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友盟の絆  作者: Project_B.W
第2章 ユリアサイド 第2節
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04話

 しばらく沈黙していたソフィナが唐突に口を開いた。


「ユリアさんは冒険者協会が嫌いですか?」


 質問の意味を図りかねた。

 ただ、否定的な答えを返せばソフィナが不機嫌になることだけは想像がついた。

 それでもユリアは嘘で誤魔かす気にはなれなかった。


「嫌いよ」


 余計な言葉は使わず簡素に答えた。

 直情型のソフィナに小難しい理屈は無意味だと思ったからだ。

 けれど「どうして?」とソフィナが訊き返してくるものだから、ユリアは困ってしまう。


「最初はそうでもなかったわ。でも今は嫌い。アンタの派閥のしつこい勧誘に辟易してるってのもあるけど、あえて言うなら色々見えてきたから、かな? とくに嫌気がさしたのは利権が絡むと目の色を変えるところ。どこの世界もこういう所は変わらないんだって思ったら、白けたわ」


 ユリアは思考をめぐらせ、余分な言葉を省くように心がけて偽ざる気持ちを語った。

 ソフィナは何も答えず眉を顰め、陰鬱な表情をみせる。


 何が訊きたかったのだろう?

 それがユリアの心に引っかかる。

 真剣な面持ちで訊いてきたからユリアも真面目に答えた。

 それはソフィナを苦悩させている。

 では、彼女はユリアに何を望んだのだろうか?


「ねぇ、ソフィナ。あんたさ、協会が好きなの?」


 ユリアは自分に対する問いかけを逆にソフィナに投げかけてみた。

 向けられた問いかけそのものがソフィナ自身の迷いであるような気がしたからだ。


 彼女は協会信奉者のようだった。

 だったら「好き」と答えるのが普通の反応。

 だが、ユリアは「好き」とは言わないだろうと思った。

 勘でそう感じただけではない。

 ユリアの心の片隅にその理由に成り得そうな答えがあったからだ。

 案の定、ソフィナは口を閉ざしたまま表情を一層険しくした。

 そのソフィナの態度でユリアは自分の予想が正しかったことを確信する。


「あんた、もしかして今の現状に疑問を抱いているの? それは派閥から受けた依頼のせいかしら? 戸惑っているのは協会を妄信しているせい? 執着……いえ、依存かな。自覚、あるんじゃない?」


 ユリアにも似た経験がある。

 実家にいた頃のことだ。

 家族がユリアのすべてだった。

 その決定は絶対だった。

 兄や姉の後ろをずっと追いかけ、嫌なことがあったらすがり、自分で解決しようとはしなかった。

 無自覚に兄姉に依存していたのだ。

 考え方が変わったのは、家族からどうしても容認できない理不尽を突きつけられたことだった。

 そのとき、ユリアは初めて家族に逆らった。

 自分の意志を行動に移すようになった。


 今のソフィナは昔の自分と似たような感情を抱いているのではないか、ユリアはそう感じたのだ。


 ユリアの言葉にソフィナは身体を僅かに震わせた。

 それは肯定したも同然の反応だった。


「そっか。やっぱりそうなのね」


 実感を込めてユリアは呟いた。


「いけませんか?」


 怒気を孕んだ声音で、それでもソフィナは冷静を装い淡々と反発する。


「いけないとは言ってない。自覚があるのを認められるって勇気のいることよ。それを口にできるってすごいことだと思う。けど、これだけは言わせて。あまり深刻に考えないで。視野が狭くなると思うから」


 頭の片隅では、励ましの言葉が余計な世話にならないか、と思いながらもユリアは口にせずにはいられなかった。


 ソフィナは険しい表情をして、おもむろに立ち上がった。


「私、そろそろ失礼させてもらいます。施工式が終わるまで冒険者協会ギルド隣の宿にいますから」


 ソフィナは軽く会釈すると逃げるように背を向けた。

 去り際に、ユリアの方を一度だけ振り返り一瞥してからこう言った。


「私のような実力のない者はまともな仕事一つ貰えない。ディーク派に属することが出来なければ今ごろ私はひどい生活をしていたと思います。それでも昔に比べればマシなんでしょうけど。それでも……今は」


