06話
ユリア達が開会式の会場に到着したのは開始直前で、ほとんどの受験者が会場である大ホールに入った後だった。
物珍しく見ていたのは、ルーディスの連れのケネスだけで、他は「ここだな」という確認だけすると先を急ごうとしていた。
「ど~したのケネスくん。とにかく今は入った入った」
「あ、すいません。この規模の建物はハザンシティの大聖堂以来なんで」
「そうねぇ…ノーラスはそんなに大きなの建てること少ないからねぇ。ま、後でじっくり見ればいいわ。それより今は…」
ルイは最後まで言葉にせず、早く中に入るようにケネスの背中を押した。
全員中に入り、空いている席にレイリア、ルイ、ユリア、ルーディス、ケネスの順で座り、周りを見渡してみる。
2000人規模の大きなホールだが、2階席などは無く2000人全てが階段状のスペースに並べられた席になっている。
「あたし、ホールというのでオペラホールをイメージしてたのですが」
今まで経験したホールの造りと違っており、今度はユリアがキョロキョロと辺りを見回していた
「この街にも無くはないけど、ここはそういう催し物の為じゃなく、公聴会や授賞式に使われているホールだからね」
「それに、下手にボックス席なんてあったら講演者や受賞者を見下ろす感じになってイメージ悪いのよ」
両側からルーディスとルイに説明を受けて納得したユリアは
「そうなんですね…。なんか新鮮な感じ」
とつぶやき、それを聞いたルーディスとルイは顔を見合わせ。
「「どこかのお嬢さんなんだ」」と表情だけで会話するのだった。
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ざわついているホールで、壇上の脇で1人の男が声を上げた。
「諸君、静まりたまえ!私はカンティルノ・ディーク。この度の冒険者採用試験の司会をつとめる。これより、協会長の宣言を持って試験を開会する」
妙に通る声でそう言うと、今までざわついていたのが嘘のように静まり返った。
「全員、起立!」
ホールにいた全員がその場に立つと、初老の男が壇上の真ん中に立ち、その後ろに4人の制服姿の男が並んだ。
「これより冒険者協会採用試験を開始する。これより後、君たちの行動全てがチェック対象であり、減点加点対象になる気を引き締めてこの半月間を過ごしてくれたまえ」
真ん中の初老の男ー協会長ーが厳かに宣言し、間を開けて今度は微笑みながら軽い声で受験者に語りかける。
「とまあ、立場上と形式上そう宣言したわけだが、冒険者らしい行動とは、ある種粗暴な面もあるから、それほど気にしなくともいいぞ」
協会長は振り返り後ろの4人に合図をし、その後脇に控える司会に目配せをする。
「協会長ありがとうございました。続いて協会運営に尽力なさっている理事の方々を紹介する。まず協会理事長であり、ミードレイモン王国魔法協議会幹部フォジュ・ユンカーン殿、続いて協会理事 ドルン国行政議会議長 キャランド・ウルディーン殿、船舶管理機構旅団幹部 ガンボルド・ギード殿、ミーア水軍総合戦略指揮官【水の守り手】キルウェント・アスタル殿」
司会者が名前を呼び上げる度に、協会長の後ろの面々が一歩前に出る。
協会長と理事会の紹介が終わり、協会長以外が壇上を降り、手近な席に座った。
「続いて協会長及び理事会から激励の言葉を承る。一同着席して拝聴するように」
全員、席に着くのを確かめてから、協会長が長くて為にならない言葉を話し始めた。
「司会の人…なんか上から目線で嫌な感じ」
ユリアがつぶやいた言葉をルイが聞き取り、
「ミードレイモンの小貴族の派閥のトップだし、まあ気にしてもしょうがないわよ。まあ声はそんなに大きくないのに隅々まで通ってるからいいんじゃない」
と優しく返した。
昨夜の件で、若干苦手意識があるものの、優しく丁寧に返されたユリアは、ついでに協会の事を聞くことにした。
「協会に派閥とかあるというのは聞いてるのですが、あたしにはどういう事かわからなくて…」
「ん~、そうねぇ。これは私よりルーディスが詳しいからルーくんに任せた」
「そうなんですか?」
「確かに、僕は受験前に調べましたけど…。ルイ姉さん、なんか企んでますね」
ルーディスが非難の声をあげるが、ルイは知らん顔をしていた。
「まったく…」と言いながらも、楽し気に笑うルーディスをユリアは見とれてしまっていた。
「それじゃ、説明するけど…冒険者協会というのは、元々レミードフィフォスに複数在った傭兵互助会が集まってできた組織で、派閥っていうのは受注した仕事を元々の組織の得意分野…例えば、魔物討伐だったり、キャラバンの警備、遺跡の探索なんかを、独占していた事からはじまるんだ。さすがに世界各国に広がった組織となった今では、元の組織どうこうというのはないけど、得意な分野は得意な派閥で受け持つという流れはそのまま残ったんだ。今ある大きな派閥だと、教会の依頼が多いアスタ派、遺跡の探索が得意なオルガ派、魔物討伐や諍い事…まあ武力による解決が得意なアスタル派、キャラバンや倉庫の警備…まあ主に商人関係の仕事を一手に引き受けるギード派、魔法関係全般に強いユンカーン派とかあるね」
