06話
顔に砂の粒がかかるような感覚を覚え、ルーディスは目を覚ました。
最初に目に入ったのは天井から差し込む光。
不意に、先程の死霊騎士の魔法を思い出す。
あの魔法で開いた穴からこぼれる光なのだろう。
光の加減から約3階分の高さから落ちたと判断した。
「なんとか生きているみたいだ。よっと、イタタタタ」
声を出すのは問題なかったが、上半身を起こすと全身に痛みが走り、再び床に倒れてしまった。
(すぐに立ち上がるのは無理だな。痛みを我慢すれば、なんとか動けるか。早く戻らないと、ナティスさんが危険だ)
今度はゆっくり上体を起こし、周囲を見る。
そこは部屋ではなく、一本道の広めの通路だった。
いくつか部屋があるのだろう、所々に扉が確認できる。
(どっちに行けば上に戻れる?)
『人間よ。気が付いたか』
ルーディスが迷っているところに、どこからか声が聞こえてきた。
周りをみわたしたが、誰もいない。
しかも、声はどこから聞こえてきたのか見当もつかない。
『こっちだ』
その言葉と共に通路に火が灯り、とある扉の前でその現象が止まった。
どうやらその扉の奥に誘導しているようだ。
(今の声、邪悪な感じはしなかった。この状況で不謹慎かもしれないけど、信用していい気がする。行ってみよう)
痛みを我慢して、誘導されるがまま扉の前まで進む。
扉に手をかけると自動的に開いた。
不意に開いた扉にバランスを崩し、ルーディスは扉の向こう側に倒れ込んでしまった。
最初に目に入ったのは、淡く発光している床だった。
心地よい白色の光が、眠気を誘ってくる。
(ダメだ。ちゃんと、見定めないと……)
ルーディスは眠気を振り払うように、身体を起そうとしたが力が入らない。
起き上がることを試みながら、ルーディスは周囲を確認した。
そこは、一辺の壁がガラス張りになっており、ガラスの向こう側には豪奢に装飾がされた玉座が左側に見えていた。
左右を遮るように天井から御簾が下りていた。
右側は一段下がっているのだろう、倒れた状態のルーディスには床が見えなかった。
また、ガラスの奥が先に目に入るほど豪華絢爛なのに対し、その手前は中央に簡単な机が置いてあり、端の方に無機質な機械が置いてあるだけだった。
部屋の中には人の姿はなく、声の主は見つからなかった。
(さっきの声の主はどこに? あれは何者だったんだろう。それに、ガラスの奥は玉座の間なんだろうけど、ここは? 警備室とかなのかな? にしては、ネイザン工房で見たような機械がいくつかあるようだけど……)
『しばらくじっとしていろ。この床の光は治癒の術式が施されている。専用機器ではないから、時間がかかる』
再度聞こえてきた声に、改めてその姿を探すが、見つからない。
『私はこの施設の管理者だ。探しても実体は無い。まあ、この部屋自体が話し掛けているとおもってくれ』
ルーディスは再度聞こえてきた声に一瞬驚いたが、天空人の技術によるものだと考えた。
天空人の技術には、無機物に意思を持たせることが出来るものもあると聞いたことがあった。
光の効能により痛みが引いてきていた事も、その言葉を信じる要因になった。
(意思があるなら、自己紹介したほうがいいかな?)
『自己紹介の必要はない。この部屋に入った時にルーディスのパーソナルデータは私の中に記録された」
先回りされた回答に、ルーディスは彼が自分の考えが読めるのではないだろうかと考えた。
(あなたは私の心を読めるんですか?)
