08話
突如、上階から発生した気配。
状況が動いたことを察知した聖騎士が、気配の方へ向かおうと足に力を入れる。
しかし、死霊騎士の魔法によって足は動かない。
「くそっ、ダメだな。ルーディス君。先に行ってくれ。途中、同僚にあったらこの場所だけ伝えてくれれば良い。後は同僚が判断してくれるさ。それに……」
聖騎士は、まだ幻覚にとらわれたままのナティスを見た。
「わかりました、ご無事で。ナティスさんを頼みます」
「ふっ、俺よりも、君の方が気をつけ無いといけない立場だろうに。行ってこい」
聖騎士に送り出されルーディスは走り出した。
そのまま洞窟内を進んでもたどり着けそうではあったが、いったん遺跡に戻り確実に目的の場所を目指す。
爆発したかのように発生した気配。
まるで『ここにいるぞ』と宣言しているかのようだった。
(これは、挑発とみるべきかな)
気配に目を向けさせ、地上に戦力を送ろうとしているのではないかとルーディスは訝しんだ。
(もしそうだとしても、この気配は見過ごせないな)
上階に昇り、気配がする場所に近づくと、遺跡の壁が崩れていた。
崩れた壁の奥は、またもや自然洞窟だった。
奥の方は暗くてよくわからないが、滝の音がするので水脈が通っているのだろう。
気配はその壁の奥から感じられるため、用心しながら洞窟にはいる。
そこには、干乾びた遺体があった。
遺体の肌は鱗に覆われ、背中には魚のヒレの形をした大きな翼が生えていた。
そして、その胸には長柄刀が刺さっていた。
(死霊騎士が持っていた物と同じ長柄刀? いや、造りが若干違うな。聖騎士様が言っていたもう一つのラウル様の長柄刀か。じゃあ、この骸が8年前この地を混乱に陥れた上位魔族。水魔騎か)
いまだに禍々しい魔力を放出する骸に目が行くが、気配の主はその奥にいる。
「居るのは判っています。こちらにも気付いているのでしょう」
「ゲッゲッゲ、我が君の御姿を前に見とれていたのかと思えば、ちゃんと把握していたかニンゲン」
骸の影から出てきた姿にルーディスは自分の眼を疑った。
「まさか、そんな……」
「俺様の声を忘れたのか? ニンゲン」
その声は紛れも無く最初に遭遇した喋る魔物の声だった。
しかし、その姿は小さな体躯に前屈したような姿勢。
魔法石が付いた杖を持ったゴブリンだった。
「知能ゴブリン! 中級鬼族だったのか」
ホブゴブリンは、低級鬼族のゴブリンの亜種ではあるが、人語を理解するほどの知能を持った特殊な鬼族である。
魔法を使用するほどの知能とゴブリンの繁殖力を併せ持つということで、冒険者協会がまとめた危険度ランクでは低級から下級を飛び越え中級まで大きく跳ね上がる。
しかし、ルーディスは遺跡で遭遇したのは普通のゴブリンのみで、知能があるホブゴブリンは見ていない。
「他のホブゴブリンは、洞窟の奥にいるのか?」
「ゲハハハハ……。何を勘違いしている? 全ては水魔騎さまの力。俺様は力を受け継いだのだ。知能を持ったのは俺様だけよ」
魔族の力を受け継ぐというのは一般的に魔族の血を飲み自分も魔族になることをさす。
だが、このゴブリンには魔族の特長がひとつも見当たらない。
「魔族になったとでも? いや、魔族と契約し知能を得たのか」
「それだけじゃないぞ、ニンゲン。俺様の力をみるがいい」
ゴブリンはルーディスの言葉に牙を剥きだしにしてなにやら魔物の言葉でつぶやき始めた。
「雷!」
ゴブリンの叫びと共に杖の先から激しい稲妻が溢れ出てルーディスに襲い掛かった。
とっさにルーディスは剣を足元に突き立てその場を離れる。
稲妻は剣にぶつかると剣から地面に拡散した。
「剣を手放して良かったのかニンゲン」
「くっ、言うだけのことはある。なんで今の呪文で魔法が発動できる!? まるで、ケビンさんみたいだ」
剣を避雷針代わりにし難を逃れたが、武器を手放してしまったのは痛手であった。
