52話
仰ぎ見れば、弾丸の雨の間隙を縫って銀の光――投げナイフが真っ直ぐケビンに向かって伸びた。
ナイフを投げた人物は後ろを振り向かなくてもわかった。レイリアだ。
レイリアの手によって投擲されたナイフはケビンの心臓を目指して突き進む。
ケビンが投げナイフに気が付いた時には魔法の迎撃が不可能なほどに接近を許していた。
咄嗟に後方に飛び退くが間に合わずに脇腹を掠めて衣服と皮膚を裂いた。
その拍子にケビンは体制を崩して呪文が中断された。
この好機を逃すまいとルーディスは全力で駆け抜けて剣を煌かせる。
だが、しかし剣はケビンに触れることはなく眼前でピタリと止まる。
剣先が何かに掴まれていたのだ。
「なっ」
思わず声をもらすルーディスにケビンは余裕の表情を見せた。
ケビンは剣に向かって左手を差し出していた。
剣先からケビンの魔力が腕に絡みつきルーディスの動きを封じていく。
ケビンの左手には布が巻きつけられていて、その布には魔法陣が描かれて魔力の光を放っていた。
ルーディスの眼には魔法陣を中心に半円形の魔力の膜が見えた。
恐らく何らかの結界魔法だ。
「剣士相手に接近戦対策をしないわけねぇだろ。精霊・生成。世界に根をはる無垢な精霊ども、俺に従え」
右手を天に掲げケビンが呪文を唱える。
杖の先端に魔力が集い、光り輝く。
「堕落の欠片の担い手として繋ぎ追いすがれ。重力・弾丸!」
魔法の完成と共に杖に宿っていた魔力から十発の見えない弾丸が発射された。
そのうち五発は身動きが取れないルーディスの腹に食い込み吹っ飛ばされて地面に倒れた。
連射されていた先程までの三種の魔法とは段違いの攻撃力で、咄嗟に立ち上がることも出来ないほどのダメージを受けた。
そして残りの五発がルーディスを素通りして援護するために近づいてきていたレイリアに向かっていた。
放たれたのは透明無音の弾丸だ。
魔力を知覚できないレイリアでは回避は難しい。
「れ、レイ! 避けろ!」
ルーディスは痛む身体を支えながらレイリアに注意を促す。
ルーディスの言葉に頷いて答えたレイリアは勘を頼りに巧みな足さばきで地面を駆り重力の弾丸五発を全て避けきった。
「甘いっ!」
その時、ケビンが杖を横に捌いた。
重力の弾丸五発が空中で軌道を変えてレイリアを追尾。
背後から三発、上空から二発、レイリアに迫る。
その動きを気配で察したのか、レイリアが後ろを振り向いて飛び退く。
だが眼に見えない弾丸を寸前で回避するのは不可能だった。
五発のうち、上空からの二発は何とか回避したが残りの三発がレイリアの右肩と左足と横腹に叩き込まれて、身体を押し飛ばされる。
レイリアは足に力を込めて地面を滑りながら、何とか横転だけは避けた。
「いててて。何よ今の」
脇腹を押さえながらレイリアがぼやく。
「眼に見えない魔法の誘導弾だ。まさかアレで倒れなかったとはな。やるじゃねぇか、レイリア」
「それはこっちの台詞よ。まさか、ルーディスがここまで苦戦してるとは思わなかったわ。まぁ、今の攻防をみたら苦戦する理由は判るけどね」
感心するレイリアに、しかし疑問を投げかけたのは当のケビンだった。
「そうかぁ? 俺にはわかんねぇぜ。ルーディスが俺に苦戦する理由が。ルイが俺にお前とレイリアを差し向けた理由判ってないだろ?」
「どういう意味ですか?」
痛みから回復したルーディスが立ち上がってケビンと向き合って訊く。
「速攻で決着をつけるためだよ。考える時間を魔法使いに与えたら状況に合わせた準備が出来る。時間があればあるほど頭を使って戦うような連中には有利になる。お前は半端に頭が働くから相手の表情を読んで慎重になっちまったんだな。俺の顔が何か企んでるように見えたんだろ? 結果、それが仇になったわけだ。一番最初に強引に斬り込んでいたら俺の敗北だったんだぜ。けど、テメェは最初様子見をして力押しで攻めることを避けた。だから俺は対策を立てる時間を得たわけだ。気のまわし過ぎだ、ルーディス。逆に、レイリア一人だと攻撃魔法以外に対する耐性が充分じゃない。まぁ、だからこそレイリアとセットにしたわけだな。もう少し魔法使いとの戦い方を学ぶべきだな」