試しに強く念じてみたが、相手からの反応はなかった。
改めて声を出して聞いてみた。
『心は読めない。だが、状況から考えは演算できる。それに、いくら私がお前の考えが演算できるといっても、口にだしてもらわんと答えられない』
「申し訳ないのですが、細かい部分はよくわかりませんでした。いずれにしても、僕の考えが判別できるということですね」
『ああ、但し万能ではない。ルーディスの記憶にない事が要因となる事象は演算できない』
「では、僕と一緒にいた者がどうしているかなどは、わからないのですか?」
『仲間が心配か。安心しろ。一緒にいたナティスは無事だ。それにお前の仲間、ルイとレイリアがエントランスロビーで防衛に参加しているし、神の教えを守護する騎士も施設内に散らばり魔物どもを抑えている。民間人の被害についても心配しないくても良い』
ルーディスは馴染みのある名前が出てきたことに驚いた。
「ナティスさんは無事なんですね。よかった。それに、ルイさんが来ているのですか」
ルーディスは、ナティスの安否確認がとれたことに安堵した。
レイリアは街にいるのだから騒ぎを聞けば来るだろうと予測はしていた。
しかし、船旅で到着予定が不明だったルイまで来ているのはうれしい誤算だ。
「あなたはこの遺跡で何が起こっているかわかっているのでしょうか?」
『ああ、施設内の事なら概ね、把握可能だ。お前と一緒にいたイルノア、サイス、パナバスも全員無事だ。今施設内に居る大きなゴミを追っている。しかし、施設の機能を使って移動する奴には追い付けないだろう。ところでルーディス。ひとつ頼みがあるんだが』
「何でしょう。私に出来ることなら言ってください」
ルーディスは直感的に、依頼を受けるべきだと感じ即答した。
『即答か。判断が早いのは良いが、人間どうしであれば侮られかねないぞ。まあ良い。対価は今行っている治癒と情報でどうだ?』
一瞬、管理者が笑ったように感じた。
その人間味のある言葉に、ルーディスは自然と笑みがこぼれた。
「それで、構いません」
『なんにせよ治癒が完了してからで良いんだが、施設内の3匹のゴミを片付けて欲しい。そのうちの1匹はお前の幼なじみが片付けてくれるだろうが、残り2匹は一筋縄ではいかないんでね』
「すみません。ゴミというのは何でしょうか? あなたの言い方だと生き物というのはわかるんですが」
ゴミといわれてピンと来なかったルーディスは声に訊ねてみた。
『魔物の事さ。人食いの魔獣と、お前をこの階まで落としたあわれな魔人もどき、あと私すら正体を掴みきれていない魔族のような気を発する奴』
「人食いの魔獣ですか? なるほど、そいつが最下層で指揮してたんですね」
『それはどうだろうな。私も理解できない奴と人食いの魔獣の両方が施設の外、自然洞窟におったようだからな。施設外の事は私には感知できん。正確なことは把握できない』
「そうですか。それにしても死霊騎士は厄介ですね。あの強さは普通じゃないですよ」
先程圧倒された強さを思い出し、ルーディスは顔を暗くした。
『あれは素体も媒介も普通ではないからな。水魔騎の血と8年前にその水魔を倒した奴、たしかラウルといったか、そいつから出来た魔人もどきだ。そりゃ暗黒竜の幼体とは違うさ』
「【魔導騎士】ラウル! 8年前の英雄ですね。それに水魔騎というと、その事件の首謀者ですか。上位魔族が媒介となっているのであれば、あの強さは納得ですね」
『しかし、魔に堕ちた事で弱点も出来たぞ』
ルーディスが思い浮かんだのは、試験で赴いた孤島で遭遇した暗黒竜戦。
ユリアが見せた聖なる力らしきものとしかわからない謎の力。
(ユリアの力……でも、ここには居ないし)
『それもひとつだな。だが一番の弱点は@/£∞』
「何ですって?」
ルーディスは管理者の言葉が聞き取れず、もう一度聞いてみた。
『おかしいな。なるほど、防壁を抜けてきたのか。これは外部からの制御をかけようとしているな。ふん、私を制御しようとは愚かな奴だ。自閉状態で一気に片を付けてやる。ルーディス、そろそろ傷が癒えただろ』
管理者に指摘され、ルーディスは倒れていた体を起こし、軽く動いて違和感がないか確かめる。
「すごい、もう体が痛くない。ありがとうございます」
『礼はいい。私は今から自閉状態での攻勢防衛に専念する。今みたいに会話ができないから、勝手に出て行ってくれ。ああ、地図はその机に貼ってあるから参考にしてくれ。忘れるなアイツにも弱点はある@/£∞だぞ』
管理者を名乗る存在に早口でまくしたてられ、何を言われたかわからなかった。
理解できたのは、死霊騎士に弱点があるということ。
机に詳細な地図があるということだ。
「なにから、何までありがとうございます」
ルーディスは礼を言うが、返事は返ってこなかった。
(そういえば、会話ができなくなるって言ってたっけ。そうだ、地図地図……)
机に貼っている地図を見て、出口までの道順を覚える。
「ありがとうございました」
ルーディスは、声は返せなくても聞こえてはいるだろうと予測し、改めて頭を下げ部屋を出た。
そして、遺跡の出入り口である吹き抜け部屋を目指した。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
レイリアはマンティコアの気配を追って走っていた。
(逃げているの? それとも私が誘い込まれている?)
