=(イコール)
あの日、彼女に放った言葉。
「お前の記憶を探しに行こう。」
僕は焦っていた。
彼女の反応が彼女の対応が確実にその時は違った。
「あ。えっと。無理だよ。」
「え。そうなんだ。」
「はい。」
「って、なんでだよ!」
「無理なものは無理なんです。そもそも幸はどうやって私のバラバラの記憶を取り戻そうっていうの?」
数秒の沈黙が続く。
「あ、いや、そう、か。・・・俺は何もわかってなかったんだな。」
「いや。そういう意味じゃないんです。ごめんなさい。」
「君の気持ちがわかってなかった僕が悪いんだ。ごめん。」
彼女は敬語と崩した言葉とがぐちゃぐちゃになっていた。
「・・・はい。」
「保科。お前の記憶をすべて取り戻すことが僕の望みだ。それ以外はない。」
「幸。。。」
僕はさらに焦っていた。この数日間でここまで状況が変わってくるとは思っても見なかった。
保科の存在が保科の気持ちが、僕の気持ちを変えているのかもしれない。
この気持ちはなんだ?
今さっきまでの記憶がほとんどない。
なぜなら頭が真っ白だったからだ。
僕が彼女の気持ちも考えずに先走ってしまった。
いや。考えられないことをしている気がした。
今までの僕からは考えられない発言、行動に。
全部が違う。
今の僕は僕じゃない。
「幸?どしたの?
あ。まさか、傷ついてる?ごめん言い過ぎた・・かな。」
「い、や。まぁ。気にしないで。」
「本当?」
「あぁ。大丈夫。」
「ごめんこんなこと言うのは気が引けるけど。君は嘘が下手だよね。」
「え?」
「僕にはわかるんだ。」
よくわからないような表情で僕を見る。
「君は記憶を探せないんじゃなくて、探したくないんじゃない?」
彼女は顔を赤らめた。まるで子供がついた嘘を暴かれたかのように。
「どうしてわかったの?」
「そんなの誰だってわかるさ。自分の記憶がないのに知ろうともしない奴なんていないよ。」
「・・・」
彼女は黙り込んでしまった。
今僕は今期最大のアニメよりも彼女と話すことを優先していた。
「な、なぜわかるんですか?どうしてあなたはそう考えになるんですか?」
「あっ、えっと、ちょっと変だなと思って。」
「変って何ですか!私が変だっていうんですか!」
この部屋の中で崩した言葉を忘れて敬語で話す彼女とテレビの音だけが静かに響いていた。
「ちょっとお兄ちゃん!な、何この状況?」
凛がそう思うのもよくわかる。
なぜなら壁ドンといわれる誰もが引きそうな行為に挑んだままで時間を過ごしていたため
彼女との距離が究極なまででに近かったからだ。
凛は顔を赤くして目を閉じる。
それに唯一救われた僕たちは迅速に離れた。
「それでお兄ちゃんたちは何をしていたの?」
「いや、あまりなんでもないことだよ。」
「わ、わわ、私はAIですから、そのような行為には一切の揺らぎもありませんから安心してください!」
「いや、私は何も思ってないけど。」
「だったらこの地獄絵図は見なかったことにしてくれないだろうか。」
僕がすごく惨めに見えてならなかった。
恥ずかしい状況から逃れるために見苦しい感じで話している僕に凛は呆れた顔で話し出す。
「まぁ。いいんだけどさ、光さんのいるところでこんなこと言うのは恥ずかしいんだけど、
お母さんがなんだかおかしいんだけど・・・。」
「母さんが?」
「うん。なんか最近夜遅くまでリビングで泣いてたりとか、、、なんかいつもと違うんだよね。」
「まぁ、うちの母さん普通じゃないから、日常茶飯事だったよね?」
「すいません。この話には首を突っ込むわけにはいかないと思ったんですが、
二人のお母さんってどう変なんですか?」
「んー。前からなんだかおかしいとは思ってたんだけど年齢が僕の2倍以下しかないんだよ。」
「えっ、それってもしかして、、、。すいません。これは聞くべきではなかったですね。」
「いいんだよ。わからないんだけど事実なんだ。うちの母さんは、元からそういう人だったんだ。
