08話
好奇心に囚われた姉を見て、長くなりそうだと感じユリアを連れて逃げ出したレイリアに対し、ユリアは考え込んでいるルイを放置しても良いのかと思いながらも、言われるがまま人混みの中にいた。
「姉さんがああなっちゃうと、長いからね。ここのことも気になってたし、ユリアは気にしなくていいよ」
「だけど、ルーディスはおいてきちゃったけどいいの?」
「大丈夫よ。ルーディスは家族との会話なら邪気が無い限りいくらでも付き合うから」
「家族って……たしかルーディスの家名はオルラントで、レイリア達はアトリスでしょ?」
「家名って仰々しい言い方ね。まあ、たしかに私等2人はルーディスの家族の中ではイレギュラーかもしんないけど。ルーディスが孤児院育ちなのは話したわよね。たまたま私たちが2年間、オルラントの教会にお世話になった時期があったから。孤児院ってしばらく一緒に過ごしたら兄弟みたいなもんになるのよね」
「それでも、家族っていうのは憚れるんじゃない?」
「ま、そんな重要なことでもないし。ダレも気にしてないから」
レイリアは軽くそう言ったが、ユリアは複雑な顔をしていた。
ようやく、人混みの中心が見える位置までたどり着いた。
そこには、簡易素材を使って舞台を組み立てている協会職員の姿と、その近くには不敵に笑っているクリストフ・ゴーダとその仲間たちがいた。
鉄製の柵で囲われた舞台は目立つように少し高く作られ、ちょっとした戦闘ができる位の広さで設置されていた。
周りでざわざわと話している内容を聞いてみたところ、クリストフ・ゴーダがなにかやるらしい。
「いたいた。レイリア。僕も逃げてきたよ」
振り返るとルーディスと同部屋のケネスがいた。
「もしかして、ケネスさん……も?」
「ん?なんのことですか?」
「あははは……ケネスは家族じゃなくて親友だね」
「ああ、あいつの家族の事か……俺は違いますよ。レイリアの言うとおり親友です」
ケネスは誇らしげにそう言った。
「あ、舞台できたみたいよ」
レイリアの声にケネスとユリアも舞台の方に目を向けた。
蛇の紋章の刺繍があるマントをみにつけた協会員が舞台の真ん中に立ち「ごほん」と咳払いをした。
小さい咳払いだったのにもかかわらず、それまで騒がしかったのが嘘のように静かになった。
「名前は忘れたが、蛇の紋章はデルモン辺りの貴族の派閥だったけ」
とケネスが小さく呟いた。
「測定、測定でストレスたまっていないか! そんな君達にストレス発散の場を提供しよう」
『おおーー!!』
協会員の言葉に、広場にいた受験者が歓声を上げた。
「今より試験とは関係ないゲームを開催します。今からこの場に数匹の魔物を召喚します。我こそはという受験者の方々は名乗りを上げてください。チームのみ受付ます」
まず名乗りを上げたのはクリストフ・ゴーダだった。
「そんな、面白そうなこと俺たちがやらなくてどうする。俺たちはやるぜ、クリストフ・ゴーダ、オービル・フォーネ、マステラ・ミーナだ」
それにつられて何組かのチームが名乗りを上げていく中、レイリアがケネスの方を振り向いてじっとみていた。
「レイリア、そんな目で見ても俺はやらないからね」
「え~、出ようよ。私だけで片付けるからさぁ」
「その手には乗らないよ。厄介な魔物を呼び出されそうだし」
レイリアはケネスに断られ、視線をユリアに移動させた。
「え?あたし?むりむり。絶対無理だよ」
ユリアにも全力で断られた為、ルーディスを呼びに行こうと思ったときには、受付は終了していた。
最終的にはクリストフ達の他に4チームが参加することになった。
「あーぁ、間に合わなかったか」とレイリアは残念がっていたが、ユリアはどこかほっとしていた。
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協会員は手に持った細かな意匠がついた杖を振りあげ地面に六芒星の魔法陣を描き上げる。
「メノゥ・クオト!」
協会員の魔法によって舞台に召喚された魔物は、ケネスが懸念した通り厄介な魔物で構成されていた。
山猫の姿をした魔物で魔法も使うことができるリュンクスが1匹に、人語を理解し口真似することで魔法も唱える事ができる白いガチョウ ハンサが3匹だ。
