04話
小さめの円卓に所狭しと並べられた食事を前に、ユリアは小さな溜息を吐いた。
ここはベルイドの屋敷の中。
円卓を囲むのはユリア、ケビン、ゴーザ、そして中年の槍使いとベルイドの5人。
ちなみに槍使いはロン・フェイクという名前だそうだ。
当初、10人雇うと言っていたベルイドだったが決闘の末、4名に絞られた。
実際のところ決闘で最後まで立っていたのはユリア達とロンだけだったのだ。
使い物にならない護衛を雇う気はないと、倒れていたならず者達は追い出された。
決闘終了後、ベルイドはユリアを食事に誘ってきた。
ケビン曰く「あのベルイドとかいうヤツ、姐さんに下心まるだしじゃねぇか」だそうだ。
ユリア自身は見知らぬ男と2人っきりで会食する気などさらさらなかった。
全員と一緒でなければ応じなる気はないと答えると、ベルイドは渋々その条件を受け入れた。
今、ユリアの正面にはベルイドが座っている。
食事にあまり手をつけずに自分達を観察している様子だ。
ロンもフォークとナイフを手にしているものの、殆んど動きがない。
逆にケビンは正式な会食の場であるにも関わらず、無遠慮に料理を口に運んでいた。
ゴーザの方も静かに料理を頬張っていた。
ユリアも遠慮がちだがゆっくりと料理を口に運ぶ。
だが、どうも目線が気になる。
ちらりちらりとだが、明らかにベルイドはユリアを見ていた。
ケビンの冗談を真に受けた訳ではないが、惚れられたのではないかと真剣に心配になってくる。
「あのぉ……なにか?」
視線に耐えかねたユリアは、フォークを置いてベルイドに恐る恐る訊いてみた。
しかし、ベルイドは慌てて「あぁ、すまん。なんでもない」と答えて視線を反らして頬を朱に染める。
露骨な態度で返されるとユリアの方も困ってしまう。
静まった室内で無機質な食器の音だけが響く。
ユリアは無言の食事風景は嫌いだった。
男性達はまったく気にしてはいないようだが、ユリアには耐えられる雰囲気ではない。
ユリアは何か話題になる話はないかと思考を巡らせたが、それは徒労に終わる。
「ところでベルイド殿。出発はいつ頃を予定しているのですかな?」
ユリアは肩を落とした。
冷静に考えれば、このメンバーで話せる共通の話題なんて仕事の話しかないではないか。
その考えに到らなかった自分が情けなく思えた。
「出発は明日の夕刻を予定している」
ユリアとロンは怪訝そうな視線をベルイドに向けた。
夕刻に出れば山道に入る頃には真夜中だ。
山には獣も多いし、夜は魔物達の動きも活発になる。
わざわざ、危険な時間を選ぶ理由が判らない。
「本気ですかな? はっきり言って自殺行為ですぞ」
ロンが抗議する。
しかしベルイドは毅然とした態度を崩さなかった。
「わしとてそれは判っておる。しかしな、4日後の朝までにデルモンの港に行かねばならぬのだ」
「でしたら、明日の早朝に出発してはどうですか? その方が早く着きますし安全ですよ」
ユリアは妥協案を提示してみせた。
だが、商人はあっさり首を横に振った。
「そうしたいのはやまやまなんだがな、色々と準備するものがあるのだ。危険なのは判っている。だからこそ、君達を高賃金で雇ったのだからな」
雇い主にそう言われれば雇われた側であるユリア達は黙るしかなかった。
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その日、ユリア達はベルイドの屋敷に泊まる事となった。
会食を終えたユリア達をベルイドの家人が客室まで案内してくれた。
ところが家人は「フィナード様には別室を用意しております」と言い出したのだ。
困ったのはユリアだ。会食時の商人の態度もあって、ケビン達と別々というのは不安だった。
ユリアは「同じ部屋にしてもらえませんか?」と頼んでみたが家人は渋い顔をするだけで、どう答えてよいか悩んでいる様子だ。
そんな家人の危機を救ったのがロンであった。
「自分をその一人部屋にしてもらえぬか?」と言い出したのだ。
申し出た理由は「仲間同士一緒の方が気楽で良いだろう」とのこと。
