06話
ユリア達が『犯人が判明した』と庭の噴水前にベルイドとロンを呼び出したのは出発目前だった。
西の山脈に半分重なった太陽が空を深紅に染める。
吹き上がる噴水の水の色も陽射しを浴びて血のように赤い。
噴水の前にはユリア、ケビン、ゴーザの3人が神妙な面持ちで立っていた。
そこに現れたベルイドは3人の鋭い視線に一瞬怯む。
後ろに続いて現れたロンは逆に笑みを浮かべていた。
「犯人が判ったそうだな。あの馬鹿どもの誰かなのだろう。誰だ、それは」
ベルイドは3人が放つ緊張感に顔を強張らせながら訊いてきた。
ユリアがゆっくりとベルイドに向かって歩き出す。
褐色の髪が緩やかになびき、太陽の光を反射する。
一定のテンポで聞こえる静かな靴音。
堂々とした物腰で、けれど優雅に歩く。
そのスマートな動きに全員が見惚れいた。
ユリアはベルイドの目の前で立ち止まった。
「まず、説明をさせて頂く前にベルイド殿に謝罪をさせて頂きます」
静寂の中にユリアの凛と澄んだ声が響いた。
その声にベルイドが息を呑んでいた。
ロンも呆気に取られていた。
ユリアの雰囲気が急変したことに戸惑っている様子だ。
2人の反応を確認したユリアは言葉を続けた。
「ベルイド殿。今回の依頼は、お断りさせて頂くことに致しました。その事をご了承下さい」
ユリアが毅然とした態度でそう宣言した瞬間、ベルイドの表情が驚愕に変わる。
そしてロンの表情が綻んだ。
あからさまな態度を見せる。
どうやら、もう隠し立てする気はないらしい。
「な、な、な何故だ!」
動揺でベルイドの声は上擦っていた。
ユリアは厳しい口調でそれに答える。
「失礼を承知で、馬車に積まれた荷を確認させて頂きました。荷はボルン帝国の国旗が刻まれた武器。法に触れるわけではありませんが戦争幇助に近い取引だとお見受けしました。我々には看過できません。それが断る理由です。もし申し開きを仰いたいのであればお伺いいたしますが、いかが致しますか?」
ベルイドは「うっ」と小さくうめいた。
虚偽の取引でユリア達を欺いていた負い目もあってか、困った様子で視線を逸らす。
しばらく反論する言葉を探すように黙っていたベルイドだったが、意を決し「い、いや、その通りだ」と降参の意思を表した。
その声は酷く弱々しい。
ベルイドは「申し訳ない」と呟いて肩を落とし、うな垂れてしまった。
もはやベルイドとの決着はついた。
ユリアはそう判断した。
「それでは本題に入りましょう」
そう、ここからが本番だ。
自分にそう言い聞かせてユリアは意を決すると、ロンの方へ目線を向けた。
「ロン様。わたくし達に何か言うことがあるのではないですか?」
ユリアは強い意志を込めてロンを睨みつけた。
だが、ロンも負けてはいなかった。
何者の声にも揺るがない炎のような瞳でユリアの視線を受け止めていた。
「全てを知ったようですな。では……そう、出来れば自分のことは口外しないで頂きたい」
ロンの口調は穏やかだ。
まるで悪びれた様子は見られない。
その横柄な態度にユリアは唇を噛み締めた。
怒りの衝動に走りそうになったユリアだが、それを強引に抑え込む。
ここで取り乱しては気持ちの上では負けだ。
「お断りします。ベルイド殿は世間の目を気にするあまり真実を隠して目的を遂行しようと致しました。それは確かに正しいやり方ではなかったと思います。ですが、法を犯したわけではありません。しかし、あなたは違います。あなたは民間人であるベルイド殿の取引を妨害するために、寝室に『魔物の香』を仕掛けて魔物を引き入れました。それは明らかにミードレイモン王国の法に触れる罪です。あなたは罪を犯した。裁かれるべき方です、ロン・フェイク」
冷静なつもりでユリアは言葉を放ったつもりだったが、喋るうちに力が篭ってしまったようだ。
言い終わった時、荒い息を吐き出していた。
「では、貴様たちは戦争を食い物にする国を庇うというのか? 我が国はボルン帝国の侵略で沢山の民が死んだ。悲劇を生む存在を我々は許してはおけない」
「誰もそのようなことを申し上げた覚えはありません。正当な手段を選びなさいと言っているのです」
「ふん。綺麗事を言うでない。小娘に何がわかる!」
怒声を張り上げると、ロンはいきなり屋敷の方へ走っていった。
「え、ぇ? へ? に、逃げた?」
一同は突然、奇妙な行動に走ったロンの後姿を唖然とした表情で見ていた。
負け惜しみを叫んで逃げたのかとも思った。
だが、そうではなかった。
最初に上空の異変に気がついたのはケビンだ。
突然「やべぇ」と叫んで、頭上に光の魔法陣を描いた。
「みんな。伏せろ!」
切迫したケビンの声に、ユリアは条件反射でその場に座り込んだ。
ゴーザは無反応だったベルイドの頭を強引に地面に押し付けて、自分も身を屈めた。
ケビンが呪文を叫び、魔法陣に両手を押し当てた。