敵にルイの思考をトレースされるという奇妙な事態。
しかも説教くさい。
ルーディスは困惑する。
「あなたに言われる筋合いはありません」
「そういうな。そうだな。では一つレクチャーしてやろう。戦いにおいて後方支援する魔法使いには三つの魔法が要求されるって知ってるか? その三つっていうのは弾幕射撃、精密射撃、収束射撃だ。これはそれぞれ状況によって使い分ける。俺がさっき魔法を連射して見せただろ? それが弾幕射撃。敵を近づけさせないための魔法だ。そして誘導弾のように正確に狙うために使う魔法が精密射撃。狙撃および支援攻撃として使う。そして最後の収束射撃。これは魔法の実技決勝で俺がマステラに使ったような魔法、つまり高出力の一撃必殺だ。遠距離で一気に勝負を決めるとき、或いは切り札として使う。その三つを自由に使い分けられる魔法使いは前衛がいなくても戦える」
語る相手は敵だ。
それなのにわざわざ懇切丁寧に説明してくれている。
ルイもたまに同じことをするのでルーディスにはケビンの行動原理がよく分かった。
彼らのような知識人は単に知識を披露するのが好きなだけなのだ。
解説をするケビンの姿にルーディスは思わずルイの顔を重ねてしまった。
外見も性格も性別も違うのに得意げに説明するその表情は瓜二つだった。
知識の深い者特有の顔とでもいうのだろうか。
敵なのになんだか親近感を覚えてしまうルーディスだった。
そんな感想を持ってしまったのはルーディスだけのようでレイリアは口を尖らせて、
「自分が強いと言いたいわけ?」
と、皮肉をケビンに投げた。
「まさか。強さに執着するお前みたいな人間から見れば俺は弱いさ。俺が求めるものはいつだって平和と平穏だ。強さを求めたことなんかねぇ。ただの軟弱者だ」
「人の語る強さなんかで結論は出せませんよ。人の感じ方一つで強さの概念は変わるんですから。少なくとも僕はあなたを強敵だと思っています。それに時間稼ぎに付き合うのはここまでです。レイ、行くよ」
「おっけー!」
ルーディスはレイリアに目配せしてたら床を蹴って進撃を開始した。
それに合わせてレイリアも駆け出す。
ルーディスが右からレイリアが左からケビンに向かって走った。
「そうかい。んじゃま、時間もねぇ。決着つけようか。魔力・錬成。概念は言の葉を、分担は魔法陣を参照。無限の存在に肯定と否定を捧げる矛盾たち。世界創世に反する悪徒なる野郎ども。支配者から落とされたテメェらに闇を返してやるぜ」
呪文に合わせて杖の先端に魔力が収束していく。
それに合わせて、幻惑の魔法で作られた青空と森が固まった絵の具が削げる様に崩れて、倉庫の風景が視界に戻っていく。
(この呪文。最初の一文が違うけど、魔法の部の決勝戦でケビンさんが使った結界破壊の呪文とまったく同じだ。さっきの長ったらしい説明は収束射撃を撃つという警告だったってことか。でもあの魔法をこのタイミングで? いや、呪文が一文だけ違うってことはきっと違う魔法だ。けど、強力な魔法には違いないはず。警戒しないと)
魔法実技でケビンが披露した結界を破壊した魔法とほぼ同じ呪文。
強力で広範囲に効果を発揮する魔法の可能性は高かった。
(何を企んでいるかは知らないけど、魔法を発動する時間を与えなければいい)
ルーディスはケビンの左側から背後に回りこみ斬り込んだ。
だが、剣の軌跡は空を斬るだけ。
ケビンは僅かに前進することでルーディスの攻撃をギリギリで避けた。
「矛盾を来たす野郎共を作意の陣にて矯正する。氷・弾丸!」
ケビンの呪文は最後の部分が決勝戦のときとまったく違っていた。