最初のチームはハンサの魔法を捌ききれず敗退し、2組目のチームはリュンクスの素早い攻撃に翻弄され敗退し、3組目のチームはハンサの魔法に対抗はできたのだが、リュンクスの魔法には対抗できず敗退した。
満を持してクリストフ達が舞台へ上がった事で、続け様の敗退に盛り下がっていたギャラリー達が期待を込めて声援を送る。
それに応える様にクリストフが拳を突き上げ、その場の雰囲気を再び沸かせた。
クリストフは背中に背負った巨大な剣を抜き「さあ、かかってきやがれ!」と大声を上げた。
となりに居たオービル・フィーネは剣を抜かず、ゆっくりと柄に手をかけ、後方に控えているマステラはただ妖艶に微笑んだ。
リュンクスは一連の動作の間、ブツブツと呟いき、他の魔物もそれに続くようにブツブツと何かを呟いていた。
「どうした、猫ちゃん。言いたいことがあるならハッキリ言いな」
「ベティ・ガウ・エン」
リュンクスの口から焼け付くほどの熱線がクリストフを狙い、ハンサたちの口からも同じ魔法が吐き出される。
「へっ!こんなもんはこうだ!」
クリストフは両手に持った大剣で熱線をガードする。
その隙を見てオービルが走り、手前にいたハンサを蹴り上げる。
蹴り上げたハンサに狙いつけ、マステラが雷の魔法を撃ちつける
「ふふふ……まず1匹ね」と妖艶にマステラがポーズをつける。
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あまりの派手な戦闘に呆然と見ているユリアの後方でレイリアがマステラのポーズにケチをつけていた。
「あんなシナまで作って余裕かましてるわね」
「まあ、力技のような気もするけど、実際余裕なんだろ」
「でもさ、冒険者見習いレベルの受験者じゃリュンクスって厄介な相手よね」
「魔法使い並の知力に、野生のヤマネコ以上の身体能力だからね。普通の冒険者でも本気で襲われたら危ないって言われてるよ」
「ってことは、彼らは相当な手練ってことですよね?」
ここで初めてユリアが2人の会話に参加してきた。
レイリアが言葉を返そうとした時に、更に後ろから姉の声が聞こえてきた。
「あら、おもしろそうな話してるわね」
「あ、姉さんもう良いの?」
「まぁね。考えてても結論でないし、それよりこのショーを楽しみましょ。リュンクスの一番怖い所は縄張りに張り巡らされたトラップって言われてるわ。そう考えると魔法と身体能力だけじゃ彼らの怖さの半分も出せてないわね」
「そうは言っても、リュンクスの総合能力は脅威ですよ」
「さすがのオービルさんの剣や、マステラさんの魔法も楽々かわされてますからね」
「まあ、私もまともにやりあったら勝つ自信ないけどぉ。にしても肝心のクリストフが防戦一方じゃない。そんなんじゃ盛り上がりに欠けるわよ」
ケネスとルーディスの言葉にヤケになったようにルイがヤジを飛ばす。
「それは違いますよルイさん。4つの魔法を一人で防ぎきってるクリストフさんはすごいです……」
ルイの言葉をユリアが訂正するが、当人は「へぇ~」と特に気にした様子もなく、ヤジを入れ続けている。
「姉さんは単純に観戦する事に決めたみたいね。ユリアこうなったら姉さんに意見しても無駄だと思うよ」
レイリアとユリアの会話を横目にルーディスはケネスに話しかけた。
「ハンサが後1匹か……魔法が途切れた時がチャンスだね」
「ああ、クリストフの事だからきっと派手に決めてくるだろうな」
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ルーディス達が言ったとおり、ハンサの魔法が途切れた瞬間を狙い、クリストフは行動を開始した。
まず、目の前のハンサを大剣で殴り飛ばし、魔法を詠唱していたリュンクスの胴体を蹴り上げた。
実際には当たっていなかったが、見ている角度よっては、クリストフが本当に蹴り上げたように見えた。
「あぶニャかった。折角の魔法がパーにニャってしまった。人間……ニャかニャかやるじゃニャいか」
はじめてリュンクスが喋ったことで、まわりから「かわいい……」などと声が漏れた。
「わかった。もう喋んな!」
