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友盟の絆  作者: Project_B.W
第1章 冒険者試験編
40/305

39話

◆試験12日目 試験中休み



 早朝。

 空から降る光を反射して河川の水面が光で波打っていた。

 その河川の前でゴーザは直立していた。

 脇を締め、拳を握り、両の瞼を落としたまま、深呼吸を一つ。


「はっ!」


 気合の声と共に右の拳を正面に突く。

 拳から吹き出た、目に見えぬ力が一陣の風を吹かす。その勢いで水面が揺れ、水飛沫が舞う。

 散った水滴が太陽光を受け止めて、空を一瞬白く染めた。


「『気』の圧倒的な力で大気を圧して強引に風を起こす。乱暴だな。もう少し器用に扱えよ」


 ゴーザの動作に注文をつけた人物はケビンだった。彼はゴーザの背後に立っていた。


「『気功術』は魔法のような細かい事はできん」


 ゴーザは振り向きもせずに答えると右脇を締めて今度は左の拳を正面に突き出した。

 風が河川の水面を叩き、水飛沫が上がる。


「だろうな」


 空を飛び散る飛沫の軌道を視線で追いながらケビンが肩を竦めた。


「ケビン・カラミティ。何のようだ?」

「用事がないと俺がここに居ちゃいけないのか?」

「キミは理由もなく早朝に人気のない河川敷に足を運んだりするような人間ではない。違うか?」

「違わねぇ。勘がいいな、オマエ」

「草むらの影から話しかけるタイミングを計っておいてよく言う」

「あらら、やっぱバレてたか」


 ケビンは苦笑すると頭を掻きながら本題を口にした。


「オマエに少し聞いてみたいことがあったんだよ。こないだはユリアちゃんが居たから訊けなかったんだが。オマエ、身体に異物を飼っているだろ?」

「何を言っている? 意味がわからない」


 惚けている訳ではなく、本当にケビンが言っている事が理解できなかった。


「違うのか……いや、自覚がないのか。んじゃ、精神的、或いは肉体的な異変はないか? 例えば、不意に幻覚をみたり、意識が飛んだり、身体に痛みが走ったり、痙攣を起こしたりとか?」


 そのとき、ゴーザは初めて顔色を変えた。

 その表情は驚愕。

 ゴーザは思わず後ろを振り向いてケビンの顔を直視した。


「キミには判るのか? 僕の持病のこと?」

「持病だと? なるほど。病気という認識なのか」

「どういう意味だ?」

「いや、なんでも。それより持病と言ったな。自覚症状は生まれた時からなのか?」

「あぁ、そうだ」


 ゴーザは戸惑いながらケビンの質問に首肯した。

 するとケビンが思案するように腕を組む。


「結構、怖いことになってるかもな」

「なに?」

「いや、なんでも。あのさ、病名とか判明していないんじゃないか? 医者も手が出せなかっただろ?」

「どうしてそう断言できる?」

「オマエの病気の正体に大よその見当がついているからに決まってんだろ。オマエを診断したわけじゃねぇからはっきりしたことは言えねぇが、普通の医者が治せる類のものじゃねぇよ」

「病気の原因が判っているとでも言いたげだな。まるで治せるような口ぶりだ」

「そうだな、オマエの身体を診察してみないと確かなことは言えねぇが、たぶん治せるぜ」

「ほ、本当に治せるのか?」


 興奮でゴーザ自身が驚くほど声が震えていた。


 ゴーザは名医と噂される医師の元を訪れては治療法を探し続けて旅をしてきたのだ。

 そこに突然、医師でない者から病気の原因を知っていると言われれば、動揺するのは致し方ないだろう。


「断言はできねぇ。だが、さっきも言ったが病気の原因は予想がついている。不可能じゃねぇよ。どうだ、俺がオマエの身体を診断して治療してやろうか?」

「本当に……本当に治せるのなら是非にと、言いたい。だが、キミが親切心で申し出ているとは思えない。何を企んでいる?」

「んー、企んでるってのは人聞きがワリーけど、まぁ実際その通りさ。やっぱり察しがいいな、オマエ。俺はオマエにちょいと協力して欲しいことがあんだよ。治療はその報酬ってところだ。どうだ、悪い話じゃねぇと思うけど?」


 ゴーザには魅力のある申し出だった。

 心に刻まれた苦い思い出の半分以上は病魔との闘いの記憶だ。

 その苦しみから解放されるのならば、他人を貶める悪行以外ならなんだってする。

 それだけの覚悟はある。


「いいだろう。だが、協力の内容次第だ。犯罪に付き合う気はない」

「そう言われると困るな。なんせ社会的には悪だけど、人間としては正義だかんな」

「誤魔化すな。面倒なことは省いて詳しく話せ」

「そうだな。じゃあ、余計なことは一切なしだ。だけど、この話は絶対に他言無用で頼むぜ。俺が話すことは普通に聞いたら荒唐無稽なことだと思うが、他人に知られるわけにはいかねぇんだ。その内容を信じるも信じないもオマエの判断でいい。ただ、俺はゴーザ、オマエを信じて話すんだって事も忘れないでくれ」


 そう言ってケビンは自分の過去と協会の試験を受けに来た真の目的を語りだした。


 ケビンが話す内容にゴーザは戸惑い言葉を失った。

 それは信じるには大き過ぎる物語で、そして無謀な目的だったのだ。


 ゴーザは知った。

 ケビンが抱える絶望と、そこから這い上がろうとする強い意志を。

 だから、ゴーザは全てを聞き終えた後、迷わず首を立てに振った。



★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆



 目を覚ますとレイリアの姿はなく『姉さんに着替え届けてくる』と記された置手紙が残されていた。


「昨日の試験後のあとに『ひらめいた』とか言って工房に行っちゃったみたいだけど……そっか、帰ってこなかったのね。元気ですわね、ほんと。って、あー。この言葉遣いいいかげん何とかしないと」