大規模魔法ではなかった。杖の先端からは何も出てこない。
想定外の展開にルーディスの動きが一瞬止まる。
突然、床に亀裂が走った。
枝のように亀裂は広がり、その隙間から先端が細長く針のように鋭い無数の氷塊の矢が吹き出してルーディスとレイリアを襲う。
ルーディスは迫る氷塊の矢を斬りながら後退した。
数本の矢がルーディスの身体を掠り、右腕と左足に裂傷を刻む。
その合間に氷塊の投擲を抜けてレイリアが正面からケビンに肉薄する。
ケビンは魔法陣の描かれた布を巻いた左手を掲げ結界を展開してレイリアの右手の剣を絡みとる。
レイリアは間髪いれずに左の剣を横一文字に払うが、それもケビンの結界に受け止められて途中で静止する。
結界が捕らえた剣を蔦ってレイリアに封じの魔力が伸びる。
だが、レイリアはその影響が及ぶその前にケビンの結界によって空中に固定された二本の剣を握り締めた腕をバネに下半身を持ち上げ、ケビンの頭上へ飛ぶ。
そこは半円形に前面に広がっていたケビンの防御結界の影響範囲外だ。
「これなら、どうよっ!」
上空からケビンに向かって踵を振り下ろす。
ケビンは舌打ちしながら咄嗟に左へ飛ぶが間に合わない。
レイリアの踵落しが右肩に打ち込まれ、思わず左手で肩を押さえる。
その拍子に結界に捕らわれていたレイリアの剣が地面に転がる。
そこへルーディスが剣を振り上げて駆け抜けてくる。
ケビンは左手を開いて防御結界を再展開。
それと同時に早口で呪文を唱え始めた。
ルーディスはケビンの眼前、剣の攻撃範囲の少し外で足を止めた。
剣を持つ右手を引き、刃を床に平行に傾け、腰を沈める。
(大丈夫だ。僕にはちゃんと見えた。その結界の正体は魔力の糸で出来た網。結界を展開してからそのつど網を張っている。展開直後なら網目は荒い。つまり)
その体勢から左足を軸に右半身を前進させて、右手を突き出す。
剣先がまっすぐにケビンの結界に侵入した。
(網目の隙間に入り込めれば斬れる)
あっさりと結界を斬り裂いて刃がケビンの左手を貫通する。
ルーディスはケビンの左手に刺さった剣を引き抜くと、大量の血が床に散らばった。
ケビンの表情が苦痛に歪み、身体が左右に揺れる。
それでもケビンは呪文を唱えるのをやめない。
「くっ。四精霊の槍を持て。無垢な精霊ども、俺に従え。雷と風に刹那の……」
「止めるっ!」「させるかっ!」
痛みに耐えながら呪文を唱えるケビンの腹部にルーディスの拳とレイリアの足が食い込み、その身体を壁に叩きつけた。
手にしていた杖が床に転がる。
ケビンは壁に背中から激突して床に倒れて激しく咳き込んだ。
二人は失神させるつもりで攻撃したのにケビンは意識をまだ保っていた。
息を整えながらケビンは壁に持たれかかってルーディスとレイリアを見上げた。
「俺の負けか。やれやれだ」
そのケビンの表情に悔しさは一切く、清々しい笑顔だった。
「ケビンさんが本気だったら勝敗は多分、変わっていましたよ」
「手加減したつもりはねぇぜ」
「そうですか? 少なくとも本調子ではなかったはずです」
ルーディスは確信を持って言った。
今、ようやく気がついた。
それはケビンの戦い方。
ケビンは弱い魔法ばかり使っていた。
少し威力のある魔法を使うときは地面に仕掛けた魔法陣を使っていた。
そして強力な魔法を最後まで使わなかった。
それを踏まえるとルイの『広域探査魔法でかなりの魔力と体力を消耗している』という憶測は正しかったということになる。
「そういうこと言うのは野暮ってもんじゃない? 私達が勝った。それだけでいいじゃない? 決まった勝負に何言っても言い訳か嫌味にしか聞こえないわよ」
レイリアの意見にケビンが大きく頷く。
