15話
武器庫の方から無数の爆発音が響いた。
戦闘中に引火したか、或いは守れないと悟った兵士達が火を放ったのか。
いずれにしても武器庫の制圧は失敗した。
(証拠が一つ消された。どちらにしても飛空艇の制圧が上手くいけばいいだけのことだが……)
ゴーザは果敢に立ち向かってくる兵士達を薙ぎ払いながら、飛空艇のある窪地へ急いだ。
ふと、ゴーザは不可解な『振動』を感じた。
大地の揺れや吹き付ける風が起こす揺れのような外的なものではない。
精神に働きかける何かだ、とゴーザは直感的に思った。
『振動』を感じた直後、四方に殺気を含んだ闘争本能剥き出しの気配が生まれた。
それだけでゴーザは『振動』の正体が魔法であることに気付いた。
足を進めると、そこには無数の魔物の姿があった。
ゴブリンやコボルトといった下位の魔物からグリフォンやベヒモスといった高位の魔物まで、統一性がまったくない。
無論、この人工的に造られた地下施設に魔物が住み着くはずはない。
ゴーザは何者かが魔法で召喚したのだと推測した。
(これだけの魔物を普通の魔法使いが呼び出せるとは思えん。ケビンはボルン帝国が背後にいると言っていた。もしかすると、そっちか)
魔物は侵入者だけでなく、地下施設を守る兵士達にまでその牙を向けた。
召喚者の制御下に置かれていないのだ。
地下という特性を考えればそれは危険極まりない状態である。
知性のない魔物が一度暴れ始めれば、石で出来た壁など容易に破壊されてしまうだろう。
そうなれば魔物ともども生き埋めにされる可能性があった。
どんな強者であっても人間がそのような状況に陥れば命はない。
ゴーザの進む先に悉く立ちはだかる魔物達。
どうやら飛空艇に繋がる廊下を中心に魔物が放たれているようだ。
(囮……いや、時間稼ぎか。どうやら僕は貧乏くじを引いてしまったようだ)
棍棒を振り回し、魔物を蹴散らす。
ゴーザにとってその行為は、ただの流れ作業に過ぎなかった。
だが、時間を削られているのは事実だ。それが酷くもどかしかった。
黙々と突き進み、ゴーザは飛空艇のある窪地へ最初に辿りつく。
そこも大量の魔物が跋扈していた。
飛空艇を守っていた兵士達はすでに倒された後だった。
周囲には深紅の泉が広がり、立っている人間はどこにもいなかった。
暴れたりないのか、魔物達は手当たり次第に破壊活動をしている。
その被害は飛空艇にも及んでいる。
(奴等は証拠を全て抹消する気か)
ゴーザは棍棒を構えると、魔物の群れの中に突入した。
そして一番大きな魔物を殴り倒す。
魔物達は突然現れた人間を見て歓喜の咆哮を上げた。
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呪文を唱える声が、赤く染まった室内に響く。
ケビンの身体が陽炎のようにゆらめき、その周囲には自らの分身がいくつも生み出される。
「貴様を地獄と奈落の底へ誘ってくれようぞ。貴様の仲間は魔の血を宿した我が部下達が葬るだろう。一人で逝く訳ではない。安心するが良い」
ゴズロヴはそう叫ぶと剣の形状に変化した右腕を振り上げ、ゆらめくケビンの分身達を斬りつけた。
分身は一つ消えるごとに一つ現れて、ゴズロヴを惑わせる。
「テメェが魔族を兵士の中に紛れ込ませていたんだろ。何故、そんなことをした?」
「これもまた実験だよ。ミードがワシらを警戒しておるようだったでな。保険だよ」
「殺戮衝動を抑えられない下級魔族じゃ思考能力はないに等しい。一般兵士に紛れ込ませてもスパイにもならねぇだろう。何のつもりだ!」
分身が一斉に炎を生み出し、ゴズロヴに向かって放った。
ほとんどがゴズロヴに直撃するが、体内を素通りしていく。
その炎も幻だったのだ。
たがその中にたった一つ、ケビン本人が放った炎が紛れていることにゴズロヴは気付いていた。
本物の炎を巧みに見極め、ゴズロヴは上手く避けていた。
「簡単な指示ぐらいは出来る。裏切り者を探し出し抹殺する人員、と言えば納得するかね?」
「俺を裏切ったテメェがそれを言うのか。このやろう」
ケビンは嫌悪感を言葉にして吐き捨てた。
ゴズロヴはそんなケビンを鼻で笑った。
