36話
◆試験11日目 実技試験工学の部
ルイは日が登りきっていない早朝に目が覚めた。
「気が高ぶってこんな早い時間に起きるなんて」
隣のベッドで眠るレイリアとユリアを眺めて頭を掻いた。
「この子たちに偉そうなこと言えないわね」
2人を起こさないように出発の準備を整え、まだ早いと思いつつも部屋を出た。
宿の喫茶スペースで軽く朝食を済ませた頃、ルーディスが部屋から出てきた。
「あら、ルーくんおはよ。ずいぶん早いわね」
「おはよう、ルイ姉さん。昨日のユリアの事もありますし、今日は彼女が起きる前に礼拝を済ませようかと。ルイ姉さんの方も、もう出発ですか?」
流石に早い時間だったので、ルーディスも訝しげだった。
「うん。な~んかドキドキしちゃってね」
「姉さんもそんな事あるんですね」
「なによ、その言い方。私が無神経な乙女だと言いたいわけ」
「ルイ姉。それ否定しにくい」
「ちぃ、引っかからなかったか。普通に否定したら『ルーくんに乙女じゃないって言われた』って嘘泣きしてやろうと思ってたのに」
ルイはいつものように弟をからかっただけのように見える。
けれどその掛け合いはいつもとは違いルイがルーディスに甘えるような態度だった。
ルイは緊張を自覚して、オーバーに振舞っていた。
ルーディスもそれが判っていて付き合ってくれた。
「それは勘弁してほしいな。ところで、姉さん会場はどこ? 礼拝堂の近くなら送っていくよ」
「開会式やった講堂。逆方向だし遠慮しとくわ」
「そっか。じゃあ、僕は行くね」
手を振ってルーディスを見送り、残っていたコーヒーを飲み干すと自分も試験会場へ歩き出した。
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工学の部の実技試験の集合場所は開会式が行われた講堂だった。
ルイは講堂の大ホールに入って、辺りを見渡す。
集合時間より2時間も前に到着してしまった。
ちらほらと受験者はいるものの、協会関係者の人数の方が多かった。
「おはようルイ。あなたも早く起きたクチ?」
声をかけられた方へ顔を向けると、見知った顔があった。
実技試験の武道の部で一緒に観戦し、試験後に行ったレストランの情報を教えてもらった技術者ミュレン・リリムダルだった。
彼女はルイと同じノーラス王国王都バルティティスに居を構える技術者仲間だ。
試験開始前はただの知り合いであったが、野戦実技の時に意気投合して仲良くなったのだ。
「ミュレン。こないだはありがと、レストラン美味しかったわ」
「そう、なら良かったわ。私も今日の試験が終わったら行ってこようかしら」
「なに? 行ったこと無くて、勧めてたわけ?」
流石のルイも驚いて聞き返した。
「兄さんに聞いていただけだからね。私はもっぱら安メシよ。お金にそんな余裕ないし」
「そっか。気象学だとフィールドワークが中心だもんね。そりゃ旅費で経費食いつぶしかねないわよね」
「その代わり、一番効率的なルートや、そこの安全性も熟知してるけどね。冒険者の知り合いも多いし。そりゃお師さんには負けるけど」
流石のルイもそれには「比べる相手が間違ってるわよ。」と笑うしかなかった。
他愛もない会話をしている間に時間が過ぎて、気が付けば工学試験受験者がずらりと大ホールに集まっていた。
そして定刻となり、数名の試験官が壇上に姿を見せた。
試験官の中で、ギード派(商人系派閥)を示す天秤の紋章が大きく描かれたマントを羽織った人物が壇上に立ち話し始めた。
「それでは、今回の試験について説明します。まず最初に、会場はここではありません。レイト川の下流で準備をしてもらい海上に用意した会場でレースをおこなってもらいます。詳細はこちらを見てください」
すると後ろに控えていた試験官が壇上の掲示板に紙を張り出した。
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レイト川下流で準備し、海上にて9つある鐘を全て鳴らすまでの時間と正確性を競う