「おうおう。レイリアの方がちゃんと弁えてんじゃん。レイリアの言うとおりだぜ、ルーディス。さっきも言ったけどさ、半端に考えすぎなんだよ。考えながら戦うつもりなら戦術と戦略を本格的に勉強しろ。前衛の戦士を目指すなら、レイリアみたいな突進力を身につけろ。でもまぁ、今の戦い方を貫くのなら行動と思考の切り替え方と戦いの感覚と空気をしっかり学べ。そうすりゃもっと戦いの幅が広がるぞ」
ケビンは床に落とした杖を怪我していない右手で拾うと、杖の先端を血塗られた左手に押し付ける。
杖の先端についたその血で床に魔法陣を描く。
ルーディスが警戒するように剣を持つ手に力を込めた。
「あぁ、別に攻撃しようとか言うんじゃねぇよ。左手の治療をするだけだ。この傷なら十五分ぐらいで治せるかな」
含みのあるような口調でケビンはそう言い、視線をルーディスに向けた。
「つまり、俺は十五分ぐらい動けないって訳だ。その十五分の間にここでの勝負をつけてきな」
「それはどういう……」
ケビンが何を言っているか判らず戸惑うルーディスに対してケビンは不敵な笑みを浮かべた。
「その十五分でゴーザを倒してこの倉庫から脱出してみせろって言ってのさ」
それは味方を敵に売るような言動だった。
ルーディスはますます混乱した。
「は? 何を言ってるんです? ゴーザさんはケビンさんの仲間でしょ? 勝負を捨てる気ですか」
「そもそも俺は傍観者でいるつもりだったんだよ。勝敗に興味はねぇ」
「なっ」
ケビンの身勝手な物言いにルーディスは怒りを覚えた。
思わず声が上ずる。
「ユリアを仲間に引き入れておいて、そういうことを言うんですか。彼女は決してよい資質を持っているとはいえませんが、それでも本気で頑張ろうとしているのに。なのにあなたはっ!」
「別に勝負を捨てる気なんかないさ。ただ、お前達にチャンスをやるって言ってるだけだ。十五分でお前達が決着をつけられなかったら、俺は本格的にお前達を潰す」
「敵の僕が言える立場ではないかもしれませんが、ユリアのことも考えて下さい」
「勘違いも甚だしいな。お前わかってねぇよ。姐さんはお前と違って自分の実力をしっかり把握してる。自分が出来ないことを知った上でギリギリまで仲間に頼らず突っ走ってんだ。姐さんの今の実力で試験に合格する方法はまず仲間の上手な使い方を覚えることだ。だから俺は姐さんのサポート役に徹している」
ケビンの思わぬ言葉にルーディスは目を見開いた。
ルーディスのユリアに対する評価は頑張っている女の子、だ。
個人的な感情が介在しているせいか、ユリアを『守る』べき対象として見ていた。
だが、ケビンは違った。
正しく実力を評価した上で、試験を突破できる可能性のある道をユリアに示していた。
(そうか。僕は自分の感情に振り回されて、見えていなかったんだな。情けない)
ルーディスは唇を噛み締めた。
「……ユリアのことをちゃんと考えているのはわかりました。でもそれと僕達の背中を押すことは関係ないでしょ。どういうつもりなんですか?」
「未来ある若人にエールを、ってのが建前でルイに俺の考えを示すためってのが本命ってとこかな」
「ルイ姉さんに考えを示す?」
「ここであったとこ、俺が言ったことをそのままルイに伝えな。それで判るはずだ。もし判らないってんなら……まぁ、そういうことだろうな」
ルーディスには何のことだかさっぱり判らなかったが、ルイとの間で何らかの約束でも交わしているのだろうと勝手に納得することにした。
「判りました。必ず伝えます。それから、十五分で決着つけてみせます」
勝利宣言――本人的には覚悟を発して――をしてルーディスはケビンに背を向けて歩き出す。
その後をレイリアは追いかけようとしていたが、一度だけ振り向いてケビンに言葉を送った。
「あ、そうそう。ケビンさん。言い忘れてたんだけど、後味のいい勝利とは言えなかったけど悪くない勝負だったわ。機会があったらまた勝負してよね。そのときは是非、全力の一対一で」
その瞬間に見せたレイリアの笑顔は本当に楽しそうだった。