「貴様には言って欲しくはなかったな。その忌わしい言葉は」
ゴズロヴは両腕を広げて、自らの腕を大きな鎌の形に変化させた。
鎌の刃は部屋の半分近くの長があった。
ゴズロヴは身体を軸にして回転を始めた。
両腕の鎌が振り回され、幻の炎と分身を一気に消し去っていく。
そして南側の壁付近にいた影だけが屈んだ。
「そこか!」
ゴズロヴは回転を止めて両腕を鎌から人の腕へと戻すと、素早い動きて走り出した。
向かう先は屈みこんだ影――ケビン本人だ。
ケビンは床を蹴って回避を試みるが、ゴズロヴの右腕に右足、左腕に右腕を掴まれた。
そしてケビンの身体を床に投げつけた。
すかさず立ち上がろうとしたケビンだが、ゴズロヴの両腕に首を押さえ込まれた。
「ワシは好きで外道になった訳ではない。娘と妻を守るためだ! ワシは貴様のように強くはない。貴様に無力の辛さ、苦悩などぉ判るものかぁ!」
ゴズロヴの両腕に首を掴まれケビンは苦悶の表情を浮かべた。
懸命にもがくが細く硬いゴズロヴの腕はビクリともしない。
ケビンは唇を動かした。
もちろん、声は出ない。
ゴズロヴは右手を首から離し、ケビンの口元を押えた。
そしてそのままケビンを持ち上げ壁に叩き付けた。
頭に鈍い衝撃が走り、じんわりと熱を帯びる。壁に赤い血が飛び散った。
更にゴズロヴは自分の額をケビンの額にぶつけた。
ケビンの額が割れ、赤い血が目に流れ込んでくる。
2人はそのまま睨み合った。
その時、ゴズロヴが「黙って聞け、『ケビン』」と言った。
口をまったく動かさず、そして聞き逃しそうになったほど小さな声だった。
何故、わざわざ声を落として喋る必要があるのか。
ケビンには判らなかった。
だが、反論してはいけないような雰囲気を感じとっていた。
「ワシは魔族の身体となり、魔族の一員となった。だがワシは認められてはおらぬ。今も魔族の監視を受けている」
ゴズロヴは先程と同じように口を動かさずに小声で言った。
魔族の血を飲んだ者は動く死体となり理性を失うか、魔族に変貌して膨大な力と魔力を得るかのいずれかとなる。
ゴズロヴは魔族となったという。
つまり、後者だ。
魔族と化した場合の代償は殺戮衝動に蝕まれ性格が豹変すること、魔力切れを起こすと生命活動が停止すること、そして血の色が青に変わること。
ケビンの目に映る今のゴズロヴは、かつて人間だった頃の性格そのものだと感じた。
これは異質なことのはずだ。
恐らく、ゴズロヴは魔族の中でも奇異な存在なのだろう。
魔族がかつて人間だったゴズロヴを警戒するというのは理解できた。
「かの意志一つで妻子の生死を分かつ。だから余計な行動は出来んのだ。しかし、ワシは貴様を殺しとうない」
それはケビンにとって思いもかけない言葉だった。
「テメェ、いったい何を……」
ケビンが質問をしようとすると、ゴズロヴは両腕に力を込めてきた。首を絞められケビンの言葉は途切れた。
「黙れと言った。よいか、今から貴様を外に投げ飛ばす。貴様は地下施設の三番艇に向かえ。ワシの監視者とは別のもう一匹の魔族が三番艇をボルンに持ち帰る準備をしておる。ワシらが見据えた夢はまだ完全には失われていない。貴様が欠けてはワシらの計画(願い)は叶わぬ。ミュデルも皇女殿下もエリュオも、そしてワシも貴様を待っておるということ、忘れるな」
ケビンが何かを口にしようとした。
だが、それより先にゴズロヴがケビンを首を両手で掴んだまま持ち上げた。
「さぁ、カラミティ。これで貴様は終わりだ。死ね」
ゴズロヴはわざとらしいほど大きな声を張り上げてケビンを床に叩き付けた。
そしてケビンを蹴り飛ばす。
ケビンの身体は勢い良く跳ねながら壁際まで転がった。
ケビンは右手を床に突いて身体を起こした。
派手に投げ出されたが、実際はたいしたダメージは受けていなかった。
そこへゴズロヴの剣と化した右腕が襲い掛かる。
ケビンは膝を落としてそれを回避する。
目標を失ったゴズロヴの腕はケビンの背後にある壁を破壊した。
その先には青々とした空が広がる。
上体を落としていたケビンはバランスを崩してその空に投げ出された。
ケビンは悔しさに唇を噛み締めていた。
