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主人公は土壇場で覚醒する

 その拍子に、国王の頭から冠が滑り落ちた。


 マチルダの目の前で、糸が切れた人形のように青年が崩れ落ちて行く。跪いた国王は、恐らく自分の身に何が起きたのかも分からず、ただただ口から溢れる赤い血をぼんやりと眺め続けていた。一瞬の静寂の後、爆発するかのような騒ぎが廊下に巻き起こった。


「何だと……!?」

「ローラさん!?」

「ローラお前……裏切ったのか!?」


 口々に王の臣下達が叫ぶ中、ローラは両腕で短剣を構えたまま、足元に転がる王を見下ろして唇を釣り上げた。


「今回の『通行料』は……高かったぜぇぇぇ……!」

「!」

「!?」


 その低い声、乱暴な言葉遣い。赤く目を光らせ嗤うその表情は、普段のローラとはかけ離れたものだった。その目を見て、マチルダはあることに気がついた。


「エルム……!」

「何!?」

「彼奴はさっき、確かに王に殺されたはずでは!?」


 一体何がどうなっているのか分からない。動揺が臣下達に広がる中、気がつくと王が床に膝をついたまま、ゆっくりと自分を背中から刺した腹心の部下を振り返った。


「なるほどね……自分を囮に使って……僕に殺された瞬間、今度はローラに転生したって訳か」

「!?」

「悪いな……世界が二つ別々だから、同じ時間軸で流れてるとは限らねえんだよ!」


 ついに一撃を与えたエルムは、ローラの姿のまま勝ち誇ったように唇の端を釣り上げた。ファンタジア側では一瞬に見える時間。その間に、エルムはもう何度目か分からない絶命を味わい、日本に一旦戻った後、おじさんに頼み込み『通行料』を多めに払い『行き先』と『場所』、『時間』、さらには『転生する人物』を指定した。こうしてエルムは、ファンタジア世界で自分が殺されたその瞬間に、転生し殺戮者の真後ろに立っていられたのである。


「王様! 大丈夫ですか!?」

「問題ないよ」


 慌てて駆け寄る臣下達を、国王は余裕の表情で静止した。王が指を鳴らすと、刺されたはずの傷跡がみるみるうちに治癒していった。エルムが叫んだ。


「ざまあみろ! これで借りは返したぜ!」

「全く……懲りない……」

 王が剣に手をかけながら、ゆっくりとエルムに近づいていった。

「おおっと! 動くなよ! 俺を攻撃したら、てめえの仲間が傷つくぜ!」


 静かに怒りの表情を浮かべる国王に向かって、エルムは自分の体を……ローラの体を指差して嬉々として叫んだ。


「なんて卑怯な奴だ! 我々の仲間を乗っ取り、人質に取るなんて!」

「化け物め!」

「未来永劫、貴様をこのファンタジアの国賊として語り継いでやる!」

「卑怯? 笑わせんな!」


 口々と騒ぎ立てる周囲には目も暮れず、国王はエルムをしっかりと見据えて、この世界に来て初めて余裕のない低い唸り声を上げた。騒めきが途絶え、水を打ったかのように辺りが急に静まり返った。王と黒いローブ姿の女性が、廊下の中心で向かい合った。


「ローラを返せ……彼女は僕の、大切な仲間だ」

「へええ……大切な、仲間なんだ……」

「君がいくら御託を並べようと! この世界で僕の仲間を傷つける奴を、許すつもりはない!!」

「ああ、俺も全く同意見だよ。きっと親友になれるぜ、俺達」


 エルムがローラの姿のまま、怒りに目を真っ赤に染めて短剣を突き出した。王も負けじと、怒りに顔を歪ませ、エメラルドの剣を振り上げた。二人の剣が交わろうとした、その時。


「ダメ! 殺しちゃ!」

「!」


 マチルダが叫んだ。エルムの手がほんの一瞬止まったのを、国王は見逃さなかった。エルムは国王の顔を見た。その表情は、今までにないくらい怒りに満ち溢れ……目が真っ赤に染まっていた。


「おいおい……そりゃ俺の……」

「国王の目……エルムそっくり……!」

 マチルダが驚いて叫んだ。

「この状況で、いくら何でもそりゃ卑きょ……」

「卑怯?」


 怒りに任せた国王の剣が、深々とローラの体に突き刺さった。

「笑わせないでくれ」

 マチルダは目を見開いた。不思議な赤い目の力に目覚めた王の切っ先は、ローラの体を傷つけぬようすり抜け、エルムの魂だけを的確に貫いた。



〈続く〉

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