 ユリアは思わず口に出した不自然な独り言に気が付いて、口元を押えた。

 そして心の中で激しく落ち込んだ。


 無意識で実家に居た時の言葉遣いがついつい出てしまう時がある。

 喋り方の矯正は家出する4年も前に試みていたのだが、未だに直せていない。

 実家で使っていた言葉と標準語がごちゃ混ぜになって変な言葉遣いで喋っていることも一応、自覚はあるのだ。


「注意しないと。よっと」


 ユリアはベッドから飛び降りて身支度を整えると、部屋の扉を開けて廊下に出た。

 すると例の如く床に紙切れが落ちていた。

 扉の隙間に挟めてあっただろうその紙切れには例の如くルーディスの筆跡で教会へ行ってくるという内容が記されていた。


「律儀と言うか、まめと言うか。まぁ、いいけど」


 紙切れをポケットにしまうとユリアは着替えて朝食を摂るために部屋を出た。

 宿の喫茶スペースは満席だったため、ルーディス達と何度か一緒に行った食堂へと向かう。

 食堂は相変わらず冒険者の溜まり場だった。

 試験中休みということもあり個人客よりグループ客の方が多い。


 ユリアは混雑する食堂の片隅に空いているカウンター席を見つけて席に付いた。

 店員に声をかけて注文を頼み、食事が運ばれてくるのをぼんやりと待つ。


 耳に入ってくる騒がしい声。

 楽しげで賑やかな声もあれば、鬱屈とした感情を吐露する声も聞こえた。

 視線を店内に向けると、朝だというのに酒に口をつける集団もちらほら。

 酒に走る理由は人それぞれのようだが、試験のことを考えているのは共通のようで会話の内容はほとんど協会と試験の事だった。


 ユリア自身も受験者なので彼らの浮かれる気持ちも、落ち込む気持ちも良く判る。

 みんな色々と考えて悩んでいるんだなと感慨深げに店内を眺めていると、不意に視界の片隅からジョッキが飛び込んできた。


 空を飛んだジョッキは楽しげに語らっている冒険者グループのテーブルに落下した。

 ジョッキに注がれていたビールが周囲に飛び散り、テーブルに並んでいた料理がひっくり返る。

 楽しげだった冒険者グループが怒号をあげた。


「テメェ、何しやがる!」


 冒険者グループがジョッキを投げてきた別のグループを睨みつける。


「喧しいんだよ、お前ら。食事は静かにしろよ。浮かれやがってアホが」


 ジョッキを投げたグループは不機嫌を隠そうともせずに乱暴な言葉で挑発する。


 食堂内に緊張が走った。

 賑やかなグループは実技試験で上位に食い込んだ者達。

 方や、ジョッキを投げた人物はいかにも小物といった風情の男でガラが悪い。

 その組み合わせだけでも仲良くはなれそうもないのに、ガラの悪い方は相手を挑発し始めたのだ。

 今にも喧嘩が始まりそうな雰囲気だ。


「はぁ? 試験の成績が悪かったからって八つ当たりは勘弁してくれよ。暗い顔してさ、あーやだやだ」

「テメェー! やる気か、コラ!」

「やってもいいけど、お前らが俺達に勝てるとは思えないね」

「や、野郎。ふざけやがってっ!」


 売り言葉に買い言葉。

 周囲の観客が懸念した通りの展開だった。

 巻き添えを恐れた客が一人二人と店を出ていく。

 ユリアも出て行きたくて仕方なかったのだが、お金は支払済みで料理がまだ来てもいない。

 それに出入り口は争っている男達の向こうだ。

 逃げたくても逃げられない。


 男達は取っ組み合いの喧嘩を始めていた。

 勢いで殴り合っているせいもあって剣や魔法を使うことはしなかったが、酒に酔って冷静ではない連中だから、いつ暴挙に出てもおかしくはない。


「お、お客さん。落ち着いて下さいっ! ほら、他のお客さんに迷惑だから……あぁ」


 女性店員が仲裁に入ろうとしてガラの悪い方に殴り飛ばされた。

 女性店員に気でもあったのか、その光景に数人の男性受験者が激昂して喧嘩に割って入る。

 止めるべきだと判断した他の客までその騒ぎの中心へと飛び込んでいった。


 テーブルがひっくり返り、料理が床に散乱し、椅子が空を飛ぶ。

 2グループの喧嘩は周囲の客を巻き込んで乱闘騒ぎへと発展してしまっていた。


 その騒ぎの中でユリアはオロオロしていた。

 出入り口は遠くて店から脱出が出来ない。

 乱闘に参加しても事態が好転するはずもない。

 だからといってこの事態に対処する知恵もない。

 どうすればいいのか判らなかった。


 ユリアが何も出来ず傍観者になっているその傍らで、店の奥から酒樽を持ち出して投げつけた男がいた。

 酒樽はカウンターの角で砕け、中に詰まっていたワインが四方に飛び散った。

 カウンターに座っていたユリアが一番の被害者で頭からワインを全身に被った。


 ユリアの肩がプルプルと震えた。

 それは理不尽に降りかかった己の被害に対する怒りによるものだった。

 次の瞬間。

 ユリアはカウンターテーブルを豪快に叩き、立ち上がっていた。

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