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主人公はサラブレッド

「それで……止むに止まれずトウドウに向かって行って、あっけなくコテンパンにされた、と」

「ああ……」


 次の瞬間、エルムは気がついたら死んでいた。

 視界が開けると、目の前に雑居ビルのおじさんの顔が見えた。ビルの屋上……夕暮れに染まる見慣れない街を見下ろしながら、エルムは再び日本に帰ってきたことを知った。おじさんはこめかみを指で押さえ小さくため息をついた。


「呆れたやつじゃ。何の策も無しに飛び込んで行って、勝てる訳がないじゃろう」

「う……」


 新国王が天からライオットの街の人々に話しかけたあの日。エルムは地上から彼を付け回し、近くの民家に立てかけられてあった農具を手に後ろから襲いかかった。新国王はエルムの姿を振り返ることもなく、まるで見えない壁に遮られるかのように、エルムの振り下ろした斧は空中で動かなくなってしまった。そして……。


 その時のことを思い出し、エルムが苦虫を噛み殺したような顔で呻いた。

「何だよありゃ。反則じゃねえか」

「反則じゃない。主人公に与えられたチート能力じゃ」

「なあおじさん。俺にもそのチート能力ってやつを付けてくれよ。じゃないと、あんな化け物とまともに戦えないわ」

「ダメじゃ」


 おじさんは白ひげを撫でながら首を横に振った。


「何で……」

「お主はアレか? 王族の出身か何かか? それとも家系が、先祖代々秘伝の技を受け継いできた忍者の末裔とか……」

「ニンジャ……? いや別に……親父は確か王国の雇われ傭兵だったよ。じいちゃんは農家だ。内容はもう忘れちまったけど」

 エルムは右手で坊主頭を引っ掻いた。今度のエルムの『転生先』は、二十代くらいの男性だった。違う入れ物に自分の意識だけが入ったような、何ともむず痒い気分だったが、文句を言っても仕方がない。


「ふむ。優れた血統の持ち主でなければ、才能は芽生えんじゃろう。この国ではそれを、『カエルの子はカエル』と言う。チートなんて身に付けようとするだけ無駄じゃから、諦めろ」

「何でだよ! ズルいわ! 不公平だわ! 主人公ばっかし……」

「何時の時代だって、どんな世界だって同じことじゃ。身分の差、能力の差……」


 おじさんは面白がっているように見えた。やがて街には、エルムの目には眩しすぎるくらいの色取り取りの明かりが灯っていく。だんだんと空が暗がりに染まっていく中、エルムは納得が行かずおじさんに食ってかかった。


「何だよ。じゃあ才能ある奴には、一生勝てねーってことじゃねーかよ……」

「そう思うか」

「そうとしか思えねーよ。じゃあ俺がやってることは……」


 そこまで言って、エルムは言葉を飲み込んだ。おじさんがじっとエルムの目の奥を覗き込んでいた。


「じゃ、諦めるかの?」

「…………」

「お主のその体……それは元々この国で暮らしておった若者の遺体を借りておるのじゃ。訳あって自ら命を絶った者……そこにエルム、お主の魂を入れてな。勿論その体の持ち主にも家族がおる。ファンタジアに戻るのを諦めて、この国でその体の持ち主として生きていくのも良いじゃろう。きっとその家族は喜ぶ」

「!」


 エルムは改めて自分の新しい体を見つめ直した。ファンタジアに戻る……それは『通行料』を払って、この体をもう一度捨てることになる。果たしてそこまでする価値が……勝算があるだろうか。


「どうするかの。残るか、戻るか。戻れば戻るほど、お主は『失う』ことになる。後はお主が決めることじゃ」

「俺は……」


 おじさんの声が、街の喧騒に消えて行った。エルムは遠く空を見上げた。

 ……この体の持ち主には悪いが、自分にもファンタジアに家族がいた。大切な人が、待ってくれている者が……だがエルムが思い出そうにも、肝心のその記憶は、もう既に『通行料』として渡してしまっていた。



◾️


「ここは農場にしよう。ここで新たに野菜や果物を育てれば良い。工場の煙は有害だ」


 指を鳴らしながら、冠を被った青年が川沿いの大きな建物を見上げ呟いた。するとたちまち、先ほどまで人々の目の前にあった巨大な建造物は、あっと言う間に農園へと生まれ変わった。


「!」

「うそ……」

「奇跡だ!」


 工場に勤めていた人々が、口々に声を上げた。自分達が昨日まで勤めていた工場が、まるで魔法のように消えてしまったのだ。冠の青年は満足そうに頷いた。


「重労働に疲れている皆さん。今日からはのんびりと暮らして生きましょう。時代はスローライフですよ」


 ニッコリと微笑む青年に、人々は顔を見合わせ、やがて歓声が巻き起こった。笑顔が弾ける人の群れの中、たった一人、幼い少女が不思議そうに国王の足元で呟いた。


「この工場、お父さんが若い頃クロウして建てたタカラモノだって言ってたのに……」

「ん? 君は誰だい?」

 青年が膝下に蹲る少女を覗き込んだ。

「ミーリア! ダメ! 転生者様に話しかけるだなんて、何て畏れ多い……」


 向こうから、彼女の母親らしき人物が人混みを掻き分けて二人の元にやってくるのが見えた。少女が円らな瞳で冠の青年を見上げた。

「ねえお兄さん。中にいた私のお父さんは、どうなったの?」

「……大丈夫だよ」

「ミーリア! こっちに来なさ……」


 国王が微笑んだ。慌てた母親の手が少女に届く前に、国王は指を鳴らした。


「ミーリア……?」

「僕の作る世界が気に入らないってんなら、何もかも忘れて……次の世界でのんびり暮らせば良いさ」 

「ミーリア!!」


 彼女の母親の悲鳴は、不思議なことに誰にも聞こえなかった。母親ですら、悲鳴を上げたことすら忘れてしまった。そこにかつて工場があったことすら、もう誰にも分からないようだった。ただ一つ分かっていること。それは、国王が指を鳴らした。それだけだった。



〈続く〉

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