03話
レイリアは一人で別行動をとっていた。
市街地をぬけて港湾地区に入ると、大きな倉庫や市場が建っている区画が見えた。
そこから桟橋がある船着場までは、朝市でごった返す人込みの中を通らないといけない。
人通りの多い朝市をかき分けて、ようやく船着場に到着した時、そこは先程よりは少ないものの人で溢れかえっていた。
地元漁師に話を聞くと、ノーラス王国の紋章を掲げた珍しい高速艇が入港してきたという。
「まさか、姉さんの言ってたここまで早く来るアテってコレじゃないわよねぇ」
レイリアは予感を覚えつつ、野次馬を掻き分け高速艇が見える位置までやってきた。
高速艇は純白に艶の入った青ラインが引かれたボディーをしており、見た目が純粋に美しい。
だが、それ以上に人々の目を引いたのは船首だった。
船首には両脇を劔と楯に装飾された獅子像が取り付けられている。
その像は聖獅子統護紋と呼ばれるノーラス王国の紋章を象ったものだった。
獅子は教会を守護する12柱の聖獣のひとつで、ノーラス王国の礎となった教会軍に与えられた形象である。
劔は支配を、楯は守護を意味しており、国家になった事を示すとされている。
また、船尾はふたまたにわかれ、その間に大きな水車が取り付けられ、船体の両側にも船尾の物より小ぶりの水車が付いていた。
更に大きな水車の近くにネイザン工房で見たことがある動力を大きくしたような機械が乗せられている。
高速艇の周辺には停泊した豪華な船を一目見ようと見学者達が集まっていた。
桟橋の前には警備兵が見学者達から高速艇を守るように立っていて、近づかないようにと自制を呼びかけていた。
レイリアは甲板の方を注目して見ていると、ノーラス王国の儀礼服を着た数人と、赤い髪をなびかせている軽装の女性が立っているのが見えた。
「やっぱし、姉さんだったか……」
レイリアは呆れて溜息をつく。
ルイもレイリアに気づいたようで、両手を口の端に添え息を吸い込んでいた。
「レイちゃ~~ん!」
叫ぶルイに、レイリアは顔を紅めた。
「恥ずかしなぁ。もぅ」
っと言いつつも「姉さ~~ん!」と手を振り返した。
案の定、野次馬たちの視線がレイリアに集中していた。
レイリアは周囲の視線を気にしないように努めて、高速艇に近づいた。
見学者達が気を使って道を譲ってくれたので、レイリアは割とすぐに桟橋近くまで行くことが出来た。
ただ、警備兵が桟橋の前に立ち塞がっていたため、それ以上先には進めなかった。
レイリアはどうやって、警備兵に説明しようか考えていたところ、高速艇から降りてきた儀礼服の男から声をかけられた。
「レイリア・アトリス殿、どうぞ中へお入り下さい」
レイリアは急にフルネームで呼ばれたため、警備兵と儀礼服の男を何度も交互に見てしまった。
「妹はそういうの苦手ですから、普通に話してあげてくださいな。レイちゃん今行くからそこで待ってて」
レイリアが戸惑っていたところに、船内からルイの声がしたので言われるまま桟橋の前で待つことにした。
改めて高速艇を見て何点か気付いた事があった。
「アレ、これ木じゃない?」
船体に妙なツヤがあった。
塗装のせいかと思ったが、金属製の素材が使われているのが原因のようだった。
「気付かれましたか。ご覧の通り、これは木造ではなく特殊な金属で出来ております。一部に装甲や補強材として使う船はありますが、全鉄製の船は大陸でも数隻しか巡航していないものでありますからな」
儀礼服の男が、レイリアの感嘆の声に反応し説明をする。
その姿は聊か誇らしげである。
(特殊な金属って、水に浮く性質でも持っているのかな?)
