ヒュドラ大家族は今日も行く!~姉首だらけの中に弟首がボク1本です!~
多首な魔物でそれぞれに意識が、という設定はたまにみるので
これはどうか!と書いてみました。
『あ……』
ボクのつぶやきが林の中に響いた。大きな木の枝をどかし、視界を確保した時のことだったんだ。枝をどかすためにボクが自分自身をそこに突っ込んだとき、彼が目の前にいた。泥だらけの革鎧、右手には長剣。たぶんアレでボクたちを斬りたくて探していたんだろうけど、無理じゃないかなあ。
『キュー、何してる! 早く殺せ!』
「ヒュドラだぁああああ!!!」
イチ姉ちゃんが叫ぶのと、彼が叫ぶのとはほとんど同時だった。えええっと、こういうときはどうしたら? 走ろうにもボクが走るわけじゃないし、何をどうしたら……今のところ彼は泥に足を取られてもがいている。
『きゅうくん、睨むのよ』
優しいスー姉さんの声。あ、そうか、ボクにはこれがある。九頭蛇竜が切り札、魔瞳。生半可な抵抗力では何もできずに……こうして石化したかのように固まってしまう。そう、ボクが睨んだとたん、彼は叫んだ顔のまま、固まった。たぶんこのまま放っておいても息が出来ずに死んじゃうだろうね。ちょっとかわいそうかな。
『あー、キューがサボってるぅ。いらないなら私が食べるよー』
『駄目だ、ムツミ。今日はキューの番だろう』
いたずら好きなムツミ姉さんが彼の顔をぺろりとなめ、まるで味見をするかのようにしている。いけない、このままじゃボクの御飯が! ただでさえ、姉さんたちは足ぐらいしか残してくれないんだもん!
『た、食べるよ! よーし……いただきます!』
そうしてボクは人間さんを久しぶりに食べた。うん、適度に硬くて適度に魔力もある。人間さんは贅沢品だなー。ボクたちが湿地帯以外でも元気に動けるならいいんだけど……しょうがないよね。
『『……キュウ、食べながら考え事は良くない』』
『はーい』
左右から響くのはフタヨ姉ちゃんとサーラ姉ちゃん。いつも人間でいう双子みたいに同じことを言うんだよね。どちらも姉ちゃんなのにちょっと年下みたいな言動が気になるところ。
困った時にこっそりどっちかが教えてくれたりするから頼りになる姉2首でもあるのだ。
ところで、九頭蛇竜と言えば名前の通り首が9本あるわけだけど、残りはというと……1首は反り返った状態で全く動かない。死んでるわけじゃあないんだよ? ただねえ……チー姉さんはいつも寝てるんだよね。夜型ってやつらしいんだ。
『どうだ、キュー坊。しっかり食べたか? 食べたのならば運動だ。体を作らないとな!』
『ちょっとイツキ姉! コイツが動けば私達だって消耗するんだから考えてよね!』
元気にボクに運動を勧めてくるのがイツキ姉さん。一番首が太くて、肉弾戦となるとこの姉の独壇場だ。そんな姉首に噛みつくように文句を言ってるのがボクに一番近い首、ヤッちゃん。ボクとほとんど同じ時に生えて来たんだけどあっちが年上ってことらしい。
ちょっと厳しい時もあるけれどお姉さんなイチ姉ちゃん、冷静にツッコミを入れつつも時々子供みたいなフタヨ姉ちゃんとサーラ姉ちゃん、ボクをいつも甘やかしてくれる優しいスー姉さん。時々用もないのに首を動かして特訓だと言ってくるのが困るイツキ姉さんに、ボクの首筋に水を落としたりするのがムチミ姉さん。夜に空の光のことや、人間さんのこととかを寝物語に語ってくれるチー姉さん。元気にみんなを引っ張ろうとしながらも空回りしがちで、思わず笑っちゃうのがヤッちゃん。そんな八首の姉さんたちがボクの九頭蛇竜としての家族だ。
この見渡す限り広がる大湿原、ボクたちみたいな魔物だらけの場所で、面白おかしく暮らしているのだ。
いろんな魔物がいるけれど、ボク達より強い魔物は本当に数えるぐらいしかいない。空を飛ぶドラゴンさんがその一部……かな? やっぱり首が多くて、それぞれ自由に動けるというのが強みみたいだ。ただまあ、それが悪い方に働くときもある。
『ちょっとムツミ、私が先よ!』
『えー、やだー。私も汚れてるもーん』
例えばそう、水浴びをする順番なんかで困ったりもする。ボクはどの順番でもいいんだけど、姉さんたちはそうもいかないらしい。いっそのこと体ごと滝つぼに入ればいいと思うのだけど、前にそれを言ったらすごい怒られた。理由は後からわかったんだけどね。
ともあれ、なんだかんだと順番を決めて首を突っ込み洗うと気持ちがいい。もちろん、泥の中もひんやりしていいんだけど……日照りが続くとパリパリ乾いてちょっとね。後は姉さんたちは、泥模様がありきたりで可愛くないし、せっかくの鱗が隠れちゃう!だそうだ……男首のボクにはよくわからないな。
『『キュウ、私達の裸の首……見たい?』』
『もう、どこで覚えたのさ姉さんたち。ボク達いつも人間の服とか着てないんだから裸でしょ?』
見慣れてるよ、という言葉は口から出てこなかった。イチ姉ちゃんと、ヤッちゃんがボクの首に巻き付いてきていたからだ。慌てて視線を向けると、二首ともちょっと怒った感じだった。
ボク、何かしたかな?とブルブル震えていると……ゆらりと持ち上がった首……珍しくチー姉さんだ。
『……眠い。洗って寝る』
『あはは……お休み、姉さん』
ざぶんと一度首で水をすくうようにしてからまた寝てしまったチー姉さんにはボクもそう笑うしかなかった。いつの間にかイチ姉ちゃんとヤッちゃんも離れている。なんだったのかな?