 今にも泣き出しそうな潤んだ瞳で、訴えるように語ったソフィナ。

 去りゆくソフィナの背中を見送りながら、ユリアは言い知れぬ不安を感じていた。



★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆



 ケビンは大使館3階の廊下にいた。

 階段の前にいた警備員は魔法で眠らせて突破した。

 通路の途中に仕掛けられていた罠も簡単に解除できた。

 ソフィナは警備が厳重だと豪語したが、ケビンから見れば穴だらけだった。


 3階は2階や1階とかなり様相が異なっていた。

 曲線と正方形の組み合わせで描かれた壁の模様。

 天井はアーチ状で等間隔にステンドグラスで作られた豪華なシャンデリアが並ぶ。


 これらはノーラス王国カルライノ地方の建築技術である。

 外観や1階と2階の内装がミードレイモン王国の城を基準として造られていることを踏まえれば、3階はノーラス王国からの客向けに造られているのだと予想がつく。

 実際、3階にはノーラス貴族と思われる人間を何人も目撃している。

 4階も3階と同様にカルライノ建築で占められていた。


 5階へ上がるとまた様相が変わった。

 薄い青色で統一された天井と壁には緑を主とした風景画が彫られている。

 色素が薄く陳腐な印象を受け、一見すると手抜きではと思える作りだが、良く観察してみると眼に負担がかからないように色が調整されているのだと分かる。


 この手法は、ノーラス王国ペルメドン地方やボルン帝国の建築物に良く見られる様式だ。


(妙な夢を見た時点で嫌な予感はしてたが……)


 夢の内容を思い出してケビンは落胆の吐息を洩らす。

 昼間見た夢は昔の出来事だ。

 そして舞台は星礼堂と呼ばれる聖堂だった。

 5階の廊下はその星礼堂の廊下に似ていた。

 

 ケビンは5階の室内を調べて回った。

 人の気配が殆んど感じられない。

 階段付近に警備員が立っている程度だ。

 各部屋も観て回ったが使用された形跡はあるものの、人の気配はない。


(ここはいったい何なんだ?)


 警戒しながら捜査を続けていると、北側の廊下に人の姿を見つけた。

 その人物は、廊下の窓から空を眺めていた。

 ケビンは柱の影に身を潜めて窓際に立つ人物に眼を向けた。

 後姿しか見えないが、長い白髪で背の曲がった体格から老人のようであると推測できた。


「空は怖い。そう思わんか?」


 老人は窓の外を見上げて呟いた。

 だが、明らかに独り言ではない。

 隠れていることに気付かれている。


 ケビンは迷った。

 老人に姿を見られる前に逃げるのが最良の行動であることは分かっている。

 しかし相手はケビンの気配を簡単に察知した人物だ。

 老人の態度を見るかぎり警備員を呼ぶつもりはないようだが、油断は出来ない。


 判断しかねていると老人の方からケビンに近づいてきた。

 老人とは思えない軽快な足取りだ。

 やばい、と思った時にはもう老人はケビンの目の前にいた。


「き、貴様は!」「て、テメェは!」


 お互いの視線が重なり、同時に声を上げた。

 老人は皺に隠れた細い眼を大きく見開いて驚いていた。


 ケビンも老人を驚愕の表情で見返した。

 皺だらけの顔に腹まで伸びた長い白髭。


 老人はかつて、世代を超えたケビンの友人だった。

 老人はかつて、同じ目標ゆめを目指したケビンの同志だった。

 老人はかつて、ほんのひとときケビンの部下だった。


 そして、老人は最後にケビンを裏切った。

 

 老人の名はゴズロヴ・ハーツという。

 

「ゴズロヴ、テメェが何でセルディーエ(ここ)にいる」


 ケビンは頬を引き攣らせゴズロヴを睨みつけた。


「……そうか、生きていたか」


 最初こそ驚いていていたものの、ゴズロヴは冷静さを取り戻していた。


「俺の質問に答えやがれ!」

「不躾だな。久方ぶりの再会だというのに」

「ざけんな。俺とテメェは殺しあった。もう昔のようにはいかねぇだろうが」


 ケビンは会話しながら周囲を警戒した。

 ゴスロヴがいる。

 その事実は別の可能性を瞬時に連想させた。

 『ケビン』の敵は目の前の老人だけではない。


「ゴズロヴ。プロストはどうした。あのあと、どうなった?」

「さて。それは貴様自身の目で確かめに戻ったらどうだ?」


 ケビンの問いに唇に笑みを浮かべてはぐらかすゴズロヴ。


「このヤロウ。この場でぶちのめしてやってもいいんだぞ!」

「やめておけ。私は飛空艇建造計画の出資者としてここにおる。手を出せばただで済まぬのはそっちだぞ」

「何かの冗談か、そりゃ。出資者リストにテメェの名なんかなかったはずだけどな」

「今はカウセロ・カイローと名乗っている。立場はミードレイモン王国の者が貴族の地位を準備してくれた。ミードレイモン王国の連中は公にボルン帝国の高官が関わっていると知られたくないらしい。大方、ノーラス王国に手を引かれることを恐れておるのだろう」