などと考えていると、ようやくルイが船員達を引き連れて出てきた。
「特殊な金属と言っても、水に浮くとかじゃないわよ。それはいくらでも解決出来る方法あるから」
レイリアの考えを読み取り、ルイは更に言葉を続けた。
「これはね、錆ない金属で出来ているのよ」
「へぇ~、すごいね。錆びない金属で剣とか作ったら手入れも楽になるのかな」
レイリアは思ったままを口に出していた。
特に質問したわけではなかったが、ルイが少し困った顔をして返答した。
「ただの飾りならいいけど、実用性はないかな」
「へぇ……」
レイリアは興味なさげに生返事をした。
「ま、いっか。レイちゃん。この人がこの船の船長さん」
妹の思考を察したルイは説明を諦めた。
もともと、説明を求めれれたわけではないのだ。
気を取り直して、隣の豪華な服を着た男性の紹介をした。
「高名な戦士と聞いております。お近づき出来て光栄です。お母さまもさぞ鼻が高いでしょう」
船長はそう言うとレイリアと握手を求めた。
「はあ……」
呆気にとられながらも、促されるまま握手をかわすと、船長はルイに向き直った。
「ルイ殿、荷物は私どもが宿までお運び申します。どうぞレイリア殿と町を見物なさって下さい。よろしければ案内もつけましょう」
まるで貴族と対面しているかのような態度にレイリアは目を丸くした。
「お構いなく、私達は観光をしにきているわけではございませんので」
ルイがすぐに断ったので、船長は肩を落とした。
その隣のレイリアは、ただ戸惑っていただけだった。
「それでは船長、そして皆さん。お世話になりました。殿下によろしく伝えてください。良い船旅でした」
そういうと、ルイは一礼し儀礼官が持ってきた荷物を受け取り歩き出した。
レイリアも慌てて一礼し、姉の隣に並んだ。
船から離れてから、レイリアは先程から気になっていた事をルイに問いかけた。
「姉さん、あの人達なんで腰低かったの? 母さんの事も知ってたみたいだし」
「なんかね、船長が父さんのところで昔働いてたことがあったらしいわ。王族所有の船任せられてるんだから、よっぽど優秀なんでしょうね。船員と儀礼官の印象もよかったし」
「へぇー、傭兵隊あがりなんだ。そうは見えなかったなぁ」
彼女達の父親が所属する傭兵団は、ノーラス最大の軍事要塞に所属しており、両親ともに副団長の副官という地位についている。
「ちなみに、船長は私のお見合いリストにものってる。でも、私はパース」
20歳過ぎても、浮いた話がないルイを心配してお見合いリストを送ってくる、普通の親父でもある。
レイリアも父からお見合いリストを受け取ったことがある。
「げー、だから必要以上に親切だったのか」
ようやく納得したレイリアがチラリと後を見ると、まだ見送っている船長がいた。
「そういえば、ルーディスくんは? 観光でもしているの?」
「観光といえば観光かな? ほらあそこにいるよ」
ルイの質問にレイリアはオルトレイクの中心にある、地下遺跡のある小島を指差して答えた。
「よし、レイちゃん。私達も行ってみよう」
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「すごいトコやな。島全体が遺跡になっとるやんけ」
島に到着した一行。
最初に上陸したイルノアが感嘆の声をあげた。
接岸した船着場から遺跡の入り口にかけて、地面にはタイルが敷き詰められていた。
タイルは殆どが破損し、大きな建物は軒並み崩れていた。
8年前に起こった『水魔騎事変』と呼ばれる上位魔族襲撃事件による影響である。
『水魔騎事変』
突如遺跡の奥から上位魔族と、魔族に率いられた魔物の群れが現れた。
オルトレイクシティ地区は壊滅的な状態まで追い込まれる。
強力な魔族に対抗するのは、教会の務めとして、北ノーラス及びミードレイモン東端教会区としてリディ枢機卿(ノーラス王国公爵兼任)により2度の聖騎士団の派遣を行うも失敗。
本部聖騎士団に応援要請を行った。
ミードレイモン王国も自国の防衛として騎士師団を派遣。
教会本部聖騎士団とミードレイモン王国騎士の共闘により多大な犠牲を払いつつも勝利した事件である。