気を取り直して最後にボクの番。普段のあれこれを流すように水に突っ込むと、気持ちがよかった。さっぱりしたなあと思って首を上げると、なんだか視線が。寝てるチー姉ちゃん以外みんなの視線が集まっていたのだ。
『? どうしたの?』
『キュー坊も男首らしくなってきたなってことさ。太くなってきたぞ』
言われて自分で眺めてみるけどよくわからない。毎日見てるからそんなに変わってるのかなあ?と疑問なんだよね。
水浴びをしたのにまた湿地帯に戻ることに何首かの姉さんたちはちょっと嫌がったけどご飯も食べないといけないんだから仕方がない。それに、ずっと滝のそばにいると涼しすぎて動きにくいしね。
そんな騒がしくも楽しい日々は続く。
時には他の魔物を獲物として追いかけて食べたり、迷い込んできたのかボク達を討伐しに来たのかよくわからない人間さんを食べたり。木になってる実を一杯食べたり……あれ、食べてばっかりだ。
成長していく自分の首を眺めながらの日々はとても楽しい。色んな出会いもあったし、発見もあった。例えばそう……ボクにはまだ姉首がいたんだ。
それは夜に喧嘩をした時のことだ。早く寝なさい!なんて怒ったのはイチ姉ちゃんでもなく、他の姉さんたちでもなく……尻尾だと思っていたところだった。
名前はトー姉ちゃん。ヒュドラの隠し首、10本目の首。ボクもずっと知らなかったのだけど、まさに切り札的存在で、長い年月を生き抜いた最上種の証なんだって。どういうことだろうって思ったら、ボクたちは全部の首を斬られて、心臓を貫かれない限り体としては不死なんだってさ。だから、9本やられても大丈夫なように進化したんだって。
でも、トー姉ちゃんはそんな理由で……ずっと1首だった。一番年上で、まるで母さんみたいだったんだ。
『母さんじゃ……無いわよ』
『あ、ごめん。聞こえてた?』
ある晴れた夜のこと。珍しく昼間にチー姉さんが起きていたと思ったら夜には寝たままだったんだ。その代りにか、妙に目がさえてしまったボクは夜中だというのに起きている。空を眺めながらのつぶやきが聞かれてしまったみたい。
姉さんたちを起こさないように、首をそっと尻尾の方に向けて……気が付いた。
『トー姉ちゃん?』
『何? 早く寝なさい。私が起きててあげるから』
ぶっきらぼうにそういう姉ちゃんは声は平気そうで……でも、泣いていた。
『寝れないよ、そんな風に泣かれちゃ』
ボクは姉さんたち曰く、いつまでも頼りない男首だけど、それでも男首なんだ。やるべきことはやらないといけないということぐらいはわかってる。だから、ちょっと苦しいけど頑張って首を伸ばして……ぺりんと舐めた。トー姉ちゃんの涙を。
『! 馬鹿ね、そんなことしなくてもすぐに乾くわ』
『姉ちゃん、ボクさ……トー姉ちゃんもちゃんとヒュドラしてると思うよ?』
途端、姉ちゃんの首が跳ねた。さすがのボクも、これだけそばにいればわかるというものだ。普段は尻尾ですよーって動きをしてばれないようにしてるトー姉ちゃん。だから逆に言うと喋るのはこうして誰もいない夜や物陰ばかり。おしゃべりだってあまりできないし、ヒュドラらしいこともできない。することと言えば随分器用な尻尾だなって動きぐらいだ。
首として顔や頭を活かした戦い方をしていないという点ではヒュドラ失格かもしれないけど、ボクとしては10本目の首として、立派にヒュドラしてる姉首だと思う。
『弟首の癖に……生意気だわ』
『生意気だっていいよ。姉ちゃんが……悲しい顔してるのは嫌だ』
ボクはそのまま、姉ちゃんに良いと言われるまで顔を舐め続けた。気のせいかもしれないけど、姉ちゃんは最後には笑ってくれた気がした。