そんな事を考えて走っていると、マンティコアの気配が動きをとめた。
どうやら、近くの部屋に入っていったようだ。
知性ある魔物が、逃げ道の無い部屋に入るとは思えない。
「誘い込まれてる方か、あの傷でよくやるわね」
レイリアはそういうとマンティコアがいる部屋へ罠に注意しながら部屋の扉をあけた。
その部屋の真ん中でマンティコアは不思議な光りに包まれていた。
「やっぱり来たな嬢ちゃん。もう少し待ってもらえれば、完全に癒す事ができたのじゃが。しかたないのう」
そう言ったマンティコアの前足は不完全ながら蘇生されており、爪音をたてながら不思議な光の中から出てきた。
マンティコアは歪んだ顔に余裕をうかべていた。
「治療部屋ってわけね。その傷が癒えたからと言って、余裕を見せるのは三流よ」
「さっきは人質をとって油断しとっただけじゃ。今度は最初から本気でいかせてもらうぞ」
レイリアが改めて剣を構えなおすと同時にマンティコアは鋭い左爪で襲い掛かった。
素早く剣で受け流し、先程の様に前足を切り離そうと肩を狙い剣を振るう。
「甘いのぅ」
マンティコアは言葉と同時に右爪でレイリアの心臓を狙い攻撃する。
レイリアは即座に足を切り離す事を諦め、マンティコアから距離をとった。
「わしもバカではない。同じ攻撃を二度もくらわんさ。嬢ちゃんも全力でこい」
「ふん、手負い獣なんていくらでもやりようがあるわ。全力なんて疲れる事しないわよ」
レイリアの侮辱の言葉にマンティコアは笑い出した。
「言ってくれるな嬢ちゃん。確かにわしは獣じゃ。しかも、ここ8年ばかし碌なものを食べとらん空腹の獣じゃよ」
マンティコアは笑うのをやめ、真面目に語り出した。
「今回の計画に参加したのも、亡きあの方の雪辱をはらすというより、腹を満たしたかったのじゃよ。実際そういう輩の方が多いがの。じゃからな嬢ちゃん、わしの腹におさまってくれ」
マンティコアはそこまでいうとレイリアに飛び掛かった。
すぐさま反応出来なかったレイリアは、仕方なくマンティコアの懐に飛び込み間合いをずらす。
鋭い爪の攻撃は回避したものの老人の顔から生えている奇妙に捻じれた牙に肩を鎧ごと噛み付かれた。
ルイが鍛えた特殊な金属で造られた鎧のおかげで体にまでは牙は通っていないが、かなり強い力で肩が締め付けられる。
レイリアは剣の柄頭でマンティコアの顔面を叩き無理矢理マンティコアの牙から逃げ出した。
「せっかく姉さんに造ってもらった鎧が壊れちゃったじゃない」
レイリアは軽口を叩いてはいたが、肩当が外れてしまう程のマンティコア意外な強さに、内心焦っていた。
(何? このマンティコアは? そういや、知性のある魔物は強さも段違いって聞いたことあるわね。剣も1本しかないし、アレをつかわなきゃ勝てないかも……)
「グルァ~!」
マンティコアがレイリアの鎧の肩当を噛み砕き更にレイリアに襲い掛かる。
レイリアは防御に徹し何とか耐えているが、このまま攻め続けられればどうなるかわからない。
なす術もなく攻撃を受け流しつづけ、レイリアの背中は壁に接触してしまう。
「追い詰めたぞ、嬢ちゃん。わしの腹に収まる覚悟はできたかのぉ」
レイリアはマンティコアの挑発に何も答えず、苦し紛れに足元にあったバケツのようなものを蹴り上げた。
バケツとは逆側に走り抜けマンティコアの腹に向かって大きく剣を横薙ぎした。
しかしマンティコアはバケツにのみ反応し、剣を回避しなかった。
チャンスではあったものの、レイリアとしては簡単に避けられる、牽制の為の動作だった。
カウンターに持ち込めるよう、即座に剣を戻せるよう力を入れないようにしていたため、剣で小突いただけの結果になってしまった。
壁際から脱したレイリアは即座に振り返り、今度はマンティコアを壁際に追い込もうと追撃をかける
しかし、マンティコアもすでに振り返っており前足を振り払われ、間合いに入る事が出来なかった。
(今、なんであんな単純なフェイントにひっかかったの? そういや、吹き抜け部屋でも姉さんとの連続攻撃はうまくいってたわね。もしかして……)
「あんたの弱点、見切ったわ」
レイリアは高らかに宣言した。
「ほう、それは本当にわしの弱点なのかな?」
「試してみたらわかるわ」
レイリアはそういうと近くに転がっていた自分の鎧の一部を先ほどと同じように蹴りあげた。
同時にレイリアもまた逆側に動こうとするがマンティコアがそれに反応して構えていたので足を止めた。
「わしも馬鹿ではないといっておいたろう。二度も同じ手をくら、くわっ」