「これが、事件の爪痕ですか」
ルーディスは伝説の魔獣ケルベロスが破壊したとされる、倒壊した建物を見ながら痛ましげに呟く。
「これでもいくらか修復されているのですよ。もう少し行けば目的地です」
ナティスの言う通り、島の中央辺りに明らかに後で作られたとわかる小屋があった。
小屋から遺跡に入る階段があると案内人のナティスから説明を受けた。
そして、その小屋よりももっと大きく目立つものがあった。
事件で戦死した、教会聖騎士やミードレイモン王国騎士の霊を慰める慰霊碑だ。
『共に戦い、人の世を守った全ての英霊に捧ぐ
第72代 聖騎士団長 ルシュハルト・ビーゼル・ウィラッシュベル』
この都市を救った2人の英雄の一人であるルシュハルトから寄贈されたものである事を示す碑文。
その下には戦死者の名前が全員分掘られている。
一番最初に記されている名前は、ミードレイモン王国第7師団長ラウル・バートリア。
彼はかつて三強と謳われた戦士の1人であり、オルトレイクを救ったもう一人の英雄である。
ちなみに三強の他の2人とは、レイリア達の両親が所属する傭兵団『竜の友』の団長【竜騎兵】リージェス、冒険者協会理事でありミーア国水軍総合戦略指揮官【絶対勝者】キルウェント・アスタルだ。
全員哀憐の思いで、慰霊碑に黙祷を捧げる。
黙祷が終わると、ナティスに案内されて地下遺跡の入り口である小屋の中に入る。
「以前、魔物が巣くっていた時期に壊されていたり、また脆くなってる部分などありますので、注意してください」
小屋の中には、いかにも遺跡で発掘したばかりの品物が至る所に並べてあり、その奥には下に伸びる階段があった。
「ここから遺跡ではあるんですが、すぐ下の階には冒険に必要な道具の売店になっています。必要なものがありましたらご利用ください」
「売店やて? 一般人には売れるかもしらんけど、冒険者相手に何を売ろういうねん」
イルノアが笑いながら階段を降り、その広さに驚いた声をあげた。
ルーディスも階段を降り確認すると、部屋というよりも通路というべきであろう。
(まるで、王城にある待合室から謁見室まで続く、王の威厳を示す通路みたいだ)
奥の方に厳重かつ過度な装飾が施された扉があるため、高貴な者に会うための入り口という予想は大きく外れることはないように思えた。
また扉が1つしかないため、観光としての遺跡への入り口となるのだろう。
しかし残念なのは、荘厳さを打ち消すように通路の両側に商品が並び、扉の前に会計係が座っていた事だ。
それでも、天空人の遺品など、かなり珍しい物も高額ながら混ざっていた。
「まるで、土産物屋だね。実際そうなんだろうけど……」
ルーディスは呆れながらも素直な感想をつぶやいた。
「天空人の遺品コレクターとしては、食指が動くんじゃない? ねぇ、イルノア」
サイスはイルノアを挑発して喜んでいる。
「こっちには武器も置いてますね。流石にほとんどが模造品やなまくらですか」
パナバスが武器を物色したが、こちらは珍しい物は無かったようだ。
いくつか物色していたが良い物は無く、結局買った物は人数分の弁当だけだった。
干し肉などの携帯食で済ませるつもりだった一同には、それが一番有難かった。
大扉の先に進むと下に吹き抜けになっており4つ角に門があった。
下の階にも同じように門が配置されており、下に降りる階段が大扉から対極に位置する通路から伸びていた。
下の階では他の観光客がおり、どうやらルーディス達が立っている通路の下側に装飾があるらしく、それを見ているようだ。
「見学コースですと、まずは右の部屋からになりますが、お客様方は協会冒険者ですから自由に見てまわる事もできますよ」
ナティスはそういうとルーディス達の判断を待った。
「とりあえず、コース通りで見ていって気になる場所があった時は、また後日で良いのではないでしょうか?」
ルーディスがそう提案し、3人も即座に賛成した。
見学コースは遺跡を利用した博物館のようになっていて、いたるところにトーチが立っており明るくなるよう工夫されていた。
しばらくはコースをまわっていたところ、少し広い部屋で、ちょっとした騒ぎに出くわした。
「どうしましたか?」