「アスタ派以外は、先程聞いたような気がするわね」
「その通り。アスタ派は、今現存する派閥の中では最も古くって、元の組織どうこうは無いっていったけど、この派閥だけが例外的に残っているんだ。ちなみに代表は理事のウルディーン師だよ」
「ウルディーン…師?」
敬称に師を使うのは、普通自分の師匠や、それに類する人物である。
「ああ、今の地位に着く前は枢機卿だったんだ。現職なら猊下だけど、今は退いてるから師」
「そうなんだ。そういえば、ルーディスって教会の人?その修道服もそうだけど、今の教会の話している時、なんだか楽しそうだったから」
「あれ?言ってなかったっけ?僕は教会の孤児院で育ったんだ」
「え?そうなの!じゃあ、ルイさんやレイリアも…?」
「あ、いや…少しの間一緒に過ごしたこともあるけど、2人にはちゃんと両親がいるよ」
「でも、本当の弟みたいで可愛いのよ。あの孤児院の兄弟はみんなそうだけど、特に可愛がりがいのある子よ」
ルイがここぞとばかりに、話に参加してきたが、冷静なレイリアに突っ込まれた。
「って、姉さん。みんなと仲良くなったの、私とルーディスが一緒にいたのにちょっかいかけてからじゃん」
「あら、そうだったかしら」
レイリアのツッコミでさらにひっかき回そうとしていたのを阻止されてしまった。
「あはは、ともかくどちらも世界的な組織で人類の平和という共通目的、まあ協会の方は損得勘定もはいるけど、で協力関係は築いてきた歴史があるんだ。だからこそ、教会系の派閥は派閥の長の名前じゃなく、『聖なる』を意味するアスタの名前がついてるんだよ」
「レイリアとルーディスははじめから仲よかったの?」
「なんか、はじめて会って5分後には、一緒に木に登ってたよね」
ルーディスは微笑みながらレイリアに問いかける。
「まわりから双子って言われるくらい、いつも一緒にいたよね」
レイリアもそれに微笑み返しながら答える
「言いだしっぺは姉さんなんだけど…」
とルーディスはルイに視線を一度移す。
「だって、他人にレイちゃんを取られたみたいで悔しかったんだもん」
「そうだったんですか?」
ユリアは自分も兄を他人に取られたような感覚は知っているので、真面目なトーンで返事をしたが、すぐにレイリアがツッコミを入れる
「ユリア。姉さんなりのジョークなんだから相手にしなくていいよ」
「そういえば、ルイさんって昨日はなぜ夜遅くに到着したんですか?その前までは一緒に行動していたと聞きましたけど」
「あー、仕事よ。し・ご・と……親方にこっち方面に行くならって、頼まれちゃって。まあ私も勉強になったからいいんだけど」
「仕事?失礼ですが、ルイさんは冒険者になるために受験されるんですよね」
仕事探しの為に受験しているユリアは、ルイが仕事を持っていながら受験することに驚いた。
「そうよ。冒険者になれば、より実戦的な事ができるからね」
一方的にしゃべりはじめたルイにユリアは、きょとんとした顔のまま、なんとか理解しようとしていた。
しかし、その杞憂もレイリアの一言で片付いた。
「あ、ごめん姉さん。ユリアに姉さんの仕事の事なにも話してない」
「え!早く言ってよ。んじゃ、改めて私はバルティティスで技術者をやってるのよ。専攻は難しく言うと流体力学。もうちょっと噛み砕いていうと、自然の力の流れをどうやって活かすかって事ね。例をあげるなら、水車が分かりやすいかしら?水の流れを使って動力を得て、小麦を挽いたりできるアレ」
立て続けに説明を続けるルイに、やはり冷静なレイリアがツッコミを入れる。
「姉さん。ユリアが困ってるから。あんまり細かいこと説明しない方がいいよ」
「あれ?でも2人はハザンシティの近くから来たって…」
「姉さんは、数年前から技術者になるために首都へ引越してるのさ」
「だから、無事に採用試験が終わったら、2人はバルティティスに引越してくれるのよ」
「まあ、僕は他に行くところないし、レイリアはレイリアの思惑があるみたいだしね」
「行くところがないってどういう事なの?」
「ああ、僕が住んでいた孤児院の老朽化が激しくてね、取り壊しが命じられちゃったんだ。年上の兄姉は他に移る弟妹たちに迷惑かけないために、ほとんどが教会儀礼部に就職したんだけどね。僕はそっちに行くにはまだ年が足りなくって……そんな時にハザンシティの知り合いからここの事を聞いたんだよ。冒険者になる為の年齢制限はないからね」
「冒険部に仮勤めしてた僕から教えてもよかったんだけど…むしろ、ルーディスも儀礼部に仮勤めするんだと思ってた」
ここで初めてケネスが話に参加した。
しかし、次のケネスの言葉で、全員が黙ることになった。
「しかし、もうちょっと静かにしたほうがいいと思う。僕たち周りからうるさがられてるぞ」
ユリアは顔を真っ赤にして俯き、ルーディスは手近な人に手で謝罪をし、レイリアは苦笑いし頭を掻いていたが、ルイだけは素知らぬ顔で何事もなかったかの様にふるまっていた。
2017/11/25 試験期間の言葉を修正