マンティコアが喋っている間にレイリアが蹴り上げた物が壁に跳ね返り、マンティコアの後頭部に命中し、マンティコアの言葉は途中で寸断してしまった。
「やっぱりね。あんたの弱点は視界が狭い事よ。視覚だけじゃない感覚的にも」
レイリアは勝ち誇ったように剣を突き出した。
「それがわかった所でどうなる? この部屋にわしに致命傷を与えられるのは嬢ちゃんの剣だけじゃ。ならばその剣に意識を集中するだけ」
「確かに、あんたに致命傷を与えるのは難しいわ。でも、あんたの優位性は無くなった」
「むしろ、レイちゃんの逆転ってところかしら?」
そこへ、ルイが剣を抱えてあらわれた。
「姉さん。ナイスタイミング」
「レイちゃん。ちょっと気になるもの見つけちゃったからすぐ行くわ。だけど、いい物持ってきたから許してね」
ルイがそう言いながら抱えていた剣を渡す。
「吹き抜け部屋に落ちてた剣の中ではマシな物よ。バリスタで射出した奴じゃなくて、魔物が持ってた奴だと思うわ」
レイリアは剣を持ちかえ2、3度素振りをする。
「ちょっと重いけどなんとかなるかな? ありがと姉さん」
「じゃあ、私は行くから、追ってきてね」
そういって部屋を出るルイの目はすでに、妹を慈しむものから好奇心に取り憑かれたものに変わっていた。
「行かせて良かったのか? 嬢ちゃん」
ルイが現れた事で死を覚悟していたマンティコアはルイの行動に呆気にとられていた。
「私達にはいくつか優先させるべき事があるわ、姉さんが気になる物を見つけた時もそれにあたるわ。他にもルーディスの直感とかね」
「それは嬢ちゃんの命より大事な事なのか?」
「そんなの、この剣を受け取った時に無くなったわ」
「先ほどの手段を使うつもりか? もしそうならわしはどちらからも逃げるぞ」
「投げちゃったら隙をみて片方奪うでしょ? だからそれは不正解。答えはこうよ」
レイリアは言い放つと同時に自分の剣を拾いあげ、両手にそれぞれ剣を持ち、右足を一歩さげ、右手に持った自分の剣の切っ先を相手に向け、左手にルイから渡された剣を上段に構えた。
「二刀流じゃと? それでわしを倒せるとでも思ったのかね。二刀流だと剣の動きも幅も限られとる。それではわしは倒されはせん。その構えから来るのは上段からの振りぬきからの右からの突きの二連撃じゃな」
レイリアは何も言わずに構えを崩さずマンティコアにむかって走り出した。
左足で踏み込み、左腕を振り降ろす。
マンティコアの予想通り、上段からの攻撃。
右前足を突き出して牽制するマンティコア。
レイリアはニヤリと笑い一瞬姿勢を低くする。
マンティコアはカウンターとばかりに全ての力を込めて左前足をレイリアの心臓めがけて突き出した。
レイリアはあせらず横に踏み込んで体を一周させ、攻撃をかわす。
「せい!」
突き出された前足を右の剣で振り払い、がら空きになった脇腹を左手で逆手に持った剣で切りつける。
更にもう一回転して右手の剣でマンティコアの両前足を切り落とした。
「な、何をした。いつ逆手に持ち替えたんだ」
顔をこれ以上ないくらい歪め、マンティコアは呻く様に言った。
「あんたが見てない間によ。左手の剣から目を離したでしょ。その時にワザと落として後ろ手に掴んだの。掴む時に姿勢低くしたのわからなかった?」
「あっはははは。嬢ちゃんみたいな剣士は初めてだ。8年前のラウルも剣の妙技だけなら嬢ちゃんにかなうまい」
「そんな褒めても逃がしてやらないわよ」
レイリアは真面目な顔で冷たく言い放つ。
「わしに死を与えてくれるのか? わしをこの施設に閉じ込めた連中も、水魔将殿も、8年前の討伐隊もわしに死を与えてくれなんだ。わしは疲れた。腹も減った。そろそろ永遠の眠りにつかせてくれ」
レイリアは無言でマンティコアの前に立ち両手の剣を振るった。
マンティコアは目を開きレイリアをただ見つめていた。
しかし、マンティコアの身体が切り裂かれる前にレイリアは剣を止めた。
「もう、私にあんたを殺す事はできない。すでに死んでるあんたにトドメをさせる事できるわけないじゃない」
マンティコアは、事切れていた。
餓死なのか、出血多量なのか、わからない。
納得がいかないながらも、レイリアは自分の剣を鞘に収めた。
そして、ルイから渡された剣をどうするか迷った。
「まあ、こいつ以上の魔物がいるみたいだしあった方が良いか。でも、剣2本も持つと邪魔なのよね」
レイリアは愚痴を言いながら、剣を手に持って部屋を出た。




