02話
ユリアとケビンの視界の片隅にゴーザの姿を確認した。
その隣には見慣れないフード付きの白いローブに身を包んだ少女の姿が見える。
「お、ゴーザのヤツ戻ってきたか」
「あれ? 女の子と一緒だ。どうしたんだろ?」
「はっは~ん。さてはどっかでナンパしてきたか」
「あんたじゃないんだから、ゴーザがそんなことするわけないでしょ?」
ゴーザと一緒にいる女性はフードを深く被り、目元を見えないように隠していた。
何かを警戒するように左右を振り返り周囲を気にしている。
ユリアが何事かといぶかしんだのも、つかの間だった。
「あいつは魔法研究所を襲った爆弾魔だぞ!」
唐突に野外食堂の客の一人がゴーザと一緒にいる少女を指差して叫んだ。
物騒な言葉に周囲が騒然となる。
事情を知らない客や店員達は訳もわからず狼狽していた。
逆に事情を知っているのだろうと思われる者達が武器を手にして立ち上がった。
立ち上がった者達の統一感のない服装から冒険者だと推測された。
ユリアは事情を知っているかもしれない冒険者のソフィナに声をかけた。
「今の話、知ってる?」
ソフィナは頷いて説明する。
「爆弾魔って呼ばれている人に心当たりはあります。最近、協会の指名手配者のリストに追加された人です。なんでも魔法研究所を爆破したとか。一度は軍に逮捕されたんですけど、留置所から脱走したと聞いています。まさか、こんな街中に現れるなんて思いもよりませんでしたけど」
ユリアがゴーザと爆弾魔と呼ばれた少女に目線を戻すと、数人の冒険者達が一斉にフードを被った少女に襲い掛かっていく所だった。
少女を庇うようにゴーザが前に出た。
「やむ終えん。メリエンヌ君、隠れていろ」
ゴーザは迫る冒険者達を見据えたままでメリエンヌにそう声をかけた。
女性は静かに頷き、建物の影に逃げ込んだ。
それを確認するとゴーザは少女を追って来る冒険者達に向かって身構えた。
先頭を走る剣士がゴーザに向かって剣を振りかざした。
ゴーザはすかさず剣士の懐に飛び込み、脇腹に蹴りを叩き込んだ。
鈍い衝撃音と共に剣士の身体がまるで弓から放たれた矢のような勢いで飛んだ。
後ろにいた3人の冒険者が飛んで来る剣士を避けきれずに一緒に吹っ飛ぶ。
間髪いれずにゴーザは迫って来ていた冒険者数人を拳で薙ぎ倒した。
「彼女に手を出さないでもらおう。でなければ、キミ達の安全は保障できない」
ゴーザが抑揚の無い口調で脅しのような警告を発した。
その声と冷めた表情が不気味な恐ろしさを垣間見せる。
慎重に状況を見極めようと傍観していた冒険者達は息を呑んだ。
爆弾魔を庇った男の実力を瞬時に理解したのだ。
功を急がず攻めなかった彼らの判断は正しかったと言える。
冒険者達は攻撃範囲に入らないように注意しながらゴーザを囲んだ。
誰かが指示したという訳ではないが、協力せねば勝ち目はないと考えてのことだろう。
(どうなってるのよ。この状況はいったいなに?)
ユリアは焦った。
何故、ゴーザが爆弾魔と一緒にいるのか、どうして彼女を庇うのか。
もしかすると爆弾魔に騙されているのではないか?
