08話
朝から夕刻間際まで降り続いた雨で大地はぬかるんでいた。
踏みしめるその度に、靴が地面に沈む。
生ぬるく不快な感触が靴底から足の裏に伝わってくる。
沈みゆく太陽が地平線の奥からオレンジ色の光を地上に放っていた。
ゴーザはメリエンヌと2人の男を引き連れて橙黄色に染まった森を歩く。
しばらく進むと視線の先にセルディーエの街並みが見えた。
そこで4人は足を止めた。
「では、我々は街へ向かいます」
小柄な男がゴーザに向かってそう言った。
ゴーザは抑揚のない声音で「頼む」と男に答えた。
小柄な男はゴーザの方を向いて会釈すると、長身で小太りの男を引き連れセルディーエに向かって歩いていった。
その場にはゴーザとメリエンヌが残った。
メリエンヌは2人の男の姿が見えなくなると遠慮がちに口を開いた。
「なんだか、苦手そうに見えました」
「何がだ?」
ゴーザはメリエンヌの言っている意味が分からず問い返した。
「あの人達が、ですよ」
「違う。別に苦手という訳じゃない。ただ人に指示を出すのはどうも慣れない」
メリエンヌが自分の戸惑いを的確に見抜いていることをゴーザは妙に感心していた。
同時に、彼女のたじろく姿や脅えている姿ばかりを目にしていたせいで偏見的な観方をしていたのだな、と少し反省もする。
「メリエンヌ。僕らも行くぞ」
ゴーザはメリエンヌに声をかけると、西に向かって歩き出した。
メリエンヌは「はい」と答えてゴーザの後ろを追った。
(本当は大人なしくしていてほしかったのだが)
今のこの状況を振り返り、ゴーザは心の中でため息を吐いた。
ゴーザはメリエンヌをクロフ夫人に保護してもらい、一人で戻る予定でいた。
しかしメリエンヌの方は最初からゴーザがセルディーエに戻ろうとしていることに気づいていたようで、出立を見計らって追ってきたのだ。
それも、クロフのお節介により2人の部下まで連れてだ。
指名手配中のメリエンヌを連れて戻るのは論外、だとゴーザは考えていた。
クロフの家に戻れと言ったのだが、メリエンヌの意志は固く聞く耳を持たなかった。
だからゴーザは散々悩んだ末、メリエンヌと一緒についてきたクロフの部下2人にセルディーエに潜伏して情報収集してきてもらうようお願いした。
クロフの弟子である彼らはそれなりに腕が立つようであったし、何より顔を知られていないというのは大きな利点だった。
ゴーザはメリエンヌと共にセルディーエの外で待機することにした。
2人はセルディーエからあまり離れないように歩きながら寝床になりそうな場所を探す。
ゴーザ一人なら荒地だろうが、砂漠だろうが、木の上だろうが気にせず寝れるのだが、メリエンヌが一緒なのではそうもいかない。
面倒だと率直に思う反面、誰かに気をつかうという行為は決して不快ではないと感じていた。
ただ一つ、ゴーザの心には引っかかるものがあった。
それはメリエンヌの不可解な行動だ。
冒険者(同僚)に命を狙われ脅え泣いていた彼女と、危険を承知でゴーザと行動を共にすると胸を張って宣言した彼女。
とても同じ人物の姿とは思えなかった。
後ろを振り返れば、ゴーザを真っ直ぐ見つめるメリエンヌの瞳が飛び込んでくる。
目線が重なると気恥ずかしそうに、メリエンヌの頬は仄かに高揚する。
それでも目線を反らさず微笑み返してくる。
そんな彼女を見ていると命を狙われているのを忘れているのでは、とゴーザは不安に思う。
ゴーザは思わず「どういうつもりだ?」と口にしてしまう。
メリエンヌは強張った表情で目を伏せて「ごめんなさい」と小さく呟いた。
それでゴーザは自分の言葉がメリエンヌに余計な誤解を与えた事に気付いた。
2人きりになったタイミングで言ってしまったために、強引に追いかけて来たことに対しての糾弾だと勘違いさせてしまったようだ。
「謝る必要はない。それがキミの意志ならば僕に止める権利はない。ただ一つ聞きたい。僕についてくれば危険に飛び込むことになると分かっているはずだ。どうして追ってきた?」
メリエンヌの勘違いをゴーザはあえて訂正せずに話を進めた。
「それは、その……やっぱり、ゴーザさんに頼りきって任せてしまうのが気が引けて……」