かといって、まだ帯電している剣に手を向けるのは危険だ。
「水!」
ルーディスが戸惑っている間に、ホブゴブリンの魔法が再度完成し、いくつもの拳大の水球が襲いかかる。
ルーディスは襲いかかってくる水球を次々とかわしていくが、すべてはよけ切れない。
何発か喰らってしまったが、凌ぎ切ることが出来たようだ。
「ゲゲッ、なかなかやるではないか。次はこうはイカンぞ」
ホブゴブリンは、そう言うと再び呪文を唱え始める。
先程の水球の魔法により地面が濡れ、剣に帯電していた雷も既に大地に吸収されている。
迷わず、剣を取り魔法を完成させまいとホブゴブリンに斬りかかる。
しかし、運悪く泥濘に足を取られてしまう。
「槍・氷!」
その隙を見過ごすはずもなく、氷の槍がルーディスに襲い掛かる。
ルーディスは何とか受け流そうと防御態勢をとる。
その時、ルーディスの視界に拳大の鉄球が入り込んだ。
魔法の氷の槍がその鉄球に突き刺さったかのように見えた。
しかし、鉄球が氷の槍を吸い込みカランと音をたて地面に落ちる。
「何をした! ニンゲン」
ホブゴブリンの言葉はルーディスではなく、その背後に向けられていた。
「封魔の壷。遥か昔、天空人から人間の為にもたらされた魔族を封じる壷があった。しかし、悠久の時を経た今それはどこかに消えてしまった。そして70年前、ノーラス王国第6代王の命により、封魔の壷の研究が始められ、遂に魔力を封じ込める壷が完成する。そして今では魔法により生じた事象に魔力を感知出来れば魔法の形式ごと封印出来るまでになった。そして、その球は素材と形状にこだわる事なく封じ込めれる事を証明した私の発明品。それをアナタの魔法にぶつけたのよ。結果はご覧の通り、わかってもらえたかしら?」
よく知った声と口調に、ルーディスは安堵と共に振り返った。
「ルイさん。助かりました」
ルイが軽く手を振って応える。
「イルノアさん達も無事でなによりです」
ルイの後にいたイルノアにも声をかける。
「こっちの台詞やで、それよりナティスはどうしたんや?」
「一度、はぐれたのですが、先程会えました。今は聖騎士様と一緒にいますので、大事ありません」
「わかった。ところで、あれ水魔騎の骸やんな? 英雄譚でも有名なアイギスブレード刺さっとるし」
「ええ、そこのホブゴブリンも言ってましたので間違いないかと」
ルーディスは、数的な劣勢になったことでこちらを警戒しているホブゴブリンを見て断言する。
「ねぇ、イルノア。そのホブゴブリン、最下層のあいつだわ。顔に特徴的な入れ墨入れてるし間違いないでしょ」
サイスが、ホブゴブリンの特徴を見て判断した。
「わかっとる。ルーディス、こいつが今回の首謀者やで! 下で自分から吐きよった」
「グッグッグ、下に居た連中か。これは驚いた。まだ生きてたとはな。ゲッゲッゲ」
ホブゴブリンが笑いながら水魔騎の骸のもとまで移動する。
「ゲハハハハ……お前達は幸福だ。我が主、水魔騎様の御前にて死ねるのだからな。ああ、我が主よ。わたしに力をお貸しください!」
そうゴブリンが叫ぶと共に、その姿が見る見るうちに変化していく。
顔の入れ墨を中心に体中に紋様が走っていき、身体がオーガ程の大きさまで膨れ上がる。
右手が杭の様に尖り硬質化したかと思ったら、元の手に戻る。
ホブゴブリンは何度も手の感触を確かめるように、剣や楯などに変化させては戻すを繰り返す。
「変幻魔か? ゴブリンの魔族なんて聞いたことないぞ」
「ちゃうやろ。ちゃんと変幻できるなら、魔物の軍勢を纏めやすい姿になってるはずや」
パナバスの疑問に、それに対しイルノアは冷静に返す。
ルーディスには、もう一つ気になる変化が見えていた。
水魔騎の骸に纏わり付いていた魔力が、ホブゴブリンに伸びているのだ。
(魔族の力を受け継いだというのはそういう事だったのか。水魔騎の魔力を自在に操れるなら誇張ではないな。いや、もう一本魔力が別の所に伸びている)
