03話
冒険者協会本部の建物の前に大きな庭のような広場がある。
その広場にはテーブルが並べられ、試験の受付が行われていた。
テーブルの前に並ぶ人集り。
その数は視界に納まるだけでも百は余裕で超える。
居並ぶ人種も多種多様。服装も違えば肌の色や髪の色も違う。
比率的には男性の方が多い様子だが、それでも女性も相当数いるようだ。
「ひえー。多いなぁ」
ユリアは子供の様にはしゃいだ声を上げた。
しかしその目は不安に歪み、雰囲気に圧倒されている様子が伺えた。
「協会支部で申し込みを出した人もいるんだし、ここにいる連中なんて受験者の一割程度もいないんじゃないかなぁ。こんなんでビビッてたらやってらんないわよ」
レイリアが不安を煽るような事を言う。
きっとそこまで考えていないのだろう。
「定員が決められている訳じゃないから人数は気にしたくても大丈夫だよ。それより早く並ぼう」
ルーディスはユリアを気遣うようにそう言ってユリアを促した。
ユリアはルーディスの言葉に従うように一歩を踏み出し、その勢いでマントの裾を踏みつけてバランスを崩して前のめりに転倒した。
ゴンという鈍い音と「うぎゃっ」という女の子らしからぬ悲鳴が響く。
ルーディスには顔面から地面に激突したように見えた。
マントが邪魔で両手が上手く使えず受身も取れなかったのだろう。
ルーディスとレイリアが慌ててユリアに駆け寄った。
ユリアは自力で上半身を起こして、地べたに座り込んだ。
「大丈夫?」
「うん。痛い」
ユリアは額を押さえながら呻っていた。
出血は無かったものの額が赤く腫れていた。
どうやら額を地面にぶつけたらしい。
地面がやわらかい土で無かったらこの程度の怪我では済まなかったことだろう。
「今の角度で倒れてよく鼻打たなかったわね」
感心するようにレイリアが言う。
「そういう問題じゃないよ。ユリア、大丈夫? 立てる?」
ルーディスは気遣うようにユリアへ手を差し出した。
「重ね重ね、ごめん」
申し訳なさそうにユリアは右手を伸ばしてルーディスの手をとって立ち上がろうとした。
しかし、踏ん張りが利かずに上手く立ち上がれない。
勢いをつけるために左手をバネ代わりにしようと地面に付いた。
そのとき、マントを固定していた胸元の紐が解けて、するりと地面に落ちた。
「あ」
思わずユリアが声を出した。
ルーディスも反射的に落ちていくマントを目で追って、ついでに見てしまった。
ユリアの全身をはっきりと。
身に合わない小さなシャツが膨よかな胸部に押し上げられてピチピチに張り詰め、服の奥の肌が透けて見えた。
しかも至近距離であったため下着を着ていないようであることも判った。
この瞬間、服を着ているのに何故上着で隠そうとしていたのかという理由も知った。
「うっ」
ルーディスは焦って視線を背けた。
しかし、こういうときの女性は過度に敏感だ。
ルーディスの一瞬の視線が何を捉えていたのかをユリアは正確に受け取っていた。
ユリアの羞恥心に顔を真っ赤にして俯いた。
かと、思った瞬間。
「きゃああああぁぁぁー!」
さっきと違って可愛い悲鳴……なんて実感している間もなく、ユリアの握られた拳がルーディスの腹部にめり込んだ。
勢いの乗ったその打撃をまともに受けてルーディスは吹っ飛んで地面に転がった。
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協会試験の受付を終えて帰る道すがら、ルーディス達の表情は皆違っていた。
「たびたび、ごめん。ほんとに……」
歩きながらユリアは申し訳なさそうにルーディスに対してひたすら頭を下げていた。
その隣ではレイリアが豪快に笑っている。
「ださっ。しょぼっ。ルーディス、いくらなんでもひどいよそれは、あはははは」
女性に対して無神経な視線を向けたこと(不可抗力ではあるが)を言っているのか、それとも非力な女性の拳に吹っ飛ばされたことに対して言っているのか判らない。