クリストフは興が削がれた事に怒りを覚え、今まで以上に力を入れて大剣を振り下ろす
リュンクスは後ろに転がるようにそれを避けたので、クリストフの剣は床に叩きつけることになった。
『ゴガァ!』という音と共に舞台が崩れ、リュンクスはあわてて場外に逃げ出した。
「ちょっと、クリストフ危ないじゃない」
思わずマステラが抗議の声を上げるが、クリストフはそれを無視して
「あいつは俺の獲物だ誰も邪魔すんじゃねーぞ」
と大剣を振り上げ、リュンクスを追い場外へ降りた。
「あらあら……降りてきちゃったわね。エキシビジョンだし、こういう演出も悪く無いわね」
ルイはクリストフとリュンクスの戦いに巻き込まれはじき飛ばされるギャラリーを見ながら他人ごとのようにつぶやく。
「エキシビジョンなんですか?これって」
「毎回恒例らしいわよ。試験本番前に受験者に声をかけて、模擬戦なんかをやって受験者達のモチベーションを上げる演出の事ね。今回みたいに魔物と戦わせるってのは珍しい方だったはずよ」
「へぇ~そうなんですね。でも、なんであの人達は止めないのでしょう?危険じゃないのかしら?」
ユリアは劇場で演劇を見てるかのように、舞台で仕切っていた協会員を指さした。
「そんなのは最初から見越してるでしょ。それより問題なのは、本当に彼がリュンクスを倒せるのかって事だよね」
ユリアの問いにケネスが答え、ケネスは別の心配をしていた。
「それも、見越してるでしょ。リュンクス出してきてる事から倒せなくてもいい戦いすれば話題になるし、教育次第では受験者を傷つけずに終わらせることも可能だろうし」
ケネスの疑問にはルイが的確に答える。
「つまり、八百長もじさないってことですか?まあ、このエキシビジョンの主催を考えるとあながち……」
「別にそこまで追求する必要ないわ。エキシビジョンなんて楽しけりゃいいじゃない」
ルイの言葉にルーディスが反応するが、すぐにルイにたしなめられた。
「それもそうですね。でも若干一名それじゃ楽しめない人がいるんですが……」
ルーディスはレイリアを横目で見ながらルイに言った。
しかし、ルイは気にした様子もなく観戦に戻っていた。
仕方なくルーディスもそちらに視線を移すとクリストフが崩れた舞台の瓦礫にリュンクスを追い詰めたところだった。
しかも、リュンクスを瓦礫の上に逃がさないように、オービルとマステラが舞台の上に陣取っている。
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「ようし、そろそろ年貢の納め時ってやつだな」
リュンクスは意を決したように毛を逆立てて威嚇し、クリストフを待ち構えている。
クリストフは大剣を大きく振りかぶり、リュンクスめがけて突進した。
リュンクスを完全に捉えた間合いで大剣を振り下ろすが、リュンクスはクリストフの胸元をめがけて走りこむ。
それを先読みしていたようにクリストフはリュンクスにショルダーチャージをぶつけた。
リュンクスは舞台の上まで吹き飛んだところで、虚空にきえた。
どうやら協会員が元の場所へ送り返したらしい。
クリストフは大剣を頭上に掲げ「どうだ!!」と自ら勝利を宣言した。
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舞台になった広場から思い思いに解散している中、クリストフに近づく受験者がいた。
一番先に気づいたオービルがその受験者の前に出た。
「クリストフさんの耳に入れておいたほうがいいと思う話がありまして・・・」
その受験者は媚を売るように下手にオービルに話しかけてきた。
「なんだ言ってみろ」
いつものように権力に取り入ろうとする輩かと思いながらもオービルは話を聞くことにした。
「実はクリストフさん達の実力に疑問があるって話を大声で話してる奴らがいまして」
「ふん、バカバカしい。お前も見ただろうさっきの戦いを、どこに疑問があるっていうんだ」
クリストフはフンっと一蹴し去ろうとしたが、男は更に話を続けた。
「それが、リュンクスの頭脳を利用した八百長だとか言ってまして」
去ろうとした足を止めるには十分な言葉だった。