案内人のナティスが率先して声をかける。
10人くらいの集団で、1人はナティスと同じ案内人であるようだ。
「あんたたち、冒険者さんかい? 実はあたいの亭主が、見当たらないんだよ。あの人、昨日調子に乗ってお酒を飲みすぎて、フラフラしてたから。あたいも気にしてたんだけど、ちょっと目を離したすきに……。誤って脇道に入ったんじゃないかって」
一番人のよさそうにみえたのか、ルーディスに懇願する女性。
ルーディスはなんとか落ち着かせ、ナティスに確認すると、ルート上8年前に事件以降見つかった道が一番可能性が高いとのことだ。
「探索は済んでいるのですが、なにぶん割と新しく発見された道なので、一般開放はしてい場所です。万が一を考えて救助に向かった方が良いですね。申し訳ないですが、皆さんはこちらの団体の方達と出口にむかってください。私がその方を見つけて来ますので」
「ナティスさん。僕も行きますよ」
1人で行こうとするナティスにルーディスは同行を申し出た。
「しかし、あなたはお客様ですし」
「その前に冒険者で、教会の信徒です。それに……」
(嫌な予感がする)
「そんなら、オレも一緒にいこか。サイスとパナバスは出口でまっといてーや」
途中で言葉を飲んだルーディスに、何か察するものがあったのか、イルノアがすぐに同行を申し出た。
「ちょっと、勝手に決めないでよ。私も行くわよ」
「その通り、私達は同じアスタ派の仲間ではないか」
サイスとパナバスもそう言ったことで、全員が捜索することになった。
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行方不明者が入ったと思われる脇道をしばらく進むと、通路の真ん中に何も置いていない台座があり、その横の壁は大きな穴が空いていた。
「なんや、コレ?」
イルノアが訝しげに台座に手をかけ、穴の奥を覗き込む。
ルーディスも気になったので、イルノアの側までいき穴を覗き込んだ。
「暗くてよくわかりませんね。だれかカンテラつけていたたけますか?」
ルーディスがそういうと、パナバスがトーチから火をうつしたカンテラをもってきた。
穴の奥を照らすとかなり大きな部屋だということがわかった。
部屋の中心の床にはこれまた大きな穴があいており、そこから水の流れる音が聞こえてくる。
「水の音に引かれてここ入ったんちゃうやろな」
一同は否定できなかったので、部屋に入り詳しく調べてみることにした。
パナバスが中に入りカンテラを掲げると部屋全体が明るくなった。
その部屋は天上が高くなっており、壁中に古代天空人文字が彫られていた。
ルーディスが部屋の中心の穴に歩み寄り覗きこむが、やはり暗くて何も見えず、自分のカンテラをともし、紐を括り付け穴に少しづつ降ろして行った。
穴は奥にいっても続き、やっと他の物が見えるとそれは遺跡とは全く違う洞窟に繋がっていた。
そこは鍾乳洞になっており、水の音は、そこから豪快に流れる川の音だった。
「とりあえず、ここから落ちたわけではなさそうね。にしても、噂に聞くノーラス全土に広がる地下水脈かしら?」
サイスの声に気付き、ルーディスが辺りを見渡すと、全員が穴を見つめていた。
「地下大水脈説は論説にすぎない。遺跡の一部に後々地底湖が出来たと考えるべきじゃないか?」
パナバスが反論するが、イルノアがすぐに否定する。
「いや、これは遺跡とは別モンや。見てみい、ここの真下には鍾乳石がないやろ。あっても、周りに比べたら小さいモンや」
「つまり、鍾乳洞の上にこの遺跡が造られたという事ですね。それより行方不明者の捜索をつづけましょう」
イルノアの台詞をルーディスが引き取り答えると、パナバスは改めて真下の鍾乳石を見ながら頷く。
「そうだな。まずは捜索をしなければ……なんだ、この音は?」
パナバスが、ルーディスの言葉に同意するが、なにか妙な音に気をそがれる。
はじめは虫か何かと思っていたが、音が近づいてくるにつれ、虫というよりもっと大きなもののようだと感じた。
場に緊張が走り、全員が所持していた武器を構え戦闘体制をとった。
やがてその正体がハッキリと見えると、懸念は現実のものとなった。