魔法陣から半透明の赤い球体――魔法障壁と呼ばれる結界が生まれてユリア達を覆った。
その直後、激しい爆発のような音が響いた。
聴覚を麻痺させるほどの高音にベルイドは悲鳴を上げていた。
だがその声も爆音にかき消されてしまう。
訳のわからないまま、ユリアは両手で耳を押さえて顔を上げた。
そこには天に向かって両手を広げ、苦悶の表情を浮かべたケビンの姿があった。
ケビンの掌の上で赤い輝きを放つ魔法陣で結界を支えている。
結界の外では巨大な青い閃光が走っていた。
ユリアは今の状況がやっと掴めた。
魔法だ。
何者かが、魔法を使い自分達に向かって巨大な稲妻を放ったのだ。
それをケビンはとっさに魔法で結界を作り受け止めたのだ。
しかし、即席で作り出した結界ではあまり持ちそうになかった。
恐らく稲妻の魔法はそれなりの準備をして放たれたものだ。
でなければ、不意を突かれたとはいえケビンが苦戦するはずがない。
「ゴーザ、稲妻の魔法を放った人物は近くにいるはずよ。行きましょう」
ユリアは立ち上がると結界の外へ飛び出した。
結界に弾かれた稲妻の残留が降り注ぐ中をユリアは懸命に走った。
稲妻の残留が届かない場所まで離れて一息つこうとしたが、いつの間に近づいてきていたのか、ロンの槍がユリアを襲う。
とっさに片手剣を鞘から引き抜こうとするが間に合わない。
殺られる、という言葉が脳裏を過ぎる。
だが、間髪いれずに現れたゴーザが2人の間に入り、ロンの斬撃を右腕の篭手で受け止める。
「ゴーザ。ロンさんの方はお願い。あたしは魔法使いの方へ行く」
「承知。彼を倒したら僕もすぐに駆けつける」
任せるべきと判断したユリアは、ゴーザにこの場を託して走り出した。
目指すは、屋敷の外だ。恐らく放たれた魔法は大掛かりのものだ。
そんなものをゴーザやケビンに気づかれずに近くに準備できるはずはない。
だとすれば、適度な距離を保ててそれなりの準備ができ、なおかつ状況が見渡せる場所があるはずだ。
単純に考えれば、それは屋敷を見下ろせるような高台しかない。
「待ってて、ケビン。必ずなんとかするから……」
屋敷の門を抜けて外へ出ると、高台に向かって走った。
しばらく進むと平坦な道が急な坂道に変わる。
息を切らしながらユリアは坂を駆け登る。
徐々に高度が上がり、ベルイドの屋敷を見下ろせる高さにまでなる。
そこからは屋敷の庭の様子がはっきりと見えた。
赤い球状の結界とそこに降り続ける青い閃光。
光が少しずつではあるが小さくなっていくのがはっきりと判る。
このまま結界が消えて電撃の直撃を受ければケビンは助からない。
それだけは絶対に阻止なくてはいけない。
(あたしはどこにいても、いつも守られてばかり……なさけない!)
ユリアの唇が悔しさで震えた。
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ゴーザはロンと正面から向き合っていた。
「倒すとは、これまたずいぶんと自信過剰な発言だな、ゴーザ・バイル」
余裕の笑みを浮かべてロンはゴーザを挑発でもするかのように言う。
「先日とは状況が違う。遊ぶ余裕などない。よって手加減するつもりは……ない!」
ゴーザはロンに向かって拳を突き出す。
ロンはそれを腕二つ分の距離まで後ろに飛んで避けた。
ゴーザの拳はロンの身体に触れていない。
だが、ロンの眉間に一筋の傷が生まれた。
傷口から流れる血が頬を伝い大地に落ちた。
「なに?」
訳もわからない怪我にロンは我が目を疑った。
しかし、それで冷静さを失うほどロンは愚かではなかった。
ロンはすかさず、槍の間合いにゴーザを追い込み斬撃を加える。
だが、ゴーザはなんとその刃を右足の脛で弾いた。
驚愕の表情に染まるロン。
ゴーザはそんなロンに構わず横薙ぎに足を振るった。
同時に激しい衝撃波が生まれた。
蹴りは槍の刃を軽々と砕き、衝撃波はロンの身体を吹き飛ばした。
ロンは大きく後ろに弾かれたが、左足に体重を乗せて踏ん張り態勢を整える。
自分を襲った突風にロンは目を大きく見開いてゴーザを睨んだ。
「今のはまさか、気功術か!」
「ご名答。ロクフェルティーン流の真骨頂は、身体に眠る『気』を操る『気功』術にある。覚えておくと良い。『気』とは人なる者が持つ第二の魔力とも言うべきもの。『魔法』が世界の理であるように、『気功』は人の理として存在する」
ゴーザは大地を蹴りつけロンとの距離を詰める。
ロンは迎撃の構えを見せるが、刃のない槍はもはや何の役にもたたなかった。
ロンは槍を振るうが、ゴーザの右腕に簡単に弾かれた。
「終わりだ、ロン・フェイク」
宣言した瞬間にゴーザの右足がロンの腹部に深く食い込み、左の手刀が首筋を激しく打ちつける。
ロンは白目を剥いて大地に投げ出された。
それがゴーザとロンの勝負の実に呆気ない結末だった。




