05話
着替えを済ませたルイ、レイリア、ユリアの3人は宿の外へ出た。
宿の前には2人の男性が待っていた。
1人は修道服を身に着けたルーディス。
もう1人は冒険者風の恰好をした男性ケネス・ウルス。ケネスはルーディスの幼馴染で宿の相部屋でもある。
「おまたせ~」
気軽な感じで男性2人に声をかけたのはレイリアだった。
それに対してルーディスは溜息を吐きそうな様子で口を開いた。
「みんな、遅いよ。朝食を摂っている時間はもうなさそうだ」
「ごめんなさい。あたしが起きるのが遅かったものだから……」
ルーディスの言葉に謝ったのはユリアだった。
ユリアはルイのセクハラ被害を被ったせいで充分な睡眠がとれなかったのだ。
無論、そんな事情を別の部屋だったルーディスが知るはずもない。
ただ、余計なことを言ってしまったと後悔した様子で困惑の表情を浮かべていた。
「い、いや。別に怒っているわけじゃないよ。あ、そうだ。紹介しておくよ、ユリア。こちら僕の幼馴染で相部屋のケネス・ウルス。チームは別だけど彼も僕達と同じ受験者だよ」
ルーディスはまるで非難がましい事を言ってしまったことを誤魔化すように、ケネスをユリアに紹介した。
突然、話題に取り上げられたケネスは別段、驚くこともなく「よろしく」とユリアに向かって挨拶をする。
ユリアも自分の名前を名乗り、ケネスと握手を交わした。
「んじゃまぁ、少し急ぎましょうか。開会式に遅刻なんて縁起が悪いわ」
「そうですね。出発しましょう」
ルイに促されてルーディスが頷き、一同は冒険者協会試験の開会式が行われる会場に向かって歩き出した。
一同が横並びで歩く中、ルイは最後尾を1人で歩いていた。
「そうそう、聞いてよルーディス。私の剣見つかったのよ」
「え? どこにあったの?」
「姉さんが持ってたの。ほら、前の宿を出たときにみんなで分担して荷物持ったじゃない? その時に姉さんが私の剣を持ってくれてたみたい」
「なんだ。だったらあんなに騒ぐことなかったね。でもまぁ、良かったじゃないか」
「ほんと、ほっとしたわ」
他愛のない会話をするルーディスとレイリア。
だが、ルーディスの視線は時折、別の方向に向かっていた。
それを目敏く見つけたルイはニヤリと笑う。
ルーディスが向ける視線の先、それはユリアだった。
ルイはユリアが目を覚ます前にレイリアから昨日のことを聞いていた。
レイリアの説明によるとルーディスの態度がいつもと違ったらしい。
ルーディスの態度や行動など、一見するといつもと変わらないように見える。
しかし、視線は会話の中で泳いでいるし、表情が微妙に緩い。
それは付き合いが長いからこそ気付ける変化であった。
(ふ~ん。確かにいつもと違うわね。珍しいわね。なんて言うか、楽しそう……というより、はしゃいでいる感じかしら。本人に自覚は……なさそうね。これは面白いことになりそうかも)
一方、ルーディスの視線を奪っているユリアの方はというと顔が妙に硬い。
こちらは昨夜出会ったばかりで性格など掴める筈もなく、その表情を読み取ることは難しい。
ただ、あまり良い状態でないことは確かだった。
「ユリアちゃん。どうしたの、大丈夫?」
ルイは心配になって声をかけた。
すると、ユリアは驚いたようにビクっと身体を震わせてから、振り向いた。
「はい? だ、大丈夫ってなにがでしょう?」
ユリアの返す言葉と表情に恐怖が混じっていた。
その原因をルイは瞬間的に悟った。
ルイは寝惚けていたときの事をはっきりと覚えている。
だから結論に辿り着くのは簡単だった。
つまり、昨夜の出来事でユリアはルイに対して悪い印象を持ってしまったのだろう。
ユリアは自分の背後にルイの視線があることに怯えているのではないだろうか。
原因に気が付いてルイは思わず頭を抱えてしまう。
(あー。私のせいか。やりすぎちゃったわねぇ、これは)
肉体的なスキンシップ(同性に限る)を好むルイは普段の生活の中でも似たような行動に出ることは多々ある。
しかし、それは相手を選ぶし常識と限度は守ってのことだ。
間違っても精神的な傷を負わせるようなことはしない。