多分父さんがいなくなった原因も。」
「もういいでしょお兄ちゃん。ごめん。もう。やめて。」
凛が涙目になっている。
なぜこうも現実は残酷で悲しいものなんだ。
なぜ凛は泣きそうになってるんだ。
僕が守らないと。
「凛、あのさ。よく聞いてくれ。僕らには変わったお母さんがいる。お父さんはわからない。
これは普通じゃない。それは僕もわかってる。僕もこの歳だからそろそろ真実を探さないといけない。
だから凛にはお母さんを観察してくれ。何か変わったことが起こったらすぐ僕に話してくれ。」
「・・・わかった。」
いつかこうなることはわかっていた。
実際問題事実を知ることは重要である。
凛は黙って部屋を出て行った。が、僕の部屋の前でうずくまっているのがドア越しによくわかる。
「・・・ごめん。こんな感じで。」
「い、いえいえ、私こそあんな失礼な質問をしてごめんなさい。妹さん泣いちゃった。。。」
彼女も悲しそうにした。
君にまで悲しまれたら僕はどうすればいいんだ。
「大丈夫。君が心配することじゃないから。安心してよ。」
「。。。はい。」
それから数時間、彼女とも凛とも、もちろん母さんとも一切の会話もなく一日が終わった。
僕はこのままずっと不穏な空気のまま、この一週間を終えようとしているのか。
惨めでならなかった。
何の展開もなくまた一日が終わる。
このままでいいのだろうか。
そう考えたと同時に眠ってしまった。
僕が生まれた意味はなかったのかもしれない。
普通に生きて普通に暮らしてるだけなのに女の子を2人も悲しくさせていた。
もう僕に生きる権利はないのだろうな。
「・・・って、いったい誰だ?」
・・・ん?誰の声だ?
第2話=(イコール)
朝、鳥の声が静かに僕を起こす。
彼女は起きてないようだ。
彼女の呼吸が聞こえている。
目を閉じている彼女の顔が目に留まった。
可愛い。素直にそう思った。
「。。。」
僕が考えることは一つしかなかった。
言わなくてもわかるだろう。アニメ特融の寝ている女の子にキスだ。
いや、キスとは言ったものの、つい起きてしまった衝動的なものである。
いや。さすがにダメだ。こんなことはしてはいけないよな。
寸前で止めてふと考え込んでしまった。
「AIとはいっても普通に女の子だし人間だもんな。」
僕らしかいないこの部屋に鮮やかな今にも動き出しそうな太陽の光が差している。
今僕と彼女には手の平一枚分くらいの距離しかない。
そのような最悪のタイミングで彼女が目を覚ました。
この距離なので彼女が叫ぶのにも訳はなかった。
「キャッ!!私はそういうものではないです!!!」
「ああーっ!ごめん忘れてくれ!ていうか昨日のあれも一緒に忘れてくれ!!」
「・・・はい。とりあえず離れてください。近いです。」
一切の距離感も感じないこの距離に僕は一切の焦りも感じない彼女に関心に抱いた。
「あぁ。ごめん。」
「・・・。」
彼女が何か言いたげにしていた。と言うか、言いたくても言えないようだった。
「あ、あの!」
「・・・え?何?」
「ごめんなさい!・・・突然で・・・。あの、あの!一緒に・・・どこかに行きませんか?」
「突然に何を言うかと思ったら。。。うん。行こう。どこへでも!」
彼女の顔が明るく晴れやかに変わったその時僕の心は何かに満たされたかのように晴れ晴れしていた。
そうか。僕は彼女のそういう顔を見たかったのか。
「じゃあそろそろ準備しようか。」
「幸さん!さっきの、、、続きをしますか?」
一瞬でこの部屋が凍り付いた。まさか彼女がその話題を持ってくると思ってもいなかったからだ。
「あ、ああ、えっと、。」
「―!」
僕が行動するよりも先にAIは行動した。
時が止まったようだった。
僕よりも早くそして何の迷いもなく彼女は、彼女は。
「このことは内緒ですよ。」
「・・・。」
呆然として声が出ない。
「ぁ、ぁ。ぁぁ。」
彼女は何事もすぐ先走ってしまう。
思いついたらすぐ行動主義なんだろう。
