43話
ケビンの魔法が引き起こした爆発によって爆煙が広がり爆風が室内に渦巻いた。
机に積んであった書類が空を舞い、棚に並ぶ器具が風に吹かれて倒れた。
「魔法の発動と同時に『魔力の縛り』を開放する。これで『圧力』の大半は大気に流れて緩和される。ほら、難しいことは何もないだろ?」
魔法の爆発によって生まれた熱風に蹂躙される室内を気にもとめないでケビンは簡単なことのように説明する。
「ちょっと、いきなり何してくれるわけ? 室内で水蒸気爆発なんて非常識極まるわね。片付けるこっちの身にもなって欲しいわ」
ルイは発生した風に掻き毟られる赤髪を手で抑えながら苦情を言う。
その割には論点のずれた指摘である。困っている様子もない。
むしろ、この状況を思案しているようにすら見える。
一方、ケビンは感心するようにルイの顔を見返していた。
「へぇ。今のが水蒸気爆発だってよく、気がついたな」
「二つの液体を接触させて爆発が起きたんだから、水蒸気爆発以外にないわ。さっき発生させた分量とは思えない規模の爆発に変質しているけど、そこは魔法。物理法則が曲げられているってところかしら」
「ご名答。さすがの推察力だ」
「褒められてくれるのはいいけど、私に対する答えが出ていないわよ。体外に魔力を放出して魔法発動と『魔力の縛り』の開放を同時に行い『圧力』を緩和する。説明としてそれで納得する。でも、変でしょそれ。さっきも私言ったわよ。体外に放出した魔力を使っての魔法発動が出来た事例がない、って。私は『そこ』が知りたいんだけど?」
「でも俺はその理屈で出来てンだぜ」
「意味ありげに言っておいてはぐらかすつもり? でも誤魔化される気はないわよ。魔力を固定するのに使っている魔法陣に何かあるんだろうという予測はしている。いえ、そういう考えに至るように最初に魔法陣を空に描いて見せびらかしたのか。あるいはその魔法陣に加えて『何か』が必要だという含みがあるのか。そんなところよね?」
途端にケビンの表情が険しくなった。
予想が立てられるようにワザとらしい情報を散りばめて実演して見せたのは事実だが、ルイはそこから推測で提示した以上の情報を引き出していた。
「んー。俺が説明しなくても結論に辿り着きそうな勢いだなぁ」
軽口のように言うが、その奥底では悪寒を感じていた。
ケビンは杖を使わずに魔法を使うという理論の研究とその技術を磨くのに二十年以上を費やしたのだ。
それが魔法を知識としてしか知らず、使うことも出来ないルイが結論に行き着きそうな勢いで憶測を立てている。
ケビンは戦慄した。
目の前の女の知能の高さが表面上のものではなく本物の天才なのだと。
「なに。そこの説明はしてくれないわけ?」
「説明も何もアンタの推測通り、それで全部だぜ。あとは魔法使いの技術的な部分だ。戦士だって理論を理解してても技術が追いついてねぇ連中いっぱいいんだろ。それと一緒だ」
「ふぅん。まぁ、いいでしょう」
明らかにはぐらかそうとしているケビンにルイは深く追求はしなかった。
これ以上、答えを引き出せないと判断したのだろう。
駆け引きに慣れた見事な引き際だった。
「では質問を変えるわ。ケビンちゃんはどこで魔法を習ったの? それほどの能力。よっぽどの師匠の師事を仰いでいると思うんだけど?」
「西部国の地元の田舎に隠棲してた魔法使いに教わったんだよ」
「西部三ヶ国連邦で魔法を習えるのは国家運営の学校か連邦政府に認められた魔法組織だけよ。個人指導は原則ありえない」
国によって詳細は異なるが、魔法は魔法組織か名のある魔法使いの元で習うことをルール化している。
それはどんな些細な魔法でも失敗が命に関わり、大事故に発展する可能性があるからだ。
「まぁ。それはあんまり詳しく聞くな。世の中には非合法でなんでもやる連中、腐るほどいるだろ? そういう話だ」
「非合法であなたが師事するようなレベルの魔法使いがいるとは思えないんだけど……言えない理由は非合法だからってわけじゃないわよね?」
曖昧に誤魔化そうとするケビンに対して、ルイは確信を迫るように訊いてくる。
「なんか俺、さっきからずっとアンタに責められてる気がするのは気のせいかぁ」