だが、例外もある。それが寝惚けているときや酒に酔っ払ったときだ。
人間なら普通にある失敗だ。
でも無意識だったという言い訳は出来ない。
それはルイが大人で常識人だからだ。
(ルーくんが気に入っているみたいだから早めに解決(関係修復)したほうがいいわよねぇ)
ルイは苦悩の表情から相手に与える不安要素は出来るだけ排除するように笑顔へ切り替えた。
「眠そうにしてたから。多分、私が寝惚けて変なことしちゃったせいであんまり、眠れなかったのよね。ごめんね」
ルイはできるだけ誠実に、そしてユリアの負担を与えるような重い言葉にならないように気をつけてから謝罪した。
その程度で好感度が回復するとはルイは思っていない。
それでもルイは言葉を伝える。
誠意は示し続けなければ通じないことをルイは良く知っている。
「あ、いえ。あたしも寝起きによく寝惚けて……その、似たようなことをすることがあるので、気にしてませんよ」
遠慮がちな小さな声でルイに答えるユリア。
その様子からは『気にしていない』という言葉に真実味がない。
だが、同時に本心を言っているような誠実さがあった。
この違和感にルイは首を傾げる。
「……あの、ルイさん。昨夜の事って覚えてないんですか?」
ユリアが恐る恐るといった様子で訊いてくる。
どう答えたものかと思案したルイはしばしの逡巡の後、自分に有利な返答をすることを決めた。
「ん。ごめん、まったく覚えてないんだよね」
「そうですか」
ユリアは両手を胸の前で合わせて、安堵したような溜息を吐いた。
その表情が急に緩む。
その変化でルイはユリアが何に脅えているのかに気が付いた。
同時に自分の懸念が杞憂であった事を知る。
(なんだ。私を怖がってたんじゃなかったんだ。身体を触られまくったことよりも狼狽して自分が騒ぎまわったことを心配してるのね。恥ずかしい思いをしたことより自分が他人からどう見られているかの方が気になってるわけか。なるほど、プライドが高いコなのかなぁ。すると覚えてないって答えて正解だったわねぇ。しかしまぁ、このコやっぱり面白いかも)
ルイの唇の端が上がり、瞳に光が宿る。
それはイタズラ(よからぬこと)を思いついた子供のような表情だった。
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ルーディス達を遠巻きに眺めながら追跡している人物達がいた。
「目標確認っと。案外、簡単に見つけられたな。んー、いい尻してるじゃねぇか」
金髪の男性が両手の人差し指と親指で枠を作って、ある女性の後姿を覗き込んでいた。
「彼女の宿泊先を調べたのは僕なんだけど? 少しは感謝して欲しいな」
文句を言ったのは成人女性と同じ程度の身長しかないぼさぼさの髪をした男性だ。
「はいはい、感謝してるよ」
「誠意がなさすぎる。って、おい。近づきすぎると気付かれるよ」
思わず早足になる金髪男を注意するぼさぼさ髪の男。
「いいんじゃねぇか。どの道、戦力評価した後で接触する気なんだからさ。早めにお近づきになった方が有利な場合もあんぜ」
「僕らの目的は彼女だけじゃないだろ?」
「わーってるさ」
「どうだか。まぁ、いい。案内はすんだし、僕はそろそろ行くよ」
「開会式見てかないのか?」
「開会式に価値はないよ。僕は試験を受けるわけじゃないし、仕事も詰まっているからね。それに出来ればこの国で『仕込み』が出来る組織があるのかを調査したい」
「この国に『仕込み』入れてもあんまり意味ねぇ気はすんだけどな」
「西海岸周辺は別だよ。このルートを確保するのは僕らに有益だ。それに、あの組織と繋がっている裏組織が西海岸にあるっていう噂もあるから存外、無意味とも言えないさ。まぁ、その辺は僕が調べるから、キミは『発掘』に専念してくれ。2週間前後……そうだな、試験の結果が出る前にはこの町に戻ってくるよ」
「わかった。気をつけろよ」
「了解。そっちも掘り出し物が出てくることを祈っているよ」
ぼさぼさ髪の男性は進行方向を180度回転させて金髪男性と別れた。
次回更新分からは、時間をずらして投稿します(03:00予定)
2017/07/01:ルー君→ルーくん