条項
・舟と部品を支給する
・舟の改造は自由。ただし舟の形は残すこと
・自前の道具(武器を含む)は使用可
・舟の準備は9時開始で正午までに終わらせること
・正午以降の舟の改造は禁止とする
・鐘を鳴らす順番は自分で決め、事前に試験官に伝えること
・レースは20人1組で行う
・レースの制限時間は1時間とする
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「鐘はブイや岩壁に設置しています。このあと会場へ移動しますが、その時に場所は各自確認してください。以上です」
説明を終えると試験官達は壇上を降りていった。
「どう思う?」
ミュレンが隣のルイに話しかける。
「そうねぇ。舟か。選択肢としてはヨットかボートってとこかしらね。ヨットの方が時間は早そうだけど、ボートの方がいろいろできるわね。工学試験だし、そっちも考えなきゃいけないかな?」
「そうねぇ、まあいろんな意味で取らせるように、さっさと下がった感もあるし。設問も簡潔すぎるのが気になるわ」
「鐘を鳴らす順番を事前に決めるのは、コースを把握して効率よく試験を進める為に思えるけど、実際はどうかしらね」
「その辺を全部考えるもの試験って事でしょうね」
「それもそうか。じゃあ、早速行きますか」
受験者全員でレース会場である海岸へ移動。
レース会場の下見をした後、受験者達は舟の改造に取り掛かった。
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舟の改造を済ませたルイは会場である浜辺へ来ていた。
改造などを行う作業場と停泊所を兼ねたレイト川。
その下流から入り込む水の流れが、干潮の時であれば(腰まで海に漬かる事になるが)渡れるという小さな岩島にぶつかり複雑な海流を生みだしている。
会場となっている範囲の中心には灯台が建っており、試験官が数名見える事から、そこから全体を監視するのだろう。
ルイが簡易望遠鏡で鐘の位置の再確認や風向きなどを見ていると、後ろから声をかけられた。
「あら? 奇遇ね。そりゃルイも気になるわよね」
「ミュレン。あんたも暇ねぇ。いちいち私なんかに声をかけて」
「そうでもないわ。潮の流れが変わってないか見に来たら、あなたがいた。それだけのことよ」
「それで、専門家の印象は?」
「よしてよぉ、お師さんにはまだまだって言われてんだから。それに試験なんだから教えるわけ無いでしょ」
「私が気になるのはあの辺りの入り組んだ所ね」
ルイは岩島がいくつも突き出した場所を指さした。
「確かに、あの辺りは潮と風が乱れやすいわね。あんな所に鐘がなけりゃ普通は避ける所だわ」
「あの、すいません」
急に1人の少女のような顔つきの受験者が2人に声をかけてきた。
「あら? ヴィルナさんじゃない」
「知り合い?」
「顔見知りってところかしら。今回受験しているノーラス技術者、最後の1人ね。彼女はパメラ師の弟子でヴィルナ・リル。こっちはネイザン師の弟子のルイ・アトリス。そして私はイーノの弟子、ミュレンよ」
「ということは材料工学と気象学の。よろしくヴィルナです」
「ルイよ。そういえば、医療試験でも見たような気がするわ。よろしくね。それで、なにかしら?」
「ああ、そうでした。実は、人づてにあなたがベヒモスの花の種を所持していると聞きまして」
「へぇ~。よく知ってるわね。私は弟にしか話してないけど……ミュレンあなたの方かしら?」
ベヒモスの巣で一緒にいたミュレンに話をふる。
「別に誰かに話した覚えはないけど、あの時はいっぱい人いたからねぇ。その中の誰かじゃない? あ、ちなみに私も持ってるわよ。なに? 分けて欲しいの?」
「ええ、端的に言えばそのとおりです」
そういうヴィルナに2人は花の種を渡した。
「いろんな使い道があるのは知ってるけど、そんなものどうするの?」
「それは実際に見てもらってからのお楽しみということで」
