主人公は絶対負けない
どうやらこの世界の主人公は、自分じゃないらしい。
城下町に住んでいた少年・エルムがそれに気がついたのは、約三ヶ月前のことだった。一体何故彼がそう思ったのか……それはエルムの住む世界・ファンタジアに他ならぬ『主人公』がやってきたからである。
その男は『トウドウショウジ』と名乗った。その男はまだ幼く、十四歳のエルムとさほど年齢は変わらないように見えた。その男は、ファンタジアには無い不思議な能力を持っていた。その男は『転生者』あるいは『神』『王様』『チート能力者』などと呼ばれ、瞬く間に人々から崇められ畏れられる存在となった。その男はファンタジアに来るなり、まずエルムの住む王国を文字通り木っ端微塵にした。
今でも旧王邸の跡地に行くと、その破壊の凄まじさが見て取れる。何重にも積み上げられた巨大な石の城壁は、まるで謎の力で押し潰されたかのごとく、潰れた果実のように歪に変形していた。この国の何処から見ても光り輝いていた王の住む塔は、謎の力によって真っ二つに折られ、その残骸を無残に空に晒されたままでいる。毎晩夜通し宴が開かれ貴族達のダンスや歌で賑わっていたホールも、今や屋根を無くし野ざらしにされ、野犬や野鼠達の新しい住処となっていた。王国が誇る屈強な三百人の戦士達も、誰一人骨も残さず『何処か』へ消し去られてしまった。誰もが皆、抵抗する間どころか、呆気にとられる暇もなく、一夜にしてファンタジアの王政はその男に滅ぼされてしまった。
一体どんな兵器を使ったのか。魔法か、やはり神の力の類なのか。
百年以上続く王政がたった一人の男に滅ぼされたという事実に、城下町に住む民は皆震え上がった。確かに長年続いた愚王の圧政により、人々は貧しい生活を強いられてはいた。誰もが一度は、王国が滅びるのを酒の肴に冗談を言い合ったりもした。だが、どんな世界であろうと、未知の存在や強大な力に人は恐れを抱くものである。まさか本当に、本当に王国が滅びる日が来ようとは。
そしてその男はそれから一騎当千の活躍を見せた。近隣諸国も、あっという間に壊滅状態に陥らせたのである。その男によって、ファンタジア大陸は凡そ三日で世界統一された。どんな過去の英雄ですら成し遂げなかった偉業を、彼はご自慢の『チート能力』でたやすくやってのけた。
そしてその男……『トウドウショウジ』はある日突然人々が集まる出店通りに姿を現したかと思うと、いとも簡単に空に舞い上がって見せ……ぽかんと口を開け彼を見上げる群衆に向けて高らかにこう宣言した。
「皆さん、アクは滅びました! ここに、皆さんで新しく『平和で、豊かな、楽しいゆるふわスローライフ』世界を作りましょう!!」……と。
その姿を見上げながら、買い出しに来ていたエルムは思わず抱えていたパンを地面に落とした。こうして……ファンタジアは異世界からやってきた『主人公』の訪れによって、新たな幕を開けることとなった。
〈続く〉