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友盟の絆  作者: Project_B.W
第2章 ユリアサイド 第2節
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07話

 空を流れる灰色の雨雲は暗く淀んでいた。

 落ちる雨は激しさを増して、容赦なくユリアの身体を打つ。


 ユリアは表通りから屋根のある路地裏の方へ入り込んだ。

 所々に街灯が設置されてはいたが、屋根のせいで光が届かずに薄暗い。

 人気はまったくなく、普段からあまり使われていない道のようで、ゴミがあちこちに散乱していた。


 屋根を叩きつけるけたたましい雨音が耳に届く。

 無人の道をユリアは早足で歩く。

 ところが、先に進むうちに向かっている方角が分からなくなってきた。

 小さな街の裏道なら迷うことはないだろうと甘く考えていたことに、今更ながら後悔して頭を抱えた。


「あっちゃぁ……迷った」


 情けない話である。

 大雑把な感覚で道を進んでいたものだから歩いた道順も覚えていない。

 道を訊きたくても人気がないのでは話にならない。

 それでもユリアはたいして困ってはいなかった。

 所詮は小さな街なのだから時間をかければちゃっと表通りに出れるはず、と楽観視していたのだ。


 T字路を右に曲がろうとした時、雨音に混じって何かの物音が聞こえた。

 靴の音だと気付いてユリアは後ろを振り向く。

 そこには仮面をつけた男性が4人、真っ直ぐユリアに向かって走ってきた。

 全員が手に剣を携えて。


 不穏な空気を感じつつも、通行の邪魔になると思いユリアは道の端に移動した。

 自分が狙われている、とは考えが至らなかった。

 その油断がユリアに不幸を招いた。

 ユリアは背後から男達の攻撃を受けたのだ。

 咄嗟に身体を捩って回避を試みるが、間に合わずに左肩から背中を斜めに斬られた。

 大地に鮮血が飛び散る。視界が歪み、身体が傾く。


 ユリアは背を壁に押し付けて倒れかけた身体を支えると、右手で腰に下げた鞘から剣を引き抜き迎撃の姿勢をとった。

 その時、左腕が動かないことに気付いた。

 斬られたときに左肩の神経を傷つけられたのかもしれない。


 襲撃者の後ろからは、更に魔法使いらしい女性が4人姿をみせた。

 彼女達も男性同様に仮面を付けて顔を隠している。

 合計8名の襲撃者は統一性のない服装をしていた。


 女達は行く手を阻むように道の真ん中に陣取り、男達はユリアに向かって剣を振るった。

 ユリアは剣を振り回して彼らを牽制しながら一定の距離を保つ。


(服装がばらばら。もしかして、こいつら協会の冒険者?)


 狙われる理由なら簡単に思いつく。

 自分の仲間であるゴーザが爆弾魔と行動を共にしていることは知られているのだ。

 ユリアが疑われるのは当然と言えよう。

 しかし、指名手配されたわけでもないのに襲われるというのは不可解だ。

 襲撃者が全員、仮面をつけているのも不自然である。

 正体を隠すということは、少なくとも不誠実な行動をしているという自覚はあるはずだ。


 ただ、ユリアには正体を確認する余裕はない。

 今は彼らから逃げることが最善策。

 とはいえ、明らかに不利だ。

 剣を交わして分かったことだが、男達はユリアより強い。

 しかも女達の方の実力は未知数。

 対してユリアはたった一人。

 傷のせいで左腕がまともに動かない状態でもある。


 右腕で剣を操っているものの、左肩と背中の痛みで思うように体が動かず、正確な狙いがつけられない。

 少しでも隙をみせると、男達の容赦ない斬撃が迫ってくる。

 ユリアはそれらの攻撃を何とか回避してはいるが、完全に避けることは難しく、掠り傷が増えていく。

 防戦一方で、負けるのは目に見えていた。

 そこでユリアは賭けに出た。


 男の一人が剣を振り上げたタイミングに合わせて、ユリアは怪我を負っている左肩を前方に突き出して体当たりを仕掛けた。

 剣を振り下ろされる速度の方が僅かに速く、ユリアの左肩に男の剣が食い込む。

 ユリアは激痛に意識を失いそうになりながらも、右手の剣を男に向かって突き刺した。

 男はユリアの肩に沈んだ剣を引き抜くことが出来ずに一瞬戸惑い、回避が遅れた。

 それがユリアの狙いだった。

 男に向かって突きつけた剣は左肩を貫いた。

 同時にユリアは剣を手放し、肘で男の頬を殴りつけ転倒させると、全速力で走り出した。


 しかし、男の後ろに控えていた女達が間髪いれずにユリアに向かって風の魔法を放った。

 ユリアの身体は突風によって吹き飛ばされて、壁に叩きつけられた。

 重力に引かれ大地にうつ伏せ状態で沈む。


(や……やば……)


