以外何かあるか?」
「いいえ……何で彼らは王を襲うのかしら?」
「そりゃ、恨まれるようなことをしているからだろう」
影の一人、片眼鏡の男が大げさに肩をすくめて見せた。
「人が集まれば集まるほど、争い事や揉め事は増えるもんさ。ましてや人の上に立つ者なら、我々のその比じゃ無いだろう。争いの無い世の中なんて戯言だ。理想論だ」
「だけどその理想を実現するために……私達は彼の隣にいる訳でしょう?」
もう一つの影が妖しく微笑んだ。中庭の影で片眼鏡が光った。
「勿論さ。僕は頻度の問題を言っているんだ、ローラ。宮廷に忍び込むだけでも、滅多にできることじゃ無い。なのにこれほど多くの賊が、ほとんど毎日のように彼の命を狙い続ける。まるで誰かが、内部で手引きをしているかのように……」
「あなた、まさかマチルダちゃんを……”仲間”を疑っているの? ヨハン?」
暗がりに見え隠れする片眼鏡の奥の瞳の色に、先ほどまでゆったりしていた女性の口調が急に鋭さを増した。
「だって、そんなはずないわ。彼女は本当にいい子なのに……それに、どうやって王の”チート能力”をかいくぐるって言うの?」
「能力がかけられる前に、かかったフリをすればいい。あの晩あの子は、彼にそう言う能力があるって僕らの世間話を聞いていた訳だし……そうとなれば、相当強かだぞ」
「そんな……いくらなんでも……」
「仲間を信じるのは”主人公”の仕事さ。隣にいる僕の役割は……彼に出来ないことの方だ」
片眼鏡の男に釣られて、ローブの女性が慌てて立ち上がった。
「待って、ヨハン……!」
「……少し探ってみよう。”裏切り者”が、炙り出されるかもしれない」
〈続く〉