実際のところは、知らぬ者達と相部屋するより一人の方が気楽、というのが本音であろう。
結局、4人の意思が一致していたこともあり、押し切る形で交渉は成立した。
今、客室にいるのはユリア達3人だけだ。
やっと緊張から解放されたユリアは大きな溜息を吐いた。
ユリアは成金や偉い人と顔を合わすのは割と慣れているのだが、今回はちょっと違う。
ベルイドのユリアを見る目が普通ではなかった。
おかげで、食事中はずっと緊張しっぱなしでかなり気が張っていたのだ。
「姐さん。こっちへ」
ゴーザがユリアにベッドに座るように指示する。
ユリアは理由もわからないままゴーザの言葉に従い、ベッドを椅子代わりにして腰掛けた。
すると、ゴーザは床に膝をつけてユリアの腕を手にとりマッサージを始めたのだ。
ユリアはなれない槍斧を振り回したせいで、腕のだるさを感じていた。
どうやらゴーザはそれを見抜いていたらしい。
「にしてもさ、あのオッサン、何か変じゃねぇ? 絶対、何か隠してるぜ」
ソファーにだらしなく寝そべりながらケビンがぼやく。
「そう? あたしには真面目そうに見えたけどなぁ」
視線を除けばね、とユリアは胸中で言葉を付け足した。
「俺には胡散臭く見えたぜ? だってさ、夜に出掛けるなんて不自然だろ。準備が必要だってのも多分、言い訳だぜ。そもそも、準備って何だよ。金か、それとも荷物運び用の馬車か? そんなもん、今日の朝にやっとけば済んだことだろ? 買出し行くだけだぜ。商人ならその程度のもん手早く準備できるだろうにさ」
ユリアは視線や態度を気にしつつもちゃんとベルイドを観察しているつもりだった。
しかし会食の最中、ひたすら料理を平らげることに専念していたケビンの方がより正確に物事を捉えていた。
「夜に出かけなければならない何らかの理由がある。そういうことか?」
「だと思うぜ。それに高賃金っての、もしかしたら口止め料も含まれてっかもな」
「え……じゃあ、まさか?」
「そ。多分、裏取引だな。相手はわかんねぇけど、少なくとも表家業の連中じゃねぇと見るべきだ」
「この依頼引き受けるのマズくない?」
「そうと決まったわけじゃないぜ。あくまで可能性の一つさ。昼間のやりとりで一度は『応募者を全員雇う』って提示してみせたろ? 本当に裏取引の護衛ってんなら、大勢雇うのはリスクが大きすぎるだろ? 雇う人数が多ければ多いほど外部に洩れる可能性は大きいからな。それなのに平気で条件として出してきたんだぜ。違う理由も充分にありえるさ」
「現段階では判断材料はそう多くなはいが、時間はまだある。状況を見極めてから判断しても遅くはあるまい」
それからしばらく相談した結果、朝早めに起きてこっそり屋敷の中を調べることになった。
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暗闇に支配された客室に窓から月の光が侵入してくる。
室内には開け放たれた窓から流れてくる闇夜の小さな風の音が子守唄のように響いていた。
なんの変哲もない普通の夜。
だが、その中には不自然な気配が潜んでいた。
それに真っ先に気づいたのはゴーザだ。
熟睡していたのだが不穏な気配に反応して目を覚ましていた。
隣のベッドで眠っているユリアとケビンを起こさないようにゆっくりと起き上がる。
だが、その注意も無意味なものだった。
部屋を出ようとした時、野太い男の悲鳴が上がったのだ。
声の主はベルイドだ。
突然の声に驚き、ユリアとケビンも目を覚ました。
ゴーザは即座に悲鳴の上がった場所に向かって駆けて行った。
状況を瞬時に判断したケビンはすかさずゴーザの後を追う。
ユリアも訳もわからないまま枕元に置いていた杖をとっさに掴んで2人の後ろについて走った。
ゴーザはベルイドの寝室の前に辿り着くと扉を勢い良く蹴り上げた。
解放された扉の向こうには腰を抜かしたベルイドの姿。
彼の視線を追うとベランダから侵入してくる無数の影が目に映った。
侵入者は醜悪な風貌と背筋の曲がった身体つきをしていた。