 全身に激痛が走り、意識が朦朧とし始めていた。

 出血も酷く、この状態で意識を失えば間違いなく命を失うことになる。

 ユリアは右手を大地に付いて身体を起こそうと試みるが、上手くいかない。

 視界には自分に襲いかろうとする男達の姿がある。


 もう終わりだ、そう思った次の瞬間。屋根の一部が崩れ落ち、全身黒ずくめの男が3人降ってきた。

 彼らはユリアを庇う形で襲撃者との間に降り立った。

 黒ずくめの男達は短刀を片手に襲撃者と対峙する。


「さっさと逃げろ」


 黒ずくめの1人がユリアにそう言うと、襲撃者達に向かって行った。

 男達は人数的に劣っているのに、襲撃者と互角以上の戦いをしていた。

 だが、ユリアにはそれを傍観している余裕も、彼らが何者なのかと疑問に思う余裕もなかった。


 ユリアは気力を振り絞って立ち上がると、急いでその場から逃げた。


 背後で襲撃者の一人が何かを叫んだ。

 途切れかけている意識の中でユリアはその言葉を頭に刻み込んだ。


 ――プラットホックごときに――



★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆



 裏路地を脱出してからの記憶は曖昧だった。

 表通りで街の住人達に声をかけられたのは覚えているが、それ以降の記憶は全くない。


 意識が覚醒したのは病院のベッドの上だった。

 窓の外を覗くと、雨は止んでいて日が沈む直前のようだ。

 室内には自分の他に男女が一組。

 表通りで自分に話し掛けてきた人達だ。


 目を覚ましたユリアを確認した2人は安心した表情を浮かべた。

 最初は自分の置かれた状況に戸惑ったユリアだが、彼らの説明を聞いて納得する。

 どうやら彼らは傷ついたユリアを病院まで運んでくれたらしい。


 彼らが立ち去った後、医者が包帯の取替えにやって来た。

 傷口は魔法で治療したらしく完全に塞がっている。

 医者には「しばらく左腕はまともに動かせない。今日は絶対安静だ」と入院を勧められた。

 だが、今は緊急事態である。じっとしている訳にはいかない。

 ユリアは医療費を支払い、医者の静止を振り切って病院を出た。


 自分が何者かに狙われている。

 恐らくケビンも同様のはずだ。

 早く宿に戻ってケビンに報告しなくてはという焦りがあった。


 宿に戻ったユリアを先に戻っていたケビンは驚いた表情で迎え入れた。


「姐さん。どうした、その腕?」


 ケビンの目線の先には包帯に支えられたユリアの左腕に向けられていた。


「あぁ、これね。斬られた」


 あっけらかんとした口調でユリアが明るく答えるとケビンは「へぇ、そうなんだ」と普通に呟いた。

 ところが、数秒後事の重大さに気付いて騒ぎ出す。


「なんだとぉ。斬られただぁ。どこのどいつに、どこで!」


 怒りを露にするケビンをユリアは「まぁまぁ」と嗜める。

 おかげで先程までの焦りは綺麗に払拭されて、冷静になれた。

 もしかするとケビンはわざと大げさに騒いだのかもしれない。


 落ち着きを取り戻したところで、ユリアは何者かに襲われたことをケビンに説明した。


「プラットホックだと。本当にそう言ったのか?」

「うん、間違いないわ。あたしを襲った奴ら、黒づくめ達のことプラットホックって呼んでた」

「なんでプラットホック派が姐さんを助けたりするんだ? 慈善行動するような殊勝な連中じゃねえだろ」


 プラットホックは冒険者協会の派閥の一つだ。

 冒険者の間では盗掘とも揶揄される遺跡発掘の強行。

 更には犯罪者や裏切り者の排除など、違法に近い仕事ばかりを扱う異端者集団である。

 ケビンはしきりに頭を捻った。

 彼らがユリアを助けた理由が思いつかないようだ。


「あたしに訊かれても困るけど。で、そっちの方は何か進展あったの?」

「ん? まぁ、あったけど。進展あって良かったんだか良くなかったんだか……」


 要領を得ないケビンの返答にユリアは小さく溜息を吐いた。


「ようするに、面倒なことになってるわけね」

「そういうこと。聞きたい?」

「聞かなきゃ、先に進まないでしょ」

「だよなぁ。つってもどこから話せば良いもんか。実はさ、造艇所に行ったんだけど進展なくてさ。でさ、その後に軍の方に探りいれたんだ。一通り調べたけど、なかったんだなこれが。んで、役所とかバーとありそうな場所とかも調べまわったんだけど、こっちもなかった」

「なかった、って何が?」

「爆弾魔とゴーザの指名手配書」

「それって重要なことなの?」


 ケビンがなにを問題視しているのか分からずユリアは首を傾げた。


「重要っていうか、不自然なんだよ。普通は国家が発布する指名手配書が出たあとに、冒険者協会に依頼が入る。けど今回は協会が先に冒険者に指名手配書を発布している。協会が気を利かせて先出ってのは場合によってはあり得るだろとは思う。だけど、ミードレイモン王国は現時点で爆弾魔とゴーザに対して指名手配はしていなかった。爆弾事件は国家管轄の魔法協議会が狙われたものであるにも関わらずだ」