ただ、レイリアがルーディスとユリアのやりとりを面白がっているのは確かだった。
ルーディスはというと、どういう表情で対応して良いかわからなかった。
さっきから自分らしくないな、とただただ困惑するばかりだ。
「もうその話はいいだろ。お互い、忘れるべきだと思う」
心の中では『忘れるべき』ではなく『忘れたい』という願望の方が強かった。
ユリアもルーディスの言葉に賛同するように無言で首肯する。
しかし、その願いはレイリアに届かなかった。
「いやいや、これは是非、姉さんに報告しなくっちゃ」
「できれば、やめてよね」
嬉々とするレイリアにルーディスは苦情と溜息で抗議する。
レイリアの姉はどんな些細な出来事でも口を挟んで楽んでしまう人だ。
そんな人にネタを提供すれば恰好の餌食である。
その様子が簡単に想像できてしまい、ルーディスは頭を抱える。
「それより、レイ。行方不明の剣探しはどうする気なんだい? 受付に付き添っている場合じゃないと思うんだけど?」
話題を逸らしたくてレイリアの今一番、困っている部分を付いてみた。
しかし、予想に反してレイリアはあっけらかんとした様子で答えた。
「思い当たる場所はほぼ探したよ。残ってるのは昨日泊まった宿ぐらいなの。探しに戻りたいところだけど、明日はもう試験だし、戻ってる時間ないんだから仕方ないでしょ。ま、試験が終わってからでも宿に探しに出てみるつもりだけど。それで見つからなかったら大人しく諦めるわよ。落ち込んでても解決しないしね。造ってくれた姉さん達には申し訳ないけど、その剣に私が見放されたってことよ。名刀は人を選ぶ、って言うからね」
ポジティブに語るレイリアの瞳に迷いの色はなかった。
こういう切り替えの速さは見習うべきだと常々思う。
「そう。なら良いけど。でも現実的な話、剣はどこかで調達した方がいいよ。専攻実技以外の実技試験では、自前の道具を使うことになっているはずだから。剣士が剣持ってないなんて、それこそ笑い話になってしまうからね」
「う~ん、そっかぁ。使えない安物はあんまり使いたくないんだけどなぁ。ルーディス、剣貸しといてよ。安物よりルーディスの剣の方がいいなぁ」
「却下。僕が良くないよ」
「ちぇっ。けち~」
ルーディスの拒絶に口を尖らせるレイリア。
そんな二人を眺めていたユリアがふと、素朴な疑問を挟む。
「二人は剣士なの?」
ルーディスは修道服(着替える前も旅装束)。
レイリアも剣を携帯していない。
見た目で剣士だと判断するのは素人には難しいかもしれない。
「うん。まぁね」
「そっか。なんか、嬉しいな。あたしも実技は剣がメインなんだ。まぁ、格闘技や魔法もかじってるけど」
ユリアは同士を見つけて喜んでいる様子だった。だが、
「へぇ。そうなんだ。そっか、ユリアも剣使いかぁ。でも強そうに見えないよねぇ」
と、失礼極まりないレイリアの一言に撃沈する。
ユリアは自覚があるようで、傷付いた表情であさっての方を向いて肩を落とした。
「やっぱり、弱そうにみえるんだ……まぁ、弱いから否定できないんだけど」
小声でそんなことを呟くユリア。明らかに落ち込んでいた。
ルーディスは励ますために口を開く。
しかし、それは浅はかな行動だった。
「外見で能力なんて判るものじゃないから、気にする必要ないと思うよ」
「見た目が弱そうなのは否定しないんだね」
「違うよ。そういう意味じゃなくて、ユリアみたいな女の子がそういう風に見られるのは仕方ないって意味で」
「へぇ~。ルーディスは差別するんだ~。私もユリアと同じ女の子だけどぉ」
「あー……」
ルーディスは唸った。
フォロー失敗。ユリアの傷口を広げただけではなく、レイリアにまで被害を拡大しただけだった。
調子が崩れっぱなしのルーディスはまたも頭を抱え込んだ。
いつもの自分らしくない。