「体の一部を変化できるだけなのなら、勝機はあります。ですが、こいつの他にマンティコアと死霊騎士がいるはずです。全てそろってしまったら危険すぎます」
「一流の冒険者が束にならんとあかん上位魔獣に、竜並の魔人かいな。確かに、そこの中級鬼族より警戒せんとあかんな」
「マンティコアはレイちゃんが倒してるわよ。剣を一本渡したし弱ってたから大丈夫でしょ」
確かに遺跡の管理者も、『1匹は幼なじみが片付けてくれる』と言っていた。
「言ってくれるなニンゲンよ。しかし、なぜそこまで知っている?」
「とある方が教えてくれましたのでね。さて、どう陣形を取りましょうか? ルイさん」
ルーディスは、これまで会話に参加せず、道具袋に入っていた何かを組み立てているルイに話し掛けた。
「そうね、そろそろレイちゃんも来る頃だろうし。まず、私とサイスちゃんが後方支援と全体のサポート。ルーディスくんとイルノアくんで波状攻撃して、パナバスさんはイルノアくんと連携攻撃。レイちゃんがきたらルーディスくんと連携攻撃にまわすわ。それまで一人だけど我慢してね。っと出来た」
ルイが指示を出し終わると同時に、組み立てていた物が完成した。
それは、バルティティスを出発する直前にプラットホック派の魔法使いを撃った銃だった。
それを見たパナバスがギョッとする。
「拳銃はご法度なのでは?」
「拳銃じゃなければ良いのよね。これは、拳銃じゃなくて魔法銃よ」
ルイは軽く笑いとばした。
「作戦を敵前で話して馬鹿な人間どもだな」
「あら? 私は陣形を決めただけ、別に支障は無いわよ」
「ゲッゲッゲ……そこからどれだけの情報が読めるのかわからぬのか。所詮はニンゲンだな」
「はん! 先人から知識を受け継ぐ人間に知恵で敵うとでも? それに、今の陣形にアナタ1匹でどう対処するつもり」
ルイがホブゴブリンに舌戦をしかけつつ、ルーディスに目で合図を送る。
ルーディスは、頷きイルノア達に小声で作戦を伝える。
「イルノアさん。ルイさんが気を引いている間に仕掛けますよ」
ルーディスが後ろ手で合図を送るとイルノアとバナバスが走り出す。
ルーディスは、タイミングをずらして走りだした。
「減らず口を! な、なんだ卑怯だぞニンゲン!」
「卑怯なんて言葉は、生きるか死ぬかの戦いに意味は無いわね。そもそも魔物に名誉なんて必要なのかしら?」
ルイの言葉に怒りながらも、変化したホブゴブリンはイルノアからの上段攻撃を手刀で弾いてきた。
「風!」
続くパナバスが突風の風魔法でイルノアの身体を押し込む。
そこへ、ルーディスは走り込み手を切り落とさんとイルノアの攻撃に重ねる。
しかしその攻撃は、楯状に変化した手によって防がれてしまう。
ルーディス達はいったん距離をとり、再度間合いを図る。
「グゲ、危ない所だった。しかし、我々の勝ちだ」
ホブゴブリンの言葉と共に、背後で爆発音がした。
振り返ると通り抜けてきた壁が更に崩れ、人が飛ばされている光景だった。
「レイちゃん!」
飛ばされている人間はレイリアだった。
その姿を見てルイは妹に心配の声を上げる。
しかし、レイリアは爆風を利用し後方に下がったようで、危なげなく着地する。
「よかった。レイちゃん大丈夫?」
ルイの声に反応せず、レイリアの剣は煙が舞う壁の方を向いたままだった。
煙の中から現れたのは死霊騎士であった。
しかも、その背中には黒い翼のような魔力を広げていた。
「死霊騎士。ようやくだ。こっちは準備が終わっているぞ」
その言葉を受け、死霊騎士は禍々しい魔力を放ち、堂々とゴブリンのもとへ歩き出す。
そして、ルーディスは死霊騎士にホブゴブリンと共通点を見つけた。
「間違いない。水魔騎から出ている魔力はホブゴブリンと死霊騎士に繋がっている」
「ルーディス君にも見えてるのね。私もぼんやりだけど見えているわ。特に、魔力が翼の様に背中を中心につながっているのが気になる所ね」