様々な憶測が脳裏を過ぎるが、疑問を払拭するには情報が足りない。
本人に確認したいところだが、現状でゴーザに近づけば爆弾魔の仲間と判断されて自分までもが冒険者達の標的になりかねない。
どのように行動すれば良いのかユリアは迷った。
ユリアは隣に立つケビンの顔を覗きみた。
ケビンとて、黙ってこの状況を傍観しているわけではないはずだ。
現にケビンは何かを模索するようにゴーザを観察しながら何事かを考え込んでいた。
ふと、ケビンはユリアの視線に気付いた。
不安を隠し切れないユリアの様子を見てケビンは口を開いた。
「姐さん。ソフィナ。あんたらは下がってな。ちょいと、気になることがある」
真剣な表情でケビンは言った。
ただ事ではないと感じたユリアとソフィナは静かに頷いて、野外食堂から通路の方へと下がった。
ケビンは無遠慮にゴーザに近づいて行った。
突然、前に出てきたケビンに冒険者は怪訝な視線を向けるが、止めはしなかった。
ケビンはゴーザの二、三歩手前で立ち止まった。
「ゴーザ。確認するぞ。なんで爆弾魔なんかと一緒にいるんだ?」
「悪いが、現状ではキミ達に説明出来なくなってしまった」
「何故?」
「状況がそうさせている」
「なるほど。んじゃ、大人しくしろと言っても無駄ってか?」
「そういうことになる。見逃してくれると助かる」
「それが出来ねぇことぐらいこの状況みりゃ分かってんだろ? ま、立場の相違ってヤツ。俺は悪者になりたかねぇんでな」
ケビンは徐に左手の人差し指に魔力の光を生み出し、それで右腕の袖口に魔力で魔法陣を描いた。
魔法陣を描いた袖口を破って、その端切れを右手で掴む。
空中に魔法陣を描くという方法では移動が制限されるため、ケビンは袖口の切れ端に魔法陣を描いて持ち運ぶという方法を選んだようだ。
「容赦はしない」
ゴーザも右手を前に突き出し、構えを取った。
「かまわねぇさ。こちらも同意だ。いくぜ!」
ケビンの宣戦布告が合図となった。
ゴーザとケビンは同時に大地を蹴った。
ケビンは早口で呪文を唱えて、魔力を手に掴んだ袖口の端切れ(魔法陣)に注ぎ込む。
互いの影が交錯するその直前に、ケビンは魔力で魔法陣が刻まれた端切れを放って、そこに向かって左手を押し当てた。
「炎!」
刹那、魔法陣から炎の球を生み出しゴーザに放つ。
至近距離で放たれたその炎の球をゴーザは『気』の力を込めた右腕一つで弾いた。
弾かれた炎の球は周囲に飛び散り野外食堂のテーブルを粉砕した。
同時にゴーザを包囲していた冒険者達を吹き飛ばしたがケビンもゴーザもまったく気にした様子はない。
「俺をなめるなよ、ゴーザ! 魔力融合」
炎の球を放ったと同時にケビンは右拳に魔力を込めていた。
ケビンは燐光を放つ右腕を地面に向けて突き立てた。
足元には魔法陣が描かれていた。
炎の魔法を準備するその間に足で、地面に魔法陣を描いていたのだ。
ゴーザがケビンに向かって拳を振るうと同時に、ケビンは「重力!」と叫び拳の魔力を解放した。
魔力に反応して地面の魔法陣が輝き、目に見えない大きな重力となりゴーザの身体を押し返す。
しかしそれは、ほんの一瞬ゴーザの動きを止めることしか出来なかった。
「なめているのはキミだ、ケビン。杖を持たないキミに負けるほど僕は弱くはない」
ゴーザに腕を掴まれ、ケビンの身体は宙に投げ出された。
ケビンの視界が青一色に染まる。
腹部に感じる痛みで、ゴーザに殴られたのだと知った。
空から落ちてくるケビンに追い討ちをかけるべく、ゴーザがすかさず大地を駆ける。
落下するケビンの目前に迫るゴーザ。
ケビンは両手で素早く魔法陣を空中に描くき早口で呪文を唱え、魔法で大地に向かって風を放った。