なぜか翌日から、姉さんたちは事ある度にボクに自分を舐めるように言い出したのは問題だった。きっと聞かれてたし、見られてたに違いない。
『イタタっ!』
『そのぐらい痛いだけよ。大丈夫』
『いっちばーん!』
その日は湿地帯に住む蜂の巣を襲いに行っていた。蜂と言っても魔物さんな蜂で大きさは結構ある。そんな蜂の巣だから、上手く手に入ればボク達でも満足できる量ってわけさ。
なんとか襲ってくる蜂を倒し、思い思いに首を突っ込んで甘いそれらをむさぼるように食べつくした。久しぶりの贅沢に、身も心も満たされた気がしたね。
『あら、きゅうくん、ハチミツだらけよ』
『『首の根元までべとべと』』
言われて確認すると、確かに一番奥の方まで首をつっこんだからか、全身ハチミツだらけだった。自分でなめとろうにも……くっ、届かない。仕方ない、滝に行こうかな……ひゃっ!?
『イ、イツキ姉さん!?』
『なんだよ、もったいねえだろ? ほれ、そっち向けって』
『あ、ちょっ』
気が付けばボクは首を真っすぐにされ、姉さんたちにがっちり固定されていた。時々ハチミツで滑るのが妙な刺激になって首が跳ねてしまう。
『なあに、アンタ。お姉ちゃんたちに舐められて感じちゃってるの?』
『そういうわけじゃ……うひっ』
普段からボクと一緒にいる姉たちに隠し事はしきれない。ただでさえ、ボクがどの辺が弱いか、バレバレなのだ。くすぐったいのはどのあたりかとか、ばっちりだろうね。
『きゅうがどうしても嫌なら滝まで動いてあげるわよ』
『トー姉ちゃんまで……うう……ううう! い、嫌じゃないです』
そうつぶやいてからのことはあまり思い出したくはない。父さん、母さん、ボクは快楽に負ける駄目な息子首です……。
反省のようなよくわからないつぶやきを口に出さずに……それでもボク達は平和だった。
─あの日までは
『はっはっ。このままじゃっ』
『フタヨ! サーラ! 駄目ね、反応がない』
ボクたちはその日、全力で逃げていた。思い返せば、朝から変だったんだ。何かに誘われるように魔物達が湿地帯を移動していた。気が付けば、周辺にはボク達しか魔物がいなかったんだ。そこに現れた……人間。
嫌な光り方をする剣を手に、その男は襲い掛かってきた。瞬く前にフタヨ姉ちゃんとサーラ姉ちゃんが斬られた。咄嗟にムツミ姉ちゃんとヤッちゃんのブレスで間合いを取ったけどそれでも時間稼ぎにしかならない。
『毒対策も火炎も氷結もばっちりか。イチ姉、まずいんじゃないの?』
『ええ、このしつこさ……こちらがこの湿地帯から出ていけないのを知ってるわね』
湿地帯とはいえ、林もあれば岩もある。ボク達はそんな中を巧みに隠れて逃げていた。けれどまさに時間の問題だ。きっとボク達の気配を大体掴んでいる。
『! あぶねえ!』
『イツキ!』
咄嗟の叫びと共に、イツキ姉さんがボクの前に来たと思うと、突然の落雷。嘘でしょ……! アイツは雷まで使うのか!
体は、しびれていない。イチ姉ちゃんが、わずかな間に障壁を張ったからだ。イツキ姉さんから体へのぎりぎりのところに。でもそれはイツキ姉さんは防御できなかったということで……。
『へへっ。ここまでだな。おい、キュー坊、頑張れよ』
『姉さん! くそっ! なんだんだよアイツ!』
『英雄、人間の切り札』
非常事態だからか起きたままのチー姉さんの言葉が妙に響いた。今も逃げてはいるけれど、そのうち追いつかれそうな気がしてならない。
既に3首がやられてしまった。最強の一角のはずの九頭蛇竜がだ!