低級の魔物、ゴブリンだ。
餌を見つけて高揚しているのか、だらしなく涎を垂らしている。
ゴーザはゴブリンの群れに向かって走った。
そして先頭のゴブリンの腹部に助走で勢いのついた蹴りを叩き込む。
ゴブリンは後ろの2匹を巻き込みベランダの手摺に激突して白目を剥いた。
間髪入れずケビンが自分の腕に光の魔法陣を描いた。
ケビンが呪文を唱え「炎」と発すると腕が炎に包まれる。
腕を振るうと、まるで鞭のように炎が撓りゴブリンに襲いかかった。
炎の鞭の直撃を受けたゴブリンは一瞬で灰となった。
ゴーザは拳を振るい、ケビンは炎の鞭を振るい、次々とゴブリン達を倒していく。
そして、ユリアの方はというと倒れて身動きの取れないベルイドをゴブリンから庇う形で立っていた。
しかし、ユリアは得物を客室に置いてきてしまっていた。
狭い室内の場合は片手剣の方が都合良いのだが、過ぎた事を悔やんでも仕方ない。
替わりに咄嗟に持ってきた杖を構えた。
2人がゴブリンを討ち洩らすはずはないと確信していたものの、用心のためにいつでも魔法を発動できるように口の中で呪文を唱え始めた。
本当は彼らの援護をしたいところだったが、ケビンと違いユリアは室内を傷つけずに魔法を使うなどという器用な芸当は出来ない。
仕方なく、大人しく状況を見守る。
騒ぎに気づいたロンや家人達もベルイドの寝室に現れたが、ゴーザとケビンの2人によってゴブリンは排除された後だった。
ゴブリンの骸を目の当たりにしたベルイドと家人達は完全に脅えていた。
低級の魔物ゴブリンとはいえ武器を握った事のない一般人にはやはり魔物とは脅威なのだ。
「それにしても、どうしてこんな場所にゴブリンが?」
ユリアが至極当然の疑問を口にした。
本来、ゴブリンは森に住まう魔物で人里に侵入してくることなど普通はない。
パメリアシティは一帯を森に囲まれた都市だが、入り口付近で魔物を見かけることはあっても街中に迷い込むことは稀だ。
ところが、今のゴブリン達は他の部屋に迷い込むことなくベルイドの寝室に侵入してきた。
明らかに不自然だ。
「迷い込んだってことはありえねぇ。だとしたら魔法で操られてたんじゃねぇか?」
「いや、違うな」
ゴーザはケビンの意見を否定すると部屋の中を徘徊し始めた。
何をしているか周囲の人間は理解できなかったが、ゴーザは構わず歩き回った。
そして、ベッドの前にしゃがみ込んでその下に手を伸ばした。
すると金属に触れる音がした。
ゴーザはベッドの下から何かを引っ張り出した。
それは香炉だった。
「こりゃ、『魔物の香』じゃねぇか」
『魔物の香』とは魔物の好む匂いを発生させ、魔物を誘き寄せる効果のある魔法道具だ。
本来は魔物退治へ出かけた冒険者が簡単に魔物を見つけることが出来るようにと開発された代物だ。
それがベルイドの寝室で焚かれているという事実から、人為的なのは疑いようがなかった。
「誰かに狙われているのは間違いないねぇな。ベルイドさんよ、心当たりはあるか?」
商人という職業を考えれば人脈はそれなりにあるはずだ。
そして金や物を動かす仕事をしていれば当然、恨まれたり妬まれたりすることはあるだろう。
今回の依頼が裏取引関係だと推測すると正直に話してくれるとは考えにくい。
ケビンもきっと答えてくれることを期待して確認したわけではないだろう。
案の定、ベルイドは「いや。まったくない」という返事で答えた。
誰もがそれが嘘だと気づいているが、深く追及しても無駄だろうことも理解していた。
「ベルイドさん。今夜は俺達が交替で護衛につく。ゴブリン達のことは朝にでも調査すっから今はとりあえず別室で休んでもらえるか?」
「そ、そうか。そ、そうしてくれると助かる」
完全に腰の引けてるベルイドはケビンの不敵な笑みに気づく余裕すらないようだ。
ケビンはしてやったりとばかりにほくそ笑んだ。
ユリアはケビンの企みを何となく、察した。
恐らく、こうケビンはこう思ったはずだ。
言質はとった。
これで屋敷を歩き回る大義名分が出来た、と。