その反動でケビンの身体は空に舞い戻ると、宿屋の倉庫の屋根に着地して態勢を整えた。
それを追うように、ゴーザが助走をつけて跳躍し屋根に昇った。
ゴーザは屋根を蹴り上げ距離を一気に縮めると、硬く握った拳をケビンに向かって放った。
同時にケビンも唱え終えた電撃の魔法を解き放つ。
ゴーザの拳とケビンの放った電撃が接触した瞬間、激しい雷鳴が響いた。
2人を中心に閃光が走り、爆音が轟く。
足場となっていた倉庫は一瞬で崩れ落ちた。
同時に発生した爆煙は通路や野外食堂、更には周囲の建物をも包んだ。
「ケビン! ゴーザ!」
それまで呆然と傍観していたユリアが、正気に戻ったかのように2人の名を呼んだ。
爆煙の彼方から聞こえる人々の悲鳴や、怒号がユリアを不安にさせた。
ゴーザが力を抑えていたのは一目瞭然だった。
何故なら、ゴーザはケビンとの戦闘を腕のみでこなしていたからだ。
それはいい。
だが問題なのはケビンの方だ。
彼は明らかに本気でゴーザと戦っていた。
ユリアの洞察力は彼らの実力を見極めれるほど優れてはいないが、一緒に旅してきた仲間だ。
それくらい分かる。
ユリアは数秒前まで倉庫であったものを踏みつけて、ケビンとゴーザが居るであろう場所に向かって走った。
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遠くから大理石の床を蹴る靴音が近づいてくる。
不安を掻き立てる漆黒に、ふわりと浮かぶ懐かしい顔。
艶かしい赤い唇と挑発的な鋭い眼。
赤銅色の長髪を鬱陶しそうに何度も手で払いながらベッドに寝そべっている自分に向かってくる。
「ケビン、起きろ!」
活発で元気のいい声。
体を揺さぶってくる手のぬくもりに安心感を覚えた。
なんだか、とても懐かしい。
「ん。もう少し寝たい」
甘えた声を出したのは自分だ。
自覚があった。悪くないって。
自分は女を感情のまま抱きしめていた。
女は焦った様子で声を荒げた。
「ちょ、バカ。いいから。起きろ。姫様が近づいてきてるんだよ」
「気のせい気のせい」
あまりに必死だったから、からかいたくて自分は女の尻を思いっきり掴んだ。
「ひゃっ! やめろってば。しばくぞこの……」
「うるさい」
抗議の途中で自分は女の口を自分の口で塞いだ。
女は両腕を自分の胸板に押し返して抵抗を試みるが、勢いが良いのは最初だけだった。
いつの間にか女の腕は自分の背中に回されていた。
「あ」と、いきなり女が声を上げた。
女は何かを目にして驚いたような表情をした。
自分も反射的に女の目線を追う。
するとそこには可愛らしい銀髪の女が立っていた。
豪華そうな洋服を着こなす優雅な雰囲気のある女だった。
あれはとても大事な女。
今、抱いている女ほど愛しくはないが、守らなくてはならない女。
「お邪魔だったかしら?」
銀髪の女は困ったような表情をみせた。
赤銅色の髪の女が慌てて自分の腕を押しのけて離れた。
自分も着衣の乱れを直して慌ててベッドから降りた。
柄にもなく動揺していた。
「こ、これは……その違うのです。あの……」
赤銅色の髪の女がまるで許しを乞うような口調で言った。
「弁明は必要ないわ。わたくし、気にしてませんから」
それだけ言うと、銀髪の女は踵を返して闇の中へ消えていった。
「姫様……」
赤銅色の髪の女が目を細めて呟いた。
姫様? そうだ、あの銀髪の女は――
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小さな呻き声がユリアの耳に届いた。
振り向くと、ベッドで眠っていたケビンが目を覚ましていた。
窓際で外の様子を覗っていたユリアは窓を閉めるとケビンの元へ駆け寄り、ベッドの脇にある椅子に座った。