「別にそれを聞いてどうこうするつもりはないわ。ただの好奇心。あなたも技術者ならわかるでしょ」
「わかりますけど、調合に時間がかかるので。よかったら試験後にお話しします」
「わかったわ。楽しみにしてるわね」
それではと一礼して去ろうとしたヴィルナだったが、3人が遠巻きに囲まれている事に気づいた。
ギャラリーの中に、野戦実技でミュレンが連れてきた受験者が数名いた。
彼等がルイ達のことをノーラスの技術者だと気づいて吹聴したのだろう。
「まっ、仕方ないかな。ただでさえ見学してる人らにしたら、工学なんて道楽みたいな試験にノーラスの技術者が本気で試験しようってんだから人も集まるわよね」
とミュレンは笑い飛ばし、ヴィルナに手を振って見送った。
「さてと、私も風の分析は終わったし、作業に戻るかな。あなたは?」
ルイ達と会話しながらもデータを取っていたミュレンは自分の舟に更に手を加えるらしい。
「ん~、私はもうちょっと考え事ね……」
「そう、それじゃ本番で」
そういって手を振るミュレンをルイは見送った。
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本番開始直前。
ルイはメンバー表を見るとレースは5回に分けられて行われるようだ。
第1レースにミュレン、第3レースにヴィルナ、そしてルイは一番最後の第5レースだった。
「3人とも別順になったか。主催者側の調整か。はたまた改造の方向性で別れたって事かしらね」
ルイはメンバー表を見ながらつぶやくのだった。
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第1レース開始前、ミュレンはスタートラインに向かってゆっくりと舟を進めていた。
そして同じレースに参加する舟を眺める。
「ふぅん、なるほどね。改造のやり方でわけた感じかしら? さしずめ速度重視のメンバーってことでしょ」
ミュレンの舟を含め、速さを求めた改造を施したヨットばかりが並んでいた。ヨット以外の舟は僅かであった。
「それでは、舟を所定の位置まで移動させてください」
試験官に促され、ミュレンはゆっくりと帆を調整してスタートラインである赤い目印のブイまでヨットを進める。
ヨットはボートと違いその場に留まる事が不可能のため、中にはラインを越えてしまう者もいる。
開始の合図まで戻れば良い。
だがその際、数隻のヨットがバランスを崩し受験者は海に投げ出される。
何度も立てなおそうとするが、ついには失格となる受験者まで出た。
スタートに備えていた受験者が、呆れる様にその様子をみていた。
そこへミュレンが一言、言い放つ。
「あの人たちは用意された舟をちゃんとチェックしたのかしら?」
ある受験者がこらえ切れずに笑いはじめ、それにつられて数人の受験者のせせら笑いが耳に入った。
この試験には罠が仕組まれていた。
協会が準備していたヨットタイプの舟はセンターボード(船底から突き出した部分)がことごとく歪んでいたのだ。
バランスを取る為に重要なセンターボードの不備に気づかず放置したのだろう。
その結果、船体があらぬ方向に流れてしまってバランスを崩したのだ。
スタートラインギリギリでレース開始を待っていると、ミュレンの舟にスピードを合わせ、男が身を乗り出すように話しかけていきた。
「先程の言葉は実に的確でしたね。私もミーアでならしている人間ですので、いくらノーラスの技師と言えども負けませんよ」
よく見てみると、去年ミーアで行なわれたヨットのアマチュア大会で優勝した男だった。
「あら、意外な人もいるのね。こちらこそお手柔らかに」
「一応親が船大工で手伝いもしてたんで、工学も選んだんですけど。まさか、こんなうまい具合になるとは思ってなかったですよ」
「ああ、船大工かぁ。なるほどね。うんうん、うまく整えられてるじゃない」
ミュレンは男のヨットをチェックし、さらに「誰もが早く移動できる舟としてはいい出来じゃない」と続けた。
男がミュレンの含みのある言い方が気になり、どういう事か聞いてきた。