弱い理由だ、とゴーザは思った。
ゴーザはメリエンヌにもっと別の意思があるように感じた。
それが何なのか、ゴーザには分からない。
ただ、昨日のメリエンヌの姿と照らし合わせるとやはり不自然だ。
どうも、昨夜クロフの屋敷を訪れてから行動が変わってきたように感じる。
クロフや夫人に何か言われたか、と訝しみ頭を捻る。
だが、態度が急変するほどの内容というのは思いつかなかった。
結局、ゴーザは「女の行動は理解できん」という結論で自分を納得させることにした。
しばらくあてもなく森の中を彷徨っていたのだが、突然ゴーザは歩みを止めた。
人間の背丈を越える高さの茂みが密集した場所があり、その奥に人の気配を感じたからだ。
「どうしました?」
「誰かいる」
ゴーザとメイエンヌは音を立てないように気をつけながら茂みに足を踏み入れて、奥の方へと目線を向けた。
僅かな隙間から4人の男が見えた。
全員が鎧を身に纏い、ライフル銃を携帯していた。
胸にミードレイモン王宮の徽章をつけていることから、彼らが王国軍人だとわかる。
「銃を装備しているということは、彼らは王国軍のエリート部隊ですよね。どうしてこんな場所に?」
メリエンヌが小さな戸惑いの声を洩らす。
彼女の疑問は最もだった。
街から離れた森の中、それも意識して目指さなければ通ることのないような場所である。
そんな所を兵士が意味もなく徘徊しているはずもない。
恐らく近くに守るべきものがあるのだろう。
しばらく様子を観てみるかと考えたその時、ゴーザの真横でバキバキと渇いた音がした。
メリエンヌが足を滑らせ、その弾みで草木を折ってしまったのだ。
その音に、茂みの奥にいた兵士達も気付いた。
4人の兵士のうち2人がゴーザ達の方へ向かって来た。
指名手配中のメリエンヌと一緒にいる。
やり過ごすことは不可能だった。
(やむをえんか)
ゴーザは茂みから飛び出して、近づいてくる兵士2人に立ち向かって駆け出した。
兵士達は咄嗟に銃口をゴーザに向ける。
引き金に手をかけるより速く、ゴーザの拳が腹部に食い込んでいた。
2人の兵士は何が起こったのか分からないまま昏倒した。
後方に控えていた兵士2人も銃口をゴーザに向けた。ゴーザはすかさず、走り出す。
銃口から単発的に放たれる弾丸を、ゴーザは左右に飛んで避けながら兵士達に近づいていく。
兵士達は銃ではゴーザを仕留められないと判断したようで、銃を投げ捨て腰に下げていた剣を引き抜き、ゴーザに向かって来た。
ゴーザと2人の兵士が接触する直前、茂みの中から青白い光が走った。
閃光はゴーザの真横を過ぎ去っり、右側の兵士の足を貫く。
青い光の直撃を受けた兵士はバランスを崩して転倒した。
もう一人の兵士は相方に構わずゴーザに向かって剣を振りかざすが、ゴーザの左足に横腹を蹴られ吹っ飛んだ。
倒れている兵士の首筋に手刀を放ち昏倒させると、ゴーザは一息ついて後ろを振り向いた。
そこには杖を持ったメリエンヌの姿があった。
先程の青い閃光はメリエンヌが放った電撃の魔法だったのだ。
メリエンヌはゴーザの元へ駆け寄ってくると、申し訳なさそうに目を伏せて「ご、ごめんなさい」と謝った。
「気にするな」
ゴーザは倒れた兵士達の更に奥に目線を向けた。
そこには小さな洞窟があった。兵士達がここを守っていたのは容易に想像できる。
数少ない情報しか持たないゴーザにとっては予想外の収穫であった。
軍人が密かに守っていたということはそれなりに重要なもののはずだ。
しかし、見張りが倒されたことはいずれ気付かれる。
そうなったら、この洞窟の警備はより厳重になるだろう。
今の内にこの洞窟を調査すべきだとゴーザは直感で判断した。
だがメリエンヌを危険な目に合わせる訳にはいかない、という最優先事項がゴーザの行動を躊躇わせた。
「ゴーザさん。わたしのことなら気にしないで良いですよ」
メリエンヌが考え込んでいるゴーザに向かって言った。
それはゴーザの気持ちを察しての言葉だ。
ゴーザは思わずメリエンヌを見た。
すると、メリエンヌはさりげなく洞窟の方へ目線を向けた。