(ふざけるな。俺はテメェに裏切られて絶望していたんだ。そして諦めたんだ。お前のことを。なのに、それをまたここでひっくり返すのか、ゴズロヴ……ちくしょぉ)
大使館の最上階からケビンの身体が大地に向かう。
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ソフィナの傷はメリエンヌの魔法によって完治していた。
だが、気を失ったまま目を覚まさない。
ユリアはソフィナの傍らに佇むメリエンヌに「ソフィナの容態は?」と話し掛けた。
メリエンヌは静かに首を振る。
「外傷は治しました。ただ、平気かどうかと問われると良く判りません」
「そう。だったら動かない方がいいのかなぁ。でも敵に見つかったらどちらにしても一緒よね。担いで外の出るしかない……か」
ユリアにはそれしか思いつける対策がなかった。
メリエンヌも考えは同じらしく、頷いてそれに答えた。
「確かに敵に遭わないようにってのは難しいですけど、ここでじっとしてるよりはましでしょうね」
ユリアとメリエンヌがそれぞれ自分の肩にソフィナの脇を乗せて抱え上げると、造艇所の入り口に向かって歩き始めた。
造艇所の中心地では乱戦が続いていた。
だが、その内容は大きく様変わりしていた。
大地を走る、巨大な魔物の群れ。
味方の兵士達は魔物相手に苦戦している。
それだけではなく、敵兵士までもが魔物と戦っていた。
どういう状況なのか、ユリア達には把握できなかった。
ただ、はっきりしているのは敵がこちらに戦力を差し向ける余裕が無くなっているということだ。
ユリアとメリエンヌは魔物の動きに注意しながら早足で進んだ。
ふと、視界にケビンの姿が映った。
ケビンはこちらの存在にまったく気付かずに走り去っていく。
その横顔は強張り、切迫している様子が覗えた。
ユリアの瞳にはそれが泣いているかのように映った。
(あっちの方は確か地下施設の入り口よね。ケビンは魔法研究施設に向かっている? 予定の行動と違うわよね)
危機感を強めた硬い表情をした人物をユリアは何度か目にしたことがある。
そういう時は決まって何か厄介なことが起きる。
ユリアは言い知れぬ不安を覚えた。
「ソフィナのこと任せた」
ユリアは突然、足を止めてソフィナを肩から下ろした。
片方の支えを失ったソフィナの身体は斜めに傾く。
メリエンヌが慌てて空いた手を伸ばしソフィナを抱えなければ倒れていたことだろう。
「ちょっと、いきなり何するん……」
抗議の声を上げたメリエンヌを無視してユリアは駆け出していた。
「ごめん。でもあたし行かなきゃいけないの。メリー、ソフィナのことお願いね」
ユリアは走りながらメリエンヌの方を向いて叫んだ。
その真剣な面持ちを察したのか、メリエンヌは不服そうな表情をしながらも頷いてくれた。
「後でちゃんと説明してくださいよ。それから、勝手に変な愛称つけないで下さい!」
メリエンヌはユリアの背中に向かって叫んだ。
ユリアは軽口を吐くメリエンヌに安心した様子で微笑むと前を向いてケビンを追いかけた。
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飛空艇が鎮座する窪地にクロフの部下やプラットホック派の仲間達が次々と進攻する。
しかし、魔物達は一向に減る気配を見せない。
ゴーザは最前線で奮闘しているが意味を成しているようには思えなかった。
暴れまわる魔物達のせいで南側にある飛空艇の破損状態は致命的なものになっている。
だが、北側の飛空艇はまったくの無傷で明らかに不自然だ。
魔法か何かで結界のようなものが張ってるのかもしれない。
ゴーザは近づいて確認したかったが魔物達に阻まれてなかなか前に進めないでいた。
とにかく、数だけは多い。
魔物の多さに苦戦しながらもゴーザは北側の飛空艇に近づいて行った。
そしてゴーザの視界に飛空艇の側面が映ったその時、大地が震え始めた。
飛空艇の底から虹色の粒子が巻き上がる。
状況を確認すべくゴーザは両足に『気』を込めて跳躍した。
ゴーザの身体は人が指ほどの大きさに見える位置まで一気に空に舞い上がった。
