05話
早朝。
ゴーザとロンをベルイドの護衛に残し、ユリアとケビンは屋敷の中の探索を開始した。
ベルイドから借りた屋敷の見取り図を見ながら、まずはベルイドの寝室からゴブリンの侵入ルートを調べることにした。
寝室のベランダの真下にはしっかりとゴブリンの足跡が残っていたので追跡は簡単だった。
2人は屋敷の庭に出て足跡を辿っていった。
「誰があんなとこに『魔物の香』なんて置いたんだろね。ベルイドさんを殺すつもりだったのかな?」
足跡を消さないように気をつけて歩きながらユリアが隣を歩くケビンに訊く。
「そりゃねぇよ、姐さん。本気でベルイドを殺すつもりなら『香』に毒を仕込めば一発だ。香を吸い込んだ時点で死亡確定だからな。それをしなかったのは脅し。いや、警告だな。まぁ、仕掛けた犯人は判ってる。問題はその理由だ」
「へ? 犯人わかったの?」
いきなり核心に迫る発言にユリアは戸惑う。
だが、ケビンは澄ました顔で話を進めた。
「『魔物の香』ってのは焚き始めてから10分程度で効果が現れ始めて持続時間はせいぜい3時間。つーことはどんなに早くても仕掛けられたのはゴブリンが現れる3時間前だ。けどさ、その時間帯は俺達が近くにいたんだ。外から屋敷に侵入されたのなら俺や姐さんはともかく、ゴーザが気づかないはずはねぇ。つまり内部犯。ンでもって、『魔物の香』は冒険者協会かミードレイモン王国なら魔法協議会ぐらいでしか入手出来ない特注品だぜ。つったら、犯人は1人しかいねぇ。あのロンとかいう槍使い野郎だ。西部の元騎士ならクリュディオ・ルドフ王国の『魔具開発機構』に顔が利くはず。手に入れるのは充分に可能なはずだ」
「でも、どうして?」
「ロンにベルイドとは別の雇い主がいると仮定して考えれば簡単な話だ。今回の取引を御破算させるために送り込まれた間者ってとこかな。そうだとするとロンを雇ったのはベルイドの同業者だろうな」
「それならどうして、魔物を使ってベルイドさんを脅す必要があるの?」
「本当は取引の最中に何か仕掛けるつもりだったんだろうぜ。でもさ、奴と対等に渡り合える実力者、つまり俺達が混じってたのは予想外だったんじゃねぇかな。だから、取引前に商人の方に脅しをかけた」
「でも、理由として弱いんじゃない? 脅すだけで引き下がるって考えは短絡的すぎる気がする。本当にロンさんが犯人だとして、そういうことしそうになかったけどなぁ」
ユリアの感覚からすると、ロンという男は真摯で真面目な人物という印象だった。
姑息な手段を使うような人物には見えなかった。
「だよなぁ。俺もそう思ったよ。だから、とりあえず取引の中身を調べてみるしかねぇだろ……っうぉっと。どうやら終点のようだぜ」
足跡は庭の東側の屋敷を囲う塀のところで途切れていた。
「何でこんなところで足跡が消えちゃうわけ? まさか、ゴブリンが塀をよじ登ってきたとか?」
「これ見てみろよ、姐さん」
ケビンは塀の一部を指差した。
そこには墨で書いた落書きのような痕が残っていた。
点々とした痕を線で繋げてみるとある形になる。
「五芒星の魔法陣……これって魔法の痕じゃない」
「どうやら、ここでゴブリンを召喚したみてぇだな」
「もしかして、ロンさんが魔法を……違うわね。そもそもあの人は屋敷の外に出てないもの。だったら魔法使いの仲間がいるんじゃない?」
「あぁ、多分な。この場所なら俺達がいた客室からかなり離れてる。人の出入りするような場所でもねぇ。侵入されても気づけねぇ。まったくなんだってこんな手の込んだこと……」
ケビンは塀に残った墨を指で軽くこすってみた。
すると墨は簡単に塀から削げ落ちた。
「不自然すぎる。証拠なんて簡単に消せるのに……隠滅する気がないってのはあからさまだな。なんだ、ここには何かあるのか?」
状況が示す答えは顕著に見えている。
後は結論を裏付ける決定的な証拠が必要だった。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
魔法陣が書かれた塀の付近をしばらく捜索した後、ユリアとケビンは状況を説明するためにベルイドの部屋へ戻った。
ベルイドは数人の家人を囲い、紅茶を啜っていた。
それを無言で眺めるゴーザとロンの表情はまるで商人を哀れんでいるかのように見える。
「戻ったか。どうであった?」
ベルイドは偉そうな態度でユリアとゴーザに訊いてきた。
一瞬、2人は怒りを覚えたが、ベルイドの落ち着かなく変化する表情を見るとその気も失せた。
家人達が傍にいるから強がっているだけのようだ。
実際は魔物がまた襲ってくるのではないかと不安で仕方ないのだろう。
「塀に召喚の魔法を使った痕が見つかった。『魔物の香』は冒険者ぐらいしか手に入れられるルートはない。昨日のならず者連中が逆恨みして嫌がらせでもしようと企んだんじゃねぇかな?」
ケビンは気を取り直して状況の説明をした。
しかし見解に関しては虚言だ。
一緒にいるロンの反応を窺うためにわざと言ったのだ。
だが、ロンは当然のようにそ知らぬ顔をしていた。
「そうか、あいつらか。ふん、ぼんくらどもが……」
忌々しげにベルイドは呟く。
昨夜のことが相当堪えているのだろう。
怒りの感情が読み取れる。
「とにかく確証が欲しい。侵入者らしき人物がいなかったか、聞き込みした方が良いだろうと思う」
