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主人公は仲間が増える

「これで何度目だろう? 君みたいなのが、今まで何十人と居たんだ。結局誰一人として、僕に傷一つつけることすら出来ずに死んで行ったんだよ。今の君みたいに」


 青年が玉座に座ったまま、床にひれ伏す男を見下ろして微笑んだ。所々破れた灰色の布に身を包み、すっぽりとフードを被った男。宮廷に侵入し、王の首を取らんと襲ってきた暴漢であった。意気揚々と窓ガラスと割って登場した盗賊の長は今、わき腹に新しく出来た穴を抑え、吐瀉物を赤い絨毯の上に撒き散らしながら嗚咽を漏らしている。男は虫の息になりながら、弱々しく周りを見渡した。そこには腕だけ、足だけになってしまった仲間達が散らばっていた。微笑む青年と、青ざめる男の頭上で巨大なシャンデリアが煌々と輝いた。


「…………!」

「ああ、命乞いはしなくていい。僕が殺した魂達は全員、僕の故郷に『転生』させてあげることにしているんだ。無益な殺生は新たな憎しみを生むからね。いちいち相手にするだけ無駄だ」

「てめえ……これだけ仲間を殺しておいて、今更……!」

「こっちの現実じゃ運がなかったと思って、せいぜい新たな世界で夢見てくれよ。僕にもその気持ちはよおく分かる。せめてもの手向けだ」

「!」


 盗賊の長が何か言いかけた。彼の言葉を待たずして、青年は指を鳴らした。


◾️


「このところ、王を狙う勘違い野郎が後を絶たないな」


 王の間から少し離れた吹きさらしの廊下に、右手に本を抱えた片眼鏡の男が立っていた。その隣には、黒いローブに身を纏った女性が寄り添っている。月明かりに照らされた中庭を眺めながら、男が顔をしかめて呟いた。

 

「この一週間でもう三回目だ。これだけたやすく宮廷の最深部に侵入されるというのは、問題だろう」

「でもヨハン……王様も何だか、楽しんでるじゃない?」

「?」


 ヨハンと呼ばれた片眼鏡の男が首をかしげた。ローブの女性がくすくすと笑った。


「まるで自分の力を周りに見せつけるみたいに……わざと襲わせてるんじゃないかって、私は思うわ」

「これは宮廷の警備上の話だよ、ローラ。如何に普段杜撰な……」

「まあまあ。堅い話は無しにして。あ……ほら!」


 口を尖らせるヨハンを宥め賺して、女性が何かに気づいたように夜空を指差した。ヨハンが顔をあげると、中庭の上に、蒼い空に美しく輝く三日月が浮かんでいた。ヨハンは目を凝らした。その三日月を背に、冷たい夜風の中を、空飛ぶ箒で悠々と舞う一人の幼い魔女の姿があった。


「マチルダちゃん!」


 ローラが嬉しそうに手を振った。すると、二人に気づいた魔女が宙返りしながら廊下へと降りてきた。


「……ローラさん! ヨハンさん!」


 ブカブカのローブを纏った幼き魔女は、風を切って廊下へと降り立つと嬉しそうに二人に駆け寄ってきた。ローラは子犬みたいに駆け寄ってきた、お揃いのローブを身につけた小さな魔女の頭を撫でてやりながら、にっこりと微笑んだ。


「箒で空を飛ぶのも、すっかり上手になったのね。マチルダちゃん」

 マチルダは照れくさそうに白い歯を浮かべて言った。

「ええ、これも国王様のおかげです! ローラさん、それにヨハンさん。皆さん、狭い価値観に囚われていた、私を目覚めさせてくれてありがとうございます!」



◾️



「若いの! 早まっちゃいかん!」

「離せ!」


 エルムが絶命して三日後。


 雑居ビルの屋上から飛び降りようとする若者を、清掃業者のおじさんが必死に引き止めていた。


「死に急ぐんじゃない! 何があったか分からんが、生きてればまだ希望はある!」

「急いでねえよ! 俺ァもうとっくに死んだんだって」


 おじさんの制止を振り払いながら、青年は金網をよじ登り始めた。おじさんは尻餅をつきながら、ぜえぜえと荒い息を吐き出した。


「ハァ……ハァ……可哀想に。頭がおかしくなってしもうたんじゃな」 

「戻らなくちゃ……転生しなくちゃならねえんだ……」


 青年はおじさんを無視して、ブツブツと独り言を繰り返した。金網の向こう側で、青年は数十メートル下を覗き込んだ。その頭上にはどんよりとした雲が広がっている。時折吹く冷たい突風が、二人の頬を容赦無く叩いていった。おじさんがため息をついた。


「やれやれ。ライトノベルの読みすぎじゃ。死んだところで転生できるとか、行き先を選べるとかそんな幻想信じておるんか」

「やって見なくちゃわかんねえだろうがよ。このままやられっぱなしで引き下がれるか!」

「ふむ」

 青年が屋上の淵に足をかけながら、思いつめたように叫んだ。おじさんは蓄えた白ひげを撫でながら、青年をじっと値踏みするように眺めた。


「エルムとか言ったな。確かに日本人とは思えん名前じゃな。前世の記憶があるとか……」

「そうだよ。俺はファンタジアから来た。転生して来たんだ。だから、戻ることだって出来るはずなんだ」

「やっぱり頭がおかしくなっておるようじゃな」

「あ!?」


 青年が噛み付いた。金網の向こうでおじさんが目を光らせた。


「じゃが……『通行料』を払うなら、行き先は選ばせてやらんでもない」

「!?」


 青年は驚いた拍子に足を滑らせ、そのままおじさんの視界から消えて行った。




〈続く〉

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