「まって、おい。これだったら俺はAIとしたことになるのか?それとも人間の女の子としたことになるのか?」
「そんなことは考えないほうがいいですよ。」
彼女の声と視線が完全に冷め切っていた。
背筋が凍ったようだった。
「いや、え?なにこれ?」
背筋は本当に凍っていた。
「幸さん。なにして・・・って、何ですかこれ!えっ、凍ってるじゃないですか。」
「冷たい。普通に。」
「私何か熱いもの持ってきます!」
「あぁ。ごめん。冷たっ。」
彼女は居候のようだけれど、改めて考えると同棲しているような感じだった。
いや、AIとの同棲なんて考えられないけどー。
その後背筋の冷えは治り、彼女と準備をして家を出た。
自転車に2人で乗って歩道を走っていく。
「どこ行くんだよ?」
「そうですね。決まってないですけど・・・。」
「あ、決まってないんだ。じゃあ色々言うこともあるから、海の前のベンチに行くわ。」
「はい!」
完全に自転車への負担が大きいまま一生懸命にこぐ。こぎ続ける。
この辺はサイクリングの道として有名だ。近くに海があるので潮風が気持ち良いらしい。
僕は今までそんなこと考えたこともない。
「ほらっ。ついたぞ。」
そこは丸いテーブルのある木のベンチだった。
すぐ前が海で走っていけば海にも入れる。
別に夏ではないので行かないが。
自販機で彼女が飲みたいといった紅茶と自分の炭酸飲料を買う。
「ほいっ。」
「あ、ありがとうございます。」
彼女はのどが渇いていたらしく、すぐに半分以上飲み切っていた。
「ところでさ、ここでこの話をしようかどうか迷ったんだけど、やっぱり話すわ。
あのさ、やっぱり記憶を探そう。そうやって君も記憶がないままでは不自由だろう。
やっぱりこういうのはちゃんとしておかないと。」
春の微妙に生暖かい風が僕らに当たっている。
彼女は黙って少し下を向いた。
「だから、これからのことはしっかり考えて、、、」
「ちゃんとって何ですか。」
「え?ちゃんとって、、」
「私の記憶を取り戻してどうなるんですか。
探す当てもないくせに無責任なことをべらべらと。
それであなたは一人の人間のまがい物を救った気にでもなるんですか。
そんな達成感しかないのなら頭打って精神科にでも行ってください。
私にだって思い出したくない記憶の1つや2つあるんです。
分かってください。」
彼女の感情のない言葉は僕の心をぐっさりと刺している。
しかし一つだけ引っかかることがあった。
―思い出したくない記憶の1つや2つ?彼女のバラバラの記憶には思い出したくない記憶はないはずだ。
なぜなら思い出そうにも思い出せないからだー。
彼女の記憶はー。
「ごめん。。。って俺が言うと思ったか。君は嘘が本当に下手なんだね。
君の記憶に思い出せるものはない。そう言い切れるよ。
君は今は半分くらいAIかもしれないが、元は全部人間。
もちろんないものを探すようなもんだ。でも、君には今まで生きてきた人生があったはずだ。
その人生に深く刻まれている記憶がないものになるなんてそんなこと
僕が許さない。絶対に。絶対に探す。」
ベンチに座っている彼女は頬を赤くしてじっと黙っている。
「・・・。」
私はそんな彼の言葉を聞いて少し心が動かされた気がした。
距離が近づいたといえば嘘になりますが、絶対に私は彼のことを意識している。
そう、感じている。
「もう。勝手にしてください。」
彼女はそれ以降呆れたのか、何も返せないのかで一切しゃべらなかった。
「なぁ、次どこ行くよ。あ、買い物でも行くか?」
「・・・はい。」
反応は薄かった。
自転車が地面との揺れで彼女の短い髪を揺らす。
微かな女子特有のにおいだ。
はぁ。とため息をつく僕。
みっともなかった。あんなにでかい口をたたいておきながら、実際は何にも考えはない。
今のまま、行き当たりばったりで進むと彼女の思い通りになってしまう。
そう思ったから。そう思っていたから、僕は少しずつ、地道に動いていた。