ケビンは徐にゴーザの肩を叩いき、耳元で何かを呟く。
そして今度は、ゴーザの背中を叩く。
「つう訳で、交替。詳しいことは姐さんから聞いてくれ。任せたぜ」
こうして、今度はゴーザとユリアのコンビで屋敷の捜査に向かった。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
屋敷の廊下を歩きながらユリアはゴーザに庭で見つけた状況とケビンの見解を詳しく説明した。
ゴーザは「なるほど」と頷くと「姐さん、行こう」とユリアの腕を取って廊下を走り出した。
「え、えぇ? ど、何処へ?」
「確証が手に入る場所だ」
戸惑いながら走るユリアに対してゴーザは含み笑いを浮かべて答えた。
そして連れてこられた場所は屋敷の西側、家人の部屋や厨房などがある場所だ。
「姐さんはここら近辺で聞き込みでもしててくれ。僕は別行動だ。すぐ戻る」
「あ、ちょっと……ゴーザぁ!」
呼び止める間もなく、ゴーザはさっさと廊下の向こうに消えていった。
一人取り残されたユリアはしばらく訳もわからず呆然としていたが、悩んでも仕方ないと考えを改めた。
そして、素直に聞き込みを始めることにした。
屋敷の地図を見ながら人のいそうな場所に足を運び適当に話し掛けるという単純な作業を繰り返した。
しかし、ベルイドの世話をしている家人を除けば誰も寝室には近づいておらず証言らしい証言は何も得られなかった。
しばらくするとゴーザが戻ってきた。
「いったいドコ行ってたの?」
「車庫だ。荷馬車を確認してきた。ケビンの予想は的中だ」
なるほど、とユリアは納得した。
いつもなら疑問や謎があると必ずケビンが自ら率先して原因を追求していく。
だからどうして調査をゴーザに譲ったのか不思議に思っていたのだ。
しかし何てことはない。
誰にも気づかれずに忍び込むのはゴーザの方が適任だからケビンは彼に託したのだ。
「そういえば、ケビンが小声でなんか言ってたね。なんて言ってたの?」
「『恐らく積み荷が全ての答えだ』と」
「積み荷? だって買付けに行くんでしょ。何で荷物なんか積む必要あるの?」
「商人は無駄を嫌う。荷馬車を空で走らせることはしないと思う」
「なるほど。でもそれって何か関係あるの?」
「出発の時刻を遅らせる言い訳に使わなかった」
「なに? 積み荷を隠したがってるってこと?」
ゴーザが頷いて肯定した。
「それって偽る必要ない気がするけど……」
「ベルイドの取引は正当なものだ。だが世間がその取引をどう見るかとなると話は違ってくる」
「あのぉ、良く判らないんだけど……どういう意味?」
「取引の中身は武器弾薬だ。それはいい。だが問題は取引相手だ。取引相手はあのボルン帝国だ。積み荷の中にボルンの国旗を刻んだ武器が大量に積んであった」
ユリアは「あ」と声を上げて絶句した。
ボルン帝国。
皇帝デリング・ボルンが治める軍事大国だ。
大陸のほぼ全ての国家と敵対しており、千年以上も他国と戦争を続けている。
外交交渉を一切受け付けず、戦場では投降者や民間人を容赦なく殺す。
その残虐な姿勢から悪の帝国と揶揄されている。
ミードレイモン王国は中立を保っているため、ボルン帝国と唯一敵対していない。
貿易の制限などもない。
ないのだが。
悪の帝国と称された国を相手に貿易をしていると世間に知れれば、商売に多大な影響は免れないだろう。
だからこそベルイドは取引相手を隠していたのだ。
夕刻に出発すると言い出したのも自国、他国や同業者に気づかれないように山を越えるため。
目的地であるデルモンの港もミードレイモン国内とはいえボルン帝国関係者が入り込んでいるという噂が絶えず、港町ということもあり裏社会が幅を利かせている街だ。
上手く夜の街に入れれば匿ってくれる業者など腐るほどいることだろう。
「確かロンさんは西部国の槍術を使うって言ってたよね……じゃあ、まさか?」
「あぁ。本人は傭兵だと言っていたが恐らく虚偽だ。多分、彼は今も西部国の王宮騎士だ。だとすれば答えは簡単にでる」
西部国。
西部三ヶ国。
そう呼ばれる三つの国がある。
正式名称はクリュディオ三ヶ国連邦。
ボルン帝国と西部国は隣接している。
幾度となく戦争を繰り返しおり、険悪な関係にある。
恐らく、西部三ヶ国のいずれかの王室、或いは西部三ヶ国連邦軍がベルイドとボルン帝国との取引を何らかの情報網で知り、阻止するためにロンを送り込んできたのだろう。
「ケビンは魔物を使ってベルイドさんを襲わせたのは警告だって言ってたわ。でもそれはベルイドさんに対してじゃなくてあたし達に対してだったのね。魔法陣の痕をわざと残したのもあたし達に真実を調べさせるためだった。真っ当な人間ならボルン帝国を支援するような依頼だと知れば断るだろうと考えて」
「そう。恐らくそれが彼らの望み。どうする、姐さん?」
ユリアは考え込むような仕草をしてみせたが、結論は最初から決まっていた。
「報酬に目がくらむとろくなことはないってよくわかったわ。この仕事、降りましょう。だけど……ロンさんに泳がされてるようで癪。やり方が気に食わないわ」
怒りの感情を露にするユリアを見てゴーザは苦笑した。
「姐さんならそう言うと思っていた。とりあえず、話はケビンに報告してからにしよう」