「じゃあ、ゲロってすっきりしたら? 秘密が美徳になるのはミステリアスな人間だけよ。ケビンちゃんはそういうタイプじゃないと思うわよ。どっちかっていうと得意げに解説役を演じるタイプ。そうね、そういう意味では似ているかもね、私とケビンちゃんって」
「そこでその話に回帰されるとせつねぇなぁ」
「自分で逃げ道のなくなるような情報を提供しておいて、はぐらかすって矛盾もいいところよ。ねぇ。ケビンちゃんは私に真実を隠す気があるの? ないの?」
表情こそ笑顔だったが、ルイの眼力は鋭利な刃物のような力に満ちていた。
どの話題の帰結もケビンの誤魔化しによって袋小路の結論に辿り着いていることを非難しているのだ。
もっともケビンにはルイが話題の結論に辿り着けないという結論を出しているように見えた。
むしろその先の真実――すなわち、ケビンの行動の本当の目的を推測するための材料を結論の出ない話題から拾い上げようとしているのではないだろうか。
だからこそ、出来るだけ情報を引き出すために結論が出ないと判った時点で次の話題に移る。
根気良くそれを繰り返し真実の断片をかき集め、あわよくば根負けしたケビンが真実そのものを語りだすかもしれないという希望も含めて考えているのかもしれない。
つくづく、恐ろしい女だとケビンは思った。
ケビンは理論武装に自信があったのだ。
だが、ルイ・アトリスとのやりとりは対等な状況でなかったとはいえ、完敗と言っていい。
半端な情報提供したのは相手の能力を見極めるためであったが、それが足元をすくわれる結果になったのだ。
だが、それはケビンにとって嬉しい誤算。僥倖だった。
「参ったな。完璧だ」
ケビンはこの瞬間に結論を出した。
(ルイ・アトリス。俺の野望にとってこの女はもっとも優れたパートナー候補だ。この女だけは絶対に『欲しい』)
そう考えた瞬間、ケビンは新しい理論をすぐさま脳内に構築し始めた。
彼女に協力してもらうために必要なものは何なのか、と。
「それは私の憶測のこと?」
「いいや。アンタ自身のことだよ。アンタは最高の女だ、ルイ」
口走った的外れなケビンの返答にルイが怪訝な顔をする。
「な、何を言ってるの?」
珍しく戸惑いを見せるルイを見てケビンは豪快に笑った。
『男』の『女』に対する不意打ちの言葉に揺れる。
それは感情的な面が成熟しきっていない証拠だ。
協力関係を築くのに最も適しているのは『友情』と『愛情』だ。
相手が同性の場合は『友情』を作るのは難しい話ではない。
問題は男女の場合だ。男女の『友情』が成り立たない(と思っている)相手もいるし、『愛情』が暴発して歯止めが効かなくなったり、最悪は敵対関係に転じる恐れもある。
だが、やはり男女が近づく最も手っ取り早い方法はやはり『愛情』の方だ。
ケビンはルイの反応で瞬時に態度を決めた。
「俺の女になれ、ルイ」
唐突なケビンのストレート。
これにはルイも驚いたようだ。
開いた口がしばらく硬直していた。
「ここに来ていきなりナンパ? ここまでの話題は私を口説くための口実だったとかでも言うわけ?」
「そうだ、と言ったら?」
「結論はさっき言ったと思うけど、私はケビンちゃんの子供を産む気はないから」
「そんなことはどうでもいい。愛する者のためにルイ、アンタが欲しい」
「はは~ん。それはまた面白いことを……」
ルイは青臭いケビンの告白を笑い飛ばそうとして、途中で言葉を飲み込んだ。
それはケビンが今まで見せたことのない真剣な表情のせいだろう。
ルイは瞬間的にケビンの言葉が冗談の類でないことをその雰囲気で察してくれたようだ。
「本気……なのね?」
「あぁ」
「ケビンちゃんの言う私が欲しいという意味は男女関係としてではないわよね」
「それはどっちでもいい」
男が女に「お前を欲しい」と言えば普通は愛の告白と同義だ。
だが、ケビンは男女の関係はあってもなくても問題ないと思っている。
本来の目的の延長上に必要とあれば関係を持つことも厭わない、という認識しかない。
ケビンの短い切り替えしに様々な意味が込められていることを感じたのか、ルイは逡巡の末、こう答えた。
「考えさせて」