『やるわよ。逃げてるだけじゃ駄目みたい』
『ええ、わかったわ。きゅうくんも覚悟を決めてね』
ぐいっと体の向きが変わり、逃げていたボク達はついにあの男、英雄と対峙することになった。今さらだけど、体はどの首が動かすかというと基本年長順。だからトー姉ちゃんが動かすはずなんだけど誰かに任せることも出来るらしいから普段はイチ姉ちゃんなんだって。トー姉ちゃんは切り札だからね。
「逃げずに来たか……」
『お前がっ! 姉さんたちをっ!』
人間には咆哮にしか聞こえないだろう声を発して、ボク達は男に襲い掛かり……死闘になった。なぜかこいつには魔眼が効きにくいのだ。動きは鈍るみたいだけど止まらない。理由は距離と、相手が早いことで影響を受けにくい動きをしているためだ。
相手の持つ剣はヒュドラの鱗をも切り裂くものだった。こちらの牙も相手を砕けるもののはずだけれども、なかなか当たらない。対してこちらは段々と消耗していく。ついには……姉さんたちは順番に切られてしまったのだ。
「終わりだな。魔眼の首だけでは俺は捕えられん」
先ほどまでのこちらを揺り動かすような速い動きから一転して男はボクを一息に切り取るべく踏み込んできた。姉さんたちの血を吸った剣は怪しく輝き、ボクに迫り……止まった。
「何!?」
『トー姉ちゃん』
九頭蛇竜が切り札、幻の10本目。その姉ちゃんが男の剣をがっつりと咥えていたのだ。長年体を支えて来た尻尾としての首は鍛えられ、しっかりと男の剣を止めた。それでもじりじりと動くのは男の腕力がそれだけ恐ろしい物だということ。
『ひゅう!』
『この距離なら! くらえ!』
「グッ! ガアア!」
『あっ』
まさに目と鼻の先。ボクは男に全力で魔眼の力を叩き込んだ。見る間に男の体が固まり……動かなくなる。だというのに、最後の力を振り絞ったのか押し込んだ剣はトー姉ちゃんを傷つけた。
音を立てて男と、ボク達が沼地に倒れる。クタクタの首をなんとか持ち上げ、後ろにいるトー姉ちゃんのほうを向く。
動かない姿はただの尻尾の様で、悲しみが胸いっぱいに訪れる。
『きゅう……』
『! 姉ちゃん、姉ちゃん!』
まだ姉ちゃんは生きていた。痛む首を必死に動かし、顔のそばまで持っていく。そうして気が付く……トー姉ちゃんも限界だと。
『きゅう、聞きなさい。ヒュドラは1首でも生き残れば不死、だから気にしないの。首はまた生えて来るわ』
『だけど……姉ちゃんたちは!』
新しく生えて来ても、それは姉ちゃんたちじゃあない。そのことがボクの目から涙をあふれさせる。流れ落ちた涙が沼に溶け、雨のようになっていった。
『馬鹿ね。首はいつか生え変わるの。それはヒュドラの掟よ。だから受け入れなさい……それに、生えてくる首にとっては貴方は兄首なのよ? しっかりしなさい』
『兄……首』
トー姉ちゃんの言葉はボクの涙をひっこませる力を秘めていた。そうだ、ここでボクが頑張らないといけないんだ。ボク、やるよ! そう告げようと視線を戻した時……トー姉ちゃんは動かなかった。
ボクは再びの涙を流しながら、姉首たちを斬った男を、英雄を食べつくした。今日を乗り越え、明日を迎えるために。
─そして
『お兄ちゃん、お腹空いちゃった!!』
『兄さま、私もですわ!』
『『兄よ。食事を、希望します』』
『ああ、もう! すぐに捕まえるから待ってなさい!』
湿地帯に、声が響き渡る。聞く者によっては恐怖の咆哮となるその叫び。だけど実際にはなんでもない家族としての声が多いなと俺は思う。
あの時食べた英雄らしい男は俺にとって相当な力となったらしい。聞いていたよりも早くムズムズした感覚と共に、首が生え始めたのだ。なぜかヒュドラには男首は1本。だから俺以外は皆女首になるのだ。みんな、俺の妹首。
『ニヒヒ。兄ちゃん、少し齧っていい?』
『駄目よ、馬鹿兄貴なんか齧ったらお腹壊すわよ!』
『……(ぐー)』
『あ、いたぜアニキ!』
『よし、捕まえるぞ!』
その……随分と騒がしいけれど、みんな大切な妹首だ。だから、今日も頑張って獲物を追いかけては食べさせる。どんどんと大きくなっていく妹首たちを見て思う。まだもう1首、足りないよねと。
自分を含めて9本首にさらに1本。それが揃って初めて俺達は本当の家族なんだ。
(だからさ、それまで見守っててね。その、俺とか言い出したのは笑わないでほしいけど)
どこか姉首たちの面影のある妹首を見ながら、俺は今日も生きる。ヒュドラ大家族、今日も元気です!