「確かにわたしは弱いです。でも剣と魔法を並程度には使えます。それにわたしはまがりなりにも冒険者、生命の危険がある仕事もやってきました。だから自分の身を守ることぐらい出来ます。ゴーザさんからすれば足手まといかもしれないけど」
声音は強くなかった。
けれど、それは覚悟を決めた者の力ある言葉だった。
彼女のどこにそんな強い意志が潜んできたのか、とゴーザはつくづく不思議に思う。
ただはっきりしていることは、自分の置かれた状況を見定め立ち向かう決意をしているということだ。
ゴーザは覚悟を決めた。
「突入する」
静かに、ゴーザは宣言した。
メリエンヌは「はい」と勢い良く頷いてそれに答えた。
2人は洞窟に足を踏み入れた。
内部の壁には等間隔に魔法の灯が設置されていて、進むのに苦労はしなかった。
自然に出来た洞穴をそのまま利用しているらしく、地面の凹凸が激しく歩き難い。
入り組んだ一本道をしばらく進むと、行き止まりにぶつかる。
そこには兵士が2人立っていた。
岩陰から彼らを観察すると、その後ろに扉があるのことに気付いた。
ゴーザとメリエンヌは岩陰から飛び出し、兵士2人を薙ぎ倒してその扉を開いて先に進む。
目の前に広がるのは大理石の廊下だった。
天井は魔法灯の光が届かないぐらい高く、横幅は5、6人並んで歩いても余裕のある広さであった。
壁に沿うように支柱が連なる様は、神殿のような印象を受ける。
奥に進むと、十字路に辿り着く。
そこには4人の兵が警備していた。
ゴーザとメリエンヌは支柱の影に隠れて様子を覗う。
定期的に他の兵士が十字路を通っていく。
気付かれないように突破するのは無理のようである。
ゴーザは「正面の道を強行突破する」と囁いて支柱から飛び出した。
メリエンヌは「はい」と返事をすると、背中の剣を鞘から引き抜いてゴーザの後に続いた。
兵士達はゴーザの存在に気付くと、すかさず仲間を呼んだ。
騒ぎを聞きつけて数人の兵士達が応援に駆けつける。
そんな彼らに構わず、ゴーザとメリエンヌは走った。
兵士達は襲撃者を前にして剣を手に身構えた。
正面に立ち塞がる兵士達をゴーザは片っ端から、殴り倒した。
メリエンヌはゴーザの後ろから着いて行き、時折左右の道から現れる兵士達を剣で薙ぎ払う。
追っ手は次々と襲ってきた。
後ろの追っ手が消えたと思うと、正面から現れる。
彼らを蹴散らして先を進むと更に待ち伏せ部隊がいた。
兵士のいない道を見つけて飛び込むと、そこは行き止まりだった。
「そんな……ゴーザさん!」
悲鳴に近い声を上げるメリエンヌ。
ゴーザは思わず歯噛みした。
2人は軍人の行動に誘導されて行き止まりへ辿り着いてしまった。
彼らは地の利を活かした行動をとっていたのだ。
軍人というだけあって、統率がとれた動きだった。
後ろを振り向くと、兵士達の走る姿が目に飛び込んでくる。
先程の兵士達と違ってライフルを携帯していた。
「メリエンヌ!」
ゴーザは咄嗟に天井を指差した。
それだけで意図を察したメリエンヌは得物を剣から杖に持ち替えて、呪文を詠唱し始めた。
兵士が立ち止まり、横一列に並ぶ。
銃を構えようとした直後、メリエンヌの魔法は完成した。
「発現す、破壊の力。物質爆発!」
甲高いメリエンヌの声と共に杖の先端から拳程の光の球体が生まれた。
メリエンヌはそれを天井に向かって放った。
光の球は天井に接触した瞬間、轟音を撒き散らした。
同時に天井が崩れ落ちる。
瓦礫が真下にいた兵士達を打ち付ける。
その中の数人が咄嗟にメリエンヌに向かって駆けていき、難を逃れたが、ゴーザによって倒された。
瓦礫が積み重なって、大きな山が出来ていた。
兵士達を足止めにはなるが、同時に閉じ込められてしまった。
「どうします?」
「問題ない」
ゴーザは行き止まりの壁に拳を叩き付けた。
壁はいとも容易く砕け、新しい道を作った。
ゴーザは施設内を走りながら観察して内部構造を頭に叩き込んでいた。
この先に道があるというのは予見していたのだ。
2人は新しく出来た道を通って先へ進んだ。
しばらく進むと、大きな扉が見えた。
そこに立ち塞がる兵士が3人。
ゴーザはその3人を昏倒させて扉を開く。
そこには目を疑う光景が広がっていた。