「言われてみれば変よね」

「まぁ、今回の事件は協会の依頼が元々の発端だ。国が協会に汚名返上の機会を与えた、という見方もできなくはねぇ。もっとも施工式まで時間がない今の現状を考えると微妙な線だけどな。ただそっちよりも、もっと気がかりなことがある。軍の連中が造艇所の飛空艇のことを『一番艇』って呼んでいたんだ」

「建造されてるのは一隻じゃないってこと?」

「だと思う。大使館の資料には確かに数は書かれてなかったからな。実際のところ資料には一隻だと思わせるような表現で書かれていた」

「隠蔽工作ってほど大げさでもないけど、隠す必要性があるのかな? だってさ、数を増やせばそれだけ建造費がかかるし、負担は出資者達に圧し掛かってくるよね。出資者は一隻だと思い込んでいるなら、異常な出資額に気付くでしょ。そうなったら、数隻建造してるなんてすぐにばれちゃうんじゃない?」

「いや、気づかねぇよ、多分。研究ってのは内容によっては莫大な金がかかるもんだ。飛空艇なんて未知のシロモノの相場なんてないも同然。飛空艇は最新の魔法技術の塊だと謳っている。値を吊り上げたって誰も疑わねぇ。出資者はほとんど貴族だって話だ。連中は頭は良いけど目先の明るい部分に目が眩む奴も多いからな」

「損得勘定はしてると思うけど」

「金には困ってねぇ連中だ。利益より、大きな計画に参加してステータスを上げるって考え方が強いだろからな。ま、それは些細なことだ。問題は出資者に複数建造してるってことを黙ってる理由だ。単純に考えれば、出資者側に知られちゃまずい目的があって建造してるってことだろう」

「貿易以外の目的でってこと?」

「そう考えて間違いないと思うぜ。なぁ、姐さん。国が力を入れる事業と言えば何だと思う?」

「そりゃもちろん、貿易と軍事……って、まさか! 軍用?」

 

 ユリアの咄嗟の思いつきにケビンは大きく頷いた。


「あぁ、そのまさかだ。これは俺の憶測に過ぎねぇけど、ミードレイモン王国は貿易を大義名分に資金を集めて軍艇を建造しているんじゃねぇかと思う。俺らがセルディーエに来たとき、軍人が千人増強されたって情報が流れてたろ? それがもし駐留軍ではなく正規軍だとしたらどうだ? つまり、増強された軍の連中は軍艇として建造される飛空艇の乗組員だ。街中で増強された駐留軍の連中なんて見かけた記憶ないだろ? きっと別の場所に建造中の飛空艇があってそこで運用技術のレクチャーを受けてるんだ」

「でも、いったい何のために? 戦争でも始めようってんじゃあるまいし」


 ユリアが冗談のように出した言葉にケビンは深刻そうな眼差しで黙った。

 想定外の反応にユリアは焦った。


「え? マジで?」

「可能性はない、とは言い切れないな。ミードレイモン王国は中立だが、空飛ぶ軍艇を建造しているって憶測が事実なら由々しき事態になる。敵対している国はないが、問題が全くないわけでもない。そういう国に対して空からの攻撃というアドバンテージを得ることが出来るのだからと、欲を出す連中が現れる可能性は否定できねぇ。敵対しなくとも、飛空艇の技術を欲して行動を起こす国も現れるだろうしな。その手段が友好的とは限らないだろ? なんにしても飛空艇が完成すれば、軍云々は抜きにしても大陸の勢力図が大きく変わるのは間違いないな」


 ユリアは反応に困って天を仰いで頭を抱えた。


「なんだか、話大きくなりすぎ。もしかしてあたし達とんでもない事に首突っ込んでる?」

「あぁ、そりゃ俺も感じてる。姐さんが冒険者連中に襲われたことを考えれば、尚更」

「そうね。そういえばどうしてあたしを襲ってきたのかな? 最初はあたしがゴーザの仲間って知られてるから、爆弾魔の仲間だと思われてるのかなぁって思ってたんだけど。そんな理屈じゃなさそうよね」

「だな。協会出た直後だったことをふまえれば、姐さんが何か知られたらまずい情報を聞いてしまったのかもな。もしくは、調べられたら困ることが協会内にある、とかだな。何か思い当たることない?」

「そう言われても収穫らしい収穫はなかったし。ディーク派が飛空艇建造のことで内部分裂を起こしてるらしいってことぐらいね」

「ディーク派が? もしかして、ソフィナから聞き出したのか?」

「うん。そうだけど」

「それって、ソフィナの方もやばいかもな」


 ケビンのその一言にユリアは「あ」と小さく声を洩らした。

 もし、自分が襲われた理由が知られたくない情報を仕入れたからだとすると、それを話した人間も同様に襲われる可能性があることに気付いたのだ。


 ユリアは慌てて立ち上がった。

 ケビンはユリアが何をしようとしているのかを瞬時に察して「姐さん、待て」と制止をかける。

 しかしユリアはケビンの言葉に耳を聞かず、部屋を飛び出していった。


「だぁー、もう。そりゃ慌てすぎだって」


 ケビンは右手で頭を掻き毟ってからユリアの後を追った。

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