 ボルン帝国。

 その名前が出た瞬間、ケビンは唇を噛み締めた。


「テメェが高官だと? 笑わせるなよ」

「今の私は宮士砂位(ぐうしさい)である。本来であれば、貴様のような民士(みんし)如きでは我が前に立つことすら許されぬのだ」


 勝ち誇ったようにゴズロヴが言い放った。

 ケビンの唇が震えた。


 全身から炎のような怒りを発しながら、それでも頭は冷静だった。


 何かが違う。

 ケビンはそう思ったのだ。

 ゴスロヴは権力に執着するような男ではない。

 むしろ、権力と戦う側にいた人間だ。

 権力を与えられて従うようなことはあり得ない。


「それが、オルベイトを撃って得た地位か、ゴズロヴ。正気なのかよ、おまえ」


 かつての仲間の行動に疑念を抱きながら、ケビンは静かに手を空に伸ばす。


 ケビンは右手で上空に魔法陣を描き、左手をその中心に押し当て呪文を唱える。

 「エン」と発現文を叫ぶと、魔法陣から複数の炎の球が出現してゴズロヴに襲いかかる。

 ゴズロヴは炎球を、まるで寄って来る蚊を払うかのように軽々と手で払った。

 袖が焼けて、骨と皮だけの手首が露になる。

 炎の直撃を受けたというのに皮膚に焼け跡はまったくない。


「無傷か。”アレ”は夢なんかじゃなかったか」


 額に薄っすらと冷汗が滲んだ。

 70歳を軽く超える武道家でも魔法使いでもない老人が、衝撃波や炎に耐え切れる筈はない。


「【魔族】に成り下がって、何やってんだよ、ゴズロヴ」

「さて、何のことかな?」

「ふざけんなよ!」


 ケビンは大地を蹴り、ゴズロヴに向かって駆けた。

 右の人差し指で左手の甲に魔法陣を刻む。

 そして、左手をゴズロヴに向けた。

 ところが標的を定めたその瞬間、ケビンの視界からゴズロヴの姿が消えた。


「無駄なことだ」


 ゴズロヴの声がケビンの耳に届いたと同時だった。

 ケビンは背中に衝撃を受けて、顔面を床に叩きつけられた。

 予想外の方向からの衝撃。

 慌てて身を起こして後ろを振り向くと、不敵な笑みを浮かべて仁王立ちするゴズロヴの姿があった。


「死ぬがいい」


 短い宣告の後、ゴズロヴは右手を振り上げた。

 その瞬間、ゴズロヴの右腕が天井まで伸びて蟷螂の腕のような形に変化した。

 鎌と化した巨大な右腕をゴズロヴはケビンに向かって振り下ろす。

 ケビンは左に飛んでそれを避ける。

 だが、ケビンを追うようにゴズロヴの左腕が伸びて、ケビンの首を捕らえた。

 ゴズロヴの左腕は更に伸びて、ケビンの身体を壁に叩き付けた。

 非力そうに見える細腕だが、その腕力は尋常ではなかった。

 両腕で引き剥がそうとしてもびくともしない。


 ケビンはゴズロヴの左腕に魔法陣を描いた。

 そしてローブの内ポケットに隠し持っていた小さな小瓶でゴズロヴの左腕を殴った。

 小瓶が砕けて、その中から透明の液体が飛び散った。

 そして液体がゴスロヴの左腕に降りかかり、魔法陣が発光する。

 眩い光が走った直後、ゴズロヴの左腕が一瞬で蒸発した。

 ゴズロヴの左腕から解放されたケビンは床に両膝を突いて激しく咳き込んだ。


「ほう。そんなものを隠し持っていたか。とっさにそのような行動をとれるとは流石だ。殺すには実に惜しい」

「や、やかま……し、いんだよ。テメェは」

「カラミティ。私に手を貸せとは言わん。だが、手を出すな」


 違和感があった。

 かつてのゴズロヴはケビンを『ケビン』と呼んでいた。

 何か、他人行儀で不可解だった。

 立場が変わったからかと勘ぐるが、そんな理性的な部分をあえて抑えて今は感情的に吼えた。


「黙れ!」

「落ち着け、カラミティ。私は貴様に聞きたいことがあるのだよ。それさえ答えてくれれば見逃してやる」


 屈辱的な取引をゴズロヴは持ち出してきた。

 杖を持たないこの状況では一対一の戦いに勝ち目はない。

 だからと言ってそれを素直に認めるのはケビンのプライドが許さなかった。


 ケビンは答える代わりに「断る」と怒鳴りゴズロヴを睨みつけて、拒否の意志を示した。

 しかしゴズロヴはケビンの言葉をまったく無視して、質問した。


「エリュオという子供。貴様の息子だな?」


 ケビンの表情に戦慄が走った。

 ゴズロヴは知っているはずなのに確認のような言葉を吐く。

 その意味を図りかねた。


「それが……どうした?」


 動揺を隠すようにケビンは平静を装って言った。

 その反応に満足したのか、ゴズロヴは小さく笑った。


「あれの母親は誰だ? ミュデルか、それとも皇女殿下か?」

「好きに想像しろ。それが答えだ」

「ふん。まぁ、良い。今は見逃しておいてやる。気が向いたらまた来るがよい。丁重に相手をしてやろう」


 そう言って、ゴズロヴはケビンに背を向けた。

 ケビンはその背中を見送りながら歯を食いしばった。


「……どうなってんだ、くそぉ!」


 ケビンは拳を床に叩き付けた。

 鈍い衝撃音と共に、深紅の液体が床に流れた。

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