いつもと何か違うのだろうかと考えてみても、いつもの風景にユリアが加わっているということぐらいしか思いつかない。
特別、女性が苦手というわけでもないのだから関係があるようにも思えない。
「う~ん」
「なに、考え込んでんの? もしかして私が言ったこと真剣に考えてるわけ? 冗談に決まってんじゃん。私がそんなこと気にすると思ってるの?」
「いや、そうじゃなくて……」
「んー。まぁ、なんだっていいけどね。そんなことより用事は全部終わったんでしょ。食事に行かない? 昼食もまだ食べてないし」
「そうだね。あ、でもユリアはいいの?」
「いいのって、何が?」
「朝方、この街に来たばっかりだろ? 宿も早めに探しておかないとすぐに埋まってしまうよ?」
「あ、いや、野宿するつもりだから気にしないで。悲しいかな資金の残りが心許ないの」
「だ、ダメだよ、そんなの。色々な意味で危険だ。無理してでも宿に泊まるべきだよ」
ルーディスの声が思わず大きくなった。それは焦りからくるもだった。
協会の試験に際してこの街にはさまざまな人達が集まっている。
それは試験の関係者ばかりではない。
受験者をターゲットにした商売人(部外者)も混じっているのだ。
そして金がなく野宿をする受験者も毎回いて、それを狙った犯罪者(部外者)も少なからず居るのだ。
野宿をする者達は大抵、生活力(実力)のない半端な者が多く、その中でも特に女性は狙われやすい。
もちろん街には試験にあわせて街の警備は厳重になっているが、街の全体をカバーできる人数が揃っている訳ではない。
ルーディスはそういう心配をしているのである。
しかし、その助言にユリアはきっぱりと首を振る。
「物理的に無理なのよ。試験が終わるまでの食費を考えると、宿は絶対泊まれない。宿をとったら食費が持たないし、試験の途中からどのみち野宿になるから。まぁ大丈夫よ。今まで何度も野宿してるし」
だからそういう事を言う人間が一番危ないんだ、と言いたい気持ちをルーディスは抑えた。
言葉で説得しても無駄に思えたからだ。
「なら、僕達が泊まっている宿に来るといいよ。あの部屋の広さなら一人二人増えたぐらいなら問題ないし。あー、いやもちろん僕の部屋にじゃないよ。レイ達に相部屋を頼むから。良いよね、レイ?」
そう言ってルーディスはレイリアに確認をとるように尋ねる。
「私はいいわよ。っていうか、ユリアを野宿させるのって激しく怖いから、むしろ『来なさい』って言いたいぐらいよ」
レイリアもルーディスと同じ心配をしたのだろう。ユリアの行動を見るかぎり世間慣れしていない様子が伺える。
しかもその自覚がないという天然ぶりだ。
このまま放置していたら十中八九、トラブルに見舞われる。そんな人間を放っておく訳にはいかない。
「でも、レイリアはお姉さんと一緒なんでしょ? ご迷惑になるんじゃない?」
「大丈夫よ。姉さんは気にしないわ。というか、姉さんの場合、宿にいないことの方が多い可能性あるしなぁ。それにユリアみたいなコなら色んな意味で喜ぶかも……」
後半は呟くような小さな声だった。
ユリアは最後の言葉を聞き取れなかったようで小首を傾げていたが、ルーディスにははっきりと聞こえていた。
「あのなぁ、レイ。それは誤解を招く発言だぞ」
「大丈夫よ。姉さんなら誤解ごとネタにするって」
「いや、それが問題なわけで……」
「いつものことじゃない。ってか、なによ。珍しく姉さんに対して反抗的じゃない」
「え? いやいや、そ、そんなつもりはないんだけど」
「あの~。レイリアのお姉さんはいったい何者なの?」
ユリアは会話の中に頻繁に出てくるレイリアの姉の話に困惑顔だった。
ルーディスは説明する余裕は全くなく、笑って誤魔化した。
「あはははは……。いや、なんでもないんだ。ユリアは気にしなくていいから」
その笑みの理由をユリアが知るのはこれから数時間後のことである。