「そうねえ。あなたのは質のいい兵士の剣。だれもが使いやすくほどほどに切れる剣。だからそれが悪いとは言わないわよ」
「はぁ、ありがとうございます。しかしあなたの舟も特に目立った事はしていないようにみえないのですが。まあちょっとマストが立派なような気もしますが」
「まぁ、そうね。マストの仕掛け以外は、帆を調整するロープを手持ちのノーラス製の物、ジョイントはネイザン工房製の物に交換、後はいろいろな所の軽量化と微調整したくらいかしら? でも私の舟は騎士の剣よ」
ミュレンはそういうと、ニヤリと笑いスタートに備えた。
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全員が張り詰めた空気の中、スタート開始の旗が振り下ろされる。
飛び出したのはミュレンと先程のアマチュア大会優勝の男ともう1人、狩人風の女が続く。
その後に3人が連なり、そのほかはまばらにスタートした。
ミュレンは涼しい顔で操舵しているのに対し、2艇が真剣に追いすがる。
すぐに最初の鐘が見えてきて、アマチュア大会優勝の男はスリングショットを取り出し、スピードを落とす。
そして、狩人風の女はミュレンに追いすがる為にスピードはそのままにボウガンを構えた。
トップを走るミュレンもスピードを落とす事なく鐘の下を通過するコースに舵を切った。
ミュレンが鐘の真下を通過した時に鐘はカンと小さく音が鳴った。
傍目には特に何もしてないように見えたが、鐘の近くに居た試験官はOKの旗をふっている。
その後すぐに狩人風の女が続き直線コースでボウガンを射た。
鐘は鳴りOKの旗もふられたが、急な突風にあおられバランスを崩し海へ転落してしまった。
十分にスピードを落としたアマチュア大会優勝の男は難なく鐘を鳴らし、ミュレンを追う狩人風の女のヨットを避けようとした時に突風に煽られるも、なんとかバランスを保った。
鐘を鳴らすことに気を取られ過ぎていたら男も狩人風の女と同様に海に落ちてしまっていただろう。
男は突風を容易く突破したミュレンの操舵技術に驚愕の表情を見せた。
ミュレンには勝てないことを悟ったのか、男は呆然とミュレンが鳴らした2個目の鐘の音を聞いていた。
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その頃、ルイとヴィルナは受験者がいる待合所ではなく、見物者と一緒に岬で見学をしていた。
「空気銃ですね」
「マストの先に仕掛けて通過のタイミングで当てたんでしょうね」
2人は見物人の間で話題に上っているミュレンが鐘を鳴らした方法について考察を始めた。
「足元のじゃまにならない場所にトリガーを用意して操作したんでしょうね」
「足で操作するにしても、それなりのバランス感覚がないと難しいわよね。まあ舟からしてらしいと言えばらしいけどね」
「確かに凄まじいヨットですよね。切り返しの良いターンから考えると舵に細工しているわね。普通なら旋回性を上げると保針性が下がるんだけど、ちゃんとまっすぐ進んでるわね。いったいどういう改造したんだか」
「ええ。それに、帆にも変な切れ込みとか入ってるけど、あれはスピードアップを図るってよりも、ミュレンが操舵しやすい風の受け方に加工してあるんでしょうね。あんなのプロが乗っても相当な暴れ馬よ」
「というより、ミュレンさん以外の誰も乗りこなせないでしょう。自分の癖や力を考慮して自身のポテンシャルを最大限に発揮できるよう改造しているのでしょうから」
「最大限は言いすぎね。所詮は借り物のヨットよ限界はあるわ。8割がたは発揮できると思うけどね」
「言葉のあやです。そりゃ好きに造れるのであれば、あなたも彼女も骨組みから造っているでしょう。もちろん私もですが」
「そりゃそうよね……。どちらにしても彼女の舟には乗りたくないわ」
「そうですね……」
ミュレンの舟は1度も急な減速をすることなく、最後の鐘を鳴らした。