そこから先はそこまで大したイベントではなかった。
昼はファミリーレストランに入ってさっと食事をして、
何も買わずにショッピングセンターを出た。
特に必要な会話もなかった。
今思えばあの時の会話も後悔している。
穴があったら入りたい気分だ。
そして昼も暮れて自転車に乗り帰っていく。
「今日は、なんか、ごめん。僕が、あんな会話しなければよかった。」
「・・・。」
何も言わなかったのには理由はわかっているが、
あの時以来大体は黙っている。
「・・・。あの。楽しかった、で、す。」
彼女からそういわれてつい照れを隠せなくなってじっと前を向いた。
「そうか。よかった。」
自転車を全力でこいでいく。
彼女が後ろにいることも忘れてしまうくらいにペダルをこぎ続ける。
背中に妙な感触があった。
彼女が寄りかかっている。
彼女が心を開いてくれたかどうかはわからないが、
なんだかうれしくなっていく。
少しペダルをこぐ足が軽くなった。
そんな安心感も急速に終わり、
「ただいま。っ痛てぇ!」
「えっ!?大丈夫ですか?」
帰宅したとたんに足への負担が一気に来た。
「・・・大丈夫なんてことない。最近まったく動かしてなかったから・・・。」
「・・・。歩けそうですか?」
ここで僕は考える。
このとき、彼女の質問は歩けるか、という質問だった。
さて。本題はここからだ。僕が彼女の問いかけに、
歩けるで応じたほうがいいのか、歩けないで応じたほうがいいのか。
という二択だ。
歩けるを選んだと想定してみよう。
この玄関から僕の部屋まで自力で歩くとなると
今の僕には、3分以上は時間を有する。
しかし後ろから彼女が大丈夫だとかいろいろ聞いてくれる
そんなオプションがついて来るに違いない。
それでは逆に歩けないを選んだと想定しよう。
この玄関感から僕の部屋までに彼女が肩を持ってくれるという
過度な接触ができる。
さらにこの場合彼女は大丈夫だとかいろいろ聞いてくれるだろう。
歩けるを選んで僕の男らしさをとるか、
歩けないを選んで彼女との接触を選ぶか。
二者択一だ。
「ごめん。歩けない。」
今までの流れを僕は役1.75秒で考えた。
そして即答で答えた。
簡単に男のプライドなんてものは捨てる覚悟だった。
ここで彼女と接触できる最高のイベントなど二度と来ないと分かっていたからである。
「わかりました!ぃよぃしょ。肩、持ちますね。」
「あ、あぁ。ごめん。ありがとう。」
ここにきて初の思い描いたシナリオ通りに進んでいる。
「・・・少しうれしいなぁ。」
「何言ってるんですか。大丈夫ですか?」
「・・・ごめん。大丈夫。」
「あの・・・。少しうれしいですよ。」
「えっ?」
階段を上がる最中に彼女はあり得ない話をしだした。
僕はその言葉が聞けてうれしかったのだろうか。
この会話は一切覚えていない。
うれしかったことがもうすでに思い出と化していた。
今日はなんだか外がにぎやかだ。
部屋につくなり僕たちは何もなかったように
彼女は部屋の隅っこへ、僕は自分のデスクへ。
「なぁ。保科。お前は僕の家にいてうれしいと思うか?」
「・・・はい。うれしいですよ。私は。
こんな突然誰かもわからない私を海山さんは受け入れてくれました。
それをうれしくないだなんて、思わない人なんていませんよ。」
「うん・・・。」
「それに海山さんが受け入れてくれなけー。
彼女は止めた。というか完全にに止まった。
彼女は止まると同時に、視線を変えた。
今のでは彼女だけが動いた感じになっているが、
もちろん僕も動いている。
衝撃を感じている。
今僕のいる場所は2階。
何が起こっているのかも説明できないくらいの
意味不明な緊急事態が起きている。
「・・・。」
「こんにちは。」
「・・・。」
「ふぅ。危ない危ない。あと少し動いていれば家ごと爆発してましたね。」
「・・・。」
いや、
「僕のコントロール力に感謝しないとね。」
「・・・。いや。
誰だお前。」