魔法使いであるサイスにも、魔力の繋がりは見えているようである。
ルーディスは改めて水魔騎の骸を見る。
(管理者が言っていた弱点って、この魔力的な繋がりの事じゃないのか? とすると、あの骸をどうにかすれば死霊騎士はなんとかできるか。もしかするとホブゴブリンも弱体化するかもしれない)
「なんにせよ、あの骸が核の可能性があります」
「わかったわ。サイスちゃん時間かかってもいいから、大きいのあの骸にお願い。ルーディスくんは、レイちゃんと死霊騎士をお願い。イルノアくんには、そのままホブゴブリンの対処をお願いするわ」
ルイの言葉にルーディスは頷き、レイリアの隣まで移動する。
「アレやるよ」
「どっち?」
「死霊騎士の方」
「了解」
ルーディスとレイリアは、短い言葉でやりとりすると死霊騎士と間合いを詰める。
イルノアとパナバスも、ホブゴブリンに再攻撃をしかける。
しかし、ホブゴブリンが魔法を完成させる方が早かった。
「氷・空間」
地面からいくつもの氷柱が生まれる。
イルノア達は進行方向に出来た氷柱を迂回しホブゴブリンに接近を試みる。
「不十分だけど、今よサイスちゃん」
「精霊・生成」
ルイの合図にサイスが呪文を唱える。
発動文を口にだした時、ルイから渡されたグローブが光を放ちだした。
サイスは少し驚いたものの、そのまま原論文を唱える。
「我が奥に眠れし魔力よ、我が声を聞け。その身を全てを熔かす炎王竜の息吹に変え、我が意に従え」
グローブの光が杖を通してサイスの目の前に魔法陣を描き出した。
「炎・空気!」
発現文により魔法が完成し、熱風が吹き抜け水魔騎にを襲う。
同時に氷柱にも影響を及ぼし、氷が溶け蒸気の幕が部屋中に広がる。
「ルイさん、コレって増幅具だったんですね。魔法陣も投影出来るなんて凄すぎます」
サイスは高度な魔法を使った時の抵抗感が無ったので、魔力が増幅されたと思い興奮していた。
一方、ルイは苦い顔をして骸に目を向けていた。
「上手くいって良かったわ。だけど、増幅機能はつけてないわよ。魔法の抵抗感を全く体に伝わらない設計にしているからね。魔力を自己セーブしていない分が増幅したように感じるんだと思うわ。それに、濃い魔力が障壁になったのかしら、骸にダメージが届いていないわね。次はもっと直接的な魔法にしてもらおうかな」
ルイは、自分の設計が成功したのに安堵し、簡単な説明を行う。
そして、今の魔法の結果について分析を行い、対策をたてる。
ルイは説明や分析を行いながらも、タイミングを見計らい死霊騎士に魔法銃を撃ち放った。
撃ち出された弾は、炎の軌跡を描きながら直進。
死霊騎士の鳩尾辺りに当たるが簡単にはじかれてしまう。
しかし、ルイはかまわず2発目3発目をそれぞれ右肩、額へと撃つ。
それに合わせ、ルーディスは死霊騎士の目の前まで移動し体制を低く構える。
ルーディスの背中を踏み台にしてレイリアが剣を一本構えて高くジャンプする。
死霊騎士が右手を突き出し爆発の魔法をルーディスの居た場所に発動させる。
しかし、ルーディスは死霊騎士の真横に移動しており、爆発に飲まれていない。
一瞬うまれた隙を狙い、ルーディスは左手に持っていたレイリアの剣を死霊騎士の真後ろに投げ込んだ。
レイリアは死霊騎士の頭上をジャンプで飛び越え、死霊騎士の頭を目掛けて渾身の一撃を喰らわせた。
死霊騎士の兜が飛び、ルイが持ってきた古くなっていた剣が砕ける。
レイリアはすぐさまルーディスが投げた自分の剣を掴むと腹部を狙い薙ぎ払う。
ルーディスはタイミングを合わせ、死霊騎士の右肩を狙い剣を振り下ろす。
切り落としたかのような感触を得たルーディス。
その瞬間、傷口から魔力が爆発したように溢れ出した。
魔力に飲み込まれ、ルーディスは意識が遠くなり目の前が真っ暗になってしまった。