「ケビン、うなされていたようだけど……」
ユリアは心配そうにケビンの顔を覗き込んだ。
「うなさてた? そうか。うなされてたのか」
ケビンはそう呟くと困惑した表情を浮かべた。
「大丈夫?」
「あ、あぁ、ちょっと変な夢を見ただけだ。それより、俺いつ宿に戻ったんだっけ?」
「何言ってるのよ。あんた、崩れた倉庫の下で気絶してたのよ」
それを聞いてケビンは状況を思い出したようだ。
「そっか。俺はゴーザにやられたのか」
「大変だったんだからね。あんた達が暴れまわったせいで食堂は休業、宿屋の主人には倉庫を弁償しろだとか言われるし、倉庫の爆発に紛れてゴーザもどっかいっちゃったし……」
「わりぃな」
「別に良いわよ。それより、どういうつもりだったのよ。ゴーザと戦うなんて」
「あの状況じゃゴーザを一旦逃がすしかねぇって考えただけさ。ただ、ゴーザ一人なら自力で逃げれたろうが、白フードの女が一緒だったからな。彼女も逃がすとなるとちょいとした目暗ましが必要かなって思ったわけだ」
「だからってあれはやりすぎよ」
「いや、そうでもねぇ。最初に白フードの姉ちゃんに気付いた男、ありゃ軍人だ。それに俺が気付いたのは、フードで顔を隠してたにも関わらず簡単に爆弾魔と見抜いたからだ。いくら指名手配書が出回っているとしても顔や服装を正確に描いてあるわけじゃねぇ。それなのに遠目に見ただけで気付くなんて尋常じゃない。考えられるのは本人を知っていた可能性だ。もし、あの男が冒険者なら店を出て行った時を狙って自分の手柄とするはずだ。あの男はそれをしなかったからまず冒険者じゃねぇ。だとしたら他に爆弾魔を知ってそうなのは軍人ぐらいだ。ソフィナが言ってたろ? 爆弾魔は一度、軍に捕まっているってな。多分、あの男は爆弾魔を捕まえた軍人の1人だったんじゃねぇかな。乱闘騒ぎになったとき、あの男は傍観者に徹して他の傍観者数人とアイコンタクトを取ってたから仲間がいることはすぐに分かった。あのままあいつらほっといたら駐留軍まで連れてこられそうだったからな、吹っ飛ばそうと考えたわけ。でも直接手を出したらまずいだろ? だからさ、思いっきり派手で威力のある魔法を使ったってわけさ。まぁ、ゴーザがそのことに気付いてねぇっぽかったけどなぁ。アイツ、マジになってぶん殴ってきやがったし。気絶させられたんだからな」
ケビンの洞察力にユリアは感心すると同時にそのやり口に呆れた。
傍観者の中に混じっていた軍人を吹っ飛ばすためにゴーザと本気で戦っていたということなのだから。
一緒に倒された食堂の店員や冒険者達は悲惨だ。
「まぁ、確かにゴーザが軍に連れてかれたりしても困るけど、事態をややこしくしてるだけのような……」
「そりゃわかんねぇけどさ、曲がったことが大嫌いなゴーザが俺を敵に回してまで爆弾魔を守ろうとしたんだ。何か理由があンだろうさ」
「あたしだってゴーザを疑ってるわけじゃないわ。ただ、状況がわっかんないのよね」
「別の視点から考えてみるしかねぇか。そうだな。例えば、白フードの姉ちゃんがセルディーエの魔法協議会に爆弾を仕掛けた理由とかな」
「そっか、そうよね。一介の冒険者が魔法協議会に攻撃しかけたって何のメリットもないものね。時期的なものを考えれば爆弾魔の行動は飛空艇建造を妨害するのが目的だったと見るべきでしょうし。だったら組織的犯行だった可能性もあるわけで……」
そこまで言ってユリアは目を見開いた。
ユリアはあることに気がついたのだ。
「そういえば協議会が爆弾魔に襲われたとは聞いたけど、詳しい状況は何もしらないんだよね」
「だな。俺達には情報がなさ過ぎる。判断材料が不足してる状態でいくら憶測を立てても答えはでねぇ。疑惑のあるところから調べてみるしかねぇだろ」