眼下には光の粒子に包まれた飛空艇の姿があった。
上空から見ると、震えているのが大地でなく飛空艇である事がはっきりとわかった。
飛空艇は徐々に激しく揺れ動き、緩やかに上昇を始めた。
逆にゴーザの身体は逆に下降を始めていた。
そこに翼を持った魔物達が襲い掛かる。
ゴーザは襲いくる魔物達を棍棒で叩き落しながら、飛空艇に乗り込む方法はないかと頭を捻る。
今やったように気功を使いジャンプして飛空艇に飛び乗る事も考えたが、魔物が邪魔で上手く行きそうにない。
ゴーザが大地に戻った頃には飛空艇は大地と雲の間まで高度を上げていた。
(まずい。あれ以上、上昇されたら打つ手がなくなる)
危機感を募らせながらもゴーザは飛空艇に少しでも近づくために走り出した。
すると視界に見慣れた2人の姿を発見する。
ユリアとケビンだ。
2人は滑空する飛空艇を目の前に動揺した様子を見せながらゴーザの後ろについた。
「姐さん、ケビン。そっちは上手くいったのか?」
「そ、それどころじゃないわよ。どこも魔物だらけで大混乱よ」
よっぽど急いで走ってきたのだろう。
息を切らせながらユリアが説明する。
会話の最中も前から、後ろから魔物達が襲い掛かってくる。
3人はそれぞれの得物を振るい魔物を倒しながら前進を続けた。
「そちらもか。やはり目的は混乱に乗じて飛空艇を持ち出すことか」
「だろうな。だが、一足遅かったか。クソ、あそこまで上がっちまったら魔法じゃ対処できねぇ。だが」
ケビンの表情は険しかったが諦めている訳ではなかった。
ただ、何かを躊躇うかのようにケビンは小さく唸った。
その悩みを無視してゴーザが言った。
「例のやつを使う。ケビン、間合いをあわせろ」
ゴーザの宣言に慌てたのはケビンだった。
「まて。出発前にその話はしたが、まだできるかも、という段階だ。それにまだテストもしてねぇ。ぶっつけ本番じゃ危険だ。上手くいく保障はねぇぞ」
「だが、キミの理論が正しければ、この状況を打開できる。やるぞ」
「飛空艇が飛んでるってことは動力源にされている女性達も乗っている。巻き込んじまうぞ」
「逃げられたら、終わりだ。それに動力室さえ狙わなければ生存の可能性はある」
冷静な声音でゴーザは言うと棍棒を両手で握り締めて、『気』を込め始める。
その迷いのないゴーザの反応にケビンは諦めたように溜息をついた。
「……わかった。だが、3秒だ。それ以上やると危険だ」
ケビンは杖を両手で持ち、ゴーザ同様に魔力を込め始めた。
そんな2人のやりとりにユリアは困惑した。
ケビンの慌てぶりからその危険度は伺えたし、ゴーザの冷酷な単語がユリアの背筋を凍らせる。
「ちょっと、何する気なの?」
「姐さん。背中は任せる」
ゴーザが静かに言った。
ユリアは反射的に口を閉じた。武道家が背中を任せるのは信頼の証だ。
決して方便ではない。
その重みは武道の嗜みがあるユリアには充分理解出きるだろう。
「もう。どうなったって知らないからね!」
そう叫んでユリアはポケットから杖を取り出した。
ユリアが魔力を込めると杖の先端から炎が噴出し、刃のような形状に変化した。
3人は施設の中を走り、背の高い場所に立った。
両腕が完全に使えないゴーザとケビンに変わってユリアが魔物達の相手を引き受けていた。
とはいえ、近づく魔物を炎の剣で斬り捨るだけで精一杯だ。
全てを薙ぎ払う事はできず、ゴーザとケビンに襲い掛かる魔物もいた。
2人が魔物達の攻撃をきちんと避けているおかげで何とか保っている。
「こっちはいいぞ、ケビン」
ゴーザは棍棒の先端に溜め込んだ『気』を収束させ、飛空艇へと向けた。
「よし、やるぞ!」
ケビンも杖の先端に『魔力』を集め、ゴーザと同じように飛空艇へ向けた。
「「いけぇぇ!」」
気合の叫びと同時に、棍棒と杖の先端を重ね合わせた。
「「3……2……1!」」
2人のカウントが終わった刹那、杖と棍棒の直線上にいた存在全てに変化が起こった。
魔物達が忽然と姿を消し、そして飛空艇の側面には抉り取られたかのようにぽっかりと大きな口が開いていた。
それは全ては一瞬のことだった。
直後、飛空艇が炎上した。