クリストフは顔を怒りで真赤にさせ振り返ると男の胸ぐらをつかみあげた。
「なんだと……八百長だと! それは俺の一番嫌いな言葉だぜ。どこのどいつだそんな暴言吐きやがったのは」
「は……はい、あいつあの修道服を着た男です」
息も切れ切れに男は指を指した先には、先日クリストフが殴り飛ばした少年 ルーディスだった。
「チッ、修道士だったのか。どうりで俺たちのことを知ってたわけだ」
クリストフはそう言うと、男を解放しオービルとマステラに合図をしてルーディスのもとへ向かった。
「おい、小僧。出過ぎた真似をするなといっておいたはずだが……」
クリストフはルーディスの胸ぐらを捕まえようとしたが、スッと後退りして避けられてしまった。
「なんのことでしょう?クリストフさん」
先ほどのエキシビジョンに参加していたならまだしも、特に目立った行動はしていなかったルーディスは困惑しながらも、毅然と言い返した。
「知らばっくれてるんじゃねえ。俺は影でチマチマ言われるのは我慢がならねーんだよ」
怒鳴るようにクリストフが言い放つと、受験者の多くがギャラリーと化した。
「チマチマ?なんの事だろね。姉さん?」
「たぶん、ネチネチの事じゃないかしら」
そんな中2人の姉妹はマイペースな会話を繰り広げていた。
「言いがかりはよしてください。僕が何を言ったっていうんです」
「さっきのを八百長だと吹聴しているらしいじゃないか」
ルーディスも負けじと言い返すと、クリストフの脇に居たオービルがルーディスを睨みつけながら冷たく言い放つ。
クリストフはオービルが出てきたことで、自ら一歩引いてオービルに任せることにした。
「完全に言いがかりです。模擬戦だしそういう可能性もあるとは言いましたが別に吹聴なんてしていません」
「ほぅ言ったことは認めるんだな。ルーディス・オルラント……先ほどの身体測定のランキングでは下位ランクのくせに偉そうに『そういう可能性が』だと……お前に何がわかるんだ」
最初は静かに、だんだんと語尾を強めながら手を広げて怒鳴りつけた。
ルーディスというよりはギャラリーに向かってアピールしているように見える。
「不自然な点なら幾つか言えます」
ルーディスはオービルが何をしたいのかわからず、つぶやくようにこたえた。
「ほほぅ……言ってみろ。まあ、お前が何を言ったところでそれは想像でしかないがな。いや想像ですら無いかもな、空想に耽るのはたいがいにしておくんだな少年」
ルーディスは何を言い返しても無駄だとわかり口を継ぐ。
周囲のギャラリー達がルーディス達に不信感のような視線を向けている。
オービルがルーディスとの会話の中で言葉と態度を巧みに操った結果、周囲の心を動かしたのだ。
オービルの手によって無意識に煽動されたいることにギャラリーは気づいているだろうか。
ルーディスはそのオービルの能力にただ純粋に感心した。
「…………」
そんなルーディスをルイは困った顔で見つめていた。
それに気づいたのはユリアだけで心配そうにルーディスとルイを見比べていた。
「オービル……そのくらいにしときなさいな。『泥まみれ君』も怯えて何も言えなくなってるじゃない。うしろの『ずぶ濡れちゃん』も心配しているみたいだし。まあ『泥まみれ君』も口は災いの元って事を覚えたほうがいいわね。クリストフにオービル。この子たちも反省してるみたいだしこれくらいにしときましょ」
うっすらと笑みを浮かべたマステラが『泥まみれ君』の時にルーディスを指さし、『ずぶ濡れちゃん』の時にユリアを指さした。
「ちっ、しゃーねーな。おい飲みに行くぞ」
一度怒鳴った後、オービルに変わったことで熱が冷めていたクリストフは案外すんなり納得して2人と取り巻きを連れて酒場へ向かっていった。
魔法の詳細は試験本番で語る予定です。
修正
「完全に言いがかりです。エキシビジョンだしそういう可能性もあるとは言いましたが(略
↓
「完全に言いがかりです。模擬戦だしそういう可能性もあるとは言いましたが(略
修正
たまたま私たちが1年間、オルラントの教会にお世話になった時期があったから。
↓
たまたま私たちが2年間、オルラントの教会にお世話になった時期があったから。